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3-F ―――

恐慌と混濁と、得体の知れない快楽の狭間に落ちていった親友ティアナランスター ――――
と…………そう感じていたのは恐らく本人だけだっただろう。

スバルが全く動かなかったのが良い証拠である。
これが微塵でも友達に危害を加えるような事態であったなら彼女が悠長に構えている筈がない。

「んしょ……よいしょっ……」

何より、少女のこの顔が―――印象的だったのだ。
ティアナの体の不調。 コリや張った筋を丹念にほぐしていく時の彼女の一生懸命な掛け声と、顔。
額に汗して「ご主人様」に奉仕する姿はあまりにも嬉しそうで、眩いばかりの笑顔に邪な物など一切、感じられない。

言動こそ物騒だが、少女のティアナに対する好意は本物だった。
確かに最近の相棒は執務官になるための勉強と日々の激務に苛まれ、相当の無理をしていた。
後で分かった事だが、この日のティアナの容態は決して良い物ではなく
本来ならば自分が気づいてやらなければいけない事を、このサーヴァントは真っ先に気づき、慮って見せたのだ。
そこに友人として感謝の気持ちが無いわけがない。 スバルはこの少女を一目で好きになってしまった。

「はん、何と無防備な姿よのう―――わしが刺客だったらこの娘、死出の旅路に出る事、百を超えておるわ」

隣(にいるであろう)のサーヴァントが呆れたような声を発する。

「ゴルァ、ヤクザ拳法家! 何抜かしよんねん、ワレェ!!
 ご主人様に何かするつもりなら、百代までバリバリ呪うからそのつもりで来いやーー!」

「荷荷ッ―――そう、ビクつかんでも何もせんわい。 現地に着けば強者どもがひしめいておる、この祭典。
 わざわざ死に掛けの相手に凶手を下す必要も無く、こんな窮屈な場所で功を奮う必然性も無し!」

「じゃあ、その初めての相手は私で決定! 予約しましたからね! 約束ですよ、アサシンさん!」

「ほう? 娘よ……わしの拳は一打必殺。 ぬしのような細身の娘が一撃でも受ければ、命を拾う術など無いぞ?」

「望むところです! 体だけは丈夫に出来てますんで! こっちだってストライクアーツの真髄を見せますよ!」

交流にも様々な形があるが、やはり基本は拳と拳か。
この面子―――素直に温泉に漬かって、まったりしてくれる者の方が少なそうである。
こんな感じでバス内、既に心躍っているバトルマニアがチラホラと……

―――バスは料金所を抜け、会津東街道に降りる。


――――――

3-A、B ―――

「……こちら遠坂凛。 はやて、聞こえる?」

3号車の責任者……になってしまった魔術師、遠坂凛が携帯に話しかけている。
よりによって一番やっかいで読めない新参者どもがひしめく組にぶち当たってしまった。
これも相方のお人よしの鶴の一声によるものだろう。 いつもの事だとはいえ……
声がイラついているのは後頭部に生じたタンコブのせいだけでは無い。

「結論から言うわね……貴方が送ってくれた部下は物の見事に、クソの役にも立たなかったわ」

「あれ? お、おかしいなぁ……そんな筈ないんやけど。 二人とも、うちの次期エース候補やよ?」

「そのエース候補とやらは、狐に鼻ならぬ肌を摘まれてアヘアヘ言ってるわよ。 ほれ」

すかさず取ってやった写メを送ってやる。 
これは酷い……恍惚の表情でエステを受ける部下の姿が。

「ぶわははっ! 面白ぇなオイ! ここまで見事に戦地でくつろぐような奴は余の部下にも一人もおらなんだぞ!」

「ティアナ、疲れてたんやなぁ……悪い事したわ」

「片方の下敷きになってる娘も良い味出しとる! 何だ、お前さんの部下にもユーモアの効いた輩がおるではないか?
 これはアレか? ストライキってやつか?」

「こういう事に気づいてやれんのが、私がまだまだだという証や……凹むわー。 
 今度、武装隊の皆さんにはシャマル先生の辛口整体リンパマッサージ券、配ったろ」

駄目だ……駄目だこいつら。
携帯を乱暴に切ってやると再び、目の前の騒然たる有様を見据える羽目になる凛だった。

「―――今日ほど、幼稚園の引率の先生を尊敬した日は無いわね」

「まあ、な。 だがこれで前回、宝石剣の暴発で
 局のアンテナを蒸発させた事をチャラにしてくれるんだ……安いもんだろう」

「はん、全部アタシのせいって事? アンタだって、なのはに借りがあって頭が上がらないから
 カッコつけて一番のドツボを引いてきたんでしょうが!?」

「そ、そんな事はないぞ……勝手が違うとはいえ聖杯は聖杯、サーヴァントはサーヴァントだ。
 あくまでこいつら相手には、俺達の方が事態に対処出来るだろうという確固たる考えの下にだな……」

「じゃあ、その立派な考えに基づいた結果を見せて貰いたいわね衛宮くん。
 優雅じゃない、の一言でセイバー(赤)に一瞬で嫌われたようだけど」

「う……」

「さしずめ安定の1号車、波乱の2号車―――吐き溜めの3号車ってところですかね? うふふふ」

「おい桜。 そりゃあんまりだ」

接待する側とされる側はまさに天国と地獄である。 
ことに人外どものバカンスともなれば、大半が一般庶民とは一線を隔す奴らだ。
相当の浪費家、放蕩家である事は言うまでもなく、上がってくるオーダーも我が侭放題し放題だった。

「だいたい、ウォシュレットにすら戦慄を覚える私が霊子ハッカー? 馬鹿も休み休み言えってのよ!
 ニコニコ動画? 何それおいしいの!?」

「胸を張って言える事じゃないぞ……」

「試しに髪の毛を金色にしてみたらどうですか?」

「それは名案ね、桜。 投げやりっぷりも実に素敵。
 丁度、純粋な怒りでスーパー遠坂人に目覚めかけていたトコだし」

「リン、疲れた。 下らない事を言っとらんで、こっちへ来て余の肩を揉むのだ」

「うっさいコンパチ! 馴れ馴れしく話しかけるな! アンタなんか知る、もごっ!?」

桜と士郎があかいあくまの暴言を慌てて止める。 
すかさず、赤セイバーの方へフォローに回る黒桐幹也。
パタパタと手を振ってくる仕草は「こっちは心配要らない」という合図だろう。

「あの暴君っ……向こう着いたらギルガメッシュとカチ合わせて共食いさせてやる……!」

「それにしても幹也さんがいてくれて助かったな。 あの人、大人というか……何があっても揺るがないし」

「雨にも風にも負けなかった、ストーカーさんですからねー。 うふふふ」

…………まずい。 さっきから桜の言動がかなり怪しい。
相当キてる。 下手をすると鬱憤を表に出せない姉よりもずっと。

3号車の喧騒は、留まるところを知らずにエスカレートしていき―――


――――――

3-F付近 ―――

「うわぁ……本当に何の気配も感じない。 信じられない……ママとどっちが強いかな?」

「ふはは! 中華最大を謳われたわしと並ぶママがいるとは、興味深いぞ娘!」

「こら外道拳法家! 子供に暗殺拳の手ほどきなどするでない!
 娘よ……そんな事より芸術だ。 余の劇場を見て何か思うところは無いのか?」

「劇場……そう言えばこの前、ママの映画を見に映画館に行ったよ?」

「何と! お前の母は壇上に舞う奏者であったか!? そやつとは大層、話が合いそうだぞ!」


   ぐおおおおおおおおっ


「………何か……凄い声が聞こえたんですけど?」

「ああ、あれは我がマスターだ。 最近、多くてな……気にするでない」


――――――

3-J付近 ―――

「俺は……俺はこんな所では死ねん!」

「ガウェイン。 兄さんが限界のようだ。 酔い止めのスピリタスを持ってきて下さい」

「すみません主……目を離した隙に賊に盗まれてしまい―――」

「べらんめぇい! 国税局が何ぼのもんだってのさっ!?
 強奪したお宝にまで所得申告の対象になるとか舐めんな!
 そんな事、抜かしやがる奴はカルバリン砲で海の藻屑だろ実際!」

「貴様、海賊っ! 王の所持品に手を出すとは極刑を覚悟しての所業であろうな!」

「ハッ! 今度は飲酒運転で引っ張ろうってのかい? イヤだねぇ、現代は生き難くてさぁ!
 海ってのは、もっと自由で奔放でデカイもんだろう!? さあ――――そろそろ行こうか、ゴールデンワイルドハントッ!」


――――――

3-A、B ―――

これは―――駄目かも分からない。 

衛宮士郎の両脇でカカシの様に立ち竦む遠坂凛と間桐桜。
彼の持つボキャブラリーで、今の二人の顔をどう例えれば良いのかは分からないが―――

それでもあえて例えるのならば―――

二人は……南極に置き去りにされたペリカンのような顔をしていた。


――――――

現地 ―――

「聞いての通りだ。 三号車は心身共に限界に近い。
 定刻までにそこに辿り付けなかった場合、脱落したと見てくれて構わない」

「馬鹿な事言ってないで持たせて下さい。 仮にもあの聖杯戦争の勝者と時計塔のエースがいるんでしょう?
 泣き言は一切、聞かないからそのつもりで」

連絡を受けた痩身の令嬢が現地にて佇む。
年若いながらも、その威厳は既に1等の霊地を任されるに足るものだ。
遠野家当主―――遠野秋葉が翡翠、琥珀を従えて悠然と構えていた。

「全く、名門・遠坂家の者がこの体たらくとは情けない……」

「こっちは何とか無事にインターを降りたわ。 特に問題はなさそうね」

「矢板~塩原JC間の通行止めを解除しました」

「結構。 案外、大人しい連中で助かったわ。
 ガチガチに打ち合いながら東北本線大橋を叩き落すくらいはやる連中だって聞いてたけれど……」

その認識は残念ながら否定できない。 恐ろしい事に。
聖杯戦争中ならば、そのくらいの事は普通にやっていただろう。

ともあれ、秋葉に並んで腕を組んで立つのは月村忍。
海鳴町の裏を支配する夜の一族の代表だ。
年が近い事もあり、その筋の社交界では秋葉と忍は良きライバル関係でもあった。

「遠野と月村―――こうして揃ってしまったからには、ただの給仕に甘んじるつもりはありません。
 どちらが来賓により質の高い接待が出来るか勝負よ、忍」

「望むところね秋葉! そちらのメイドが極めて優秀なのは承知しているけれど
 今回は三日間の長丁場! 持久戦になった場合、どう考えたって生身の肉体の方が不利でしょうに!」

「あの、忍様……今回ばかりは過去の遺恨を捨てて、協力して事に当たった方が得策かと」

「そうですよ秋葉さま~。 混血? 夜の一族? プギャー(笑)な連中が、もうじき大挙して押し寄せてくるんですよぉ?
 仲違いなんかしてたら二人揃ってぺしゃんこにされますよ~?」

「「黙らっしゃいっ!」」

そんなことは分かっている。 実際、このやり取りも緊張を隠すための空元気でもあるのだ。
言われるまでもなく、背後の物々しい警備を見れば事の大きさはイヤでも感じざるを得ない。

お嬢様同士のやり取りを苦笑しながら見つめる、カソックのシスターと目が合い、フン、と目を逸らす秋葉。
各々から派遣されてきた腕利き達―――その中にはあのシエルもいた。

「大仰な事ですねぇ。 G8でもここまでの配備はありえませんよ」

「仕方ないさ。 ある意味、世界の首相や大統領よりもずっとビップな連中を出迎えるのだから」

代行者、シエル。 それに並ぶはリーズバイフェ・ストリンドヴァリ。
弓と盾―――最強のドラクルアンカーを並べて配置してきたのだ、教会は。

「何かの冗談としか思えない配置ですが、教会が取り得る最善の措置と言えるでしょうね。
 本当は大挙して押し寄せたかったのでしょうが―――管理局と事を構えて良い事など何もありませんし」

「実際、冗談めいているにも程があるよ。 平時ならば率先して打ち滅ぼさなきゃいけない連中まで警邏?
 なあ、代行者シエル――――――これは悪夢かい?」

「………」

「悪夢になるか、良い夢になるかは私達次第でしょう」

二人の後方、聖王教会の居並ぶ騎士団。
その先頭に陣取るカリムグラシアが答える。 脇には側近のシャッハヌエラの姿も。

「壮観ですね……なんとも」

「一騎当千のお二人には及びませんが、こちらも頭数では負けませんよ。
 このお勤め、聖王教会の全霊を以って当たらせて頂きます」

「頭数だけとは思えない。 そちらのおかっぱさんは相当やれる人と見たけれど」

信じる物の異なる信徒達―――その大仰な顔合わせが行われている。

現地組はまだまだ増えそうだ。
高町家の面々が翠屋出張、店舗をあげての支援に乗り出して現地入りする予定。
久しぶりになのは達に会えると聞いてアリサやすずかも合流すると聞いている。
此度の催しはとにかく大所帯だ。  その人員管理だけでも想像を絶する手間がかかる事だろう。

だが、言うまでも無く一番重要なのはとにかく来賓を迎える事。
インターを降り、山を一気に登って、頂上から少し降りた所。
開けた盆地のようになっているのが、此度の祭の開催地。

その山の下りを折り返した地点――――バス三台の頭がようやく見え……

「………何か」

見えた途端――――そのダウンヒルに、甲高いエキゾーストノートが響き渡り……

「暴走してない?」


その瞬間、猛烈なダウンヒルアタックを敢行する三台のバスの姿があった!


――――――

3 ―――

「良い舟だ! 砲塔を左右に10門………あとは細かな微調整を施すだけ。
 それだけで、すぐにでも大海原に繰り出せるじゃないかっ! ははっ! ご機嫌だねぇ!」 

「繰り出せるわけ無いでしょう!? 日本の観光バスが水陸両用になった歴史なんてありませんからっ!」

「あとは、そうだな。 この煩わしい金箔を削ぎ落として全てをアタシ色に染め替えれば完璧だ!
 このエルドラゴ、最大の見せ場に呆けているほど阿呆じゃないんでね! 
 アンタの兄貴には大層、かわいそうなことをしたが―――」

大航海時代の先駆者。 無敵の女海賊が髪を掻き揚げて猛る。 
さっきの気付けが利いているようだ。 大層、酒臭い。

「せめて妹のアンタには勝利の味を教えてやるさ!」

「おい桜! 何とかしてくれ! ライダーの扱いには慣れてるだろう!?」

「無理です先輩ー! 属性的に一個も響き合うモノがありませんー!」

「あーはっはっはー。 もう、どーにでもなぁれー」

凛がラリっている。 右手を見ると水割りもしていない純度100%のアルコールが。
ドレイクの杯を摘んだのだ……俗に言うヤケ酒である。

「つくづく無責任な小間使いですねっ! さっさと行ってあの海賊を締め落とすなり何なりしてきなさいっ!」

ほら、行った行った!とキャスターが凛の臀部を蹴っ飛ばす。
ゲシゲシと、黒字のスカートにプリントされていく狐の足跡……

「………」

おもむろに無言で振り向く凛。
そのまま、背筋を総動員して後ろに反り返り――――めこすっ!

「ぴゃっ!!!?」

キャスターの鼻面に強烈な頭突きをかますのだった。
可愛い悲鳴をあげてのけぞる獣耳。
後方にたたらを踏んで、暫く何をされたか理解できずに、キャスターは顔を抑えてワナワナと震えている。

「ひーーーーっ!? とと、遠坂さん何をっ!?」

「荷荷―――ッ、今のは心意把かよ! 
 見事な一撃だが、あと半歩、踏み込まねば必殺とは相成らんな!」

唖然と、あかいあくまを見据えているキャスターと
どっかりと目の座った遠坂凛が暫く、無言で見詰め合っていたが―――

「ここ、こんのぉーーーーーーっっ!!!」

「やってやろうじゃないのっ!! 大妖がナンボのもんよ!!
 その白面を鼻血で真っ赤に染めてやる!!」

やがて当然の帰結とばかりに、狭い車内で取っ組み合う二人であった。

「こらこら、ここはコロッセウムでは無いのだぞ? この場に相応しいのは舞闘ではなく優雅な舞踊。
 歌えや踊れ、艶やかな天女の舞いを。 もっと余を楽しませるのだ」

「アンタはさっさとこの三文劇場を畳めっ!!」

「なな、なんだとっ!!?」


これを以って、3号車は完全に破綻―――――

終わりだ……目尻からホロリとしょっぱい液体が一筋。
飛行機事故さながらの喧騒を、どこか現実味の無い心境で見つめつつ―――

「俺が死んだら、墓石には無銘とでも記しておいてくれ―――」

衛宮士郎は瞬く星に願いを一つ―――

ヘアピンに突っ込むバスを遠い目で見守るのだった。


――――――

2 ―――

「なあ蛇の君? あれはドリフトというやつだろう?」

「違うな欲望の! ありゃモンキーターンってんだ! 
 陸でアレを見られるとは……地球に着いて早々、旦那はラッキーだよ!」

「流石は無限転生者……博識だねえ。 
 それにしてもあの機動は素晴らしい。 開発中のISの旋回パターンはアレを基盤としよう!」

妙に馬が合っているロアとスカリエッティを乗せた2号車は、既に3号車を猛追する姿勢を見せている。
長い車体が限界を超えたドライブによってギシギシと歪な音を立てていた。

「おい、大丈夫なんだろうなコレは? 
 桜ちゃんに会うまで俺は死ぬわけにはいかないんだっ!」

「大丈夫なんじゃないですか? 彼らは」

神父の女が他の座席の面々を見回して素っ気無く答える。

「くそ………どいつもこいつも緊張感の無い顔しやがって!
 これも全部、時臣のせいだ! 俺がキアヌリーブスにでもなるしか無いのかっ!?」

「ポルカミゼーリア(黙れ蟲野郎)」

身の程知らずに罵声を浴びせるカレン。

そして―――運転席では、長髪を腰まで垂らした背中がカタカタと震えていた。

「ねえ―――駄メドゥーサ」

「は、はい……姉さま」

「分かっているわね? 駄メドゥーサ―――
 私、例え遊びであっても負けるのは大嫌いなの」

「は、はい……姉さま」

「お利巧さん―――貴方は昔から速く走る事しか能が無いんだから
 それで負けたら存在価値無いものねぇ。 セリポス峠最速と言われた疾走を、下々の者に見せてやりなさい」

「でも、もし負けたら――――」

双子の姉の一人、ステンノがライダーの耳たぶをカプリと噛む。

「ひ、ひいいぃぃぃぃぃぃいいいいいいっっ!!!」

彼女の悲鳴が、ディーゼルエンジンの限界を超えた有り得ない咆哮と重なる。
黒煙を上げて急斜を駆け下りるバス。 この暴走を止められそうな者は―――


「くっ、この会談だけは何としても成功させねばならんというのにっ! ここはわしが……」

「無茶です中将!」

「その通りだ中将閣下……危険だから、シートベルトを締めて席に座っていて欲しい」

「貴様、闇の書の管制人格ではないか!? そのような者の言う事など聞けるか!
 此度の不肖は貴様の主ともども査問にかけてやるぞ!」

意気込みも往々に気勢を吐くレジアスゲイズ中将。
これでリィンフィースの太股に必死にしがみ付いている状態でなければ、格好もついたのだが……

「だいたい、このような重大な会合でドライバーに妖怪を雇うとは何という不手際か!
 才あれば出自もろくに問わん海の体質が今日の失態を生ん………う、ぶっ……ぼええええええええ!」

「中将! 父さぁぁぁぁんっ!!!」

「………………」

副官オーリスの悲痛な叫びが木霊する。
同時、閣下の名誉を守るためにリィンの雄雄しき羽がはためき広がる。
躊躇う事無く、中将の「全て」を受け止める漆黒の翼……
これも過去に犯した大罪の償いだと思えば、どうということは無い。
―――ちょっと悲しくて、臭いだけだ。

ともあれ、こんな感じで6課最強戦力は、レジアスによって完全に無力化されていた。

「これは……死ぬわね」

フッと笑みを浮かべるカレン。

全車両が連なるようにテール・トウ・ノーズで第二コーナーへと突っ込む中
紫陽花の女は胸の前で――――静かに十字を切った。


――――――

1 ―――

「出遅れたっ! まさか、このタイミングで勝負を仕掛けてくるとは……征服王が何たる不手際か!」

「イスカさんイスカさん。 日本の公道はバスで200キロ出して走るようには出来てへん……きゃわっ!?」

はやての冷静な突っ込みは氾濫する重力の波に掻き消される。

「あかん……舌噛む」

「なあ、はやて……信じていいんだよな!? 
 本当にコイツ、ノリと勢いだけで生きてる愉快なオッサンじゃねえんだよなっ!?」

「ちょう……自信無くなって来たわ」

「おいコラっ! てめえ、いい加減にしろよ!」

ステアリングを奪われたヴァイスが怒りの声をあげる。 そうだ。 こんな傍若無人が許されてなるものか!
一度、ドライバーとして運転席を任された以上、乗車員を無事に目的地まで届けるのが彼の誇りなのだから。

「だからバカの一つ覚えのイン攻めじゃ埒が明かねえってのっ!
 次のコーナーだ! フェイントかけて揺さぶって、アウトからまくれっ!」

…………前言撤回。 グランセニック、ノリノリである。

「……ヴァイス陸曹。 貴様、何を言っている?」

「止めねえで下さいシグナム姉さん! 男にはね、引けない時ってのがあるんです! なあ、ストームレイダー!!」

<Yes I will become fastest together>

「よく言った異郷の益荒男よ! 我、ここに同士を得たりっ! いざ往かん――――オケアノスの海へ!!!!」

「ひえええええええええっ!? 目的地は山やよ~~!??」

先行する二台の間に突き込むように、1号車が車体のフロントを捻じ込んだ。
総勢40名弱を乗せた鉄の塊が身を軋ませ、ベタ踏みされるアクセルの要求に全力で答え―――

―――三台は揃って最終コーナーに突っ込んだ。


――――――

現地 ―――

「――――――やっぱり悪夢だったようだね」

一言。 盾の騎士の呟きが、現地で待ち受ける人々の心胆を如実に表す。
全員が呆然と見上げ、立ち尽くす中で―――言うまでも無く、バス三台は連なって接触し……

共に最終コーナーのインを突こうと閂のように突き刺さったフロントが固定されたまま
荷重移動という名の暴力的な力がテコの原理で襲い掛かり、長い車両を真っ二つに引き裂いた。
そのまま横倒しに倒されるバス3台が最後の峠のガードレールを突き破ってゴロゴロゴロ―――
その残骸と化した観光バスの成れの果てが、彼らの前に無残に横たわったのが……ついぞさっきの事だった。

「な、なな………なぁのぉはぁぁーーーーーー!!!」

「お、お父さん落ち着いて!」

「なのはが! なのはがぁぁ!!」

先ほど到着した高町一家の主、高町士郎が半狂乱でバスの残骸に駆け寄る。 
速い。 間違いなく、神速とか使っている。
そんな中、ひしゃげた窓ガラスを割ってのそのそと這い出て来る影を、遠野秋葉が呆れた表情で見下ろしていた。

「はぁ………死ぬかと思ったわ」

「お早いお付きで……元気そうで何よりだわ。 リンシャン狸」

「はは、お久しぶりやなぁ……秋葉ちゃん」

「ったく……貴方が付いていながら何てザマよ。 ―――とと、に、兄さん! 
 翡翠、琥珀! 他は良いから、さっさと兄さんを掘り出しなさい!」

「あちゃ……えらい事になったわ。 流石にやばくない、コレ?」

月村家付きのメイド部隊も迅速に行動を起こすが、目の前の大惨事だ。
流石の女豪主も最悪の予感に心胆を凍らせるが―――

「―――――全く下品な乗り心地であったわ」

―――そんな惨事の、オチをつける声がまず上がったのが2号車だった。

残骸の天井を蹴り破り、何事もなく出てくる者がいた。 
既に何なく脱出していた者がいた。
自力で脱出の敵わなかった者の周囲にも、球体のフィールドが生成され、その身を魔法の障壁によって守られていた。

「たは、……酷い目にあったよ」

「でも、なのはの合図のおかげで僕も迅速にフィールドの生成に取り掛かれたよ。 皆、無事だよね?」

「念のために点呼を取ろう。 万が一、負傷した者は申し出て……」

「ヴァイス、貴様は減給だ。 あとで旅館中のトイレの床でも磨いていろ」

「死ぬ前に一度……く、悔いはねえですっ! キャノンボールは男の浪漫ですから!」

案の定 、こんなクラッシュ事故でどうにかなってしまうような連中ではなかった。
かすり傷を負っている者すらいなかった。

「アインス、何か匂うわよ貴方?」

「名誉の負傷……そう思いたいな」

2号車から、そして3号車からも次々と這い出てくる人影。 
何も無い空間にフォン、フォン、と空間の歪む音が響き、転移してくるモノたちもいる。
残骸を掘り起こすと、互いの頬を引き千切らん程につねり上げたまま繋がっている化石―――遠坂凛と狐と皇帝が発掘される。

「危なかったー! クルマってあの速度でも横転しちゃうんだ……結構、不便なのね」

「お前な、こうなる前に止められなかったのか? 
 道中の安全を頼まれていたのに、これじゃ秋葉に顔向け出来ないじゃないか」

「う……だって、ちょっと楽しかったんだもん……」

アルクェイドが向こうの方から眼鏡の学生を肩に担いで歩いてくる。
瞬間移動じみた速度で車間を飛び超え、3号車にいた遠野志貴を救って脱出したのだ。

「見ての通り……全員、無事到着や!」

あとは頼んだとばかりに親指をビッと立てて朗らかに笑う八神はやて部隊長。
後ろには百鬼夜行のワールドワイドバージョンみたいな連中が―――

「早くも、バス3台か……」

一つの仕事をやり遂げた達成感に満ちているはやての顔は、両家お嬢様の引きつる顔と対照的だった。

「規定範囲内です。 むしろ予定より軽微な損害かと」

「それもそうね……あら、どうしたの秋葉? 膝が笑ってるわよ?」

「忍こそ、さっきから歯の根が噛み合ってないけど? 歯槽膿漏かしら?」

「いやー、持つべき者は太っ腹の出資者とブルジョワの友達ですねぇ」

「「五月蝿い!!」」

シエルの冷やかしの言葉に両家の令嬢が罵声を浴びせる。

バトンは託された。 今度は自分達がこの厄介者の面倒を見る番なのだ。
はは、と乾いた笑いを浮かべる現地組の憂鬱を他所に―――


奈須高原・塩原温泉旅館―――リゾート・リリブラ


夢の三日間が幕を開けるのだった。

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最終更新:2010年11月29日 16:19