??? ―――

「幾何学的」といっても良い部屋であった―――

その複雑な文様は常人には使用の意図すら分かりかねる。
計器の数々。無数の生体ポット。
それらが整然と居並ぶ一室にて、中央に大きなソファとテーブルがあり
そのテーブル上には存在感も露に―――チェス盤のようなナニカが置かれていた。

様々な駒が雑多に並べられるその盤上は、まるでそのルールを知らぬ子供が
手探りで並べたかのような不規則性を醸し出す。

―――――――否、

まるで出鱈目で混沌とした配置のその盤の中央で―――
今、二つの駒が向かい合っている。

「ククク……」

中央のソファーには男がいた。
堪えきれぬと言った表情で笑いを漏らす男。
白衣に身を包んだ容貌――その口元には押さえ切れぬ愉悦。その目には狂気。
盤上の世界を、盤内で踊る駒を、嘗める様な手つきで弄ぶ。

「ふむ―――――」

中央のソファにはもう一人、男がいた。
白衣の影の対面に座る新たなる影。
黒衣に身を包んだ―――聖職者風の男が声を漏らす。

「その配置……初手としては些か振舞いすぎではないのか?」

「初めだからさ……クク。 
 これほどの祭だ。オープニングセレモニーは派手に行こうじゃないか!」

白と黒の両者。
その対処的な影が何やら不穏な言葉を交わす。

「それは構わんが、派手に踊らせ過ぎて駒が壊れなければ良いがな。
 そちらの魔導士がどれほどのモノか知らんが―――英霊の御名は伊達ではないぞ?」

「壊れたら壊れたで構わんさ。
 起承を待たずに主賓が壊れるのは確かに盛り上がりに欠けるが
 それもまた流れの一つと割り切ろう。」

白衣の科学者と黒衣の聖者の、誰も聞き知る事の適わない
それは忌むべき揺り篭の胎内で行われる談話であった。

「さあ………打ち上げようじゃないか! 
 でかくて奇麗で、見事な花火を!!」

甲高い嬌声が部屋中に響き渡る。 そしてそれが合図だったのか。
盤上で引き合わされた「エース」と「ナイト」の駒同士が
この歪んだ空間の元に――――引き合っていく。

狂気の宴の始まりの闘い。

その幕が、今―――上がる。


――――――

NANOHA,s view ―――

(お父さん……お母さん……)

彼女は眼前の光景に絶句する。
目の前の、一つの結果に――――

(お兄ちゃん……お姉ちゃん……っ) 

それは考えられる最悪の事態。
彼女の脳がそれを瞬時に受け入れ、眩暈を覚える。

(アリサちゃん……すずかちゃん……ッッ!)

歯の根が合わず、カチカチと耳障りな音。
それは彼女自身の咥内から生ずる音。
裸で寒冷地に放り出されたような寒気が全身を襲い、その震えが止まらない。
呆然と立ち尽くす彼女。半狂乱で駆け出し、叫び出したい衝動。
それを―――唇を噛んで抑え込んだ。

「こちらスターズ1・高町なのはです……
 クラウディア、聞こえますか?……こちらスターズ1……」

動揺を必死で押さえ込み、味方に通信を送る。
前後不覚の状況に陥った時こそ、今、出来る最善を尽くす。
このような事態に陥ってなお、彼女は彼女以外の何者でもなかった。

「スターズ1・高町なのはです……応答して下さい! 
 ライトニング1・フェイトちゃん! はやてちゃん!」

しかしその呼びかけは空しく虚空に響くばかり。
彼女の声は誰にも届く事はなかった。
座標認識不可。音信不通。
計器その他一切が故障としか思えない数値を叩き出している。

「………………」

立ち尽くす彼女。
漆黒の空に灰色の雲がたゆたう。
まるで黒竜がその身を遊ばせているかのよう。
文字通り暗雲渦巻くその凱下にて―――― 
ミッド近郊の廃棄区画を思わせる廃墟が広がっている。

それは彼女―――白き魔導士の愛すべき故郷

海鳴町…………その、変わり果てた姿であった………


――――――

守れなかった……………
手遅れだった……………

後悔と絶望。胸が締め付けられる程の無力感。
目から溢れ出しそうになる涙を必死に拭う。
泣くのは出来る事を全部やってから……そう、自分に言い聞かせる魔導士。
表情は蒼白ながらも、持ち前の強き意思がギリギリの所で彼女の自我を保っている。

この事態―――<敵>もしくはそれに随する<何か>の仕業であるのは間違いない。

そう、敵………JS事件の首謀者。
次元犯罪者ジェイルスカリエッティ。

(誰か……生存者……お願い…)

商店街の街並。 通い慣れた道。
見覚えのある交差点を辿り、無人の街頭にて折れそうになるヒザを奮い立たせ
魔導士は祈るように歩を進める――――


――――――

SAVER,s view ―――

(シロウ………) 

眼前の光景に絶句する。
目の前の、一つの結果に―――――

(マスター………どこだ…!)

それは考えられる最悪の事態。
マスターの傍を片時でも離れた自分の迂闊さを呪った。

(何を……何をやっているのだ私は…!)

奔放なマスターに頭を悩ませるながらも、その人柄を好もしいと思った。
かつて共に闘った彼の父親とはついには分かり合う事はなかったが
この主となら―――信条に背く事なく我が剣を預けられる。
ならばせめて、いつ危機が迫っても良いように
令呪に異変を感じればすぐに馳せ参じられるよう神経を研ぎ澄ませていた。
なのに…………

歯の根をギリと噛み鳴らす耳障りな音。
それは彼女自身の咥内から生ずる音。
怒りと不甲斐無さで身を焼かれるような熱気が全身を襲い、震えが止まらない。
一心不乱に駆け出し、主の名を叫びたい衝動。
それを―――唇を噛んで抑え込んだ。

「………………」

猛りは一瞬。 敵の奇襲を受けた時こそ冷静に迅速に―――
このような事態に陥ってなお、彼女は彼女以外の何者でもなかった。

「…………結界?転移? いや……」

端麗な眼差しが周囲を警戒、模索する。 眼前に広がる光景―――
彼女はさっきまで主の屋敷の一室に待機していた。
だが、異変を感じた時には既にこの場に放り出されていたのだ。

漆黒の空に灰色の雲がたゆたう。
まるで黒竜がその身を遊ばせているかのよう。
文字通り、暗雲渦巻くその凱下にて―――― 

廃墟となった……冬木の町…………

夜の新都に一人―――騎士の王はただ立ち尽くす。


――――――

この事態―――<敵>もしくはそれに随する<何か>の仕業であるのは間違いない。

そう、敵……聖杯戦争のマスターとサーヴァント。
これが<敵>の何らかの策謀によるものだとしたら
自分がこうしている間にガラ空きの主を狙われるのは必定。
既に敵の手に落ちた可能性も十分にあるだろう。
焦燥に押し潰されそうになる騎士である。
希望的観測すら見出せない状況――――

(シロウ―――貴方の剣となり御身を守ると誓った……)

その誓いを果たせぬかも知れないという焦りと不甲斐無さ。
かつて守れなかったモノ――――
不意に頭につく幻視を――――必死に振り払う。

ヒザをつくのは出来る事を全部やってから。
衛宮士郎と共に歩いた新都の町並。
通った道、通った交差点を辿って歩を進める騎士。
苦渋に満ちた表情を隠そうともせず、最悪の予感を押し殺しながら
騎士は一人、影絵の町を彷徨う―――


――――――

――――――

ジェイルスカリエッティ――――――
彼が管理局の拘束を何らかの形で逃れ、脱走。
第97管理外世界・地球に逃げ込んだという報告は
機動6課……ことに高町なのはら地球出身の局員の心胆を震わせるに十分な報せであった。 

何故、彼が地球に、という疑問もそのままに
故郷が戦火に晒されるという危機的状況を前に
八神はやては後見人達の協力の元、半ば強引に機動6課の再設立を申請。
上層部もJS事件で彼女らがスカリエッティを退けたという経緯
功績を踏まえ、事は迅速に進んだ。
任務上、フォワード陣の早期の合流が望めない状況だったが故に
スターズ隊長・高町なのはを初め、フェイト、はやて、ヴォルケンリッターら
主力メンバーが先行して地球に降り立つ。

時間にして最短。何としてでも間に合わせる!
その思いの元、6課総力を挙げての強行軍は
しかし―――最悪の未来を回避する力にはならなかった………
絶望に押し潰されそうになる魔導士だったが―――

(おかしい………何か…)

藁をも掴む思いで生存者の探索を続ける、そのうちに微かな違和感――
希望的観測に過ぎない些細な物であるにせよ――
悲しみに染まりつつあったなのはの表情に、微かに懐疑の念が混ざる。

   歩きなれた、住み慣れた町。
   そのところどころに―――自分の記憶と違う場所がある?

散策しながら思考を回転させ、状況を整理していく魔導士。
まず第一にこの地がスカリエッティの蹂躙を受けた事を仮定する。
もし、それにより件の惨状になってしまったのだとしたら―――その跡………
海鳴の人々の「そういったモノ」が、全くない事にまずは違和感。
もし眼前に広がる光景が文字通りの地獄絵図であったなら、いかに自制心を総動員したとて
彼女は嗚咽に崩れ落ちる体を支える事が出来たか否か。

そう、それは完全に廃墟と化したゴーストタウン。
初めから人の住んでいた熱気―――気配が稀薄なのだ。
母艦クラウディアから設定した転送先は地球での拠点と定めた「八神邸」
だが気がつけば全く別の場所に、他の隊員とも散り散りに飛ばされている。

(海鳴……でも、一体…)

彼女の心中は今や、悲しみよりも混乱と
最悪の結果を否定したい気持ちで綯交ぜになりつつある。
だがこの状況………何が起こるか分からないのは確かだ。
恐らくは敵地と化したこの地にて、いつまでも固まっているわけにはいかない。
火急の事態に対して「いつもの備え」を行う。
                 
……故に―――――気づけた。

「!!!」

魔導士の全身に緊張が走る!

それは――確かにいた。

彼女を尾行してくるものの存在。
自分の50m後方をピッタリと――張り付いてくる影。

(敵……)

頬を伝う汗。
時空管理局機動6課所属スターズ隊長・高町なのは。 
愛杖レイジングハートのセーフティ・ロック解除を確認。

思考を切り替える。
クリアに、より冷静に。
焦燥を浮かべていた顔が歴戦のエースの表情へと変わっていく。
深呼吸を一つ―――歴戦の教導官が後方の影に全神経を集中させる。


――――――

奔走する騎士の前方―――

それは――確かにいた。

(………あれは…!)

ほとんど反射的に街頭の影に隠れる騎士。
自分と同じく廃墟となった街を練り歩いているモノがいた。
遠目のビルの物陰に隠れながら、ソレを尾行する。

ガチャリと、自らの発する鎧の擦れる音に舌打ちをする。
数ある戦場にて幾千幾万の敵味方が仰ぎ見た、光り輝くその雄姿。
隠密行動などという行為からは最も縁遠い存在である。
簡単に言えば目立つ人なのだ。黙って立っていても―――
他人の後をコソコソとつけるなどした事もない身。
その、ぎこちなさを隠せない必死の追跡行が続く。

(……いっそ武装を解除して――いや、)

ここは既に戦地だ。
どこから敵が狙ってくるかも分からない場所で武装解除するなど愚の骨頂。
しかし鎧が擦れる音が耳障りでしょうがない―――
いつ敵にばれてもおかしくない、それは殊更、無様な尾行であった。
とはいえ、この不肖の事態において唯一の手がかりとなるモノを見逃すわけにはいかない。

   サーヴァントではない…… 
   その気配は感じない……

だが無関係かと言われれば微妙な―――その風体。
このような場所で、まるであつらえたかのように自分の前に現れた事もある。
身のこなしや佇まいからして素人のそれとは程遠い。

先手を取られ、不利な状況の中―――
この件の企てがあの者の仕業であるなら、これはチャンスかも知れない。
主があの者の陣営に囚われの身となっていたとしたら
ここで相手の身を抑える事によって出鼻を挫く事こそ突破口の一端。

「後ろ……いるのは分かっています。」 

(…………っ!!)

しかして騎士のそんな目論見は―――

「大人しく出てきて下さい。」

―――呆気ないほどに、挫折。

前方の背中からかけられた声が、尾行に勤しむ騎士を嘲笑うように場に響く。
つくづく甘い考えだったと自嘲する騎士である。
そう……これが相手の策略ならば、自分はその網にかかった獲物だ。
相手の胎内にいるも同然の身で尾行など成功するはずもない。

相手は前方50m。
こちらに向き直り、騎士の方に真っ直ぐに杖の先端を向けて構える。
十分な距離。十分な間合い。 自分は見事に、まんまと誘われたのだ。
相手に気づかれてるとも知らず、慣れない間抜けな追跡を続けていた自分を叱咤する。
このような火急の事態に慎重に行動してるヒマなど―――初めからなかった!

覚悟を決める時―――騎士の顔が、常日頃のソレへと変貌していく。

其はサーヴァント・セイバー。
数多ある伝承において最強の剣の英霊と称されるその身。
眩いばかりの白銀の肢体を、今―――魔導士の前に現した。


――――――

高町なのはが騎士の尾行に気づけたのは、その追跡が不慣れだったという事もあるが
ひとえに「ある備え」のおかげだった。

鉄壁を誇るなのはとて不意を突かれれば堕ちない道理は無い。
過去、奇襲による幾度かの敗北。一度はそれで生死の境を彷徨った事もある。
その教訓から、いつ敵が襲ってくるか分からないという状況に際し
スフィアによるワイドサーチを小まめに飛ばす事を習慣つけていた。

そして、そんな事はつゆ知らぬ騎士。
相手の行動がその身の尾行を誘い、罠を張って自らを迎え撃つつもりだったと取る。
状況からそう認識した彼女はもはや相手を―――敵のマスターであると疑わない。

その距離、50mの間合い。
開けた視界に陣取り相手の出方を待つ魔導士と、物陰から姿を現した騎士。
苛烈な戦いぶりと裏腹に、常時は物静かな二人である。
こんな状況でなければ、恐らくは対話による相手との接触を図ったであろう。
しかし今現在、互いに精神的余裕はまるで無く
この異常な状況の中で双方、もがく様に手がかり―――光明を求めて彷徨っていた。

要するに正常な思考とは程遠い状態であったわけで…………


――――――

NANOHA,s view ―――

(………子供? 女の子…?)

少し戸惑う。
てっきり、スカリエッティと共に脱走した戦闘機人や
ガジェットが出てくると予想していたから………

多分、年の頃は15、6。
金色のキレイな髪に薄い緑色の瞳。西洋の人形みたいに整った顔立ち。
そして服装はそんな清楚さとは真逆の銀の西洋鎧に身を包んだ完全武装。 
でもそれを全くアンバランスに感じさせない予定調和のような美しさを彼女は持っていて
敵地だというのに一瞬、その奇麗さに目を奪われてしまう。
それが目の前で敵意を剥き出しにして、私を睨んでいる人の風体………

敵意―――そう、凄まじいまでの闘気。
一瞬で背筋に何かが這い上がってくるような感覚を覚えながら構える私に対し――

ダァンッッッッッッ!!!!、と――――
耳を劈くような、アスファルトを踏み抜く音を彼女は場に撒き散らす。

「……ッ!」

息を呑む私。
何一つなかった。
交わす言葉も、何も。

一切の躊躇いも無く問答無用に、彼女―――白銀の騎士はこちらに突っ込んできた!
既に砲身を向けている私に対して真っ直ぐに、だ!

凄まじい踏み込み……初動の爆音を全くの置き去りにして発射された白銀の肢体。
まるでフェイトちゃんのテイクオフを思わせるようなフルスタート。
その迫力に、思わず上体が仰け反ってしまいそうになる。

その馬鹿げたスピードは私の視界から残像も残さず
反撃も迎撃も出来る十二分に対応可能な距離―――
50mという間合いの対峙を瞬く間に潰してくる。 でも………

「アクセルシューター……!」

予め用意していた48のスフィア。 それが私の周囲に展開する。
どんなに速くたって―――奇襲でも機先を奪われたのでもない以上
先に相手の鼻先に銃口を向けている私の方が速いに決まっている。
あまりにも無策……この状況でそんな突撃をするなんて…

「シューーーーーートッッ!!」

デバイスや魔法の補助を受けての事だけど
超高速移動をする相手との戦闘訓練は十分に受けている。
もっとも相手は真正面からグングンと迫ってくるのだから狙いをつける必要もない――

全弾斉射!!! まずは動きを止めて……ッ!


――――――

SAVER,s view ―――

こちらの動きが相手に筒抜けである以上
もはや問答の暇も交渉の余地も与えるつもりはない。元より交渉の材料などない。
何故なら敵の術中に嵌った時点でこちらの身は抑えられたも同然―――

敵サーヴァントがどこから狙ってくるかも分からないのだ。
不利な材料しか持ち合わせていない者が対話の席に着かされたとて
まともな交渉になるはずがない。
敵の胎内で動かなければ、座して消化されるのを待つだけだ。

ならば――――まずは相手の頭を抑える!

絶対的に不利な状況の中、少しでも活路を開かねば何もならない。
勿論、それ自体が罠の可能性もあるだろう。
私の奮起を誘い、飛び出させたところを網に絡める事も十分に考えられる。
だが……事ここで深慮など愚の骨頂。
どんな姑息な罠だろうと、真正面から打ち破り、噛み砕いてみせる。
この身は………数多の戦場でそうしてきた、剣の英霊なのだから。

街頭から姿を現した私と相手の目が合う。
どうやら女の―――魔術師のようだった。
栗色の長髪を両端で結んだ風貌はどこかリンを髣髴とさせる。
その引き結ぶ口元には、蜘蛛の巣にかかった哀れな獲物を見るような優越感―――
そのような嗜虐めいた感情は、表向きは見受けられない。
まあ、どのような罠があれど―――サーヴァントと向き合いながら
弛緩の空気を垂れ流しているようでは三流以下だろう。
向こうも相応に、この身を警戒しているという事以上の意味はあるまい。

だがメイガス―――それでも迂闊さは拭えないと知れ。

先ほどリンを引き合いに出したが、彼女は余程の理由が無い限り
このようにサーヴァントと正面から向き合うなどという愚かな行為は絶対にしない。
その選択が高くつくという事を存分に教えてやる……魔術師よ!

「はぁっ!!」

敵との距離を即座に潰そうと踏み込む。
まずは我が前進、止められるものなら止めてみよ!

「アクセルシューター……!」

私が行動を開始した直後―――全く同時。
相手はこちらの動きに合わせて周囲に迎撃の魔術を展開する。
良い反応だ……私の動きを捉えているというのか…?

「シューーートッッーー!!」

鈴の音のような声が響き渡り、数十を超える魔弾がこの身に降り注ぐ。
その弾幕は直進を続ける我が視界を埋め尽くすほどの豪壮なものであり
相手が並の使い手では無い事を感じさせた。

だが……私はそれに構わず直進する。
それを受けて相手の表情が―――強張る。

その無数に放たれた魔弾が、私に触れるや否や―――
まるで弾かれるように散華し、消滅したからだ。

「ええっ!!??」

驚きの声をあげる彼女。
残念だが魔術師よ。
この身には届かない………その程度の「魔術」ではな!


――――――

――― 対魔力 ―――

―――サーヴァントセイバー
その真名は古の時代、数々の伝説を打ち立てたとある王の名である。
彼女は「規格外」を除けば、7人のサーヴァントの誰を相手にしてさえ互角以上に闘える
まさに最良のサーヴァント。

ことに魔術師に対しては反則じみた優位を誇る所以がある。
それがこの最高ランクの対魔力。
Aランク以下の魔術を無効化するという神域の守り―――
それは即ち、現代に属するほぼ全ての魔術を以ってしても
彼女を傷付ける事は出来ないという結論に達するのである。


――――――

NANOHA,s view ―――

「ええっ!!??」

驚きの声を上げてしまう私……
その人は正面から迫り来る私のシューターを前に一切の減速、方向変換をする事無く
弾幕にその身を躍らせていた。

当然のように全弾直撃――――

受身すら取らずに直撃した………
回避なんて初めから頭にない愚直な直進。
破れかぶれにすら見えたその無茶な行動。
でも、その全部直撃させたはずの私の魔法は―――

「嘘………止まらない…!?」

彼女に対して何の効果も―――減速の効果すら与えてはいなかった。
まずい……私のシューターを全く意に返さない…
凄い装甲を持っているのか、それとも事前に特殊な術式を張っていたのか―――
何にしても直進してくるなら誘導弾じゃなくて大砲撃っとくんだった!

ファーストヒットは失敗。
初弾を弾かれた私は簡単にその間合いを犯され、間合いの中へと踏み込まれた。
それは完全に近接の―――騎士の距離!

「だああああッッ!!!!」

速い! 剣が見えないッ!!?
耳を劈く凄まじい気合!
最上段から大被りに振り下ろされる一撃―――

「レイジングハート!!」

それを私は―――


――――――

SAVER,s view ―――

為す術も無く簡単に、一見の間合いまで私の接近を許す魔術師。

これだけか? 備えは?
いくら何でも粗末に過ぎる。
甘く見ていたのか……私を?

少々、拍子抜けだがこれ以上何もさせる気は無い。
叩き伏せ、拘束させて貰う。
護衛もつけずに我が前に姿を晒した己の迂闊さを呪うが良い。

…………………

くっ……迂闊なのは私も同じ……
それはいつもこの身がシロウに言っている事だ。

どこか甘い―――しかし愛嬌のある笑い顔を思い出す。
シロウ……何故、私を呼ばない?
令呪を使えない理由でもあるのか…?

(まさか………既に…)

考えたくない事態が脳裏を過ぎる……
主とのレイラインが体に通っている以上、その事態にはまだ至ってない……はずだが。

不吉な思考をかぶりを降って頭の中から消し去る。
ともあれ、まずは目の前の相手を沈黙させる。
我が剣を、もはや為す術も無くなった相手に振り下ろすのみ。
当身で気絶させるだけだ。
まだ死なれては困るのでな……動かなければ外傷は――――

<ぎぃぃぃぃぃぃん>

「な、なにっ!?」

予想していた感触とは全く違う
何か硬いものに阻まれた手応えが私の両手に伝わる。

堅牢な盾に刃を突き立てたかのような感触―――

これは………障壁か!?
それもかなり強力な!

相手がその掌をこちらに翳している。
素手、ではない。
鮮やかな桃色の魔力で編んだバリアのようなもの――
それが私の剣戟を阻み、止めていたのだ。


――――――

――――――

機械音じみた甲高い衝突の調べ。
魔力と魔力の鬩ぎ合いによるギチ、ギリギリ、という
耳障りな音が無人の廃墟に響き渡る。
それはセイバーの攻撃がなのはの防護シールドの壁に阻まれた音―――

(何とか……スピードには驚かされたけど対応出来ないほどじゃない…)

剣と盾。斬り裂くものと阻むもの。
古の時代より相反する存在として鬩ぎ合ってきたモノたちの此度の邂逅は――

「バリア・バーストッ!」

――盾に軍配が上がる。

「つうっ!」

舌打ちするセイバー。
打ち込んだ剣が総身ごと押し戻される感覚。
騎士の剣を止めたソレが目の前で膨張していく。

射手は距離を潰されたら終わり、という概念は高町なのはには当て嵌らない。
時には騎士をすら近接で圧倒する彼女の真髄は、その防御技能の高さにあると言ってもよい。
今、なのはが使用したバリアバーストは彼女の得意とする防御魔法のバリエーションの一つ。
防護壁を自ら任意に破砕させ、敵を吹き飛ばす。
相手にダメージを与えるというより、打ち込んできた敵との距離を再び放すのに多様される魔法である。

(近接の模擬戦はたくさん積んできているし、簡単には打ち込ませない!)

相手をその掌で突き飛ばすかのようなフォームで放たれた防壁破砕。
なのはの膨大な魔力によって編まれたシールドの内在されたエネルギーが小規模な範囲ながら爆発を起こすのだ。
並の騎士ならば予想だにしない衝撃で6、7mは吹き飛ばされて、悪くすればKOだろう。
ましてや相手はこんな小柄な少女である。
なのはのバーストをまともに浴びて全身に桃色の破光を浴び、吹き飛ばされたその身が無事にすむ筈が無い。
普通ならばここで多大なダメージ、優位な距離を魔導士に与えてしまった騎士が
為す術も無くなのはに詰まれる光景が展開されていただろう――――

そう…………あくまでも――――彼女が並の騎士ならば、の話である。


――――――

NANOHA,s view ―――

バリアバーストで距離をとって、改めて仕切り直し………

「……………」

最初の攻防は共に一合。 相手が攻撃して私が受けた。
それだけのやり取りだったんだけど…
そこから少しでも相手の戦力や能力を割り出す事は可能。
50m前方から一息で間を詰めてくるスピードは恐らくフェイトちゃんにも負けないくらい。
私のシューターを弾き返してなお減速しない突進力と防御力。
攻撃力は……AAAの騎士、くらいかな。

そして、私のバリアバースト――

魔力破砕の衝撃をその身に受けて……結論として、彼女はまるで吹き飛ばなかった。
今、彼女は3m半の間合いにいる。全開の吹き飛ばし判定をものともせず
しっかりと私に打ち込める間合いに踏み留まり、まるで引かず離れない。
突出してるのは、脚力かな……
さっきの踏み込みや、今、この娘の立っている足場を見る。
アスファルトの硬い地面をまるでおトウフみたいに踏み抜いている……
冗談みたいな光景だ…………困ったな。

この人のスピードでこの間合いじゃ、右に逃げても左に逃げても薙ぎ払われるし
バックステップなんて最悪。そのまま押し切られて終わりだ。
飛行しようにも離陸の体勢を取る直前に潰される可能性大。
ちょっとでもヘタな動きをしたら即、打ち込まれるから自分からは動けない。
いつもは向かい合っている相手に呼びかけたり対話を試みるくらいはするんだけど―――
その余裕が全然無い……凄いプレッシャーだ。凄く強い相手だと一目で分かる。

とにかく今は相手が攻撃してきたら、しっかり防御して
何とか相手の動きを止めて一旦、距離を離す………それしか出来そうにない。
と、その時――――

「―――――、」

まるで隙の無かった敵の重圧が一瞬、弱まった―――?

というか相手の集中力が私から逸れた気がした。
周囲にチラッ、チラッ、と目配せをした感じ。

「っ!!」

無意識に体が動いていた。
最初の攻防で編んでいたものの、相手の踏み込みが速すぎて撃ち切れなかった魔法
近距離で撃つのは、正直リスクが大きい……

でも、色々考える前に……
誘いか罠か、その可能性を考える事なく
私は―――それを撃っていた。


――――――

高町なのはのリンカーコアから噴出する魔力が全身に行き渡る。
それは大魔法の予兆―――

だが、本来その桃色の艶やかな魔力は術者の体内を駆け巡り
周囲を震わせ、世界に干渉するプログラムとして魔方陣という形で具現化し、力を行使する。
それがミッドチルダ式魔法の基本的な仕組みである。
だがその術式に精通し、熟練した高ランクの魔法使いの中には
時に大魔法ですら即席で編み上げる者がいる。

――― 行程キャンセル

もはや理論でなく感覚――センスや才能の世界。
全ての手順を最速ですっ飛ばし、高難度・高出力の術式を完成。
愛杖レイジングハートの先に光が収束していく。
まるで剣術の居合い抜きのように――――

「ディバイィンバスタァァー!!!」

高町なのははセイバーの見せた刹那の隙に対し数分の遅れもなく―――

抜き打ちによる砲撃魔法を叩き込んでいた!


――――――

SAVER,s view ――― 

肉迫し、眼前の敵を打ち倒す。
いつでもそれが可能な距離にその身を置いた。

だが………今まさに踏み出すこの足が一瞬、躊躇したのは何故か―――
私は今現在の状況に思考を過ぎらす。

相手の魔術師との攻防。
我が剣を受け、弾き返したのには驚かされた。
だがそれでも魔術師である以上、私の脅威にはなり得ない筈だ。
それ以前に人の身で英霊と闘う事の無謀性―――
聖杯戦争のマスターならば常識であるはず。

そうだ……そもそも私は相手の策謀にかかった側。
でありながら今、戦闘を優位に進めつつあるこの状況は何だ?
普通に闘えているこの状況は何だ? 不自然ではないか?

更に思索を巡らせる。
この魔術師が自らを囮に私をいぶり出すのが目的か?
それとも何か別の意図があるのか?
やはりサーヴァントによる死角からの奇襲か?

どのような繰り事を弄そうと、この剣で粉砕するのみだが……
マスターを抑えられている可能性がある以上、迂闊な失敗は許されない。
周囲の状況を確認。
時間にして一瞬、私は魔術師から注意を逸らす。
そこへ―――

「ディバイィンバスタァァー!!!」

敵の大魔術が炸裂していた。

「むっ…!」

眼前が光に染まる。 
一切の防御行動を取らない私をソレが飲み込む。
先ほどとは明らかに違う、地を薙ぎ払うかのような波光に一瞬、目を見張る。

これを即席で……しかも今の私の隙に合わせて撃ったというのか…!?
狙いは未だ分からずとも、その技量には見るべき所がある。
魔術師として並みの腕ではない事は明白。思い切りもいい。

……大地が抉れる程の膨大なエネルギーは未だ続いている。  
……凄まじい威力だ。

抗魔能力の低いサーヴァントなら、これで終わっていたかも知れないが―――

だが、その放出が減退していき、魔力の余波で塞がれた視界が次第に開けてくる。
互いに相手を認識するするにつれて――――
魔術師の表情が強張り、その目が驚愕に見開かれるのが見えた。

近距離で放たれた巨大な大砲じみた魔術。
その放出が完全に終わり………
なお何事も無かったかのように悠然と立つ私の姿に―――

――絶句する彼女の表情を我が目が捉えた瞬間だ。

ソレはやはり、この身に掠り傷一つ負わせる事はない……


――――――

「くっ………そんな…」

驚愕に見開かれる魔導士の双貌。
どんな敵をも薙ぎ倒してきた高町なのはの切り札―――砲撃魔法
それが全く通用しない。信じられないといった表情を作るなのは。

(分からない――)

そしてその顔を見たセイバーもまた戸惑いを露にしていた。

敵の魔術師が杖を構える。
足の幅を広げて立つ姿。
それはどう見ても迎撃の意思。

顔には、魔術が全く通用しないという狼狽はあれど、些かの恐れも迷いも見受けられなかった。
そうだ………これはまるで、自らの力のみで戦おうと決起する者の姿ではないか?

初撃で決めるつもりだった。
それが弾かれた時、奇襲の失敗によって周囲からの援護を覚悟し、身構えた騎士。
だが失敗の代償はいつまで立っても払われず―――
目の前の相手は、まるでサーヴァントである自分と
このまま無謀な闘いを続けようという意思を露にする。
相手の表情に嘘は無い。
少なくともこちらを誑かす意思を読み取る事は出来ない。
何か手違いがあったのか? それとも単に自分と相手の力量を量りかねただけなのか?
未だ疑念の晴れやらぬ騎士であったが―――

(よかろう……)

いつまでも不明な点に思慮をめぐらせ、相手に付け入る隙を与えるような騎士ではない。

(これ以上の思索は愚昧……
 どのような意図であれ、我が剣を前に立ち塞がる以上――)

疑惑。戸惑い。躊躇い。
闘いにおけるありとあらゆる不安要素。
そうした余分なものを一切合切 頭の中から追い出し―――

「遠慮はいらないな……メイガスよ――」

己の剣。その渾身の一撃を相手魔術師の身に刻むべく、セイバーは腰を落とす。
恐らくは決めとなるであろう、その突撃体勢―――

その終局に向かう場の空気が容赦なく冷たく、ギチギチと―――
向かい合うなのはの両肩に、重くのしかかってきていた。


――――――

NANOHA,s view ―――

抜き打ちとはいえ、ディバインバスターの直撃を受けて無傷で佇む騎士。
受身も取らず、ほとんど棒立ち状態でのクリティカルヒットは
しかしその白銀の肢体を揺るがす事さえ出来なかった。
信じられない……本当に効いていないの…?

「遠慮はいらないな……メイガスよ――」

「っ!!!」

この闘いが始まってから―――とはいえ、時間にしてまだ数分くらいか。
初めて彼女の言葉らしい言葉を聞いた。
よく透き通った奇麗な声は、それが故にぞっとさせるような底冷えのする響きを醸し出す。

この言葉の意味は分かる………

――― これで終わらせる、という意思表示 ―――

今撃った砲撃が実質、私の最期のターンだったと暗に示すその言葉。
詰まれる直前の、イヤな感じ―――それがこの場を支配しつつある。
まずい……相手のペースだ。 何とかしないと……

目の前の娘が二度目の強襲の体勢に入る。
腰を落とし、総身を振り絞るかのように力を溜めたその構えは、突き!
これを全力で弾き返したら一旦、何が何でも後退しなきゃ……
彼女から再び距離を取るには一度、ほんの数瞬でいいから完全にその動きを止めなきゃいけない。
私の一挙一足より、彼女のそれの方が遥かに速いのだからそれは必然。 

そんな相手から再び距離を取るには―――
同時詠唱で三つ……フルスピードで編み上げる。

攻撃を防ぐ、動きを止める、を同時に行い
直後、ほぼタイムロス無しで離脱。
シールド→バインド→フラッシュムーブの連携。
上手く距離を取れた後、相手がまだ動けないようならもう一度……
今度はフルチャージの砲撃を当てる。
その工程をシミュレートして――――

< ダァァァァァァァン >

(来た!!!!)

アスファルトに地雷でも埋まっててそれが爆発したんじゃないかって錯覚を起こさせる
それほどに凄絶で激しい、騎士のスタートダッシュ!

さっきと違って、色々やらなきゃいけない。
難易度はずっと高くなるけど……
相手の攻撃をよく見てタイミングドンピシャで合わせる――そのプランは立てている!

そうだ……相手の攻撃をよく見て―――獲るッ!!


――――――

――――――

二度目の剣と盾の激突。
一回目と違い、万全の備えを持って望んだ高町なのは。

まずは手動で前方に展開するシールドは外堀。
これが抜かれた際は、直後に予め組んであるレイジングハートのオートプロテクションが発動し
周囲にラウンドバリアが張り巡らされる。これが内堀。 
そして、それを超えてこられたとしてもBJの作用による全身のフィールドが
本丸である彼女の体を覆っている。

どんな攻撃でも受け止められるよう編まれた三重の防壁―――
大魔力、重装甲を誇る彼女のそれはまさに難攻不落の城塞だ。

しかしながら堅牢な鎧に身を包み、固い盾を持っているからといって
それで全ての攻撃を防ぎきれるかといえば、そうではない。
ことに対人戦において防御壁というのは、ただ張れば良いというものではない。
相手の攻撃に合わせて魔力圧を上げる作業。
強弱のタイミングも重要だし、場合によってはカートリッジによるブーストもかけなくてはいけない。
打点をずらし、受け流し、相手の攻撃を逸らしながら反撃の機会を待つ行為―――
それが防御行動というものである。
ただ亀になるだけの守りなど上から叩き壊されるのを待つだけのものに過ぎないのだ。

だから、この攻防において高町なのはは騎士の攻撃を獲ろうと全神経を集中し
初めて――――騎士の剣を凝視した。

凝視したが故に―――初めて気づいたのだ………

その………不可視の剣に。


――――――

NANOHA,s view ―――

恥ずかしながら心底、ぎょっとした………
この戦いを誰かに見られていたら正直、失笑を買われてもしょうがない程の不覚。
だって本当に私は―――それにたった今、気付いたんだから。

速い! 剣が見えないッ!!?と、初めの激突の時にそう感じた。
対峙した時は相手の予備動作を見逃さすまいと必死だった。
目や肩や足先、全身の挙動、それを伺うのに神経を集中していた。
もともと騎士独特の半身の構えは、こちらから刀身が見えにくいものだという事もあった。
そして今、突きの構えを取った時に「あれ……?」って――不自然な感じがしたけれど
本当に一瞬……不審に思った時にはもう踏み込まれていた。

そう、ここまで来て……ようやっと気づいたんだから。  
相手の刀身が「視えない」っていう事に。
速くて見えないんじゃなくって本当に、「無い」っていう事に。

「しまっ………!?」

一回目は距離があったし、何とかカンで捌けた。
でも今度は近距離の間合い、偶然で防げるほど甘いものじゃない。
しかも視認出来ない不可視の刃に完全に意表を突かれた私は
シールドの魔力圧を上げるタイミングを完全に外されて――最悪の状態で彼女の剣と激突をする。

ギャリリリ、ギャリ、、ギャリ、!!!!!!

「……………!!」

「くッッッ、うう……!!!!!」

再び響き渡る魔力同士がぶつかり合う音。
だけど、さっきとはまるで違う。

騎士の攻撃は突き―――防壁を抜くのに最も合理的な技だ。
それに対して私が展開したのは棒立ち状態でただ構えてるだけの盾。
話になるわけが無い……貫いて下さいと言ってるようなものだ…

ギャリ、ギャリ、ぞぶ、―――

「う、うッッッ……」

騎士の突きは私のシールドをなんなく貫き―――
レイジングハートが張ってくれたバリアを壊し―――

「く………ぬ、抜かれるッ!」

BJの守りを苦も無く貫いていた。

相手の攻撃が止まってる間に捕獲魔法――そんなどころの騒ぎじゃない!
この瞬間、私の防護機能は沈黙し
その破壊の影響、衝撃で逆に私が後方にたたらを踏む。   

「だああああッッッ!!!」

最悪……裂帛の気合と共に閃光のように追いすがる騎士。
突いた剣先をそのまま引いて繰り出される、流れるようなフォームでの右の袈裟斬り。
それは半身の下段構えから袈裟に切り落とす一撃重視の型。
必殺の斬撃が丸裸同然の私に襲い掛かる。

「くっ……ええいっ!!」

でもやられないよ……こんなところで!
彼女の二撃目に対し、左の肩口を守るべく考えるより先に体が動いた。
きっと、シグナムさんと何度も剣を交えていたおかげ。
同じ騎士だけに剣筋が似ていたんだろう。 
まさに僥倖だった―――――  

――――――― 僥倖……………

敵の袈裟斬りが私の杖に接触したのと同時に――
全身に力を入れ、その衝撃を受け止めようとして――

ううん……それは僥倖と言うにはささやか過ぎる
次に来る決定的な「事実」を前にした、呆気ない防波堤。
つまりは―――悪あがきでしかなかった。

その瞬間、私の全身に―――――落雷が落ちる。

「あ、うぅッッッッ!!!??」

全く予期せずに歩いていて突然、震度7、8の地震が起こったらきっとこんな感じなんだと思う。 
相手の剣を受けた際の全身を襲う衝撃は、防御の上から骨を軋ませ、脳すら揺らす。
あまりにも重い一撃に………私の両足が、地面にめり込んでいた。

キィン、っていう耳鳴りは鼓膜がマヒした音。
そう、何とか「受けられた」なんてのは僥倖でも何でも無い。
だってそれは魔導士が絶対に正面から「受けちゃ」いけない、何が何でも回避しなきゃいけない攻撃。
まごう事なき騎士の――フルドライブの一撃に匹敵するほどのものだったんだから……

「か、はッ……ッ」

たった一合、受け止めただけでガクガクと
足腰が揺れて体軸が定まらなくなる私の体。
半スタン状態―――防壁を失った生身の肉体にはきつ過ぎる一撃。

だけど、これで終わらせてくれるほど、目の前の騎士は甘くは無かった。
そもそもこれって確か連撃の二撃目だった筈。じゃあ必然、次もあるわけで―――

「―――――」

軽い脳震盪を起こした頭で、そんな事を考える。
で、そんな私の回復を敵が待ってくれるわけがなく……バオゥ!っていう擬音。
ヘンかも知れないけど多分、それが一番しっくり来る。
振り下ろした剣をそのままに斬り上げる騎士の三撃目。
下から来る突風が私の前髪を残さず跳ね上げたかと思った瞬間―――

「きゃう、ッッッ!!!!!???」

剣圧で地面が抉れ、シャベルカーで下から跳ね上げられたらこうなるんじゃないかという烈風が巻き起こる。
かろうじて中段に構えた私の杖が苦も無く跳ね上げられた。
ミシミシ、と両肩が外れるような壮絶な感覚が体を襲う。

暴風のような速さの連携はその全てがフルドライブ級の一撃。
たったの二撃……ちゃんと防御した、その上からの二撃で――
それだけで私の上半身も下半身もガタガタにされちゃった……
体の踏ん張りが全く効かず、上体を浮かされ、完全に無防備状態の私は
その光景を為す術も無く見ているしかない。

斬り上げの勢いもそのままに彼女が後ろを向く。
そのまま回転して、遠心力を利用した―――

「見事な手並みだった……メイガスよ」

右の胴薙ぎの一撃――――
まるで龍の尻尾のように巻き込んでくる剣閃はとても奇麗で―――

「だが甘く見すぎたようですね……サーヴァントを相手にするには―――」

それはスローモーションのように、私のガラ開きの胴体に吸い込まれて行って―――

「ましてや私と剣を交えるには……それでは足りないッ!」

たっぷりと火薬が詰まった爆弾。
それが私の右のわき腹で爆発した――――

「ぐうッッッッ!!!」

視界が凄い勢いで前方に流れていく。

吹き飛ばされた―――

そう、知覚するのも最後に
騎士の渾身の一撃は私の体を薙ぎ払い―――


――――――

胴への一閃を受けて弾かれたように飛ばされる高町なのは。
地を食む両の足はまるでその役割を果たさず
ザリザリザリ、と氷上を滑るかのように後方へ押し流されていく彼女の体。

その闘いには戦略も何もなかった。
焦燥していた二人はまるで踊らされるように互いを敵と認識し
短期決戦で一刻も早く相手を押さえ込むつもりだった。

敵地の真ん中で孤立無援――― 
敵の奇襲が突然来るかも分からない。

何より故郷の海鳴市の惨状を目の当たりにして気が昂ぶっていた高町なのは。
同じく敵の術中に嵌り、マスターと途絶。その中で出会った敵魔術師。
とにかく相手が一つでも行動を起こす前にその身柄を拘束したいセイバー。

高レベルの戦いにおいて実力やスペックが拮抗していたとしても
必ずしも、それが接戦になるとは限らない。
この結果を紡ぎ出した要員は単純。
より自分の畑に近いものが勝利した――それだけの事。

最初の邂逅時の間合い――50m
この時点に両者が身を置いた事で――既に勝負はついていたのだ。

なのははそれが最低限、自らを防衛出来る距離と認識し、対峙に踏み切った。
過信では無いが自信はあった。
何せベルカ式最強クラスの騎士であるシグナムやヴィータと日々、刃を交えているのだ。
多少強引にでも相手の接近を潰し、取り押さえて相手の話を聞く算段が頭の中で出来ていたのだろう。
しかしセイバーにとっては、それは苦もなく相手の間合いを犯せる距離だった。
そしてこの剣の英霊がヴォルケンリッターと同等か、それ以上の騎士であった。
ただ――――それだけの事。

交戦後、時間にして僅か数瞬―――勝負はあっけなくついていた。

無人の廃墟。影絵の街。
人知れず戦場と化した、その一角にて―――

胴を薙いだ体勢で力強く大地に立つ剣の英霊と
その前方――体をくの字に曲げて膝を付き
苦しげに喘ぐ、白き魔導士の姿があるのみであったのだ。

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最終更新:2010年03月07日 14:48