??? ―――

次元の狭間にて――――

鈍色の光沢を放ちながら、たゆたい胎動する
此度の神の遊戯の心臓部となるであろう揺り篭。
その内部。計器やモニターがせわしなく動く一室で所狭しと働いている少女たちがいる。

彼女たちはナンバーズ。
無限の欲望が生み出し戦闘機人。
狂気の科学者ジェイルスカリエッティの娘たちである。
しかし12体で対を成すはずの彼女たち姉妹も、No2ドゥーエは先の大戦で戦死。
半数は異なる道を見つけ袂を分かった。
スカリエッティは彼女らに対し共に来るよう強要も強制もしなかった。
創造物でありながら造物主に全てを依存しない彼女たち。
それはまた、彼の愛した「生命の揺らぎ」。その在り様そのものなのである。

結果としてスカリエッティの逃亡に付き従ったのは5体。
No1ウーノ。No3トーレ。No4クアットロ。No5チンク。No7セッテ。
あくまでも己の意思で、たとえ死すとも最後まで博士と共にあろうと決意した者たち。
現在、彼女達は父親であるスカリエッティの<遊戯>―――そのデータ収集に当たっているのだが…

「どうしたクアットロ?手が止まっているぞ。」

3女トーレが妹を嗜める。

「……………」

先程からどこか上の空でモニターを凝視している妹を訝しげに思うトーレ・

「クアットロ。」

「…………トーレ姉さま」

口を開く4女。
その口調にはいつもの慇懃さがなく、どこか鬱蒼とした響きが含まれる。

「何だ?」

「前の戦い、姉さまはフェイトお嬢様と闘いました。」

JS事件――――
博士と自分たちの理想の世界を作るため
そして博士を利用し弄んだ時空管理局へ鉄槌を下す正義の戦いは――
彼女らの無残な大敗に終わった。

「どうでした?」

「……………」

どうもこうもない。
AMF内に引き込み、十分な勝機を持って望んだにも関わらず
自分ら戦闘機人は機動6課のエース級魔導士に手も足も出なかったのだ。

「私を嬲る気か?クアットロ。」

「そんなつもりはありませんわ。
 いいからお答え下さい。」

いつになく強引な妹。その双眸に少々気おされる。

「バカが……今更、語る事などあるものか。
 No2が不在だったあの時………実行部隊では私が長だった。」

噛み入るように語るトーレの口は重い―――

「その責務と重みを背負って事に当たって、挙句があのザマだ。
 プライドをズタズタにされた………あの結果が全てという事だ。」

端で聞いていたNo7セッテも口元を引き結ぶ。
フェイトTハラオウンのオーバードライブの一撃を彼女は一太刀すら受け切れなかったのだ。

「その程度ですか。」

「………何だと」

妹のあまりの言い様に気色立つトーレ。
だが、すぐに妹の不自然な態度に首を傾げる。 
この妹は人を小馬鹿にしたような性格ではあったが
このように目上の自分に食ってかかるような口を利いた事は今まで一度もなかった。

「………私にそこまで絡むとは
 何か大層な言い分でもあるのだろうな?」

と言いつつも、トーレは何となく気づく。
4女の目は眼前のモニターで繰り広げられている光景に釘付けだった。
その一つの結果に―――恐らく妹は心揺り動かされているのだろう。

「トーレ姉さま。あの時…………
 ディエチちゃんが何て言ったか教えて差し上げますわ。」

―――― こいつ……本当に人間か ――――

そう、トーレが機動6課の両翼であるフェイトを相手にしていた時
クアットロとディエチが迎えた敵こそ―――あの管理局のエースオブエース。

「私は博士の生み出し戦闘機人。ナンバーズの4、クアットロ。 
 死番を賜りしは悪の華。博士の夢を叶えるため世界に反旗を翻した時から……
 いつでも死ぬ覚悟は出来ておりました。」

その心胆に刻まれた忌まわしき記憶―――聖王の揺り篭・最深部。

「その私が……恐怖に打ち振るえ、悲鳴を上げて、許しを請うように逃げ惑った。」

網膜を焼いた断罪の桃色光。
4女の口調は次第に熱を帯び―――

「必勝の布陣に引き込み、娘と殺し合わせ、仲間の窮地を見せつけ……
 ありとあらゆる方法で揺さぶりましたわ! だのに………
 あの女はまるで揺れず動じず、任務遂行のみを優先する冷徹な思考と、そして……」

ついにはヒステリックな声へと変貌していた。

「こちらの戦略を根底から覆す馬鹿げた戦闘力を持って!
 私たちを薙ぎ払いましたの………ゴミのように。 
 まさにバケモノ………いえ、アクマじみた強さでしたわ。」

その相手が―――――そう、再度モニターに目を落とすクアットロ。
そこには彼女が「アクマ」とまで言い放った相手。
エースオブエース高町なのはが為す術も無く接近を許し
攻撃を防ぐ事も許されず、ものの数分で為す術もなく叩きのめされ敗北する寸前の光景が広がっていた。

「お前……この魔導士を応援していたのか?」

「ま・さ・か!」

心外だとばかりにかぶりを振るクアットロである。

「生きながらに五体を引き千切ってやりたい相手ですわ!
 今だって一言ザマーみろと言ってやりたい気持ちで一杯ッ!
 …………でも、ここまで一方的だと正直、複雑です。  
 じゃあ、それにプチッと潰された私達は何なんですの?という……」

「二人とも無駄口を叩かない。作業に集中なさい」

長女のウーノが嗜める。 気持ちは分かるが今は任務中なのだ。

(しかし………これは確かに由々しき事態だわ。  
 英霊のデータを測定するのに十分な駒。
 こちらの最強のカードをぶつけたつもりが……)

これでは<ゲーム>にならない。
エースオブエースがここで屠られる事自体は歓迎すべき事なのだが、その先――――
埒外の力を制御するためには奴らのデータをあと少しでも引き出してくれなくては困るのだ。

「……………ウーノ。」

そんな思案にふける長女のすぐ横に、いつの間にか立ちすくむ人影があった。

「どうしたの? チンク」

その眼帯の妹、チンクが―――何か神妙な顔でこちらを見ている。
彼女は確か博士の客人をもてなすその準備で忙しかったはずだ。

「姉………教えて欲しい。」

沈鬱な面持ちのまま、意を決したように一言――――

「マーボー豆腐とは何だ?」

今だ悪戦苦闘する、その強敵の詳細について頼れる姉に知恵を求めていたのだった。


――――――

現在、フラスコの中にて交わる異なる世界――― 

その向こう側の人間。
ジェイルスカリエッティの案内人兼話し相手として招かれた黒衣を纏った人物。
それが言峰綺礼である。

「忠告した筈だが? この手の魔術師ではセイバーには歯が立たないと」

「困ったねぇ………クク。 
 ウーノではないがもう少し頑張ってくれないと祭が盛り上がらないよ。」

あくまで無表情の黒。コロコロと表情の変わる白。
どこまでも対照的な二人の談話は続く。

「ヒトの身が心血を注いだ程度で手の届く―――
 そんな領域にはおるまいよ………英霊という存在はな。」

ことにセイバーの対魔力は絶対―――
魔弾使いが、いかに策技を繰ろうとどうなるものでも無い。
これは当然の帰結。そう言い放つ神父。
しかしてその顔を科学者は悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込む。

「ところが……実はそうでもないさ!」

「?」

「あれを見たまえ!」

既に九分九厘、決まってしまった戦い―――
そのモニター上で、今まさに異変が起ころうとしていた。


――――――

「…………ぐ、ぅ…」

そこには信じられない光景―――
あの不沈不屈と言われたエースオブエースが力無く膝をつき
苦悶に顔を歪ませ、地面に四肢を落とす姿があった。

それはセイバーの魔力の篭った渾身の一撃。
剣の腹――刃の部分を使わない打撃であったが故に胴体が二つに分かれる事だけは免れたが……

(や、やられた……こんな、簡単に直撃を貰うなんて…)

油断―――――否。
確かに故郷の惨状に対する動揺が、この教導官をして些か判断に陰りを見せた面はあるのだろう。
だがそれを差し引いたとしても、この魔導士の懐を易々と犯し、数撃で倒し得る芸当―――
そんな偉業を成し遂げられる者がそういる筈がない。
この目の前の騎士は、凄まじく強い……………途方も無く、途轍も無く!

声にならない嗚咽をかみ殺し、地面に爪を立てて必死に起き上がろうとする高町なのは。
しかし右の脇腹は鍛え抜かれた屈強な男ですら一撃で昏倒する人体急所の一つ。
気絶しなかっただけでもその胆力、精神力を褒めるべきではあるが
本能的に立ち上がろうとするも―――

(まずい………動けない…
 迎撃の体勢が取れるまでまだ時間がかかる……)

苦しげな呼吸をひり出す高町なのは。
蒼白を通り越して土気色に染まった顔はチアノーゼ症状。  
その姿を―――奢るでもなく誇るでもなく見下ろし、悠然と立つセイバー。

(致命傷ではない筈………今回の企み。サーヴァントの詳細。
 そして―――我がマスターの所在。一切合切、吐いて貰う)

歩を進める騎士。
しかしてその視界が―――

「―――――え?」

ガクンと唐突に――――落ちた。

呆けた声を上げてしまうセイバー。
当の彼女自身にも何が起こったのか理解できない。

「……!??」

まるで予想だにしなかった体の変調。痛みも損傷もない。
傷すら負ってないその身が唐突に機能を停止し、突然ヒザをついていたのだ。
それは奇しくも――眼前の敵と同じ姿勢。
不屈のエースと同様、戦いにおいて決して折れぬと謳われた伝説の騎士のまさかの痴態。

(ど、どうして………)

この脱力感――――覚えがある。
聖剣使用時の際の魔力を急激に消費した時に起こる、魔力切れによる虚脱感に酷似したその症状。
目線が下がった事で、眼前の魔導士と目が合う―――

対して高町なのはの目は虚ろで未だ力はないが、意識がなかったわけではない。
脳のダメージは意識をシャットアウトさせるが器官へのダメージは「苦痛」という形で逆に意識を覚醒させるからだ。
今はそれが凄くありがたい………それが故に、今まさになのはは
セイバーの突然の昏倒をその眼にしっかり焼き付ける事が出来たのだから。

――――そう、これは期せずしてなのはに与えられた離脱の機会

「ぅうう……う、あ…………ああっ!!」

それを取りこぼす彼女ではない。
今だ全身に力が入らない身でありながら杖を支えに立ち上がる高町なのは。

(馬鹿な……今更立ち上がったところで―――)

折れた足に力をいれ、騎士もまた再び歩を進める。

「……貴方に何が出来る?」

何ら余力を残さぬその肢体。
組み伏せるのは簡単だろう。もはや勝負はついたのだ。
だが、突如として―――

「!!?」

なのはの法衣が翻る。
目を見張るセイバー。
目前の魔導士の魔力放出が起こす乱気流。
その風に乗り、高町なのはは自らの翼を展開。

(まさか飛行魔術!? しまったッ!)

セイバーが与えてしまった一瞬の隙は、しかし離陸体勢を取るには十分。
なのはに空へのエスケープの機会を与えてしまうのだった。


――――――

魔力ダメージ――――
対象物に物理的な損傷を与えず、その内なる魔力のみを攻撃する
「非殺傷設定」と呼ばれるミッドチルダ式魔法の技術である。
本来ならば対象を殺害せずに相手を拘束する最良の手段として使われるこの技術は
霊体であるサーヴァントにとってはこれ以上なく恐ろしい武器となる。
何故ならば魔力を動力源とするサーヴァントがそれを抜かれるという事は 
人間の体内から血液を一度に抜くに等しい行為であるからだ。

「ふむ……だがどういう事だ?」

「そうだねぇ。そもそもミッドチルダの魔法は………
 おっと失礼、キミの世界では魔法と魔術は違うのだったか。」

ミッドチルダではそもそもそんな区別は無い。
神父が生を受けた世界の魔術・魔法とは術式、体系―――何もかもが違いすぎる。
それは単なる異世界同士の言葉遊びの類に過ぎないのか。
それとも分ける必要の無くなった世界故の優越感なのか。
魔法と魔術の区別とは即ち人の叡智による試行の届く世界か否かであり
どんなに時間と資源をかけても決して至れぬ領域を言峰の世界では「魔法」と言う。

その区別の必要が無い世界とは即ち―――
異なる次元を渡り歩き、時空を支配し、条件さえ揃えば死んだ人間すら蘇生させる―――
その在り得ざる領域にまで人の手が介入し、全てを理論で説明し尽くれている
そんな世界の事ではないだろうか?

ならば―――確かに魔術師=魔導士にはならない。

科学技術や人の叡智では決して届かぬ神秘に至ろうとするのが言峰の世界の魔術師だ。
対し、科学技術や人の叡智が神秘を犯しつつある世界にてその力を行使する存在がミッドチルダの魔導士であるならば 
両者はまるで異質なモノ同士――――まさに真逆の存在なのである。


――――――

空へ舞い上がろうとする高町なのは。
間髪入れずに襲い掛かるセイバー。
突然の昏倒を感じさせない凄まじい追い足!

(離脱を、………!)

セイバーの一瞬の隙に対し満身創痍の状態で立ち上がったなのは。
全身にバチバチと電流を流されたような痺れが走るが知った事ではない。
この期を逃がせば自分は為す術もなくここで倒されてしまうのだ!

「行かせるかッ!」

吼えるセイバーが猛獣の如く飛ぶ鳥を追撃する。
現在、標的の高度10m強。
そのまま敵が安全地帯に逃れるのを黙って見ている騎士ではない。
サーヴァントの人間離れした身体能力を持ってすればそこはまだ十分な射程圏内だ。
助走距離は3歩弱。白銀の肢体が地を蹴り、宙空に舞い上がる!
そして騎士の飛翔が既に半死の魔導士を脅かさんと―――

「堕ちろッ!!」

「ぅ……!!?」

ガォンッッ!と、魔力と魔力の激突する音が中空に響き渡る。
敵の剣に対し、最低限の急所をかばい体を丸めるように防御体制を取る高町なのは。
 
<master!!!>

復旧したレイジングハートのオートプロテクション作動。
騎士が狙うは先ほどの当身の箇所―――右胴。
右下からの追撃一閃。 薙ぎ払われた剣とラウンドバリアが衝突し激しく火花を散らす。


――――――

??? ―――

言峰綺礼が、ジェイルスカリエッティ――
異次元世界の科学者に招聘され、ミッド世界の様相をモニターで見させられた時
流石の彼も絶句したものである。

そこにはまるで体系の違う世界が広がっていた。
自分の培ってきた常識や経験と全く異なるモノを「魔法」と呼び、運用し、
公用の力として行使して多次元に渡って世界を管理する―――
否、支配体制を敷く時空管理局という存在。

10歳にも満たない年端もいかない少女が「魔法」を行使して闘っていた。
宙空にて行われているその戦闘はこちら側の人間が10年20年と研鑽を重ね
培った戦闘能力を持ってしても到底届かないレベルにあった。
それはデバイスという名の兵装が可能とした術技。
人をかのような兵器に転用し行使する――
そんな世界がかつて自身が暮らしていた世界の頭上にのうのうと鎮座していたのだ。

「なるほど………この白い魔導士の行使する力がこちらの魔術の類でないのなら
 セイバーの魔術キャンセルが発動しないのも頷ける。
 ミッドチルダとやらの兵器はこちらの通常兵器と一線を画し
 英霊が持つ神性すら犯すと――――そういう事か?」

その問いに、だが科学者はかぶりを振って否定する。

「いやいや、ミッドチルダとて流石にそこまでの力はないだろう。 
 これは単にホームかアウェイかの問題……
 もし此度のコレがキミの世界での出来事だったなら
 世界はキミ達のシステムに乗っ取って形成されていたはずさ。」

言い放ち、エースとナイトの駒を指先でつつく科学者。

「だが今回、舞台となるのはこのロストロギア <Der Ausschus der Gotter> 神々の遊戯盤! 
 アルハザードの失われし叡智によって盤上に招聘された者たちによる舞踏会!
 それはロストロギアの力を借りて創造された世界! そこに捕らわれた時点で彼らはただの駒に成り下がる! 
 犯されざる神秘も、至れぬ領域も、<この世界>には存在しないのだからねぇ!」 

その所有者であるスカリエッティの思いのままに動く駒―――
この男にとってはもはや異世界の英霊も、自らの世界でかつて自分の脅威となった魔導士も
無限の欲望を満足させるためのモルモットでしかないのだ。
まるで自分こそが神であるというこの傲慢。
世界の最果てにすら手が届くと信じて疑わない、奢れる科学者そのものの姿であったのだ。


――――――

高町なのはは敵の騎士が空を飛べない事を知らない。
だから戦術的な意図などまるで無い。
丘に打ち上げられた魚が水辺を求めるように
彼女は自分が最もその機能を発揮するフィールド―――空に我が身を放り込む。

バリーーーンッ!と――彼女を守るように円形に展開したバリアが破裂し
獰猛な剣が彼女の体を薙ぎ払わんと迫る。
その怒涛の追撃をまずは必死に往なし、受け流す教導官。
それは命の危険に晒されたものの本能に基づいた防衛本能と、体に染み付いた戦技が醸し出す鉄壁の受け。

「であああああああっ!!」

「く、ぅああッ……!」

互いの気合が交錯する宙空。
幾度と無く襲い掛かり、振り抜くセイバーの剣が最後の防波堤
体表面の防護フィールドに阻まれる。
そして、一瞬止まった騎士の斬戟を必死に杖で弾き返すなのは。

(むう……寸でのところで…!)

届かない―――セイバーの剣が!

そう………ここは地上とは違う。
翼を持つものと持たざるものの違い。
いかに最強の剣の英霊といえど本来、騎士とは地を駆けるもの。
中空での姿勢制御が出来ないセイバーの斬戟は威力はあれど、力の方向は一方向にしか向かない。
対して空戦魔導士のなのはは360度どこに力を逃がすも思いのままなのだ。

「!! ちっ!」

またも剣閃を受け流される感覚に舌打ちするセイバー。
空では鍔迫り合う事も許されず重力にも逆らえない。
跳躍後、不安定な姿勢のまま地上に落下する剣の英霊。
その着地する前、回避すらままならない空中にて―――なのはのシューターが5発、その身を直撃した。

「つッ! おのれッ!!」

着地したとほぼ同時――再び空へと飛び上がるセイバー。
現在、急上昇するなのはの高度は20mを超え
皮肉にもセイバーの下からの攻撃がなのはの体を更に上空に押し上げる形になってしまっている。

(くっ……空中では勝手が違うとはいえ、よく粘るッ!)

「シューーートッッ!!」

地上から迫る騎士に向かってシューターの爆撃を降らす魔導士。ダメージはまだ抜けない。
攻撃の効果がある無しなどもはや彼女の頭にはなく
猛追し、首筋に食いつこうとする肉食獣の牙を必死に振り払う――それはまさに死に物狂いの反撃だった。

「っっ!!!」

故に初弾と同じくそれは迫るセイバーの勢いを殺す事すら出来ないかと思われた。
だが、先の邂逅とは明らかに違う騎士の行動。
初めはまるで無防備にスフィアを受けていたセイバーだが
今度は弾幕に対し、左手で頭を庇うという明らかな防御行動を見せたのだ――――


――――――

??? ―――

「効いているな。」

「ああ、効いているとも!」

モニター上のセイバーの様子を見ても明らか。
魔導士の「魔法」とやらは確実にセイバーの身に届いている。

「ふん――――ならばここではもはや神秘も神聖なる頂も無いという事か。
 サーヴァントなぞ普通の人間と変わりはない、と?」

「そのはずなんだがねぇ………」 

歓喜を振り撒いていた男の顔が曇り、両手を広げて「お手上げ」のポーズを取る。
いちいち大仰な男であった。

「それにしては………このナイトの耐久力は異常過ぎる。
 もし完全に人として受肉したのだとしたら、エースの魔法で
 あの射撃や砲撃の直撃を受けてこんな程度のダメージで済むはずがない。
 まるで属性違いのミッド式魔法の威力を、ナイトは確実に半減させているのだよ。」

そう――――神秘は決して揺るがない。

抗っていた。 ミッド世界の叡智という自らを犯す倣岸不遜な存在と交わらず混じらず。
その両極にある力はまるで互いの存在を誇示しあうかのように打ち消しあい
この実験のフラスコの中で鬩ぎ合っていたのだ。

「このロストロギアの中にあって、なおも潸然と輝く!
 たかが一つの惑星の事象に過ぎないというのに神秘とは凄いものだねぇ!
 驚かされるよ………クク。」

大仰に賞賛の言葉を送る科学者。
だがそこに畏敬の念などは微塵も無い。

「まあ、今のところはそちらの神秘とロストロギアの補正……
 半分こ、と言う判定でどうだろう?」


――――――

魔弾の迎撃が騎士に降り注ぐ。
打ち上げられる白銀の対空砲――セイバーを阻もうと乱れ打ち。
だが彼女を落とすまでには至らない。
剣の英霊の切っ先が魔導士に迫る。

(―――届け!!)

そのまま伸び上がるような右の片手突きでなのはの胸元を狙う。
だが、芯を捕らえる事が出来ずフィールドに受け流される!  
なのはの高度、既に40m。 硬い盾と鎧と防護膜。
その三つを貫き通すには射手による射撃か、上空からの叩きつけ―――
下からの剣戟ではどうしても足りないのだ。
セイバーの突きがギャリリ、と見えない壁を横滑りしていく。

「っ!! やァァッ!!!」

眼前に剣を突き付けられたなのはが、それを振り払うようにデバイスを打ち下ろす。
揚力を失ったところに降りかかる杖の一撃を何とか受けるものの
またも地上に叩き落されるセイバー。 そして―――

<my master! counter shoot!!!>

「わ、分かってる……ッ!!! シューーーートッッッ!」

騎士の着地地点に更に10発以上のスフィアを打ち込む!
一方的な爆撃が雨のように降り注ぐ中、両腕を前方でクロスして身を守るセイバー。

(もはやこれ以上の跳躍はこちらの隙を晒すだけか………)

的確に狙い打たれる。これでは的だ。
故にセイバー、その魔弾に晒されながら腰を落とし 
まるでとぐろを巻くヘビのように全身を極限まで捻り――力を溜める。

「――――――風よ」

これ以上、敵を上昇させるわけにはいかない。
セイバーの剣を不可視としている風王結界―――

「―――爆ぜよ!!」

その風の鞘の一部を解き放つ!
収縮し圧縮された力の解放によって巻き起こる圧倒的な暴風。

―― 風王鉄槌 ――

その烈風を相手に叩きつけるセイバーの中距離攻撃である。
巻き起こる倶風に超高速の剣圧を加える事で
それはカマイタチとなって真空を切り裂き、敵を薙ぎ払う刃と化す。

「はぁッッ!!!!!」

振る腕すら見せぬセイバーの高速の剣戟が二閃―――
騎士王を見下ろす不遜な敵を打ち払うべく、十文字の風の刃となって空中のなのはに迫る。

「か、風………!」

対して高町なのはの今だ苦痛に呻く体が、その叩きつけるような風の存在を感じ取る。
そう、風だ。
セイバーが彼女を討ち取るために解き放ったソレこそ―――空の人間にとっての無二の友である。

騎士が息を呑んだ。
魔導士がその暴風に逆らわず、身を任せるように上昇気流に乗ったのだ。
それは理想的なマニューバ。ピッチアップによる後方旋回・宙返り。
そのまま風王の剣閃を回避したなのはは反転した姿勢のまま更に上昇し―――

「ディバイィィィィンッ!!!!」

「くっ!??」

その身を宙に踊らせながら必殺の砲撃魔法を撃たんとする!

「バスタァァァーーー!!」

セイバーの顔色が変わる。あれは――まずい!
先程の原因不明の昏倒、その原因が何か分からない以上
例え「効かぬはずの」魔術であっても直撃を受けるのは得策ではない。
しかして迫る桃色の破光を横っ飛びでかわすセイバー。
常人には視認すら許さぬ有り得ない速度の回避運動で難を逃れた騎士。
たった今、そのセイバーのいた地点に破滅の光がぶち込まれる。
明かり一つない廃墟を照らし尽くす爆光は辺り一面を桃色に染め上げ、大地を抉り取っていた。

「…………っ!!」

そして地上にて忌々しげに魔導士を睨みつける騎士の王。
なのはの高度――――――50m以上。
一度上空に舞い上がった鷹に………獅子の牙はもはや届かない。

九死に一生――――苦しかった窮地からの脱出。
騎士による魔導士の執拗なまでの追走劇は
高町なのはの空中への離脱、という形で軍配が上がっていた。


――――――

??? ―――

はんぶんこ―――  

呆れ顔を隠せない言峰である。

「神秘や神聖なるものをモチ扱いとは戯れた男だ。」

「まあいいじゃないか! それにほら、この方が面白くなりそうだろう?」

無邪気な笑いを絶やさない狂気の科学者に対し鼻を鳴らす神父。

(まあ良い……我が身とて、この男の手の内で踊る影絵のような存在に過ぎぬ。
 ならばせいぜい、この戯れた空間にて愉悦に浸るとしよう。)

今は――――諦観の姿勢を崩さない神父。     

「お、お待たせ致した……お客人。」

そこに男のスペシャルオーダーを受けた眼帯の少女が
その二時間に渡る―――悪戦苦闘の成果を持ってきたところだった。

「……………」

しかして皿の中に見事に盛り付けられたグロテスクなスイーツを思わせる豆腐の成れの果て。
その可哀想な豆腐を一瞥して、神父は―――

「下げろ。不愉快だ」

「はうぅ………」

無造作に切り捨てる。

涙を溜めて退席するチンクであった。


――――――

苛烈な追撃を防御に徹して何とか凌いでいるなのは。
これほど一方的に責められたのはいつ以来か。

(終わっちゃう……こんな、ところでっ!!)

あの魔風のような剣戟をその身に受けて一度倒された彼女だからこそ
このようなグロッキー状態ではいつまでもその剣を受け止め切れない事は重々承知。
まさにガムシャラに、子供が手足を振り回して抗うかのようにセイバーの攻撃を振り払い
ここまで上昇したなのはだったが……
そんな前後不覚の防御などほどなく、容易く撃ち抜かれるであろう。
もはや風前の灯―――彼女は敵のトドメの剣が自分に降りかかるのを待つより他に術がない……

(………………??)

だが、そのトドメが―――

(………え???)

―――いつまで立っても来ない。

霞んだ目が視力を取り戻し―――
酸素が脳に、そして全身に行き渡り始める。

「ハァ、ハァ、……ハァ、ハァ、………」

亀のように丸まっていた防御姿勢を解除し
息も絶え絶えの様相で地上――――地に立ち尽くす騎士の姿を見る。
そこで初めて彼女は気づくのだった。

「陸戦型………飛べなかった、んだ……」

剣を構えたまま憎らしげにこちらを見据えている騎士。
敵が飛行手段を持たない完全な陸戦タイプだったという事に。

「そっか……命からがらとは、この事だね。」

未だ全身を襲う痺れと打ち込まれた剣戟の余韻。
助かったという安堵感は、無い。
それよりも自身の―――あまりの迂闊さを叱責する彼女である。

(焦りすぎ……ちょっと落ち着こう。)

いくら火急の事態だったとはいえ、性急だったのは否めない。
未知数の相手に対して、相手の畑に入る事になろうと多少強引にでも押さえ込もうとした。

(少し自惚れてた……シグナムさんやヴィータちゃんと私が打ち合えるのは
 交戦経験や模擬戦を重ねた結果、その動きに慣れているから。
 私自身の実力は近接が「出来る」レベルでしかない……なのに)

否、それは少し違う。
こと近接にかけても高町なのはのスキルは並の騎士を遥かに凌駕する。
防御や当身獲りに徹すれば、B~Aランクの騎士二人を同時にいなせるほどの実力すら持っている。

ただ――――今回ばかりは運が悪かった。
たまたま相手にしたのが騎士王セイバー。
最強のサーヴァントと誉れ高い比類無き最高峰の剣士だったというだけの事。

ベルカの騎士シグナムやヴィータとサーヴァントセイバー。
この両者を等号・不等号で一様に比べる事は出来ない。
それは近接主体とはいえ、彼女らは明らかにタイプの違うもの同士だからだ。
上空から高速で打ち下ろす烈火の将や、遠心力すら加える鉄槌の騎士の一撃は
時にサーヴァントを凌駕する破壊力をたたき出す。
彼女らならば今さっきの状況で、昏倒したなのはを空中で取り逃がす事もなかったであろう。
だがヴォルケンリッタ――彼女らもまた高町なのはと同じ空戦型なのだ。
その同じ波長・リズムを持つが故に、高町なのははベルカの騎士の動きを読み
合わせ、それなりに打ち合う事が出来る。
謂わばヴォルケンは鋭い爪や嘴を持つ猛禽類――――

対してセイバーは地を食み、大地に根を下ろす者。
謂わばライオンやグリズリーの類と言っても良い。
それは空の生物が地上で決して相手にしてはいけないモノ―――
その爪を、牙を、地上で受けてしまってはいかに空の王者とて、ひとたまりもないのは明白。
まさに先ほどの自分である。 打たれた右脇腹に手を当てるなのは。

「つっ! ………」

戦術ミスによる大ダメージは今後の闘いにおいて勝敗を左右する重要な要素となる。
軽い触診で己が傷の度合いを計っていく教導官。

(致命的じゃない………不幸中の幸いか。 
 今のはここで倒されててもおかしくないミスだった。)

フィールドは悉く抜かれていたにせよ、BJの強度の恩恵か。
骨や内蔵に決定的な破損はないのは幸運の至りだ。
紆余曲折あったとはいえ、互いの武器・特性を一先ずは見せ合い 
これで両者―――ようやく理想の定位置に付けたのだ。

片や上空。片や大地にて、騎士と魔導士の視線が交錯する。

第2ラウンド――――
開始である。


――――――

SAVER,s view ―――

見上げた上空に白い法衣の姿を認め、私は唇を噛む。
制空権を握られたか……やっかいな事になった。
単に止まって浮かんでいる相手ならば先程の攻防で斬り伏せられたはず……
だが地上で剣を交えた時よりも動きのキレも反応も身のこなしもケタ違いだった。
あの瀕死一歩手前の状態で見事、我が追撃を振り切って見せた―――そうか………魔術師よ。
それが貴様の本当の実力というわけか。

跳躍しての攻撃も風による斬撃も二度と打つつもりはない。
それは飛ぶ鳥を相手に石を投げつけて落とすようなものだ。
やはりこの身は地を這う者に過ぎず、無駄な行為を重ねて下手に敵の攻撃の的になる事もあるまい。

「……………」

それよりも……

(――――――やはり…)

自身に埋没し、その内にある魔力残量を探れば一目瞭然。
被弾した相当量の攻撃分―――魔力が確かに削られている。
………効いていたのだ。 相手の魔術はしかとこの身に届いていた。
外傷をまるで伴わないが故に私自身がそれを見落としていたに過ぎなかったというわけか。

相手の繰る魔術が私の対魔力の作用しないEXランク―――
つまり「魔法」に相当するものだったのか?

それとも、あれはそもそも魔術ではなく何某かの神秘を犯す兵器――
ソウルクラッシュ、魔力喰い等の概念武装の類だったのか?

またはこの飛ばされた空間に私の対魔力を無効化―― 
またはランクを下げる効果があるとすれば……?

「………………………」

可能性を挙げるとすればこんなところか。
ともあれ、マスターとの連携を途絶させて私を誘き出し
我が守りが効かない攻撃を、私の剣の届かない中空から一方的に降らせる戦法。
この私を相手にするだけの備えは十二分に用意出来ていたというわけだ。
上空20mにまで舞い上がった白き翼の周囲には、見たところ40を超える魔弾が展開されている。

………つくづく非礼を詫びよう――メイガス。

一人の騎士として剣を執った日より眼前の敵を侮った事はない。 蔑んだ事もないつもりだ。
だが人の身を超えた「英霊」としての私に―――奢りが生まれていたのかも知れない。
人間の魔術師がこの身に適うものか、と………

初撃にて彼女を打ち据えた感触はまだ残っている。
到底、立ち上がれるダメージでは無いはず。
だが魔導士のしかも女の身でありながら、あの当身を耐え忍んだ。
我が度重なる追撃を受けて臆する事無く斬り返し、未だ対峙してくるその勇気。

(認めよう―――)

張られたかも知れない罠。何処へか潜んでいるサーヴァントの存在。
その全てを忘れ………貴方を―――

――― 倒すべき敵として認識する ―――


――――――

――――――

それは決して高町なのはの所業ではなく、何者かの見えざる意図によるものであれ―――

英霊としての座から引きずり下ろされ、神聖なる鎧を剥ぎ取られ
宙空よりの殲滅者の蹂躙の光が降り注ぐ中に放り込まれたセイバー。
それは神秘なるものを一方的に犯す背徳・蹂躙の檻である。
だが、その檻の中にあって犯される程に蹂躙される程に、其は声ならざる咆哮を上げる。
神聖なる者が真なる意味で目を覚ます時、殲滅者の魂を食らい尽くす―――竜が目覚める。

セイバーが目前の敵を「敵」として認めたとき
彼女はその体内の龍の因子がふつふつと起き上がってくるのを自身、感じていた。
スカリエッティは言った。
ミッドチルダの叡智が英霊を引きずり下ろしたと。

それは違う………………彼らは、英霊を―――同じ土俵に立たせてしまったのだ!

(……………)

竜は自らの体に傷をつけた者を決して許さない。
高町なのはは確かに見た。
自分よりも遥かに小さい少女の体躯から溢れるように吹き出す、天に向かって立ち上る闘気の渦を。
レイジングハートを持つ手に力が篭る。

「凄い………これほどのプレッシャー。
 上を取ってるっていうのに………」

彼女とてあらゆる次元世界で強大な怪物、様々な怪異と遭遇し
それを撃ち払ってきた歴戦の勇者である。
しかしそんな彼女をして戦慄に震わせるほどの何かを、騎士はその内に秘めていた。

「でも……今度はこっちの番…」

だが、そう。
例えどのような相手であれ、空戦魔導士に空を取らせる事は即ち絶対的敗北を意味する。
敵の射程・跳躍距離は全て彼女の頭に入っている。
もうミスはしないし近接にも付き合わない。
上空80~90mという絶対安全圏を保ち、フル装填したスフィアの標準を騎士に向ける。

「…………ッ」

そして掲げた手を騎士に向け、まさに全弾撃ち出そうとしたその矢先―――
騎士はやおら踵を返して、その場から―――

――――――――全速力で離脱していた。


――――――

NANOHA,s view ―――

…………………

「あ………あれ…?」

約100m直下――――

その小さな体から、まるでこちらの心臓を握り潰さんばかりの殺気を放っていた彼女。
ほどなく始まる血戦の凄まじさを容易に感じさせるほどの闘気を身に纏う騎士の女の子は―――
突然、まるで脱兎の如く………

「に、逃げた……?」

あっという間に視界から消えていた。
その見事なまでの引きっぷりに―――

「あ………あはは」

呆気に取られ、乾いた笑いさえ漏らしてしまう私の口元。
一瞬感じた凄まじいまでの殺気―――
何か仕掛けてくるのかと思って身構えたけれど……
一気に全身の力が抜けていく。 何とか、撃退出来たのかな?

「……撃退、か」

騎士に打たれた体が今になって痛む。
撃退というには押されっ放しだった。
まるでコマ送りされた映像の中の人間を相手にしてるようで
姿を現したかと思ったら、いきなり目の前に飛び込んできた。
初めから本気で闘っていたとしても果たして優位に立てたかどうか……
凄まじい使い手だった…………

「それにしても何か………何か一言くらいあってもいいと思うけど…」

人を散々叩きのめしておいて攻撃が届かないと知ったら即時、退却。
鮮やかな引き際ともいうけれど、結局、言葉らしい言葉一つ交わせなかった。
スカリエッティの手の者であるのは間違いなさそうだけど
まだあんな戦力を隠し持っていたなんて………
もし前回の戦いで揺り篭のAMF内にあの敵が配備されてたら突入隊は全滅していたかも知れない。

「とにかく一旦、体勢を立て直して対策を練らないと……」

もしスカリエッティの陣営にあのレベルが何人もいるのだとしたら……厳しい戦いになる。
後に合流するフォワード陣は勿論、フェイトちゃん達も―――

………………………………
!!!!!!

(……ってそんな場合じゃないっ!)

「レイジングハート! 長距離砲の用意をッ!!!」

<Yes master!!!>

体制を立て直すも何も、私は音信不通で母艦との連絡も取れない現状だ。
孤立無援で、そしてここは敵地のど真ん中。
そう……この場合、一旦体制を立て直せるのはむしろ向こうの方―――
もし今の敵がただ退却したのでなく増援を呼びに戻ったのだとしたら
戦闘機人、それにガジェットを引き連れて戻ってきたら
AMFを展開された状態であの人を相手にしなくちゃいけなくなる。
言うまでもなく最悪のパターンだ……

「ディバインバスターエクステンション……」 

今、頭を取っているこの状態こそがあの騎士を押さえ込めるチャンス。
向こうだって苦しいから逃げたんだ……
魔法だって全く効かないわけじゃない……
なら―――みすみす逃がすわけにはいかない!

「射程外からの狙撃モード………これで!」

……………………
………、、、、

上空、そして市街地全体に飛ばしたエリアサーチが彼女の動き
その動向を伝えてくる―――――――でも……

「無理、か…………速すぎる……!」

影すら踏ませないとはこの事。
とても遠距離から狙撃できるスピードじゃない。

「………それならっ!」

装填したアクセルシューター。 用意していたスフィアを全方向に飛ばす。
現在、あの人はアーケード通りを疾走中。
それを先回りする形で半分、追い立てる形で4分の1、残りは上空から―――

正直、あの騎士の防御力は半端じゃない。
誘導弾の直撃でどれだけのダメージを与えてるかも分からないけれど
それでも……やれる所までやってみよう!

「エクシードモード! ドライブ!!」

高機動・出力全開!
高度を維持し、私も全速力で彼女の後を追う!

追撃戦が始まった。 今度はこちらが追い立てる番。
サーチスフィアが矢継ぎ早に敵の位置を送ってくる。
次々と送られてくるデータを頼りに四方八方、あらゆる角度からシューターを回り込ませる。
私は上空からビルや建物をショートカットして相手に追いすがる。
いくら足が速くても向こうは道なりに走るしかない以上、空を飛ぶ私からは逃げられない。

(いた……)

県道を走り抜ける白銀の甲冑姿。
空を往く私が全速力で追いかけてやっと見失わずに済む速度。
瞬間的なブーストで叩き出す出力ならともかく、あの速さを維持できるなんて……

「待って!!!」

打ち込まれるシューターの大半が切り払われる。
全速力で疾走しながらあの剣技……つくづく驚かされる。
それでも幾つかは当たっているけれど果たしてどれほどのダメージを与えているのか…

「落ち着いて……落ち着いて、いつものように…………今っ!!」

このままでは埒が明かない……
一気に叩き込まなきゃ、あの娘は止まらない!
視界が開けた交差点――――ここで勝負!

あらかじめ回り込ませておいたシューター13発と、後ろから5発、そして上空から降り注ぐ6発。
死角からを含めた全方向同時攻撃――――これはかわせない!
そこで完全に動きを止めた所に誤差無しで砲撃を叩き込む!

レイジングハートを構える私。
照準を付け、今まさに一斉砲撃を加えようとした、その目に――――

「………………なっ!?」

――――――――人の世のものと思えない剣舞を見た……

それは口ではとても説明しきれない動きだった……
まるで速度を落とさずに回転して後方の5つのスフィアを斬り落とす。
その姿勢制御もままならない状態で前方に向き直り、正面の13発のうち8発までを切り払う。
そして上空から間断なく降らせた6発の隙間をかいくぐって………

……………

――――24発全方向からの同時斉射による被弾数…………2発!?

「つくづくこれは……近接で適わないわけだ…」

冷たい汗が頬を伝う。
あれはもう人間の動きじゃない……
空を取って撃ちまくれば勝てる―――そんな生易しい相手じゃ断じてなかったという事。

相手の動きは依然、衰えない。
長距離砲は狙いがつけられず、誘導弾では足止めにすらならない。
この位置なら相手の攻撃は当たらないけど、こっちの攻撃も当たらない。

「とにかく、まずは疲れさせないと……」

長期戦でこのまま削っていけばいずれは勝てると思うけど、それにしたって効率が悪すぎる……
こっちの魔力だって無限じゃないし――――何か、何か考えないと………


――――――

美しき狩人と獣の戦いは続く。 
それは一見、狩る者と狩られるモノの縮図。
罠を張り、追い詰め、獲物を打ち倒そうとする大空の狩人に対し
その罠を食い破り奔走する猛り狂った獣。

だが努々忘れる無かれ―――奢れる狩人よ。

獣は知恵無きケモノにあらず。
誇り高き神の加護を受けた神獣なのだ。
ただ闇雲に弾丸を恐れ、敵に背を向け逃げ惑う事など有り得ない。

そう――――大空舞うその狩人の喉笛を引き裂こうと
その時を、地に顔を伏しながら待っていたのだ。

虎視眈々と―――


――――――

SAVER,s view ―――

追撃がなかった場合は長期戦―――
場合によっては聖剣の使用も已む無しと考えていたが、どうやら杞憂に済んだようだ。
もっとも、ここまで周到に罠を張り場を作って私を誘き寄せたのだ。
こちらの攻撃が届かないという有利な条件になれば欲をかいて仕留めにくるは必定―――

そしてここに来て一つはっきりした事がある。
未だ相手はマスター……シロウを人質に交渉を迫るような動きを見せてこない。
故に状況から考えて、奴の狙いはあくまでこの私の可能性が高い。
ならばむしろ好都合。これで何の気兼ねも無く闘えるというものだ。

剣の届かぬ遥かな中空にて魔弾の雨を降らせてくる魔術師。
あそこにいる限り、私の剣が彼女を捕らえる事は難しい。
桃色の弾丸を食らった箇所がジクリと痛む。
まるで箇所が壊死したかのようなイヤな感触―――食らい続ければ私とて程なく倒されてしまうだろう。

高き空を翔り――――私を追ってくる白き魔術師を見やる。

卑怯とは思わない。
むしろ地上で迎え打った時に仕留め切れなかったこの身の不覚。
元々が空を飛ぶモノと地を這うモノとの戦いならば、降りて来いなどと叫び散らす事こそ不躾の極みだろう。
そう……降りて来いとは言わない―――

「自らの手で引きずり下ろすまでの事だ……」

しかし先程の包囲網を見るだけでも分かる。
あれ程の手練にして頭の回転も速い相手だ。
そしてこちらの動きを完全に捕らえている手腕も見逃せない。
そんな彼女が再び危険地帯である50m以内に首を突っ込んでくるような迂闊な真似はしてこないだろう。
射手の心理――――投擲が当たらなければ高度を下げてくる。
それを逆手に取るとしても、せいぜい60~70m。
つまり私があの魔術師に打ち込むには、その安全圏を何らかの形で犯さなければならない。

「っはぁ!!!!」

前方の魔弾を切り払うが、後方からも常に4,5発、私の後を追跡してくる。
良いように追い立ててくれる……敵も長期戦を辞さない構えのようだな。

地形を見る。
ただ闇雲に駆け回っていたわけではない。
ここがもし遮蔽物一つない草原や平野ならば宝具に頼らざるを得なかっただろう。
だが、ここは新都だ。 ここには―――――――

90m、80m、75m・・・・・……

「来たか………」

魔術師が高度を下げ始めた。
降りてこい……もう少し。
そんな所にいては私に当てられないどころか追いすがる事さえ出来はしない!

70m、65m、いや、68、か・・・・・………

上空、左右からの魔弾を次々と斬り落とす―――ちっ、また一発貰ってしまった…… 
常に私の死角を突いてくる軌道。
遠隔操作の魔術でこの正確さ。この手数は正直やっかい過ぎる。

65m・・・・・・………

「―――そこか……」

恐らくは……65m前後―――
そこがあの魔術師の安全圏。その限界線。

把握した。
用心深い者ならば恐らくこれ以上は降りてこないだろう。
その間合いこそが、私と貴様の交わるギリギリの境界線というわけだ。

ならばそろそろ―――討って出る時。

回避し切れない弾を相変わらず貰い始めている。
とても全ては交わせないし、これ以上長引かせるのは得策ではない。
兼ねてより目星をつけておいた「その地形」へと魔術師をおびき寄せるため―――

私は速度を調節しつつ、大通りを駆け抜ける。

――――――

NANOHA,s view ―――

入り組んだ小通りを抜け、大きな県道に出る騎士。
何だか敵の本拠地に向かっているにしては……無軌道過ぎる、その疾走―――

「それにしても………よく走る…」

何て体力なんだろう……未だに彼女はペースダウンの片鱗すら見せない。
私は全速力で飛んでるのに追いすがるだけで精一杯。
まるでこっちが振り回されてる気分になってしまう。
流石に連続飛行で魔力を使い果たす前には倒せると思うけど……

と、その時――――

直進すると思った彼女が―――目の前の交差点を直角に曲がった。

「っっ!!!」

突然の相手の方向転換に合わせるように私は機体―――
つまり自身を急速旋回・ピッチロールマニューバ。
空中を横滑りしながら方向を変えてその交差点に入る………

「………………えっ!!?」

…………い、いない――!?

地上に騎士の姿が無い。
一瞬だけ、予期せぬ方向転換で見失っただけなのに……
私は彼女の姿をこの時、完全にロストしていた。

――― ざきっ、ざきっ、ざきっ、ざきっ、ざきっ、 ―――

「物陰に……建物の中に入った…?」

今の一瞬の間―――
あの人のスピードなら可能だけど……でも、ならどこに?

<master! my master!!!!!>

――― ざきざきざきざきざきざきざきっ! ―――

その時、私は上空から見下ろす姿勢に慣れきっていて
地上を目視しつつ、サーチスフィアによる索敵に全神経を集中していた。

   だからレイジングハートの絶叫じみた警告と―――
   さっきから聞こえてくる、この「ざきざきっ」ていう凄い音が何なのか――

全然気づけなくて―――――

そこの通りは高層ビルの立ち並ぶメインストリートで
右手にはそれらしく100m近いマンションやオフィスビル郡が立ち並んでいて
その一つ……全面ガラス張りのマリオンの一角で――――

レイジングハートが教えてくれたのは、そこに張り付いているナニカが
既に私に向かって攻撃態勢を取っていたからで―――

さっきの凄い音はそのマリオンを忍者の壁走りみたいに
ナニカが駆け上っている音だった―――!

「そ、そうか………その手が…」

思わず感心してしまう……そんな場合でも状況でも無いのにだ。
あまりにもデタラメな事だけど―――――地を駆ける彼女が空を飛ぶ私を捕らえるために
私よりも高い位置にその身を置くためにしてくる事と言えば……もうこれしか無い。

それは忍者の壁走りなんて上品なものじゃなかった。
だって甲冑を着込んだ女の子が、ほぼ地面と直角にそびえ立つビルを
そのガラス張りの壁をガシガシ踏み砕いて登ってたんだよ?

急速旋回が仇になり、ろくな体勢も整ってない私と
ビルの中腹で十分な「タメ」の姿勢を作った彼女。
その目が―――合う。

「――――覚悟……」

獲物を狩る時の……獰猛な肉食獣の唸りが聞こえたような気がした―――

――――――

この時――――

高町なのはの高度 65m 
セイバーの高度 72m

この魔導士を空中で、自分の剣で叩き落とすには上からの叩きつけでないと堕とせない。
最初の空への追撃の時にそう悟ったセイバー。
故に彼女は、なのはよりも7m上方まで駆け上がっての十分な高度にて跳躍体勢を取る。
この戦いで初めて頭上を取られたなのは。その表情が凍りついた。

(回避………ダメ! 間に合わないッッ!!)

セイバーの体格がぐんと萎んだ。 
否、そう見えるほどに体中のバネを総動員して行われる―――

――― 速射砲の発射体勢 ―――

その脚がガラスを、蹴り付ける!!!!

「だああああああああああッッッッ!!!!!!!」

天をつんざく炸裂音。
発射台と化したマリオンのガラス30枚がその反動と衝撃波で無残に吹き飛ぶ。
散華したガラスの幕を蹴散らして飛ぶ銀の弾丸が――――高町なのはに迫る!

「衝撃緩和! 姿勢制御を優先ッ!!」

だが完全に不意を付かれたとはいえ、そこは高町なのは。
彼女にとってはこの状況でさえも未だリカバー可能な事態に過ぎず
例え上空を取られたとしても、この軌道、この攻撃はまさに空戦の騎士のそれであり
術者・デバイス共に「このテ」の強襲をいなす術は十二分に心得ている。

「「ッッッ!!」」

ビル群に挟まれた上空にて激突する剣の英霊と空の英雄。
落雷のような爆音が場に響き、桃色と蒼黎の魔力が四方に飛び荒ぶ。

騎士の巻き込むような剣閃。
反応の遅れた魔導士のバリアは容易く砕かれるが、減退したその刃で倒せるほどに高町なのはは甘くない。
名にしおう聖剣の前に立ち塞がる勇気の杖。
降り注ぐ剣閃をきっちりと防御するレイジングハートの先端。
両者の杖と剣が宙空で交錯する。 互いの息遣いが聞こえる程の鍔迫り合い。

起死回生のセイバーの跳躍も―――
障壁によって減退し、防御に阻まれ――

「空ではッ………こちらの方が上ッ!! やらせないよ!」

セイバーの攻撃を、勢いを受け流して叩き落そうとする高町なのは。
凄まじい打ち込みではあったが、一度勢いを殺せば相手は重力の楔に捕らえられて自ずと失速、墜落する。
先程と同じ展開、地上でなら高町なのはに為す術も無い剣戟も空では全く勝手が違うのだ。

―――――――だがッ!

「百も承知だ………そのような事は!」

―― そんな常識を覆してこそ剣の英霊ッ! ――

騎士がそんな瑣末な事実に気づかぬはずが無い。
空中では向こうの方が上だという事は身に染みている。
そして今の奇襲も、一度見せれば二度目は通じないだろう。
だからこそ―――

(っ!!??)

騎士はここで相手を逃がす気など毛頭無い。
空中での一閃よりも遥かに確実な方法で―――なのはを捕らえにかかるセイバー。

受け流そうとした杖に剣を絡ませる。
初めの斬撃はバリアを破り、鍔迫り合いを誘発させるためのものだ。
そして、なのはの胸部に肩口からセイバーの体当たりが炸裂する。

「うっ!!?」

衝撃に一瞬、息が詰まるなのは。 
だが防護機能、BJのフィールドは既に回復している。
いかに英霊の馬力とはいえ、ただの体当たりで空戦魔導士を撃墜する事は出来ない。

「っ!!???」

だが、セイバーの体当たりの勢いまでは殺せない!
全開の脚力で飛び込んだ彼女の質量はまさに列車のぶちかましに比類する凄まじさ!
なのはの体がその衝撃を殺せず、受け止めきれずにぐらつく!
開戦時でのKOのダメージに全力フルブーストの追跡。
彼女の体力が本人が思っていた以上に消耗していた事も相成り―――

「く……ぁ! 堕ち、るッ!?」

体の踏ん張りが利かず、その高度を維持出来ず
なのははセイバーと共に墜落。
否、強引に引きずり堕ろされる!

「悪いが付き合ってもらう!」

二人はまるで流星のような軌跡を描いて急降下、いや急落下!
セイバーが踏み台に使ったマリオンのちょうど対面のビル―――
その3Fのガラス窓にまるで勢いを殺さずに……激突ッッ!!!

上空75mから人間二人(鎧付き)が落ちてきたのだ。
単なるガラス窓などひとたまりもない。
雑居ビルの3階部分の窓はあえなく砕け散り―――

騎士、魔道士共々、その屋内に盛大に転がり込んでいたのだった。


――――――

とあるメインストリート―――

立ち並ぶビルの一つ。
その3階。 明かり一つない静寂の中、家具や雑貨ショップが立ち並び
決して訪れないであろう客に対して商品の豊富さを存分にアピールしている。
だが今日に限っては来客が二人――――  

ガッシャアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!!!!

―――――という、雷鳴が堕ちたような音と共に踊りこむ。

絡み合ったケモノのようにもんどりうって組み合って
互いにボロボロになりながらの、美少女二人の来店。
とても仲の良い者同士の休日のショッピングには見えない。

高度からの墜落。Gに振り回されたその体。
窓をぶち破った轟音と衝撃を受けて―――
そんな中ですら、瞬時に平衡感覚を取り戻したのは高町なのはの方。
こうした不時着時においては、騎士であるセイバーよりも
航空隊所属の魔導士である彼女に一日の長があるのは当然だった。
フロアに激突する前にセイバーを蹴り剥がし、両足で地面を滑るように着地する。
飽きるほど繰り返してきた離陸と着陸の行程を彼女がミスる事はない。
ちなみに蹴られたセイバーは背中から叩きつけられ、家具の群に突っ込む。

「っっ乱暴過ぎッ………!」

思わず非難の声を上げる魔導士。 人の事は言えない。

(これじゃまるでケンカだよ…)

一見して清楚な騎士だと思っていた相手が仕掛けてきた
そのあまりのブルファイトに絶句するなのはである。
見た目と裏腹に、とはこの事だ。 でも、これも人の事は言えない。

ともあれ、先に体勢を立て直した彼女が周囲の状況を確認しつつ身構えて―――
今ある状況、今ある現状、その全てを高速で整理し―――

「!!!!!」

――――――息を、呑む。

騎士の狙い。
自分を紛う事なき死地に引きずり下ろすために―――
逃走したフリをしながら、狙っていた事。
その一部始終を理解して………なのはの心胆に冷たいものが走る。


――― 屋内戦 ―――


それは空戦魔導士が力を最も制限されるフィールド。

振り出しに戻ったどころの騒ぎではない―――
左右。後ろ。どこに逃げても追いつかれ、切り払われ、防御も抜かれる現状。
それに加え最大の武器である高さすら封じられる場所。

フロアに叩きつけられたはずのセイバーは伏せたまま―――

否………
既に低い姿勢のまま、こちらに突撃の照準をつけていた。
しかも今ぶち破った窓を背に、なのはの退路を塞ぐかのように。
腰を限界まで落としての低空姿勢は、まさしくネコ科の猛獣のソレ。

(……)

唇を噛み締める高町なのは。
それは言うなれば檻に入れられたヒトとライオンが向かい合っているようなもの。
暗闇の中、レイジングハートの柄を握り締める彼女の手には―――拭っても拭いきれない汗が滲んでいた。

騎士の表情は暗くて見えない。
だが、その暗闇の中――――

「幕だ……メイガス」

竜の化身たる彼女の緑の瞳が―――爛々と燃えていた。

再び、地上に降ろされた高町なのは。
翼を封じられ、目の前には猛獣。
その絶体絶命の窮地において―――

(チャンスかも…………知れない)

だがしかし彼女はやはり不屈のエース。
その思考に稲妻が走る。

一見、不利なこの状況―――
しかし、これは一つ裏を返せば………

頭の中で組み上げられていく勝利への工程。
パズルのピースが次々と嵌まっていく。

屋内の闇の中、互いに―――
射抜かんばかりの視線を相手にぶつける。

決着の時は近い……

終局に向けて場が収束する中―――


外では無人の廃墟の空を切り裂くように―――雷鳴が……鳴り響いていた。

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最終更新:2010年03月08日 20:56