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第1話 「黄金の輝き」


 ―― 一日目 AM00:05 ――

 ミッドチルダに夜の帳が下りた。
 沿岸部に設けられた、遺失物対策部隊 機動六課隊舎。
 その窓から漏れる明かりも既にまばらで、隊自体も眠りに就こうとしているかのようだ。
 先ほどまで聞こえていた訓練の声もしなくなった。
 都市部の喧騒もここでは遠い。
 ただ潮騒だけが、規則的な満ち引きのリズムを闇夜に響かせていた。
「もうこんな時間かぁ」
 スバル=ナカジマは枕元の時計を見て、小さく呟いた。
 就寝時間はとうに過ぎていた。日付も少し前に変わってしまっている。
 もう一時間は眠ろうと努力しているのに、その成果が表れる気配は一向になかった。
 疲労した身体とは裏腹に、不思議と目が冴えてしまっているのだ。
 明日も早朝から訓練が待っている。
 夜更かしをして、今日の疲労を持ち越すわけにはいかない。
 そう頭を使って考えれば考えるほど、余計に眠気が吹き飛んでしまう。
 つまるところ、スバルは典型的な悪循環に陥っていた。
「ああー、あと何匹羊数えればいいんだろ」
 うつぶせに、枕に顔を埋める。
 どん、と寝台の下から衝撃がきた。
「まだ起きてるの? 早く寝なさいよ」
 二段ベッドの下段で寝ていたはずのティアナ=ランスターが、スバルに声を掛けてきた。
 まどろみと目覚めの狭間にあるような、気の抜けた声。
 どうやらスバルの騒がしさに安眠を妨害されていたようだ。
「寝不足で訓練やって、なのはさんに叱られても知らないわよ」
「うぅ……」
 最も懸念していたことを指摘され、スバルはますます焦ってしまう。
 外の新鮮な空気でも吸えば気分が変わるかもしれない。
 そう考えて、ゆっくりと身を起こす。
 スバルは一瞬、もう朝になったのだと誤解した。
 部屋の壁面に並ぶ大きなガラス窓。
 その全てが、まるで朝陽を浴びているかのように光り輝いていた。
「何……あれ」
 スバルはすぐに気が付いた。
 地平線――あるいは水平線の彼方から垂直に伸びた、巨大な光柱に。
 それはまさしく、空を裂く黄金の光。
 帳を破り、水面を金色の鏡に変え、見渡す限りを照らし尽くす輝きだ。
 数秒、スバルはその光に意識を奪われていた。
 突如として地面が揺れる。
 海面には同心円状に波が立ち、窓ガラスが割れんばかりに振動する。
 二段ベッドも大きく揺さぶられていたが、スバルの視線は光に向けられたままだ。
「な、なに!?」
 眠りかけていたティアナが跳ね起きる。
 何事かと寝台から身を乗り出して、スバルと同様に窓の外に釘付けになった。
 地震のような鳴動の最中、2人は呼吸すらも忘れていた。
 夜空に迸る光の奔流。
 それが何であるのか2人には知る由もない。
 ただ純粋に心を奪われていた。
 美しさという陳腐な言葉で括りきれはしない。
 たとえ万の宝石を並べてもこれほどの輝きは放たないだろう。
 夜空を貫いた光は、やがて星々の彼方へと消えていった。

 ―― 一日目 AM07:00 ――

「凄まじいな、これは」
 騎士シグナムは嘆息した。
 吹き付ける潮風に乱された髪を直しながら、それの縁ぎりぎりに立つ。
 目の前の舗装された地面には、巨大な孔が空いていた。
 目分量で直径を推し量るのが馬鹿らしくなるほどの大きさだ。
 メートルで換算すれば3桁の大台に迫るだろう。
 孔の反対側に立つ局員の顔がぼやけて判別できない。
 それほどまでの、巨大な孔だった。
 戦艦が地上に誤射してしまったと言われれば、疑いもなく信じてしまいそうになってしまう。
 あの現場に居合わせたシグナムでさえそうなのだ。
 調査に従事する局員達に至っては、原因の見当も付いていないだろう。
 事実、風に混ざって根拠のない憶測や噂が聞こえてきていた。
 シグナムはそれらを聞き流し、落下しないように気をつけながら孔を覗き込んだ。
 舗装材の焼けた厭な臭いが、喉の奥に不快な感覚を生じさせる。
「十二、三メートルといったところか」
 円柱状に抉られた深さを目測する。
 更にその奥、孔の底には、ビル街の一画がすっぽり収まってしまいそうな空間が広がっている。
 配されていた雑多な機器は残らず薙ぎ倒されていて、何のための施設だったのか見当も付かない。
「降りてみるか……いや、そう急ぐこともないな」
 シグナムはすっと立ち上がった。
 辺りを見渡せば、遺失物対策部隊の隊員達がせわしなく駆け回っている。
 彼らは皆、五課の隊員たちだった。
 担当する任務の関係上、六課の出る幕はないはずだ。
 何故なら全てが終わった後なのだから。
 残されたのは、この巨大な孔一つ。
 繰り出されたのは、ただ一撃。
 起きたことの重大さとは裏腹に、あっけない幕切れだった。
「まだ終わってないわ」
 背後からの声に、シグナムは思わず振り向いた。
 赤いコートを身に纏った少女が、腕を組んでシグナムを見据えていた。
「なんだ、『魔術師』殿か。読心術も使えたとは知らなかった」
「顔に出てたわよ」
 魔術師がシグナムに並び立つ。
 年の頃は主はやてとそう変わるまい。
 しかし僅かにウェーブの掛かった長い黒髪を背中に流したその姿は、妙に大人びて見えた。
 シグナムは魔術師の言うことが理解できないと言いたげな表情になった。
 彼女は「まだ終わっていない」と言った。
 だがアレは確かに破壊されたのだ。それはシグナムも確認している。
 ならば終わっていないとはどういうことなのか?
「3つか4つ――止め損なったみたい」
 シグナムが疑問を口にする前に、魔術師は理由を述べた。
 それを聞いて、顔をしかめる。
 状況が変わった。
 遠からず、六課は激しい戦闘に晒されることになるかもしれない。
 いや、ほぼ必定だ。
 敵になりうる相手の戦闘能力を鑑みれば、新人達は間違ってもぶつけるべきではないだろう。
 だとすれば自ずと手は限られてくる。
 ヴォルケンリッターと隊のエース達のリミッターを外し、全力投入。
 こちらの被害を最小限に抑え、尚且つ勝利を得るにはそれしか手段はない。
「それじゃ、私はあなた達の隊長さんと話し合ってくるから。ここはお願いね」
 魔術師はひらと手を振って、孔から離れていった。
 シグナムは無言で見送ろうとしたが、訊ねておこうと思っていたことを思い出し、呼び止めた。
「あの騎士は、今どこに?」
「お腹がすいたって言ってたから、どこかで食べてるんじゃない?」

 ―― 一日目 AM10:25 ――

 隊舎の廊下で、2つの欠伸が重なった。
「ふゎあ……眠ぅ」
 スバルは周囲の目を気にすることもなく、大きく口を開けて新鮮な空気を吸い込んだ。
 結局、あれから興奮で眠ることができなかった。
 目を瞑れば、眩い金色の光が目蓋の裏に甦る。
 夜空を引き裂いたあの光は一体何だったのだろうか。
「そんなに口開けないでよ。みっともない」
 スバルの欠伸を咎めるティアナ。
 彼女もスバルと同じように眠そうな目を擦っている。
 ティアナもまた、スバル同様に光のことが気になって仕方がなかったのだ。
 とはいえ、凄いものを見たと純粋に興奮しているスバルとは違い、その正体や原因を考えていたのだが。
 早朝訓練が終わったら調べてみよう。
 最初はそう考えていたが、寝不足の身体で受けた訓練は想像以上に堪えていた。
 元より、スバルほど頑丈な造りをしていないティアナのことだ。
 さっきの訓練はどうにか乗り切ったものの、いつ集中力が切れるか分かったものではない。
 休息時間の合間に、少しでもいいから仮眠を取っておきたい。
 今はそんな思いで胸が一杯だった。
 曲がり角に差し掛かったところで、小さな影と出くわした。
 スバル達よりも頭一つか二つは低い位置で、赤いお下げがぴょこっと揺れた。
「おまえら動き悪かったぞ。ちゃんと寝てんのか?」
 はふ、と欠伸を噛み潰して、ヴィータが2人を見上げる。
 ティアナとスバルは顔を見合わせた。
 2人とも、意外な人の意外な姿を見たという驚きと、仲間を見つけたような妙な連帯感を感じた。
「ヴィータ副隊長も睡眠不足ですか?」
「あー、夜通しでちょっと一仕事な」
 そう語るヴィータの顔には、微かな疲労の色があった。
 肉体的な疲れというより、精神的重圧から解放された後の疲労の残滓というべきか。
 どれほど神経をすり減らす任務に就いていたのだろうか。
 ティアナは小さな副隊長の身を案じ、労わりの言葉を掛けようとした。
 それを遮ったのは、相方の気楽そうな声だった。
「あ、なのはさんだ」
 出鼻を挫かれ、がくっと崩れるティアナ。
「何でアンタは空気が読めないのよ……!」
 ぎゅっと頬を引っ張られながらも、スバルは廊下の一角を指差していた。
「だってほらぁ! 知らない男の人と話してるんだよ?」

 その一言に、空気が凍りついた。
 ティアナとヴィータはことの重大さを理解していないスバルを引っ張って、即座に角へ身を隠した。
 一番上からティアナが、一番下からヴィータが顔を出し、間からスバルの顔が控えめに覗く。
 3人の頭が壁から縦に並んでいる光景はブレーメンの音楽隊を思わせた。
 傍から見れば滑稽以外の何物でもないのだが、本人達は至って真面目なようだ。
 当のなのはと言えば、親しい友人と語らっているときのような表情で、見知らぬ男と談笑していた。
 職場では滅多に見ることがない表情だ。
「知らない奴だな……」
 なのはとの付き合いが長いヴィータも首を捻っている。
 シグナムよりも少し高い程度の背丈に、赤銅のような短髪。
 六課の制服を着ているのだが、今まで一度も顔を合わせた覚えがない。
「ティアナ、何話してるか聞こえる?」
「ううん、全然」
 話の内容を聞き取ろうと、スバルは身を乗り出した。
 それが悪かった。
 不意打ちで体重を掛けられたヴィータがバランスを崩し、がくっと倒れこむ。
 支えを失ったスバルの身体も、当然のように倒れてしまう。
「わ、バカ!」
「うわああぁぁ!」
 大きな音を立てて転がるスバルとヴィータ。
 ティアナは頭を抱え、観念した様子でなのは達の前に出た。
 スバルは倒れた格好のまま誤魔化し笑いを浮かべ、ヴィータは不機嫌そうな顔を崩していない。
「みんなどうしたの?」
 驚き、掛けよるなのは。
 立ち上がろうとするスバルに手を貸して、服についた埃を叩き落とす。
「すいません、なのはさん」
 礼を言いながらも、スバルは件の男に視線を向けた。
 意志の強そうな人だ。
 それが彼に対するスバルの第一印象だった。
 スバルの視線に気が付いたのか、なのはは男の紹介を始めた。
「ヴィータちゃんも、会うのは初めてかな? 本日付で機動六課に配属になった――」
「衛宮士郎。階級は――えっと、三等陸尉待遇、だったかな。それとも陸曹だっけ」
 三等陸尉で合ってるよ、となのはが小声で補足する。
 どちらにせよ自分達より上の階級だと教えられ、スバルとティアナは反射的に敬礼をしていた。
「よ、よろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそよろしく」
 そんな2人に、衛宮士郎は敬礼を返さずに右手を差し出した。
 一瞬理解が遅れるが、すぐに握手を求めているのだと分かった。
 変な人だ。ティアナからの第一印象はそんなものだった。
 管理局の規律からは外れた行動であるはずなのに、不思議とそちらの方が似合っている。
 スバルは少しだけ戸惑いながらも、差し出された手を握り返した。
 無数の剣を握ってきたような、固い掌だった。


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最終更新:2009年11月30日 22:39