突然の豪雨。
辺りは雨音が支配し、男達の息づかいが白い煙になってはき出される。
季節は初夏だというのに、寒い。
豪雨によって冷やされた外気が体を冷やし、体を震わせる。
いや、この震えはこれから先の命のやりとりに恐怖をしてるからか。
それとも、初めての戦に緊張をしているのか。
まさか武者震いと言うことはないだろう。
自分はそれほど好戦的な人間ではない。
雨音に包まれ、手にした刀を握り直す。
下克上の戦乱の世とはいえ、まさか初陣がこんなに早く来るとは思わなかった。
そしてそれが奇襲戦であり、ましてやこんな戦力差だとは思いもしなかった。
相手は数万騎、対するこちらは二千。
奇襲により相手方の戦力が五千ほどになるとはいえ倍以上だ。
もはや生きて帰れるとは思わない。
父が残してくれた、この刀で、自分を拾ってくれた親方様に恩を返す。
ただそれだけを考えるよう努める。
目をつむり、自分の体と対話する。
いつもより速く強い鼓動が自分を支配し、意識が研ぎ澄まされ、神経が尖っていく。
半刻ほどすると雨音が弱くなってくる。
辺りは薄い霧に包まれはじめる。
先陣の親方様の声が聞こえる。
「これより敵大将を討ち取る!首を持ってきた者には褒美をさずける!」
鬨の声があがり、甲冑の音、蹄の音が辺りに響く。
自分も敵陣へ向かい駆け出す。
周りはみな長刀を手にしているが、自分は父よりさずかりし刀のみ。
それ故、誰よりも先に敵陣に乗り込み、道を作るのが仕事だ。
騎馬隊と共に敵陣へと走り込む。
重い甲冑も、ぬかるんだ足下も気にしない。
今あるのは誰よりも速く駆け、誰よりも早くこの刀を振るうこと。
知らず知らずに声を上げ、走っていた。
だが、それは、叶わぬ願いとなる。
敵陣は静まりかえっている。
先陣を駆け抜けた親方様を中心に、親衛隊も止まっている。
その前には数多の亡骸。
横たわっている者達の旗印から、
先ほど自分たちが刀を振るおうとしていた者達の果てだということがわかる。
その光景を目にした者達は言葉を忘れてしまったように立ちつくす。
やがて日が差し込み、霧が晴れていく。
おそらく敵大将がいたであろう陣中には人影。
おおよそ具足とは思えぬ黒と白で構成された服。
袴のようでありながら、どこか違う、茶碗を伏せたようなものを腰にはき、
白い前掛けのようなものをつけ、
鉢鉄とは思えないようなものを頭に載せ、
左手には白銀に輝く大きな針のような物をかかえるように持っている。
霧が完全に晴れるとその人影が背を向けていることがわかる。
そして右手には、無造作に首が下げられていた。
彼の足下にある、首のない亡骸が身につけているものから、
あれこそが自分の目標、だったのだろう。
「……おぬしは、一体何者だ?」
親方様の低い声が沈黙を破る。
「……私は……」
皆が彼の言葉を待つ。
「私は、メイド……」
そう言いながら振り向く。
身の丈は高く、身につけた白い前掛けには血花が咲き乱れている。
「貴様が、やったのか?」
彼は首肯して答える。
右手に下げていた首を親方様の元へ投げ捨て、巨大な針についた血を払う。
親方様は、気に入ったのだろう、口元に笑みをたたえて問う。
「名は?」
彼は針、ランスを地面に差し、立てて言う。
「我こそはメイフィールド家のランス。我が名は、ヨコヤリ。ヨコヤリ=メイフィールド」
これが後に「桶狭間の闘い」と呼ばれる合戦の真相である。
最終更新:2009年04月20日 03:35