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「フウキくんのお仕事」(2007/09/08 (土) 09:40:42) の最新版変更点
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<dl>
<dd>「ねえ、リト」<br>
「ふーきって何?」<br>
「へ?」<br>
<br>
進級後、委員長が春菜に決まり無事新クラスが始動したある日<br>
ララは唐突にそんな質問をリトに投げかけた<br>
<br>
「ほら、唯がいつも言ってるじゃない。ふーきふーきって」<br>
「ああ、確かに言ってるな」<br>
<br>
主に俺たちのせいで<br>
とは言っても無駄だとわかっているのでリトはあえて言わない<br>
毎度毎度、起こす騒動起こす騒動が唯の言うところのハレンチなことばかりなのだ<br>
リトとて立派な男なのだから騒動に付随するお色気ハプニングが嬉しくないわけがない<br>
しかしだ、学校や街中でそれが頻繁に起こるのでは一般的な神経を持つリトとしてはたまったものではない<br>
そういう意味では唯の言いたいところは非常によくわかるのだが…<br>
<br>
(注意してどうにかなるような奴じゃないもんなぁ、コイツ)<br>
「ん? リトどうしたの?」<br>
「いや、なんでもない…っと風紀の話だったな」<br>
<br>
恐らくはララに理解させることが一番難しいであろう単語である<br>
しかしリトは誠心誠意心を込めて説明をした<br>
そうすることによってララが騒動を起こすことを自粛してくれるようになる可能性を僅かでも求めたのだ<br>
だが、リトは甘かった<br>
それをリトはこの翌日に思い知ることになる<br></dd>
</dl>
<br>
<dl>
<dd>「じゃーん! リト、見てみてー♪」<br>
「…なんだこりゃ?」<br>
<br>
翌日、結城家朝食の席でララが自信満面で差し出してきた『ソレ』をリトは訝しげな目で見つめた<br>
『ソレ』はテレビくらいの大きさの円筒形の箱のようなものだった<br>
サイドと下方からはそれぞれ手と足のようなもの…恐らくはアームだろうものが伸びている<br>
正面には目と口、そして何故か目には黒ブチ眼鏡が装着され、首元(?)にはネクタイまで用意されている<br>
<br>
「小型…ロボット?」<br>
「うんっ! 名付けてフウキ君!」<br>
「フウキ…くん?」<br>
「そう、リトが昨日風紀について教えてくれたでしょ? それで作ってみたの!」<br>
「なんで?」<br>
「だって、唯一人が風紀を取り締まってるんでしょ? だからそのお手伝いをさせようと思って…」<br>
<br>
なるほど、とリトは感心した<br>
方向性はどうあれララの優しさによる産物であるのならばリトとしては文句はない<br>
例えこのロボットがとんでもないものであっても<br>
故に彼は言えなかった<br>
風紀についてとやかくいう存在が唯一人なのは単に他の面子がララが起こす騒動に尻込みないしは諦めているからである<br>
古手川も損な性分をしてるよなー<br>
同情するリトだったが彼自身も十分その原因の一つであることを特に自覚していなかった<br>
<br>
「んで、コイツはどういう役に立つんだ?」<br>
「うん、この子は基本的に自立行動ができるから風紀倫理に従って風紀を守っていない人たちを注意したり取り締まったりするんだよ」<br>
「へーってちょっとまて。風紀の基準はどうなってるんだ?」<br>
「データ入力は先生にお願いしたから大丈夫!」<br>
「…なら安心か」<br>
<br>
ララ基準だったとしたらまた大惨事を招きかねない、と身構えていたリトはその言葉にほっとした<br>
たまにはララも役に立つことするんだなーと何気に酷いことを頭の中で考えつつリトはコーヒーへと手を伸ばす<br>
だが、彼は知らない<br>
ララの言う『先生』というのが誰だったのか<br>
かくして、この数時間後に起きる大騒動を未然に防ぐすべは失われてしまうのだった<br>
<br>
「…ふっ」<br>
<br>
ただ一人、未来を確信している蜜柑は我関せずとばかりにトーストをかじってはいたのだが<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「さて、スイッチ・オン!」<br>
<br>
カッ!<br>
登校中、ララの手によってフウキくんに生命の息吹が吹き込まれていく<br>
起動を果たしたフウキくんはゆっくりと立ち上がり、周りをサーチし始める<br>
爆発したりしないだろうな? と少しばかり身構えていたリトはどこか拍子抜けしたようにその様子を眺めていた<br>
<br>
「む!」<br>
「ん?」<br>
「そこの貴方! ネクタイが曲がっています! あと一番下のボタンを留め忘れていますね!」<br>
「え、あ…」<br>
<br>
リトが突然の怒声に怯んだ隙にフウキくんは素早くリトの服の乱れを直す<br>
<br>
「これでよし」<br>
「ああ…サンキュ」<br>
「全く、身だしなみは風紀の基本! 日本男児たるもの身だしなみには気をつけてもらいたい!」<br>
「ご、ごめんなさい」<br>
<br>
フウキくんの迫力に何故か丁寧語で謝ってしまうリト<br>
だが、一方でフウキくんの性能に感心する<br>
見た目はアレだが、高性能じゃないか…<br>
<br>
「申しおくれました。私の名はフウキくん、どうぞよろしく」<br>
「よろしくねーフウキくん!」<br>
「おお、創造主は流石に見事な制服の着こなし! 文句のつけようがございません!」<br>
「えへへ、そう?」<br>
<br>
ララを持ち上げるフウキくん<br>
褒められたララは満更でもなさそうにくるりと一回転をする<br>
ふわり、と遠心力で制服の短いスカートが持ち上がる<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>(レースの白…! じゃなくて、うわわっ!!)<br>
<br>
突然の嬉し恥ずかしハプニングにリトは顔を赤らめつつ回れ右をする<br>
こういったハプニングシーンに多々遭遇するリトだったが基本的には彼は紳士だった<br>
ただ、瞬間的に見えてしまうものはどうしようもないので脳内に下着が焼きついてしまうのはいかんともしがたいのではあるが<br>
<br>
「じー」<br>
「ってオイ、フウキくん何をしてるんだ?」<br>
「いえ、向こうの男子生徒の鞄から漫画の反応がありまして…こら、貴様っ!」<br>
<br>
フウキくんはそう叫ぶと一目散に前方へと駆け出す<br>
仕事熱心だね、と感心するララを尻目にリトは一欠片の疑問を抱いていた<br>
それは<br>
<br>
(アイツ…今、ララのスカートの中を見てなかったか?)<br>
<br>
気のせいか、風紀を守るように作られてるのにそんなはずはないよな<br>
そうリトは頭を振ると疑問を打ち消す<br>
<br>
「どうしたのリト、早くしないと遅刻しちゃうよ?」<br>
「いけね、走ろう!」<br>
<br>
前方で男子生徒の鞄から漫画を強奪して注意するフウキくんを見つつリトとララは駆け出すのだった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「ねえ、結城君。聞きたいことがあるのだけれど」<br>
「古手川? どうしたんだ?」<br>
「あれは…何?」<br>
<br>
唯が指さした先には女子生徒のお菓子を没収しているフウキくんの姿があった<br>
お菓子をとられた女子生徒は当然ぶーぶー言ってはいるのだが、フウキくんの姿が可愛らしいためか本気で怒ってはいない<br>
だが、極めて常識を大切にする唯からすればフウキくんの存在そのものがナンセンスである<br>
故に不服ではあるものの、唯は最もわかりやすく説明をしてくれるであろうリトに話しかけたのだ<br>
<br>
「あーあれか、あれはなフウキくんと言って…」<br>
<br>
昨日のことも含めてリトは大雑把な説明を行った<br>
<br>
「そう…」<br>
<br>
唯はなんとも言えない複雑な表情を作る<br>
また奇怪なシロモノを持ち込んできたララに対する憤りはあるものの、それが自分のためと聞かされれば表立っては非難できない<br>
それに存在の非常識さを除けばフウキくんはよく働いているといえる<br>
唯としてはその非常識さがどうしても受け入れることができないのではあるが…<br>
<br>
「害はないようだし…ううん、ダメよ! 私が認めたら…」<br>
「古手川、気持ちはわかるけどさ。一応ララもお前のためを思ってあれを作ったんだ、だからさ…」<br>
「…わかっているわ」<br>
<br>
キッとリトをにらみつけながらも唯は現状維持という結論に達した<br>
本当はフウキくんを排除したくてたまらないのだが、自分以外は既に受け入れの体勢を整えてしまっているのだ<br>
そこで自分ひとりがぎゃーぎゃー言っても仕方がない<br>
それに善意からの行動を否定することもできない<br>
唯は深い葛藤の末にフウキくんの姿を視界から除外するということで折り合いをつけるのだった<br>
<br>
「悪いな」<br>
「…ふん」<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>三時間目が終わる頃<br>
フウキくんは特に問題を起こすでもなく順調に活動を続けていた<br>
この頃になると唯もフウキくんを認めざるを得なくなり、ララに感謝の気持ちを表すのもやぶさかではなくなっていた<br>
<br>
「しかし、この学校は実に風紀が乱れていますな」<br>
「そうかな? ちょっとフウキくんが厳しすぎるような気が…」<br>
(いえ、彼の言うとおり)<br>
「これは心外な、私は風紀に基づいて行動しているだけ! すなわちそれは皆さんのほうに問題があると何故おわかりにならないのですか!」<br>
「うっ、た、確かにそうなんだけど~」<br>
(よくぞ言ってくれたわ!)<br>
「私もつらいのです! しかし心を鬼にして私はこの学校の秩序を守らないといけない使命を与えられているのです!」<br>
「あ、あはは…」<br>
(フウキくん…!)<br>
<br>
春菜、里紗、未央の三人をバッサリ言い負かしたフウキくんに唯は感動の視線を投げかけていた<br>
今ではすっかりフウキくん擁護派である<br>
<br>
「しかしいかんせんこの学校は広大。私一人では手がたりませんな」<br>
「うーん、でも量産しようにも材料がないし…あ、そうだ! ブーストモードにすれば」<br>
「ブーストモード?」<br>
「うん、フウキくんの性能のリミッターを解除するの」<br>
「おいおい、でもリミッター外すんだろ? 壊れたりしないのか?」<br>
「大丈夫大丈夫、単にバッテリーの消費率が激しくなるだけだから、それに充電はバッチリだしね!」<br>
「おお、それは僥倖! それでは早速お願い致します」<br>
「おっけー、ぽちっとな♪」<br>
<br>
ララはフウキくんの背中の隠しボタンを押す<br>
すると、フウキくんの体中から蒸気が発生し、フウキくんの目がカッと見開かれた<br>
<br>
「おおおお。キタキタキタキタ――!!」<br>
<br>
傍目にも元気入りまくりといった感じでフウキくんは活性化する<br>
そしてそのまま彼は教室を飛び出していくのだった<br>
<br>
騒動、開始</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>昼休み<br>
リトは購買に向かう最中、フウキくんを見つけた<br>
フウキくんはある扉の前でじっとしている<br>
何をやってるんだアイツ? とリトは怪訝に思いつつ声をかけようと歩み寄る<br>
すると…<br>
<br>
「えー、やだぁー」<br>
「うっそ、本当?」<br>
「あれ、アンタまた胸が大きくなってない?」<br>
「グフフ…」<br>
<br>
女子生徒の声と、不気味な笑い声がリトの耳に届く<br>
リトは嫌な予感がし、上を見上げる<br>
扉の上には『女子更衣室』のプレート<br>
<br>
(まさか…)<br>
<br>
リトはフウキくんの様子をよく見てみる<br>
女子更衣室の扉は僅かに開いていた<br>
そしてフウキくんはその前に立っている<br>
結論、フウキくんは覗きをしている!<br>
<br>
「おまえ、何をしてるんだ!」<br>
<br>
持ち前の正義感――というか常識に従ってリトはフウキくんを止めようとフウキくんに近寄った<br>
勿論、中に声が届くと大変なので小声である<br>
<br>
「…ん? おお、これはこれは。結城殿ではありませんか!」<br>
「おお、じゃねえよ! お前一体何をやってるんだよ!」<br>
「見ての通り、女子更衣室を査察しておりますが」<br>
「ノゾキじゃねーか!」<br>
「失敬な。これはれっきとした風紀取り締まり行動です! 校則に反した下着を着けている女子生徒がいないか調べているだけです!」<br>
「そんな言い訳が通るわけないだろ! いいからここから離れろ!」<br>
「だが断る! このフウキくんが最も好きな事のひとつは正しいことを言ってるやつにNOと断ってやることだ…」<br>
「アホか! い い か ら 離 れ ろ !」<br>
「ぬっ、何をする! あっ、そこは触っちゃダメ!」<br>
「気色悪い声をだすな!」<br></dd>
</dl>
<dl>
<dd>フウキくんをこの場から引き剥がそうとするリト<br>
しかしフウキくんの抵抗も半端ではない<br>
綱引きのようによいせこいせと力比べが行われる<br>
だが、扉の前でこんなに騒いで中にそれが届かないはずがない<br>
<br>
「あれ、なんか扉の外が騒がしくない?」<br>
「まさか…覗き!?」<br>
「ええっ、そんな!」<br>
<br>
女子生徒たちが騒ぎ始める<br>
当然、その声はリトにも届き――瞬間、リトは動揺のために力を緩めてしまった<br>
<br>
「あ」<br>
<br>
リトの手がフウキくんから離れる<br>
リトは反動で尻餅をつき、フウキくんは勢いよく扉へと突っ込む<br>
ドンガラガッシャーン!<br>
<br>
「え?」<br>
<br>
扉がフウキくんの突撃によって完膚なきまで破壊された<br>
当然、尻餅をついているリトからは中は丸見えである<br>
そして中の女子生徒たちも勿論リトの姿が見えている<br>
<br>
「あっ、いや、これはその…!」<br>
<br>
目の前に映る白、赤、黒、縞々といった色とりどりの下着の群れ<br>
リトはそんな夢のような光景に顔を真っ赤にしつつ後退していく<br>
だが、彼は行動を誤った<br>
彼がすべきことは謝罪ではなく、速やかなこの場からの撤退だったのだ<br>
そう、いつの間にかいなくなっているフウキくんのように<br>
<br>
『き…』<br>
<br>
一斉に女子たちが息を吸い込んだ<br>
リトの顔が赤から青へと変化する<br>
数秒後、リトは自己ベストの走りを憤怒に燃える女子たちに見せ付けていた</dd>
<dt><br></dt>
<dd>「はぁ…はぁ…はぁ…ひ、酷い目にあった…」<br>
<br>
なんとか怒れる女子たちから逃れたリトは身を隠すように廊下の角に立っていた<br>
下着姿の女子集団に負われている男子という構図は非常に目立ってはいたが、幸いにもそれを気にするものはいない<br>
男子は眼福とばかりに顔を緩ませていたし<br>
女子はまたか…とばかりに呆れと自分が被害に巻き込まれなかった安堵にほっとしていたのだから<br>
必死に逃げるリトはそんな周囲の視線には気がつかなかったが、それは非常に幸せなことだったといえる<br>
<br>
「くそ…アイツ、どこへいったんだ?」<br>
<br>
そんなリトの怒りの矛先は当然のごとくフウキくんへと向いていた<br>
言葉では立派なことを言っていたが、覗きは覗きである<br>
本性(?)をあらわしたフウキくんを放っておくわけにはいかない<br>
今までの経験上、この事態を放っておくと絶対ロクでもないことになるとリトは身にしみて確信していたのだ<br>
<br>
「あら、結城リトではないですの」<br>
<br>
そんなリトに声をかけたのはリトがよく知る先輩――天条院沙姫だった<br>
あいも変わらずタカビー然とした態度と出オチオーラを放っている<br>
付き人の眼鏡っ娘こと綾とポニテっ娘凛も当然のように後ろに控えていた<br>
またややこしいのが…と、リトは自分の不運を嘆きつつ溜息をつく<br>
<br>
「なっ…何をいきなり溜息などついているのですか! 失礼な!」<br>
「こんちわ天条院センパイ。それじゃ」<br>
「お待ちなさい! 何故いきなり立ち去ろうとしているのです!」<br>
<br>
顔をあわせるなり逃げ出そうとするリトに憤慨する沙姫<br>
至極最もな反応ではあるのだが、今までが今までなので一概にはリトを責めることはできない<br>
現に綾はそれを認識しているらしくやれやれとばかりに首を振っていたりする<br>
<br>
「凛! 結城リトを捕獲しなさい!」<br>
「承知しました」<br>
<br>
が、自覚のない沙姫はあっさりとリトの捕縛を決断<br>
凛に命じると共に自身は腕を組んでホーホッホッホッ! と高笑いを始める<br>
命じられた凛はどこからともなく木刀を取り出すとすっとリトにそれを突きつけた<br>
<br>
「さあ、痛い目にあいたくなければ大人しくしなさい」<br>
「なんでいきなり!?」<br>
<br>
リトからすれば理不尽極まりない事態である<br>
何よりもこんなところで時間を食っている場合ではないのだ<br>
早くフウキくんを見つけ出さないといけない<br>
リトは素早く身を翻すと迷わず逃げを選択した<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「逃げた!? 凛、追うのよ!」<br>
「はい!」<br>
<br>
沙姫が言うのが早いか、凛は大きく飛翔すると木刀を振りかぶってリトへと肉薄<br>
だが、その木刀がリトの体をとらえる前にリトの背後に一つの影が滑り込んだ<br>
――ガギィン!<br>
<br>
「なっ…」<br>
<br>
凛の驚く声にリトは恐る恐る振り向く<br>
そこで見た光景は、驚愕に目を見開く凛と綾<br>
ひたすら高笑いを続けている沙姫<br>
そして、自分を守るように凛の前に立ちふさがっているフウキくんの姿だった<br>
<br>
「何者!?」<br>
「ふ…名乗るほどのものではないが、教えてあげましょう! 我が名はフウキくん! 風紀を正す剣なりっ!」<br>
<br>
ドドーン! と効果音つきでポーズを決めるフウキくん<br>
リトは思わぬ助けに目を丸くしながらも状況を把握したのかフウキうんへと詰め寄った<br>
<br>
「お、おい、お前なんでこんなところに…いや、ていうかなんで俺を?」<br>
「ふ…結城殿が傷つくと我が主が悲しみますからね。決して先ほど女子更衣室に置き去りにしたことに罪悪感を感じての行動ではないですよ?」<br>
「本音ダダ漏れじゃねーか…まあ、サンキュ」<br>
<br>
呆れ顔と共にツッコミをいれるリトだが、一応窮地を助けてもらったのは事実なのでお礼をいうリト<br>
だが、フウキくんはリトに顔を向けることなく凛及び沙姫と綾の三人組に鋭い視線を向けていた<br>
<br>
「校則違反者達よ…懺悔の準備はできたか?」<br>
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 私のどこが校則違反…」<br>
「見目麗しい女子が木刀を振り回すなど言語道断!」<br>
「これは沙姫様をお守りするためのもの! 断じて校則違反などではありません!」<br>
<br>
いや、校則違反だろ<br>
綾とリトのツッコミが同時に行われる<br>
しかし睨み合う凛とフウキくんにはそのツッコミは届かない<br>
ついでにいうとスルーされた沙姫の抗議もまるで届かない<br>
<br>
「沙姫様の命を邪魔立てするようならば…」<br>
「その剣で斬りますか、私を?」<br>
「その通り。スクラップにされたくなかったらおどきなさい」<br>
「ふっ…」<br>
<br>
凛の発する裂帛の気合にもフウキくんは動ぜず、失笑するかのように一つ息をついた<br>
剣豪同士の立会いのような緊迫した雰囲気<br>
…これ、こんなマンガだったっけ? とリトは首を傾げた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「何がおかしいのですか」<br>
「いや何、まだ気がつかないのかと思いましてね」<br>
「え?」<br>
「――もう、斬った」<br>
<br>
某釣り目のチビ炎術師のように指の刃を収めるフウキくん<br>
その言葉と同時に、凛の手の中の木刀が四分割されてボロボロと床に落ちていく<br>
<br>
「そ、そんな!? いつ!?」<br>
「先程の交錯の際にです。まだまだ修行が足りませんね?」<br>
「くっ…ですが剣を失ったくらいで私は…!」<br>
「いや、決着ですよ」<br>
<br>
お前キャラ変わりすぎだ、リトが突っ込む間もなくフウキくんがパチンと指を鳴らす<br>
瞬間、凛の制服が布吹雪となってはじけ飛ぶ<br>
<br>
「ふ、飾り気のないシンプルな白か…だが惜しい。剣道少女の下着はサラシのほうがモアベター」<br>
「あ…」<br>
<br>
フウキくんの批評に凛は自分の格好を認識する<br>
ボロボロに切り刻まれた制服の残骸が足元に広がっていた<br>
身を守るものは下着二枚のみ<br>
<br>
「り、凛…」<br>
「ホーホホホ…あら、凛。なんで下着姿ですの?」<br>
<br>
心配そうな声の友人と放置される寂しさに現実逃避という名の高笑いを続けていた主の声に凛は段々と顔を赤く染めていく<br>
そして…<br>
<br>
「あ…あ…き、きゃあああああああーっ!?」<br>
<br>
普段の怜悧な表情はどこへやら<br>
凛はふぇぇぇんと可愛らしい鳴き声と共にその場を逃げ出すのだった</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「フフフ、次は貴女の番ですよ?」<br>
<br>
ぴっと指を綾につきつけるフウキくん<br>
相変わらず沙姫はガン無視である<br>
当然、沙姫はキーキーとわめきながら抗議の意を示すがこの場の誰もそれを気にすることはなかった<br>
綾がゆっくりと構えをとる<br>
凛と同じく武術の心得がある綾だったが、先程の攻防を見る限り自分では勝てないことは百も承知だった<br>
しかし、自分が負ければ沙姫に危害が(物凄い低い確率でだが)及ぶかもしれない<br>
綾は不退転の覚悟で眼鏡をキラリと光らせた<br>
<br>
「…私のどこが校則違反だと?」<br>
「ふ、わかりませんか? では結城殿、説明して差し上げてください」<br>
「いや、俺もわからないんだけど」<br>
「なんと!? 一目見ればわかるではないですか! 貴方の目は節穴ですか!」<br>
「そういわれても…」<br>
<br>
リトは困ったように綾の姿を見た<br>
綾は別段制服の着こなしがおかしいようには見えないし、アクセサリーをつけているわけでもない<br>
髪を染めているわけでもないし、凛のように妙なものを所持しているようにも見えない<br>
だが、フウキくんは確信しているらしく、怒りをあらわすとリトにもわかりやすいようにソコに指を差し向けた<br>
<br>
「あれです! あの眼鏡ですよ!」<br>
「え、眼鏡? 別に普通の眼鏡なんじゃあ…?」<br>
「全然普通ではありません! あれは伝説の不透過眼鏡です!」<br>
「…なんだそりゃ?」<br>
「不透過眼鏡…それは本来の眼鏡の機能はちゃんと果たしているというのに、何故かつけている人物の目が描写されないというレアアイテム!」<br>
「待て、その発言は色々アウトだ」<br>
「眼鏡を外せば美少女! そんな太古のお約束のために生み出されたソレは…人類の損失を生み出しているのです!」<br>
「…いや、それは一理あるけどさ」<br>
<br>
クリスマスパーティーの時、一度だけ見た綾の素顔をリトは思い出す<br>
確かに、あの時の美少女素顔を考えればフウキくんの言もあながち間違いとはいえない<br>
<br>
「そうでしょう! 美少女が顔を隠すなど言語道断! そんなのはギャルゲだけでいいのです!」<br>
「いや、そういわれましても眼鏡がないと私は…」<br>
「コンタクトにすればいいだけの話!」<br>
「コンタクトは…その、怖いですし」<br>
「美少女なんだからそれくらい我慢しなさい!」<br>
<br>
美少女美少女と何度も褒められたためか、少し顔を染めながら綾は顔を伏せた<br>
だが、それは同時に致命的な隙を作ることになる<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「隙あり! 一 刀 両 断 !」<br>
<br>
指を刃化したフウキくんが勢いよく飛び上がる<br>
そして指が振り下ろされた<br>
綾の眼鏡が音もなく奪い去られる<br>
<br>
「あっ!」<br>
「眼鏡に罪はなし…」<br>
<br>
眼鏡にはかすり傷一つつけることなくニヒルにフウキくんは綾から奪った眼鏡を口の中にしまいこむ<br>
素顔をさらけ出された綾は、眼鏡を奪い返そうと一歩踏み出し…そして何かに足を引っ掛けてこけた<br>
<br>
「あうっ!?」<br>
<br>
ドテッとコミカルな音と共に綾が転倒する<br>
綾は自分の足を引っ掛けたものを確認するべく足に引っかかるソレを持ち上げ、目の前に運ぶ<br>
そしてソレは綾にとっては見覚えのあるひらひらとした布キレだった<br>
<br>
「私の…ス、スカート?」<br>
「眼鏡に傷をつけるわけにはいきませんでしたからね。代わりに制服を斬っておきました」<br>
「斬るなよ!」<br>
<br>
リトのツッコミが鋭く光る<br>
しかし、綾は真っ二つとなった自分のスカートを掴んだままぷるぷると女の子座りで震えだす<br>
綾は気がついていないが、制服の上もスッパリ斬られているのでブラジャーが露出している状態だったりする<br>
フウキくんはそれを眺め、リトは慌てて回れ右をした<br>
<br>
「黒か…白き肌との対比がよく映える。校則違反ではないが、ハレンチではありますね」<br>
「え……ああっ!? いっ、いやっ、きゃああああ!」<br>
<br>
フウキくんの言葉に綾は制服の前を両手でかきあわせて下着を隠す<br>
だが、既にフウキくんもリトも見終わった後である<br>
後の祭り――それがよくわかっていた綾はこれ以上ないほど顔を真っ赤にさせて俯き羞恥に震える<br>
だが、そんな綾に近づく影があった<br>
彼女の主人にしてひたすら放置されていた天条院沙姫である<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「綾…」<br>
「さ、沙姫様…」<br>
<br>
優しい笑みで近づき、両手を伸ばしてきた主人に綾は瞳を潤ませた<br>
ねぎらいの言葉をかけてくれるのだろうか?<br>
それとも制服の上着を貸してくれるのだろうか?<br>
期待に震える綾<br>
しかし沙姫の両手は綾の肩を素通りすると、綾の両手を掴み、そのままガバッと綾の半裸を押し広げてしまったのである<br>
<br>
「きゃあああ!? さ、沙姫様!?」<br>
「アナタ、私よりも派手な下着を身につけているとはどういうことですの!?」<br>
「え、ええっ!?」<br>
「ただでさえ私よりも人気がでそうな要素ばかり持っているくせに、この上私の属性まで奪い取ろうというの!?」<br>
「いっ、いえそんなことは…というか沙姫様、手を、手をお放しになってください~!」<br>
「ええい、おだまりっこのツナマヨ! かくなる上は…奪い取る!」<br>
「ツ、ツナマヨ!? というか…えええっ!?」<br>
<br>
主人の宣言にビックリ仰天の綾<br>
しかし沙姫は血走った目で綾の下着を脱がしにかかる<br>
当然綾は抵抗した<br>
いくら主人とはいえどもこんなところで下着を脱がされるわけにはいかない<br>
そしてそんな美少女二人のキャットファイトをエロ親父そのものといった風情で眺める観客が一人いた<br>
フウキくんである<br>
<br>
「女の争いはいつ見ても醜い…ビジュアル的には美しいですが」<br>
「なら止めろよ!」<br>
「結城殿が止めればよろしいのではないですか? というか結城殿、いつまで目を瞑っているのですか?」<br>
「う、うるさい! 見るわけにいかないだろ!?」<br>
<br>
シャイなリトは手を伸ばせば届く距離で行われている女二人の揉み合いを目を瞑ることで見ていなかった<br>
だが、目を瞑っても声は聞こえる<br>
「だ、ダメです」とか「ほらほら、とれちゃうわよ」とか悩殺モノの声がリトの耳に届く<br>
脳の片隅で理性が「お前が止めなければ誰が止めるんだ!?」としきりに叫んでいるがリトは動けない<br>
巻き込まれるのは慣れてきたが、自分から騒動に突っ込むなどゴメンなのである<br>
<br>
「やれやれ、仕方ありませんな」<br>
<br>
背後からフウキくんの声<br>
瞬間、リトは悪寒を感じた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「アリーヴェデルチ(さよならだ)」<br>
<br>
ドン<br>
フウキくんが容赦なくリトの背中を押した<br>
目を瞑っていたリトは抵抗する間もなく前方へと押し出される<br>
そして前方には絡み合う綾と沙姫がいた<br>
<br>
「うわっ、うわわわわわ!?」<br>
「え…きゃあっ!? 何!?」<br>
「わぷっ! ゆ、結城リト!? 一体何の真似ですの!?」<br>
「ではでは結城殿、しーゆーあげいん」<br>
<br>
シュタ、と敬礼をリトに送りフウキくんは窓から飛び降りる<br>
だが、ここでフウキくんを逃がすわけにはいかない<br>
リトは立ち上がるべく手に力を込め――<br>
<br>
ふにゅ<br>
<br>
「ふにゅ?」<br>
「あ…あああ…」<br>
<br>
力を込めた右の手のひらに柔らかな感触<br>
リトは嫌な予感に震えつつ恐る恐る右手をみた<br>
そこには、綾の胸を掴んでいる己の右手の姿<br>
しかも沙姫との乱闘で綾の下着がずれている<br>
つまり、直接綾の生乳を掴んでいた<br>
ぷにっとしたなんともいえない感触と共にサッとリトの顔へ血が集まっていく<br>
<br>
「あうあ…これは、その…」<br>
「結城リト、何故私ではなく綾の胸を!? 裏切ったな! 私の胸を裏切りましたわね! こういうのは私の出番ですのに!」<br>
「いやーっ!?」<br>
「あべらっ!?」<br>
<br>
この期に及んでスルーされた怒りを込めた沙姫の右<br>
生乳を掴まれたショックで繰り出された綾の左<br>
その両拳は的確にリトをとらえ――そしてリトはフウキくんの後を追うように窓から空を舞った</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「いてて…」<br>
<br>
頭にこしらえた大きなタンコブと赤くはれた頬をさすりつつ、リトは起き上がる<br>
綾と沙姫のWパンチをくらい、落下したのも束の間<br>
リトは着地地点にあった硬い何かと頭が激突<br>
数分間気絶していたのである<br>
<br>
「うわ、こりゃかなりでかいタンコブだな…しかし何か金属っぽかったような気がするけど…?」<br>
<br>
タンコブを撫でさすりながらリトは歩き出す<br>
痛みはひかないが今はフウキくんの捜索が第一、多少の痛みには構っていられない<br>
決意を強めたリトは中庭へと向かう<br>
すると、女子の悲鳴が聞こえてくるではないか――しかも複数<br>
瞬間、リトの脳裏に嫌な予感が走った<br>
<br>
「きゃああぁ~!」<br>
「いやぁぁん!」<br>
「なんなのぉ~!?」<br>
「げっ…!」<br>
<br>
現場に到着したリトは顔を真っ赤に染めて狼狽した<br>
そこは、阿鼻叫喚地獄にして天女の楽園だった<br>
切れ端となった制服を足元にちりばめ、肌もあらわな下着姿でぺたんと座り込んでいる女子たちの群れがリトの視界に飛び込んでくる<br>
皆ボロキレとなった制服をかきあわせるようにして下着姿を隠そうとしているものの<br>
原形をとどめていない制服では肌を隠すという役割はとても果たせていない<br>
むしろ半裸で布の切れ端を抱くという姿が扇情的な姿を作り上げている<br>
ちなみに、男子も数人いるにはいるのだが、何故か皆一様に気絶していた<br>
<br>
「あわわわ…」<br>
<br>
悲鳴の大合唱の合間から聞こえてくる非難の声で惨状の原因がフウキくんの仕業だということをかろうじて理解する<br>
リトは極力女子たちを視界におさめないようにしつつ前へと進む<br>
幸い、女子たちは自分たちのことで精一杯なのかリトには気がつかなかった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「――きゃあああ!」<br>
<br>
半裸女子の群れを抜けたあたりで一際高い悲鳴が茂みの向こう側からリトの耳に届く<br>
そしてその声が聞こえた瞬間、リトは走り出した<br>
何故なら、それは自分の想い人の声だったのだから<br>
<br>
「この声は…春菜ちゃん!?」<br>
<br>
茂みを突破し、音源の場へと駆けつけたリト<br>
そこには、下着姿にひん剥かれて大の字に気絶して転がっているリサミオコンビ<br>
フウキくんと対峙しているララ<br>
そして、ララの後で縮こまっている春奈の姿があった<br>
<br>
「ララ! 春菜ちゃん!」<br>
「あっ、リト!」<br>
「ゆ、結城くん!? 来ないで!」<br>
<br>
歓喜と拒絶という相反する反応にリトは戸惑う<br>
ララが喜んでいるのはいいとしても、春菜の反応は明らかにおかしい<br>
助けに来たつもりだったのに、当の本人に来ないでと言われてはリトとしても困る、というか悲しい<br>
<br>
(ていうか俺って嫌われてるのか?)<br>
<br>
ずーんと落ち込むリト<br>
しかし、敵(?)を目の前にしてひくわけにはいかない<br>
少々下がったテンションをなんとか維持しつつ、リトは一歩踏み出してフウキくんをにらみつけた<br>
<br>
「おい! どういうつもりだ!」<br>
「はて、どういうつもりとは…どういうことですかな?」<br>
「とぼけるんじゃねーよ! お前、一体皆に何をしてるんだ!? 風紀とは全然関係ないじゃないか!」<br>
「関係ないとは失礼な、私は単にランジェリーチェックをしているだけです!」<br>
「せ、制服を切り刻む必要はないだろうが!」</dd>
<dt><br></dt>
<dd>フウキくんの台詞に先程の光景を思い出し、どもってしまうリト<br>
だが、フウキくんはそれを意に介さずはんっと溜息を一つつく<br>
<br>
「効率重視です! ランジェリーをチェックするのならば制服を脱がすのが一番早い!」<br>
「アホか! 犯罪だぞ!?」<br>
「風紀を守るためには些細な犠牲はやむなし!」<br>
「め、滅茶苦茶なことを…おいララ、一体コイツはどうなっちまったんだ!?」<br>
「うーん…リミッターを解除したせいかな? <br>
でもそれにしたってこんな風になるわけが…強いショックでも与えたんならともかく」<br>
「強いショック?」<br>
<br>
ララの推測にリトは嫌な予感を覚え、フウキくんをじっと見つめた<br>
よく見ると、フウキくんの頭の部分に丸いへこみができている<br>
<br>
(まさか…)<br>
<br>
落下時にぶつかった何か<br>
それはフウキくんだったのではないか?<br>
リトは青ざめた<br>
この推測が正しければ、この一連の騒動の原因は自分にあるということになる<br>
<br>
「あれ、どうしたのリト。まるで石像みたいだよ?」<br>
「ふ、他人の心配をしている場合ですかな創造主?」<br>
「む、リトの心配をするのは当たり前だよ! それよりもフウキくん、メンテナンスしてあげるから大人しくしなさい!」<br>
「だが断る! 創造主のお言葉といえども、今の私の燃え滾るパトスは止められないのです!」<br>
「なら実力行使っ、ええーい!」<br>
<br>
ララが威勢のいい掛け声と共にフウキくんに飛び掛る<br>
が、フウキくんもそれは予測していたのか素早く迎撃体勢を取る<br>
交差する拳と拳<br>
そして、人外バトルが始まった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「そ、そうだ…春菜ちゃんを今のうちに」<br>
<br>
完全に場においていかれていたリトが正気に戻る<br>
フウキくんの暴走の原因に自分が関わっているのならば、なんとしてもこれ以上の被害の拡大は防がなければならない<br>
しかし、ララとフウキくんの人外バトルに割り込むというのは流石に無理がある<br>
ならば、せめて春菜ちゃんを守らなければ!<br>
決意を固めたリトは砂塵巻き起こるバトルフィールドを横切り、春菜の元へと駆けつけた<br>
<br>
「大丈夫、春菜ち――ってうわっ!?」<br>
「だ、駄目! 結城くん!」<br>
<br>
春菜の傍に辿り着いたリトの頭からぼしゅ、と湯気が噴き出される<br>
その理由は目の前に広がる光景にあった<br>
そう、春菜はスカートをはいていなかったのだ<br>
そしてそれが春菜がリトを遠ざけたかった理由でもあった<br>
ちなみに、スカート消失の犯人は言うまでもなくフウキくんである<br>
<br>
「み、見ないで結城くん…!」<br>
<br>
春菜は上の制服を下に引っ張り、なんとか股間を隠そうとする<br>
だが、当然そんなことで下半身を隠しきれるはずはなく、制服の裾からはチラチラとピンクの布がはみ出ていた<br>
足は内股気味に閉じてもじもじとすりあわされ、可愛らしさといやらしさを同時にリトに与える<br>
数秒、リトの思考回路が停止状態となった<br>
<br>
「うぅっ…」<br>
<br>
そんなリトの様子を上目遣いで見やりながら春菜は羞恥に震える<br>
彼女としてはこの場から逃げ出して着替えたいのはやまやまなのだが、スカートなしでこの場から動くのは恥ずかしい<br>
となるとララに服を取ってきてもらうしかないのだが、彼女は今絶賛バトル中だった<br>
<br>
(で、でも…結城くんに頼むわけにも…)<br>
<br>
だが、流石に男のリトに服をとってきてくれとはいえない<br>
何せ代えになるのは短パンだけなのだ<br>
リトに取りにいかせれば彼が変態のレッテルを貼られてしまう<br>
春菜は困り、とりあえず固まったままのリトの視線から逃れるように後を向いた<br>
当然、ピンク色の下着に包まれた丸いお尻が全開となるが、焦っている春菜は気がつかない<br>
リトの硬直時間が延びるだけであった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>一方、ララとフウキくんのバトルは膠着状態に陥っていた<br>
共にとんでもないレベルの戦闘能力を持つ二人である<br>
木は倒れ、葉は飛び散り、地面はえぐれる<br>
<br>
「もうっ、いい加減大人しくなりなさーいっ!」<br>
「創造主こそオテンバが過ぎますぞ! そのようなことでは嫁の貰い手がなくなってしまいます!」<br>
「リトにもらってもらうからいいもん!」<br>
<br>
もらわねーよ!<br>
と通常ならばリトのツッコミが入るところではあるが、彼は今思考停止状態で春菜のお尻に見とれている最中だった<br>
普段の太陽のような明るい笑みを真剣な表情に変えてララはフウキくんを捕獲するべく拳を繰り出す<br>
だが、フウキくんもさるもの<br>
的確にそれを避け、捌き、いなしていく<br>
<br>
「むう、やるねフウキくん!」<br>
「創造主こそ…しかしここで時間をとられるわけにはいきません。まだあの女子のブラジャーを確認していませんからな!」<br>
「春菜には手を出させないよ!」<br>
「ふむ、創造主に手を出すのはいささか遺憾ではありますが…やむを得ません、弱点をつかせていただきます…」<br>
<br>
言うが早いか、フウキくんの姿がララの視界から消える<br>
瞬間、ララは背後に生まれた気配を察知し、振り向こうとして<br>
<br>
「ひゃあん!?」<br>
<br>
悲鳴を上げた<br>
ララの背後に移動したフウキくんの手はしっかりとあるものを握っていた<br>
そう、ララの尻尾である<br>
<br>
「ふふふ、ほれほれ」<br>
「あっあっ…だめ…」<br>
「こちょこちょこちょ」<br>
「あはっ、はっ…あんっ…」<br>
<br>
悩ましい声をあげながらララはふにゃふにゃと力なく倒れていく<br>
ララの尻尾は性感帯であり、そこを弄られてしまうと力が出せなくなる<br>
それは確かに弱点と呼べるものではあったが、何故フウキくんがそれを知っているのかは謎である<br>
<br>
「よっこらしょっと」<br>
<br>
フウキくんはララの懐から取り出したくるくるロープくんでララを縛り、念の為気絶させるのだった</dd>
<dt><br></dt>
<dd>邪魔者(ララ)を排除し終えたフウキくんは春菜を脱がすべく跳躍した<br>
だが、幸運にもそれが我に返ったリトが春菜から目を逸らすべく反転したタイミングと一致する<br>
<br>
「…!? 危ない春菜ちゃん!」<br>
<br>
リトは決死の覚悟で仁王立ち<br>
戦闘力の差は歴然であるが、好きな女の子を守るためである、彼に躊躇はなかった<br>
が、現実は無情である<br>
リトはあっさりと頭上を飛び越えられてしまうのだった<br>
<br>
「はーっはっはっはっ! ブラ・チェーック!」<br>
「えっ、あっ!? こ、来ないで!」<br>
「くそーっ!」<br>
<br>
春菜の悲鳴にリトは根性を振り絞って駆ける<br>
だが、やはりそれも数歩届かない<br>
リトの目の前で春菜の上着がバラバラに切り刻まれ、宙に舞う<br>
フウキくんはリトを嘲るように、満足気に頷いた<br>
<br>
「ピンクの上下のおそろい…うむ、実にいいですね。やはり王道はシンプルに限ります」<br>
「あ…キャアッ!」<br>
<br>
下着姿を晒された春菜が他者の視線から逃れるべく身を軽くよじり<br>
身体を隠すために両手を胸と股間に伸ばす<br>
だが、リトはそんな春菜の艶姿を目に入れることなくフウキくんに飛びかかった<br>
春菜を守れなかったのは痛恨であったが、フウキくんの動きは止まっている<br>
今がチャンス…! リトはそう考えたのだ<br>
決して、春菜の半裸姿を直視できなかっただけという情けない理由ではない、多分<br>
<br>
「もらったぁぁぁ!」<br>
「甘いですよ」<br>
「へ…?」<br>
<br>
あと数センチで胴体を掴めるというところでリトは目標を見失った<br>
そして次の瞬間、リトの片足が何者かに軽く払われる<br>
身をかわし、横に回ったフウキくんの仕業だった<br>
<br>
「う、うわっととと…!」<br>
<br>
前につんのめりながらもコケまいとバランスをとろうとリトは奮闘する<br>
だが、全力ダッシュの反動で前方への推進力は失われない<br>
コケそうになり、自分を支える何かを求めリトは思わず前方へと両手を突き出した<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>――むにっ<br>
<br>
リトの手が、何かを掴んだ<br>
それは柔らかく、男の本能を刺激してやまない感触だった<br>
そしてリトにはその感触に覚えがあった<br>
そう、それはついさっきにも味わった綾の胸の感触と同じ…<br>
<br>
「ま、まさかこれは…」<br>
<br>
身体を硬直させ、おそるおそる視線を上げるリト<br>
そこには、呆然とした表情でこちらを見る春菜の顔と<br>
彼女の胸をピンク色のブラごしにわしづかみしている己の両手があった<br>
<br>
「う、うわわわっ!?」<br>
「ゆ、結城くん…あ…え…?」<br>
「ち、違うんだ春菜ちゃん、これは!」<br>
<br>
首から浮かび上がるように赤く染まっていく春菜の顔<br>
対照的に真っ青に染まったリトは混乱の中、それでも己の取るべき行動を察して手を離そうと<br>
<br>
「足元がお留守ですよ?」<br>
<br>
――して、再度足を払われた<br>
さて、ここで問題である<br>
前のめりという不安定な体勢で足を払われたリトは当然うつぶせにコケる<br>
しかし彼の両手は春菜の胸を掴んでいる<br>
勿論、春菜の胸は水準レベル以上の大きさではあるがリト一人を支えられるほどではない<br>
(問い)では、この一秒後どういう事態が起こるのか?<br>
<br>
「あだっ!? …ん、なんだこれ…?」<br>
<br>
顔から地面に突っ込んだリトはぶつけた鼻をさする<br>
そしてふと気がつく<br>
鼻にあてている手が布っぽい何かを掴んでいる<br>
リトは好奇心の赴くままその何かを広げた<br>
それは、ピンク色のシンプルなデザインのブラジャーだった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「うえっ!?」<br>
<br>
ドキーン!<br>
驚愕に心臓を跳ねさせ、リトはブラの向こう側へと視線を向けた<br>
そこには、ブラとおそろいのピンク色のパンツがある<br>
視線を上げた<br>
可愛らしいおへそとくびれた腰が見える<br>
更に視線を上げた<br>
ぷるぷると外気に晒されて震える二つの山――つまりはおっぱいが見える<br>
少し躊躇して、更に視線を上げた<br>
自分を真っ赤な顔で見下ろしている春菜の顔が見える<br>
リトはこの瞬間、自分の所業を理解した<br>
(答え)春菜のブラが剥ぎ取られる<br>
<br>
「おっぱい! おっぱい!」<br>
「うわーっ!?」<br>
「えっちーっ!」<br>
<br>
バチーン!<br>
フウキくんが妙な手振りを開始すると同時<br>
弁解する間もなくリトは春菜のビンタを喰らう<br>
ゆっくりと崩れ落ちていくリト<br>
だが、彼は倒れる瞬間に限っては確かに幸福を感じていた<br>
何故ならば、ビンタによって大きく揺れた春菜の双丘がはっきりと拝めたからである<br>
リトは地面に這い蹲る瞬間、右手を天に向けて燃え尽きる大男の姿を幻視した<br>
<br>
「あ、ゆ、結城くん!?」<br>
<br>
ビンタをクリティカルヒットさせてしまった春菜は慌ててリトに駆け寄る<br>
流石にリトが心配なのか、自分の身体を隠すことなくリトの様子を窺う春菜<br>
四つん這いになって覗き込んでいる体勢なので、もしもリトの目が覚めればさぞ刺激的な光景を拝めるであろう<br>
そしてフウキくんはそんな二人の様子を満足気に横目で確認し、次の獲物を求めその場から立ち去るのだった</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「あ、頭が重い…」<br>
<br>
ふくれたタンコブ、そして大きく腫れた両頬を交互にさすりつつリトは校内を走っていた<br>
春菜の服とララを縛るロープを切断する刃物を調達するためである<br>
あの後、目を覚ましたリトは平身低頭で春菜に謝った<br>
それはもう必死に謝った<br>
事故とはいえ、下着姿を見て、胸を掴んで、挙句の果てにブラを剥ぎ取って生おっぱいを見てしまったのだ<br>
普通に考えれば許されざる暴挙だが、謝る以外にリトに道はなかった<br>
だが、春菜はあっさりとリトを許した<br>
気になる男の子のしたことだから、という部分もあるのだが<br>
これは元々自分を助けようとして起こった結果なのだ<br>
優しい、悪く言えば人の良い春菜にはリトを責めることができなかったのである<br>
頬を赤らめ、そっぽをむいている春菜はリトからすれば許してくれているようにはとても見えなかったのだが<br>
彼女は下着二枚だけの姿だったのだからその態度も当然ではある<br>
勿論、そんな乙女心をリトが察するはずもなかったのだが…<br>
<br>
(春奈ちゃん、待っててくれよ!)<br>
<br>
リトから見て、言葉の上でだが春菜の許しは得た<br>
だが、侘びが言葉一つというのもリトとしては気が引けたし、それは非常に情けない<br>
故にリトは応急処置として制服の上着を春菜に貸し、代わりの服を調達するべく校内へと戻ったのである<br>
ちなみに、ララは縄が解けないため気絶したまま放置され<br>
リサミオコンビはララと共に春菜の介抱を受けている<br>
<br>
「購買…はないか。うーん、職員室なら制服の二、三着は貸してもらえるか?」<br>
<br>
勢い込んで走り出したものの、アテのないリトは一縷の望みをかけて職員室へと向かう<br>
道中の光景は悲惨の一言に尽きる<br>
廊下に横たわる下着姿の女子と頭にタンコブを膨らませた男の群れ、群れ、群れ<br>
少数ではあるが、下着すらはがされ丸裸にされている女子すらいる<br>
おそらくはフウキくんのチェックにひっかかったのだろう<br>
それにしても、とリトは思った<br>
何故被害は女子のみなのか?<br>
見た限りでは男には被害はない<br>
気絶こそさせられているが、何かを取られているわけでもないし、当然制服も脱がされていない<br>
まあ、リトとしても男の半裸など見たくはないので正直どうでもいいといえばどうでもいいのだが<br>
<br>
「…ん?」<br>
<br>
職員室は次の角を曲がれば、というところでリトは立ち止まった<br>
わめくような女の声が聞こえてきたのだ<br>
まさか先生たちまで…!?<br>
戦慄したリトは曲がり角からゆっくりと向こう側の様子を窺う<br>
そこには、正座している校長と、その前に仁王立ちして怒りをあらわにしている古手川唯がいた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「全く、貴方という人は! 校長先生ともあろう者が覗きなどして恥ずかしくないんですか!?」<br>
<br>
校長を正座させて説教をする一生徒こと古手川唯は憤っていた<br>
フウキくんの予想外の活躍に気分が上昇したのも束の間<br>
校長が職員用女子更衣室を覗いているのを発見してしまったのである<br>
<br>
「生徒の模範であるべき教師が…」<br>
<br>
気分が良いところを叩き落されただけに唯の機嫌は急直下<br>
唯は校長の性根を叩きなおすべく普段の三割増の声量でガミガミと叱る<br>
だが、校長は慣れているのか一向に堪えた様子はない<br>
それどころか、何故か恍惚とした表情ですらある<br>
<br>
「聞いているのですか…え? ひっ!?」<br>
<br>
そこで唯ははたと校長の様子に気がつき、そして一歩ひいた<br>
美少女に叱られて恍惚としている中年男<br>
ビジュアル的にも道義的にも即効でアウトな光景である<br>
唯が生理的嫌悪を催すのも無理はない<br>
しかし、校長は唯がひいた分だけ正座状態のまま前進<br>
<br>
「うへへ…」<br>
「ひぃっ!?」<br>
<br>
校長の器用な動きに流石の唯も恐怖心を抱く<br>
だが、校長は意に介した風もなくじっと唯を見上げながらニヤニヤとだらしない笑顔を浮かべていた<br>
恐怖のあまり逃げ出したい衝動にかられる唯<br>
だが、風紀を守るという矜持が彼女の背を支えた<br>
ひいてなるものかと一歩前進しなおす<br>
そして、気がつく<br>
校長は後退しなかった<br>
<br>
「…あっ!?」<br>
<br>
唐突に唯は全てを察した<br>
校長の視線は唯の顔を向いていない<br>
彼の視線はそれよりも下、すなわちスカートの中をじっと見つめ続けていただけなのだ<br>
確かに、正座をしている校長は仁王立ちしている唯のスカートの中を覗くのに絶好のポジションを取っているといえる<br>
それを理解した唯は慌ててスカートを押さえ、バックに跳躍して校長から距離をとった<br>
<br>
「なっ…なっ…なっ…」<br>
「あーん隠さないで~!! ギブミーパンチラ~♪」<br>
<br>
ガサガサとゴキブリのようにはって唯へと近づいていく校長<br>
非常に気持ちの悪い光景だが、唯は今度は怯まなかった<br>
いや、それどころか彼女の心の中は羞恥と怒りで満タンだったのだ<br>
<br>
「このーっ!!」<br>
「ギャーッ!?」<br>
<br>
そして次の瞬間、唯のチョッピングライト(打ち下ろしの右)が校長の顔面を的確に捉えるのだった。<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「え、えーと…」<br>
「…結城くん?」<br>
<br>
校長の身体が派手にバウンドするのを尻目に、リトはおずおずと姿を現す<br>
一連の流れを見ていただけに非常に気まずいものがあるのだが、職員室に用がある以上引き返すわけにも行かない<br>
自業自得とはいえ、校長の姿は過去の自分で未来の自分なのだ<br>
リトが及び腰になるのは当然であった<br>
<br>
「どうしたの、職員室に何か用事でも?」<br>
「あ、ああ、そうなんだ。ちょっと制服を…」<br>
「制服? 別にどうもなっていないじゃない?」<br>
<br>
怪訝そうな唯の表情にリトはほっとした<br>
この様子だと彼女はフウキくんの被害にはあっていない<br>
そして、今起きている騒動も把握していないと察したのだ<br>
無論、事態の発覚は時間の問題ではあるのだが…<br>
<br>
「あ、いや、ちょっとな…」<br>
「…?」<br>
<br>
まさかクラスメートが脱がされたから制服を貸してもらおうとしてるんだとはいえるはずがない<br>
だが、歯切れの悪いリトに唯は不信感を持ったようだった<br>
彼女はリトを問いただすべく一歩踏み出し<br>
そして、目を見開いた<br>
<br>
「フウキくん?」<br>
「へ?」<br>
<br>
唯の声に振り向いたリトは自分がついさっきまでいた曲がり角から出てくるフウキくんを見た<br>
そして、血の気がひいた<br>
リトの目の前には女子、つまり唯がいる<br>
フウキくんがターゲットを逃すはずがないのだ<br>
義理が特にあるというわけではないが、目の前でこれ以上女の子を脱がせるわけにはいかない<br>
リトはすぐさま迎撃体勢を取ろうとし、そしてあっけにとられた<br>
フウキくんはリトはおろか唯すらスルーし、校長に近寄っていったのである<br>
<br>
「父上!」<br>
『えーっ!?』<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>リトと唯の驚きが廊下に響く<br>
今、確かにフウキくんは校長に向けて父上といった<br>
一体どういうことなんだと訝しがる二人<br>
フウキくんはそんな二人の心を読んだのか、説明を始める<br>
<br>
「ふ…私のデータ入力はこのお方にやってもらったのですよ」<br>
「はあっ!?」<br>
<br>
リトはフウキくんの説明に驚くとともに、納得した<br>
なるほど校長のデータなら女子を襲って男子を襲わないことにも説明がつく<br>
一方、唯は多大なショックを受けていた<br>
やっと見つけたと思った同士の親(?)がよりにもよってセクハラ校長だったのだから<br>
<br>
「う、う~ん?」<br>
「おお、お目覚めになりましたか父上!」<br>
「うん? おおっ、君はフウキくんではないか! 私の教えは守っているかね?」<br>
「はっ、勿論です父上!」<br>
<br>
がしっと握手しあう二人に呆然とするリト&唯<br>
認めたくない現実に心が飛んでしまったようだった<br>
<br>
「ところで父上、そのお怪我は?」<br>
「う、うむ、それは…」<br>
<br>
チラリ、と唯へ視線を向ける校長<br>
すぐさま唯が睨みを返すがフウキくんが事態を理解するにはそれだけで十分だった<br>
<br>
「なるほど…古手川嬢が父上をこんな目に?」<br>
「そ、それは校長先生が…」<br>
「だまらっしゃい! いかな理由があろうとも目上の、それも教師に手を上げるなど言語道断!」<br>
「うっ…」<br>
「よって罰を与えます! 性的な意味で!」<br>
「ええっ!?」<br>
「素晴らしい!」<br>
<br>
ビシィ! と指をさすフウキくんに驚く唯とリト<br>
校長は一人喜んでいる<br>
恐らくこの後の展開を読んで期待に打ち震えているのだろう<br>
<br>
「とぉーう!!」<br>
<br>
唯に襲い掛かるべく跳躍するフウキくん<br>
だが、リトも黙ってそれを見ていたわけではない<br>
素早く傍にあった消火器を掴むと、フウキくんへと投擲したのである<br>
<br>
「くらえぇーっ!!」<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「微温い微温い微温い!」<br>
<br>
今までの恨みのこもった渾身の投擲<br>
だが、フウキくんはいともあっさりと消火器を迎撃した<br>
しかし、それがリトの狙いだった<br>
ぼんっ!<br>
消火器の破壊とともに粉塵が廊下を覆う<br>
<br>
「なっ、これは…!」<br>
「へっ、これなら目が見えないだろ! 古手川、逃げるぞ!」<br>
「えっ、ちょっと結城くん! 手、手が…!」<br>
<br>
いきなり掴まれた手の感触に唯は赤面する<br>
潔癖気味なところがある彼女は男にあまり免疫がないのである<br>
<br>
「いいから! ここにいたら脱がされるぞ!」<br>
「脱が…え?」<br>
<br>
手に全意識を集中していたためか、唯はリトの言葉を聞き流していた<br>
だが、それが彼女の明暗を分けることにある<br>
一歩の始動の遅れ<br>
だがそれはフウキくんにとっては十分な時間だったのだ<br>
<br>
「神風の術ーっ!!」<br>
<br>
フウキくんの口から扇風機のようなものが現れる<br>
そして回りだしたプロペラが風を起こし、粉塵を窓の外へと押しやっていく<br>
<br>
「うわっ!?」<br>
「きゃあっ!?」<br>
「青か…」<br>
<br>
突然の風に驚き、粉塵に目を閉じる二人<br>
ちなみに校長は全く驚くことなく平常心で風で捲れた唯のスカートの中を凝視している<br>
大物であった<br>
<br>
「はっ!!」<br>
<br>
その隙に接近したフウキくんの腕がシュッシュッと振るわれる<br>
<br>
「また、有意義なものを斬ってしまった…」<br>
「は…」<br>
「え?」<br>
<br>
唯とリトが目を開けた瞬間、唯の制服は例によってはじけとび<br>
そして、唯の悲鳴が至近距離でリトの耳を打つのだった</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「キャアア!」<br>
「おわあああ!? いたっ、いたっ! 古手川、タップ、タァーップ!!」<br>
<br>
唯の悲鳴が耳を貫いた瞬間、リトの右腕に激痛が走る<br>
さもあらん、リトの右腕は唯にがっちりホールドされ関節を決められているのだ<br>
いわゆる、腕がらみである<br>
唯は、下着姿にひん剥かれた直後当然のように身を隠そうとした<br>
つまり、両手を交差させてしゃがみ込んだのだ<br>
ここで不幸だったのは混乱のためリトが唯の手を掴んだままだったということと<br>
唯が何故かリトの手を握り返していたことだ<br>
唯がリトの手を握り返していた理由はさておき<br>
手をつないだまま両腕を交差させればリトの右腕は唯の胸に抱きこまれる<br>
この時点で唯の無意識にも腕がらみは完成しているのだがその状態で唯はしゃがみ込んだ<br>
当然立っているリトにテコの原理が働くわけで、彼は地べたに這い蹲る羽目になるのである<br>
以上、状況説明終わり<br>
<br>
「古手川、手! 手をぉぉぉ!?」<br>
<br>
既にリトは手を離しているのだが、唯が離してくれないためリトの地獄は続く<br>
右腕は胸の谷間に挟み込まれるような形になっているため、彼の神経には唯の胸の感触が伝わってはいるのだが<br>
激痛の方が脳への伝達で優先されているため嬉しがることも恥ずかしがることもできない<br>
なお、唯は恥ずかしさのあまり無我夢中であり、リトへの所業は全く気がついていない<br>
<br>
(こ、このままでは腕が折られてしまう…!?)<br>
<br>
いつものように(?)平凡な一日になるはずだった<br>
だというのに何故自分は今――というかずっと危機的状況に追い込まれているのだろうか?<br>
善行を積んだ覚えはないが、さりとて悪行をつんだ覚えも(自覚範囲内では)ない<br>
神様って理不尽だよなぁぁ!! とリトは数百回目となる文句を心の中で叫んだ<br>
しかし、いくら叫んでも神は返事を返さない<br>
そう、いつだって返事を返してくれるのは更なるハプニングなのが彼の人生なのだ<br>
<br>
くりっ<br>
<br>
良い感じに腕がありえない方向へ捻じ曲がりかけたその時<br>
リトは偶然という名のご都合主義を引き寄せた<br>
すなわち、苦し紛れに動かしていた右手の親指が唯の胸の頂上部分を掠めたのである<br>
<br>
「キャ!?」<br>
<br>
驚きに思わず唯はリトの手を拘束から解放する<br>
一瞬の出来事であったため唯もリトも事態を把握できない<br>
それはリトにとっても唯にとっても幸福な結果だった<br>
どちらが事態を把握していてもロクな結果にならなかったのは明白だったのだから<br>
<br>
「あ、あれ、結城くんどうしたの? そんな廊下にうつぶせになって。汚れるわよ?」<br>
「…ああ、そうだな…」<br>
<br>
右腕を押さえつつリトはゆっくりと立ち上がった<br>
勿論唯のほうを見ないようにだ<br>
ちなみに涙目である<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「えーと…結城殿、その、いいことありますよ?」<br>
「うるせえよっ!?」<br>
<br>
元凶であるフウキくんに同情の目を向けられてリトは怒鳴った<br>
心なしか涙の量が増した気がして悲しかった<br>
<br>
「…とりあえず古手川、コ、コレ着とけ」<br>
「…え?」<br>
<br>
リトが後手でさしだしたのはリトの着ていたカッターシャツだった<br>
上着は既に春菜に渡しているので当然リトの上半身に残っているのは肌着のシャツだけである<br>
<br>
「いい、の…?」<br>
「いい。というか何でもいいから羽織ってもらわないとお、俺が困るし…」<br>
<br>
背を向けているため、唯の目にはリトの表情は見えない<br>
だが、リトが照れているであろうことは一目瞭然だった、どもっているし<br>
それが自分の下着姿を見たせいなのか、それとも自分の行動に照れているせいなのかはわからない<br>
あるいはその両方なのかもしれないが、唯はそんなリトの姿に好感を持った<br>
<br>
(意外に紳士なのね…)<br>
<br>
普段唯が見ているリトは女の敵という言葉が正にふさわしい<br>
ララを筆頭として女の子にセクハラまがいの行動をしている(ほとんどが事故)のは幾多も目撃しているのだ<br>
それ故に唯はリトを快く思っていなかったのだが…少しは改める必要があるのかもしれない<br>
<br>
「ありがとう、ありがたく使わせてもらうわね」<br>
「い、いいって」<br>
「あのー、青春真っ盛りのラブコメ中に申し訳ないのですが…」<br>
『違う!』<br>
「いや、そんなハモられても…」<br>
<br>
困ったように声をかけたのはフウキくんだった<br>
今の会話中何もしなかったあたり何気に空気が読めているのかもしれない<br>
ちなみに校長はずっと唯の下着姿を見ていて無言である<br>
<br>
「さて…」<br>
「おい、これ以上古手川に何かするつもりなら…」<br>
「ふ、私もそこまで空気が読めないわけではありません。いいものもみせてもらいましたしな」<br>
「いいもの?」<br>
「ええ、パステルブルーはいいものです」<br>
<br>
ぐっ、とフウキくんが親指を突き立てる<br>
校長もそれに答えるようにぐっと親指を突き立てる<br>
リトはそれが何を意味するか理解して吹いた<br>
唯は、顔を真っ赤にして慌ててワイシャツを着込んだ<br>
<br>
「フウキくん…そんな、そんなハレンチな…!」<br>
「ハレンチなのは貴女の身体です」<br>
「なっ…!」<br>
<br>
羞恥と怒りに唯の顔が更なる赤さを呼んだ<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「おっと、センサーが不法侵入者を発見したようです、いかねばなりませんね」<br>
「ふ、不法侵入者? ってオイ!!」<br>
<br>
クルリ、と身を翻したフウキくんを見てリトは手を伸ばす<br>
服の調達も大事だが、目の前に諸悪の根源がいるのだ――見逃す手はない<br>
しかしリトの手がその身体を捕らえるよりも先にフウキくんは華麗に宙を舞うと空いた窓の淵へ着地<br>
あっさりとその身を窓の外へと投げ出した<br>
<br>
「はっはっは! アディオース!」<br>
「ま、待てコラーッ!!」<br>
「だ、誰がハレンチな身体なのよっ! 訂正しなさいっ!!」<br>
<br>
リトと唯が怒鳴るも既にフウキくんの姿は視界範囲内にはない<br>
二人にできるのは、悔しさに歯噛みをすることだけだった<br>
<br>
「…っ、信じていたのに! やっぱりララさんの発明品だということだったのね!」<br>
「いや、違うんだ古手川。フウキくんがああなったのは俺のせいなんだ、ララは悪くないんだ!」<br>
<br>
憤怒に燃える唯にリトは慌てて釈明を始める<br>
流石に身に覚えのない罪を押し付けられてはララが可哀想だ<br>
しかも元々の原因は自分にある(実際は校長のせいでもあるが)<br>
そう考えたリトは必死に誤解を解くべく唯に説明をする<br>
<br>
「…そう、そうだったの」<br>
「そうなんだ、だから古手川、悪いのは俺で…!」<br>
「いいわよ、誤解して悪かったわ。それにそれなら結城くんも悪いというわけではないし…」<br>
<br>
許しの言葉にほっとするリト<br>
唯はそんなリトに少しの呆れと暖かいものを感じていた<br>
<br>
(事故だって誤魔化せばいいだけなのに…)<br>
<br>
くすり、とかすかに笑う<br>
馬鹿正直、それが古手川唯という少女が結城梨斗という男子生徒に付けた新たな評価だった<br></dd>
<dt><br></dt>
</dl>
<dl>
<dd>「さあ、入ってくれたまえ!」<br>
<br>
何故か嬉しそうに校長室の扉を開いた校長にリトと唯は不吉な予感を感じていた<br>
あの後、羞恥のあまり唯がしゃがみ込んだ隙にフウキくんは逃走<br>
勿論リトは追いかけようとした<br>
が、手をつないだままだった唯に(偶然にも勢いで)関節技をかけられてしまい、追うに追えなかったのである<br>
残されたリトは恥ずかしさのあまり今にも泣き出しそうな唯を見捨てることができなかった<br>
一応気休めにと自分のワイシャツを貸したものの、とても制服の代わりにはならない<br>
さてどうしたものかと悩みかけたその時にリトに声をかけたのは校長だった<br>
いわく「私に任せたまえ」と…<br>
<br>
「さあ、好きな服を選んでくれたまえ!」<br>
<br>
バーンと勢いよくクローゼットが開かれた<br>
ちなみに、このクローゼットは何故か校長室の片隅においてあったものである<br>
だが、リトと唯はそれを気にすることはなかった<br>
何故ならば…<br>
<br>
「な…」<br>
「なんだこりゃ!?」<br>
<br>
放心したような唯の声とリトの驚愕した声が唱和される<br>
クローゼットの中は一面服だらけだった<br>
いや、それ自体はおかしなことではない<br>
しかし、服の種類が異常だった<br>
ナース服、チャイナ服、メイド服、ゴスロリ、スクール水着…<br>
いわゆるコスプレ用の衣装ばかりだったのだ<br>
<br>
「どうかね、私のコレクションは! さあ、遠慮なく好きなものを着たまえ!」<br>
「ふ、ふざけないで下さい校長先生っ! こ、こんな服着られるはずが…!」<br>
「えー、似合いそうなのに」<br>
「冗談は存在だけにしてください!」<br>
「え、存在否定された!?」<br>
<br>
がーんとショックを受ける校長を尻目にリトはクローゼットの中を興味深げに眺めていた<br>
彼も健康な一青少年である<br>
想い人である春菜がこれらの衣装を身につけたら可愛いだろうなぁ…くらいの想像はする<br>
<br>
(メイド服で春菜ちゃんに『ご主人様』とか言われたら…はっ、駄目だ駄目だ! 俺は何を考えて…)<br>
<br>
無論、性根がヘタレ――よく言えば純情な彼にはこの程度が限界ではあるのだが<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>数分後<br>
一通り校長に説教をし終えた唯はクローゼットを物色していた<br>
中にはまともな衣装もあるかもしれないと一縷の望みを抱いたからだった<br>
<br>
「な、何故この服には鞭と蝋燭がついているの…? こっちのは、何よ…このヒモだけの水着!?」<br>
<br>
女王様ボンテージとあぶないみずぎを手に取った唯は顔を真っ赤に染める<br>
既に数十着の物色が完了しているが、クローゼットからはロクな衣装が出てこない<br>
中には今のように唯には理解不能なものすら出てくる始末<br>
今度、風紀委員総出で校長室の査察をしようと唯は固く誓う<br>
なお、ゴスロリはちょっと着てみたいなと思ったのは古手川唯一生の秘密である<br>
<br>
「まだかー、古手川」<br>
<br>
一方、手持ち無沙汰なリトはお茶を飲んでいた<br>
元々の目的は服の入手だったのでついでに春菜たちの分まで服を用意してくれと唯に頼んだのである<br>
だが、選別が始まってみれば唯が憤っているようにロクな衣装がでてこない<br>
無論、唯が厳しすぎるだけでリトからすれば幾つか問題なさげな衣装はあったのだが<br>
唯の勢いを見ているととても口が挟めない<br>
待つしかないか…そうリトが心の中でぼやいた時、彼の視界でもぞりと小柄な影が動いた<br>
校長である<br>
<br>
「校長先生、何を――むぐっ」<br>
「しっ!」<br>
<br>
校長はリトの口をふさぐと同時に「静かに!」のサインを出し、そっと指を唯の方へと指した<br>
リトは何事かと指の指す方へ視線を向け<br>
<br>
「ぶっ!?」<br>
<br>
お茶を吹いた<br>
そこには、ふりふりと揺れる二つの桃<br>
すなわち、唯のお尻があった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>リトは首から異音が発せられるにも構わず首をぐるんと曲げ、視界を変えた<br>
実にヘタレ――いや、紳士な男である<br>
<br>
「な…」<br>
「しっ! 声は小さく!」<br>
「あ、す、すみません…じゃなくて! 一体何を…」<br>
「フフフ…君もやるじゃないか、あんな演出をするなんてね!」<br>
「は? 一体なんのこと…」<br>
「あれだよ、あれ」<br>
<br>
校長は唯のお尻を再度指差した<br>
今現在、唯の身につけているものは下着とリトの貸したワイシャツだけである<br>
平均的な男子高校生の体格のリトのワイシャツは唯の身体をすっぽりと覆っているものの、所詮は上着<br>
お尻と股間はかろうじて隠せているが、太ももはバッチリと露出していた<br>
<br>
「くう…裸ワイシャツとは、盲点だったっ!!」<br>
「裸じゃないですよ!」<br>
<br>
リトが微妙にピントのずれた抗議をするものの、校長の興奮は止まらない<br>
見えそうで見えないワイシャツのシルエットに隠されたパンツ<br>
完全に露出された足<br>
ふりふりと揺れ動くお尻<br>
それは正に男のロマンともいえる光景だったのだったのだから<br>
<br>
「良い仕事だよ結城リトくん! 正にGJ!」<br>
「お、俺はそんなつもりじゃ…!」<br>
<br>
慌てて弁解しようとしたリトはうっかり手に持っていた湯飲みを手放してしまう<br>
宙を舞う湯飲み(熱い緑茶入り)<br>
そして、逆さまになった湯飲みは寸分違わず――だらしなく顔を緩めながら唯のお尻を観察する校長の頭に着地した<br>
<br>
「あ」<br>
「…うわっちゃー!? 頭が燃えるように熱いっ!?」<br>
<br>
熱いお茶をモロにかぶった校長はゴロゴロと床を転がる<br>
が、校長室はそれほど広いわけではない<br>
校長はお約束のごとくテーブルの足に頭をぶつけ、そして沈黙するのだった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「校長先生!? 結城くん、何があったの!?」<br>
「な、なんでもない!」<br>
<br>
これだけ騒いで唯が反応しないはずがない<br>
かけられた唯の言葉にリトは動揺しつつも返事を返した<br>
実際はなんでもあるのだが、まさかあなたのお尻を眺めてたらこうなりましたなどといえるはずがない<br>
だが、唯もそんなわかりやすい嘘を鵜呑みにするわけがなく、物色を中断するとリトへと近づいていく<br>
リトの背筋に冷たいものが走った<br>
<br>
「なんでもないはずがないでしょう!?」<br>
「そ、その、事故、事故なんだ! 湯飲みが滑って、それで…」<br>
<br>
一応嘘はついていない<br>
だが、そんなことで納得するはずもなく、唯は更にリトへと詰め寄る<br>
そしてその瞬間、リトの顔が真っ赤に染まった<br>
接近したことによって唯の胸の谷間が見えてしまったのだ<br>
<br>
(うわ…!?)<br>
<br>
前述の通り、リトのワイシャツは平均男子の着るものと同じである<br>
当然、平均的体格の女子である唯がそれを着ればぶかぶかになる<br>
ぶかぶか――つまり、胸元が空くという事だ<br>
<br>
「い、いや、だからその…」<br>
「結城くん!?」<br>
<br>
邪な気配を感じたのか、唯は更にリトへと詰め寄り、下からリトを見上げるような格好をとる<br>
だがこのアングルはリト的には非常にまずかった<br>
唯自身は全く気がついていないが、胸元が非常に強調されるようなポーズなのだ<br>
しかも、下着もチラチラとはみ出して見える<br>
たまらず、リトは顔を背けた<br>
<br>
「何故顔を背けるの!?」<br>
「え、いや、その…(ていうか気づけよ!)」<br>
<br>
胸の谷間が見えるからです、といえないのが結城リトという少年だった<br>
しかし唯はそんなリトに構わず問い詰めを続ける<br>
もう駄目だ――<br>
リトが観念して正直に話そうと天井を見上げ口を開こうとしたその瞬間<br>
<br>
ピシリ…ピシッ、ピシッ!<br>
<br>
天井がひび割れを始めた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「な――!」<br>
「どうした――キャッ!?」<br>
<br>
急に変わったリトの顔色に眉をひそめようとした唯はリトに突然抱きかかえられて悲鳴を上げた<br>
唯はその潔癖気味な性格のためか恋愛関係に疎い<br>
故に誰かと付き合ったことなどあるはずもなく、そもそも男子と関わること自体が少なかった<br>
そんな彼女がいきなり同年代の男に抱きしめられたのだ<br>
それは先ほどの手を握られた時のショックの比ではない<br>
瞬間、唯の顔が真っ赤に、思考が真っ白に染まる<br>
<br>
「な、何を――」<br>
「うわああっ!?」<br>
<br>
数瞬後、我に返った唯がリトを批難しようと口を開くと同時にリトは唯を抱えたまま跳躍した<br>
天井が崩れ落ちてきたのだ<br>
<br>
ズドォォン!<br>
<br>
物凄い音共に校長室にガレキが降り注ぐ<br>
リトは必死に唯を庇うべく彼女を抱きしめた<br>
永遠ともいえる数秒間<br>
だが、リトが目を開けた瞬間、彼の目に映ったのは意外にも大したことのない被害の校長室だった<br>
どうやらガレキの量は少なく、細かかったようだ<br>
まあ、校長秘蔵のコレクションの詰まったクローゼットは運悪く完全破壊されていたのだが<br>
<br>
「な、なんなんだ一体…」<br>
<br>
もうもうとたちこめる煙に顔を顰めながらリトは状況を把握するべく周囲を見回した<br>
聞こえてくる金属の衝突音<br>
その発信源と思われる二つの動く影<br>
やがて、煙が晴れてくる<br>
そしてリトの目に映ったのは完全武装状態のフウキくんと――<br>
<br>
「奇遇ですね、結城リト」<br>
<br>
髪の毛を刃に変身させた金色の闇と呼ばれた少女だった<br>
リトは神様を呪った</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>校長室の天井が崩れる十分前<br>
金色の闇ことヤミは彩南高校の図書室で本を読んでいた<br>
毎日の日課である情報収集という名の読書のためだった<br>
<br>
「…今日はこのくらいにしておきましょう」<br>
<br>
パタン、と本を閉じヤミは椅子から立ち上がる<br>
ちなみに、読んでいた本のタイトルは【虎ぶる】だ<br>
ヤミは制服を着ているわけでもなく、年恰好も高校生にはとても見えない<br>
つまり彼女は完全無欠の部外者である<br>
現に周囲からはずっと奇異の視線が投げかけられていたりする<br>
しかし、ヤミは全くそれを気にすることなく出口へと向かう<br>
誰かが注意をするのが当たり前なのだが、独特の迫力を持つ金髪の少女に誰も声をかけることはできなかった<br>
<br>
「ね、ね。レンくんって今日は暇なの?」<br>
「えっ、いやボクはララちゃんと…」<br>
<br>
後でいちゃつく男女を気にもとめずヤミはドアへ手をかける<br>
――刹那、ドアの向こう側から殺気が噴き出した<br>
<br>
「っ!」<br>
『えっ?』<br>
<br>
背後のカップル(?)が呆けた声を出すのを聞きながらヤミは横っ飛びで跳躍<br>
転がりながらその場を飛びのく<br>
遅れて数瞬、ドアが細切れにされて崩れ落ちる<br>
騒然となる図書室<br>
だが、ヤミは飛び込んでくる小柄な影の存在をしっかりと目視していた<br>
<br>
ズバババッ!<br>
<br>
影から伸びた刃が呆然として立ちすくんでいたカップルをとらえる<br>
するとどうしたことか、二人の肌には傷一つつかず服だけがドアと同じく細切れになってヒラヒラと床へ散り舞っていく<br>
<br>
「ほう、今のをかわしますか」<br>
「…なんのつもりですか」<br>
<br>
ヤミは警戒心全開で影――フウキくんに問いかけた<br>
回避こそできたが、今の攻撃は明らかに自分を狙ったものだということは明白だった<br>
仕事柄、ヤミは自分が狙われることには慣れている<br>
目の前に立っているのは珍妙極まりない円筒形のロボット<br>
無論、見た目と実力が必ずしも一致しないということは自分を例に挙げるまでもないので当然ヤミは油断をしない<br>
ただ、すぐ傍で胸を揉んだの揉んでないだのとイチャついているカップルは鬱陶しいとは感じているのだが<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「私の名はフウキくん! この学園の風紀と秩序とお約束を守るべくララ・サタリン・デビルーク様の手によって生み出されたものなり!」<br>
「プリンセスの…?」<br>
「然るに! 貴女は制服も着ず、教職員でもないにもかかわらず校内に侵入している…故に!」<br>
「どうすると?」<br>
「取り押さえる! 全裸で! 何故なら不審人物だから!」<br>
「ぜっ…」<br>
<br>
全裸という響きにヤミは頬を赤らめる<br>
そして、それが開戦の合図となった<br>
手を刃状に変形させてヤミへと襲い掛かるフウキくん<br>
ヤミも髪を複数の刃に変形、応戦を開始する<br>
騒然の渦だった図書室は阿鼻叫喚の渦へとレベルアップした<br>
<br>
「ぬ、抵抗するか!? 大人しく服を脱げぇぇい!」<br>
「確かに私は不法侵入者かもしれませんが、何故服を脱がなければならないのですか!」<br>
「ふん、何を隠し持っているかわからない以上武装解除は当然の論理!<br>
私は決してやましい気持ちを持っているのではありません、常に万事に備えているのです!」<br>
「…そんなえっちぃ表情で言われても説得力がありません」<br>
「失敬な!」<br>
「プリセンスの作品を壊すのは少々心苦しいですが…動けないようにさせてもらいます」<br>
<br>
父親(校長)そっくりな表情のフウキくんにヤミの表情がすっと消える<br>
その小さな身からわき上がる殺気が図書室に充満していく<br>
ごくり、と図書室にいた人間全てが冷や汗をかいて唾を飲み込む<br>
だが、フウキくんは揺らがない<br>
彼に恐怖心はない<br>
それはロボットだからという理由ではない<br>
恐怖心を凌駕する意思があるのだ<br>
意思――そう、彼が思うことはただ一つ<br>
<br>
目の前の少女を脱がすことのみ!<br>
<br>
カッとフウキくんの目が見開かれた<br>
フウキくんの全武装が展開を開始する<br>
そして、彼は叫んだ<br>
それは己がデータにインプットされている由緒正しき宣言<br>
言霊のこもる世界最強のギアスにして――この場に最もふさわしい言葉を!<br>
<br>
「エルフは脱がーす!」<br>
<br>
瞬間、ヤミは言い知れぬ絶対的な身の危険を感じ、後ずさった</dd>
<dt><br></dt>
<dd>「まあ、そんなわけなのですよ」<br>
「どんなわけだよ!」<br>
<br>
時と場所は移って破壊の後の校長室<br>
フウキくんの説明にリトは律儀にツッコミを入れていた<br>
<br>
「ていうか校舎を破壊するなっ! 俺を巻き込むな!」<br>
「何を今更」<br>
「あ、なんだよその『主人公なんだから我慢しなさい』みたいな目は!」<br>
「言葉通りです」<br>
<br>
リトの魂の叫びをあっさり受け流しつつフウキくんはヤミへと向き直る<br>
ヤミはフウキくんを警戒しながらもずっとある一点を見つめていた<br>
そう、リトのいる場所を<br>
<br>
「おや、金髪の美少女殿、どうさなさったのですか? 隙を見せたら脱がしますよ?」<br>
「なら、かかってくればいいのでは? …それはそうと結城リト、良いご身分ですね」<br>
「へ、俺?」<br>
<br>
今まで聞いたことがないようなヤミの冷たい声にリトは冷や汗を押さえられない<br>
思わず座り込んだまま後ずさり――そして何か柔らかなものに触れた<br>
しっとりと、滑らかな感触<br>
唯の太ももだった<br>
<br>
「のわっ!?」<br>
<br>
慌てて手を離すリト<br>
唯は気絶していた、おそらくは押し倒した時のショックで床に頭をぶつけたのだろう<br>
特に怪我をしている様子はない<br>
だが、問題はそこではなかった<br>
唯の格好は下着にワイシャツだけである<br>
しかもワイシャツが騒動のショックではだけ、下着が見えているのだ<br>
そこにリトがいる<br>
どう見ても強姦の最中です、本当にありがとうございまし(ry<br>
<br>
「ご、誤解だ!」<br>
「その女の人にそんなハレンチな格好をさせておいてえっちぃことは何もないと?」<br>
「こ、これには事情は…」<br>
「やはり貴方はプリンセスのためにも生かしておくわけにはいかないようですね…」<br>
<br>
ふわっとヤミの髪の毛が持ち上がり数十の拳へと変形していく<br>
またこのパターンかよ!? と嘆きつつもリトはその場を動けない<br>
何故なら、自分が逃げ出せばすぐ後の唯に被害が及ぶ可能性が高いからだ<br>
しかし、飛来する数十の拳は割り込んできたフウキくんによって止められた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「フフフ…」<br>
「お、お前…」<br>
「何故、邪魔を?」<br>
「勘違いしないで頂きたい。貴女の相手はこの私でしょう?」<br>
「それなら先に排除するまでです。壊れてください、円筒形」<br>
「円筒形!? 私にはフウキくんという立派な…おわっ!?」<br>
<br>
フウキくんの抗議を華麗にスルーしてヤミの鉄拳が繰り出される<br>
だが、フウキくんもただの一発キャラではない<br>
器用に手と足を併用して全ての攻撃を防いでいく<br>
途端、校長室は戦場となった<br>
<br>
「ま、まずい…俺はともかくこのままじゃあ古手川が…」<br>
<br>
普通に判断すれば今のうちに唯を抱えて離脱するのが得策である<br>
唯の姿に顔を赤らめつつもリトは意を決して唯に近づき――そして落下した<br>
<br>
「へ?」<br>
<br>
突然の浮遊感にリトはハテナマークを飛ばす<br>
だが、足元を見たリトは事態を理解した<br>
ヤミとフウキくんの戦いの余波で再び床が抜けたのだ<br>
ちなみに、唯のいる床は崩れていない<br>
<br>
「なんで俺ばっかりぃぃぃ!?」<br>
<br>
びたん、とカエルのつぶれたような音が響く<br>
ものの見事に受身を取れずに着地したリトの床との激突音だった<br>
<br>
「うう、いてててて…」<br>
<br>
痛む箇所をさすりつつ状況を把握しようと周囲を見回すリト<br>
そして気がつく<br>
今、自分が最悪の場所に落ちてきてしまったということを<br>
そこは無人の教室だった<br>
出口は一つ<br>
しかし、そこに辿り着くには<br>
<br>
「脱がーす!」<br>
「……」<br>
<br>
あの人外大決戦の戦場を通り抜けなければならないのだ<br>
リトは再び神様を恨んだ<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「くそ、どうする…?」<br>
<br>
アクション映画も真っ青なバトルを眺めつつリトは悩む<br>
一番いいのはこのまま決着まで大人しくしていることだが、そういうわけにもいかない<br>
いつこっちに飛び火してくるかわかったものではないし<br>
何よりも自分は服を調達して春菜やララの元へ戻らなければならないのだ<br>
<br>
「どっちかに加勢するしかないか…」<br>
<br>
だが、それは無謀の一言だった<br>
自分が役に立たないのは勿論のこと、下手しなくても敵対した方にボコボコにされるのは間違いない<br>
余程上手いタイミングで乱入しないとただのやられ損になるしかないのだ<br>
ぐ、とリトは足に力を込めてタイミングを窺った<br>
<br>
「…今だっ!」<br>
<br>
瞬間、リトは全力で駆け出した<br>
狙いはヤミに弾きとばされ空中で無防備なフウキくん<br>
向こうの主観で言えばどちらかというとヤミのほうがリトにとっては敵対存在なのだが<br>
リトからすれば女の子に攻撃をするのは論外だったのだ<br>
<br>
「もらったー!」<br>
「この瞬間を待っていた!」<br>
<br>
フウキくんの動きを封じるべく飛び掛るリト<br>
しかし、フウキくんはそれを予測していたかのように反転<br>
掴もうとしていたリトの手を逆に掴んだ<br>
<br>
「んなっ!?」<br>
「ファイヤー!」<br>
<br>
驚きに目を見開くリトを尻目にフウキくんはリトをヤミに向けて投擲<br>
これにはヤミも驚いたのか僅かに硬直する<br>
しかしそこは一流の戦闘者、すぐに我を取り戻すと容赦なくリトを迎撃した<br>
<br>
「ぐぼあっ!?」<br>
<br>
問答無用で殴り飛ばされ、宙を舞うリト<br>
だが、この瞬間ヤミの視線からフウキくんの姿が消えうせる<br>
そしてそれこそがフウキくんの狙っていた瞬間だった<br>
<br>
「計算通り!」<br>
<br>
どこぞのデスノート使いのような邪悪な顔でフウキくんはヤミの背後へと出現する<br>
そして、フウキくんの手が無防備なヤミの身体へと伸びた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>どしゃっ<br>
<br>
殴り飛ばされたリトが車田落ちで床へと落下する<br>
が、流石は主人公<br>
ダメージこそ甚大だが意識はハッキリと立ち上がった<br>
<br>
「く、首が…」<br>
<br>
折れても不思議ではなかった首へのダメージ<br>
だが、痛みに顔を顰めつつもリトは戦いがどうなったのかと顔を上げ、そして首をひねった<br>
二人は再び間合いをとって睨み合っていたのだ<br>
ヤミが訝しげに口を開く<br>
<br>
「何故、攻めなかったのですか。チャンスだったでしょう?」<br>
<br>
確かにあの瞬間、ヤミは全くの無防備だった<br>
にも関わらずフウキくんはすぐさま距離をとった<br>
――なめられている?<br>
金色の闇と呼ばれ、全宇宙の要人に恐れられた少女はプライドが傷つけられたことに僅かながらの怒りを覚える<br>
しかし、フウキくんは微動だにせず、口を開いた<br>
<br>
「チャンスとは」<br>
<br>
そして右手を持ち上げる<br>
その右手には丸く包まった布のようなものがつままれていた<br>
<br>
「これのことですか?」<br>
<br>
ニコリ、とフウキくんは笑う<br>
つままれたそれにヤミとリトは疑問符を浮かべた<br>
<br>
「なんだそれ?」<br>
「どうぞ、盗りたてですよ」<br>
<br>
ぽいっと『それ』をリトへ向かって投げるフウキくん<br>
リトは『それ』を両手で受け取った<br>
『ソレ』は暖かかった<br>
<br>
「なんか暖かいな」<br>
「脱がしたてですから」<br>
「脱がし…?」<br>
<br>
首を再度かしげながらリトは『ソレ』を確認するべく、広げる<br>
手の中で広がっていく『ソレ』<br>
そして次の瞬間、リトとヤミの表情が固まった<br>
そう、それは――純白のパンツだったのだ</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「え…?」<br>
<br>
その純白の下着にヤミは見覚えがあった<br>
機能性を重視しているため、ややカットが大胆になっているシンプルなデザインのパンティ<br>
それは自分がいつも身につけているものと同一のものだったのだ<br>
す、とヤミの両手がおそるおそるといった動作で腰へと降りていく<br>
<br>
ぱんぱん、すりすり<br>
<br>
ヤミの両手が自身の細い腰を叩き、撫でる<br>
数秒の後、ヤミの顔がサッと青ざめた<br>
同時に、リトも気がつく<br>
自分の持っているものが、目の前の金髪の少女がつい先程まで身につけていたものであるということを<br>
ヤミとは対照的に、リトの顔がこれ以上ないほど真っ赤に染まる<br>
だが悲しいかな、男の本能は欲望に忠実だった<br>
短いスカート一枚に守られた少女の乙女の部分<br>
リトの視線は無意識にそこへと吸い寄せられてしまう<br>
<br>
「……なっ!」<br>
<br>
視線を感じたヤミは、どこを見られているのかを悟り、慌ててスカートを両手で押さえる<br>
別にめくれているわけではないが、視線を向けられて気分の良い場所ではない<br>
しかし、そのリアクションは逆効果である<br>
泰然としているのならばまだしも、隠そうと躍起になられれば逆にそこへの想像がかきたてられてしまうのが男というものだ<br>
リトも例外ではなく、あらぬ想像が彼の脳裏をよぎる<br>
勿論、一瞬後にはぶんぶんと頭を振ってかき消されてしまう程度のものではあるのだが<br>
<br>
「結城リト…」<br>
「いっいや俺は何も見てないし何も想像していない! ほ、ホントだからな!?」<br>
「私は何もいっていませんが」<br>
「あっ、いや、その…」<br>
「…それはいいですから、早く私のし…そ、それを返してください」<br>
<br>
私の下着、といいかけるも羞恥に負けたヤミが言い直してリトへ懇願する<br>
命令形ではなくお願いという形になっているあたり余裕のなさが窺えた<br>
<br>
「あ」<br>
<br>
あ、わかった<br>
そうつなげようとしたリトの目の前を小さな影が横切った、フウキくんである<br>
不意打ちといって差し支えないタイミングの攻撃<br>
しかし、ヤミはそれを予測していたようにガードする<br>
羞恥に動揺しているとはいえ敵の動向を放置するほど金色の闇と呼ばれる少女は甘くはなかったのだ<br>
<br>
「…どいてください」<br>
「だが断る! フフフ、それほどあのホワイトなパンティが大事ですか?」<br>
「…っ」<br>
「わかりやすい動揺ありがとうございます。フフッ…パンツが一枚なくなった程度で可愛いものですね?」<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>フウキくんのあからさまな挑発にヤミは何も言い返すことはない<br>
だが、怒りは当然感じているのだろう<br>
攻撃の弾幕が先程よりも激しく、威力あるものへと変化する<br>
<br>
「怒りにかられながらも的確な攻撃…ふむ、このままでは私の方が不利ですね」<br>
<br>
防戦一方となったフウキくんがそう呟く<br>
確かに、戦況はヤミの有利に推移している<br>
戦いそのものはリトのような素人から見れば互角だが、客観的なダメージの度合いが違う<br>
ヤミがパンツを取られたこと以外ダメージをおっていないのに対し<br>
フウキくんはところどころボディに傷をつけられているのだ<br>
これはつまり、総合的にはヤミの戦闘力のほうがフウキくんを上回っていることを示している<br>
だが、フウキくんは余裕だった<br>
別に出し惜しみをしているというわけではない<br>
しかし、彼には確固たる勝算があったのだ<br>
<br>
「結城殿!」<br>
「え?」<br>
「はっ!」<br>
<br>
さっと身を翻すとリトの元へと向かうフウキくん<br>
リトは捨てることもしまうこともできない女物の下着をただ握り締めているだけだった<br>
フウキくんはあっさりとリトの手から下着を奪い取り<br>
そして再度身を翻しヤミの正面に立った<br>
<br>
「…それを、返してください」<br>
「ふっふっふっふ…」<br>
<br>
ヤミの殺気のこもった言葉にも反応せずフウキくんは邪悪な笑い声を上げた<br>
だが、次の瞬間――彼は誰もが予想だにしなかった行動に出た!<br>
<br>
「装着!」<br>
<br>
時が、凍った<br>
リトは口をあんぐりと広げて呆然とし<br>
ヤミは目の前の現実にショックを受けたのか身じろぎすらすることなく固まる<br>
そしてフウキくんは…ヤミのパンツを頭にかぶっていた<br>
<br>
「流石は脱ぎたて! 暖かい! 適度に汗も吸い込んでいる! そして良い匂いだ!」<br>
<br>
ちなみにフウキくんに鼻はない<br>
だが、それを聞いたヤミがゆっくりと姿勢を正していく<br>
リトはその姿にぞっとした<br>
あれは――ヤバイ<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「…死んでください」<br>
<br>
無数の拳となった金髪の髪が一斉にフウキくんへと襲い掛かる<br>
だが、フウキくんには当たらない<br>
その動きは猛牛を操るマタドールの如し<br>
流麗な回避でフウキくんはヤミへと接近していく<br>
そして<br>
<br>
「我が剣に断てぬ服はなぁぁぁし!」<br>
<br>
少女の纏うただ一つの服を縦一文字に切り裂くべくフウキくんの手が振るわれる<br>
刹那、ヤミはそれを後にジャンプすることで間一髪の回避を見せた<br>
しかし、動作が僅かに遅れていたのか<br>
それともフウキくんの動きが予想以上だったのか<br>
ヤミの胸元からおへその上辺りまでが縦一文字に破裂するように切り裂かれる!<br>
<br>
「…あっ!?」<br>
<br>
ヤミの頬に朱が散る<br>
フウキくんの刃が鋭利だったためか裂け口はそれほど派手ではない<br>
だが、それでも裂け目からはしっかりとヤミの白い肌が露出する<br>
小さめながらもふくらみがハッキリとわかる胸の横乳があるかなきかの谷間と共に外気へと晒された<br>
<br>
「…ノーブラですか。いくら小ぶりといってもブラをつけないのは感心しませんな。形が崩れますよ?」<br>
<br>
はんっと溜息をつき忠告をするフウキくん<br>
ヤミは数瞬呆然とし、そして頬の赤みを羞恥から怒りへと変化させて身を震わせる<br>
屈辱だった<br>
服を切り裂かれたことも、ノーブラを指摘されたことも<br>
暗殺者としてだけではなく、今ヤミは女の子としても怒っていたのだ<br>
<br>
「隙あり!」<br>
「…!」<br>
<br>
が、そこに沈黙を保ち続けていたフウキくんの攻撃が襲い掛かる<br>
無論、ヤミも反撃の手は繰り出す<br>
しかし、先程と同じくヤミの攻撃は全て完璧にかわされてしまう<br>
それどころかカウンターの形で反撃すらされてしまう有様だった<br>
ぴっ、ぴぴっとヤミの服が数箇所切り裂かれていく<br>
<br>
「いいぞねーちゃん、もっと脱げー!」<br>
「この…!」<br>
<br>
酔っ払い親父と化したフウキくんを睨みつつも、突然の優位逆転に戸惑うヤミ<br>
だが、これは全てフウキくんの計算だった<br>
確かに純粋な戦力ではフウキくんのほうが僅かに下だが、それがあくまで真っ向勝負の場合である<br>
今のヤミは怒りに支配されているため攻撃が雑になっている<br>
そしてフウキくんにとっては雑な攻撃など物の数ではないのだ</dd>
<dt><br></dt>
<dd>「そらそらそらっ」<br>
「あっ! や、やめ…!」<br>
<br>
ビリビリ! と音を立ててヤミの身体を守る衣服が更に破れていく<br>
胸元への一撃ほど大きな損傷こそ受けないものの、塵も積もれば山となる<br>
首筋、脇下、脇腹、背中といった場所を守る部分は小さな傷を増やし徐々に大きな露出を生み出していく<br>
だが、ヤミの身体にはかすり傷一つつくことはない<br>
正に名人芸である<br>
<br>
「やめろといわれてやめるバカはいません…よ!」<br>
<br>
そしてついにフウキくんの攻撃はヤミの下半身にも及んでいく<br>
とはいえ、ヤミの下半身を覆うのは短いスカートだけ<br>
しかし、ヤミからすればそこだけは守り通さなければならない場所だ<br>
スカートの防壁が抜かれれば彼女の秘所を守るものは何もなくなってしまうのだから<br>
<br>
「くっ…そ、そこは…!?」<br>
<br>
必死に防御を展開するヤミ<br>
だが、その動きには初期の精彩はまるで見られない<br>
ぴっ、ぴっと僅かずつでありながらもスカートにスリットが生まれていく<br>
<br>
「お、おい…どうしたんだ?」<br>
<br>
完全に傍観者となっていたリトが動揺したように呟いた<br>
最初は緊迫感のある戦闘だった<br>
それがいつの間にか少女のストリップショーへと変貌していく<br>
一青少年にはいささか刺激の強い光景<br>
リトは目を逸らすべきかどうか迷いつつ成り行きを見守るほかはない<br>
すると、フウキくんがヤミから距離をとった<br>
ヤミは攻撃の嵐がやんだことにほっとしつつも怪訝な表情でフウキくんを見つめる<br>
だが、当のフウキくんはリトの呟きを聞いてたのか手品の種を明かす魔術師のように慇懃な口調で語りはじめた<br>
<br>
「何、結城殿…簡単なことですよ」<br>
「は?」<br>
「あの少女が私に押されている理由です。彼女は今力を出し切れていないのです」<br>
「いやだからその理由が…」<br>
「わかりませんか? 彼女は――」<br>
<br>
ずびし! と擬音がつきそうな勢いでフウキくんの指がヤミのスカートへと突きつけられた<br>
<br>
「 ぱ ん つ は い て な い ! 」<br>
<br>
ガガーン! と背景に驚愕音を出しつつリトは後ずさった<br>
勿論顔は真っ赤である<br>
そう、彼は理解したのだ<br>
それはそうだ、パンツをはいていない状態で思うように動き回れるはずがない<br>
普段ならばヤミは小柄ゆえの身軽さと脅威の運動性で壁や天井を使い三百六十度を動き回る<br>
だが、今そんな動作をすれば間違いなくスカートの中身が見える<br>
というよりあのスカートの短さだ<br>
飛んだり跳ねたりしなくても激しい動きで十分スカートはめくれて中身が見えるだろう<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「…えっちぃ目をむけないでください」<br>
<br>
ギン! と殺気のこもった目でリトを睨みつけるヤミ<br>
だが、その瞳に普段の迫力はない<br>
むしろ、羞恥に震え肌を所々露出した美少女の図は男の被虐心すら刺激してしまうほどエロ可愛かった<br>
ゴク、と我知らずリトは唾を飲み、そして慌てて目を逸らした<br>
余談ではあるが、股間が僅かに膨らみ始めていたのをヤミが発見しなかったのは僥倖だったといえる<br>
下手すればちょんぎられていたのだから<br>
<br>
一方、ヤミはリトからフウキくんへと視線を移していた<br>
フウキくんの言うとおり、ヤミは激しい動きができない<br>
普段からあんな短いスカートで飛び回っておいて今更何を? と思ってはいけない<br>
パンツがあるのとないのでは羞恥心の発動比率に雲泥の差があるのだ<br>
元々、ヤミの服装の露出度が高めなのは動きやすさとトランス能力の都合である<br>
基本的にトランス能力は手や足、そして髪といった末端部分を主として発動される<br>
それはイメージがしやすいという側面もあるのだが、一番の理由はトランスの度に服を破るわけにはいかないからなのだ<br>
まあ、そのおかげでけしからん太ももは常に露出され、場合によってはパンチラがおがめるのだから<br>
敵味方共に文句はない服装だ、勿論そういった気配を出した者はほぼ例外なくヤミ本人の手によって葬られているのだが<br>
<br>
どうする――?<br>
ヤミは自問した<br>
ベストの選択は撤退、出直して即時殲滅が一番である<br>
だが、ヤミはその選択肢を選ばない<br>
金色の闇としてのプライド、少女の羞恥心、盗られた下着、その他諸々<br>
色んな事情が重なり合い、ヤミはフウキくんの殲滅以外を選べなかった<br>
<br>
(距離を取れたのは好都合…こうなればカウンターを狙うのが最善ですか…)<br>
<br>
迂闊に動き回れない以上は迎撃という形をとるのが最もベターな選択<br>
怒りに流されていたことを自覚したヤミは冷静さを取り戻し、そう結論づけた<br>
しかし、途端にその眉がひそめられる<br>
フウキくんは攻撃を仕掛けることなく、その場にたったまま動かないのだ<br>
<br>
「なんのつもりですか…?」<br>
「フフ、カウンター狙いでしょう? そうとわかって近づくアホはいません」<br>
「……」<br>
「図星ですね? そして貴女はこうも考えている。ならば私も攻撃はできないはず――と。だが、それは間違いです」<br>
何故ならば、私にはこれがあるのですから!」<br>
<br>
フウキくんが大きく口を開く<br>
ゆっくりと口からせり出されていく扇風機(のようなもの)<br>
瞬間、リトは空気を読まずに叫んでいた<br>
<br>
「スカートを押さえろーっ!」<br>
「 神 風 の 術 っ ! 」<br>
<br>
リトの叫びと同時にプロペラが回りだす<br>
そして扇風機の強をあっさりと超えるその風力は乙女の秘密を守るスカートを持ち上げるべくヤミへと襲い掛かる<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「え…あっ!?」<br>
<br>
ふわり、と持ち上がるスカートの裾<br>
だが、コンマ一秒にも満たないタッチの差でヤミの手は間に合った<br>
<br>
「くぅっ…」<br>
<br>
ばたばたとなびく短いスカート<br>
強風といっても所詮は風、両手がかりで押さえる防御を崩すことはできない<br>
が、逆を言えば他の部分は無防備ということだ<br>
現にヤミは気がついていないがスカートの後ろは大きくまくれ上がっているし<br>
大きく切り裂かれた胸元部分は送り込まれる風で大きく膨らみ胸の露出を高めていた<br>
また、そこから覗く胸は風を受けてぷるぷると震えている<br>
<br>
「フフフ…」<br>
「っ! ち、近づかないで下さい!」<br>
<br>
フウキくんがゆっくり近づくことによって風の威力が集中していく<br>
自然、スカートにかかる負荷も増す<br>
ヤミは咄嗟に髪を拳に変化させて迎え打つが、意識の大半をスカートに取られている状態では満足な攻撃はできない<br>
フウキくんはじわりじわりと獲物を追い詰める狩人のように近づいていく<br>
<br>
「ううっ…」<br>
<br>
その距離が約一メートルに達した時、既にヤミは攻撃する余裕すら失っていた<br>
押さえる両手から逃げ出さんとばかりに暴れるスカート<br>
その場から逃げる、否、動くという選択肢は既に消えてしまっている<br>
何故ならば、スカートの防壁はもはや僅かな身じろぎでさえ許してくれない状況なのだ<br>
<br>
「中々てこずらせていただきましたが、ここまでです」<br>
<br>
フウキくんの両手が刃状へと変化する<br>
狙いはヤミの衣服全て<br>
<br>
「全裸決定――!!」<br>
<br>
その二つの刃がヤミの身体を曝け出そうと襲い掛かったその瞬間<br>
フウキくんの頭上に落ちてくる人影をリトは見た<br>
それは―――気絶した校長だった<br>
<br>
「あ」<br>
<br>
ごちん!!<br>
硬いものがぶつかり合う音が響いた<br>
ぶつかりあったのは校長とフウキくんの頭<br>
びたん、と床に倒れこむ校長とふらつくフウキくん<br>
リトはデジャヴを感じつつ呆然とその光景を眺めていた</dd>
<dt><br></dt>
<dd>「ば、馬鹿な…こんな…こんなギャグ漫画みたいな…だが…ま…だ…」<br>
<br>
フウキくんは幾度かふらつくとうつぶせに倒れた<br>
意外な決着、その要因は――事故(?)<br>
<br>
「…え、終わり?」<br>
<br>
あまりにも呆気ない<br>
というかご都合主義な結末にリトは納得しないものを抱く<br>
それはそうだ、これで終わりなら今までの苦労はなんだったのかという話になる<br>
<br>
「…どいてください」<br>
<br>
が、そんなことはヤミにとってはどうでもよかった<br>
過程がどうであれ、敵は倒れた<br>
ならばトドメをさすのが常識とばかりにヤミはリトを押しのけフウキくんの前に立つ<br>
私怨で五割増になった殺気と共にヤミはフウキくんをスクラップにすべくトランスを開始し<br>
そしてその動きを止めた<br>
フウキくんの頭には自分の下着が装着されたままだったのだ<br>
ぐらぐらと煮えたぎるような怒りが再発する<br>
だが、ヤミはその感情を抑えた<br>
どうせ数秒後にはその怒りをぶつけることができる<br>
まずは下着を取り返すことが肝要<br>
もうはくことはできないだろうが、だからといってこんな変態ロボにかぶられっぱなしというのは許容できることではない<br>
<br>
「…返してもらいます」<br>
<br>
ヤミは自分の下着を取り返すべくフウキくんの身体を持ち上げる<br>
だが、ここで予想だにしなかった事態が起きた<br>
フウキくんのプロペラがまだ動いていたのだ<br>
停止寸前ながらも最後の意地なのかプロペラだけは回し続けていたフウキくんの最後の罠<br>
風力によって至近距離の軽いもの、つまりヤミのスカートが浮く<br>
瞬間――リトの鼻から大量の血が噴出された<br>
<br>
「ぶはあっ!?」<br>
「え」<br>
<br>
ヤミは理解できなかった<br>
何故結城リトが鼻血を噴出しているのか<br>
何故下半身が涼しいのか<br>
何故――自分のスカートがめくれているのか<br>
<br>
「な…な…」<br>
<br>
わなわなとヤミの身体が震える<br>
既にフウキくんは完全停止し、風も収まってスカートも元の位置に戻っている<br>
だが、現実は覆らない<br>
見られた<br>
その四文字がヤミの脳裏に何度もエコーしていく<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「のわっ…!?」<br>
<br>
ヤミから感じるただならぬ空気にリトは鼻血を押さえながら怯える<br>
この瞬間に限っては彼には何の罪もない<br>
だが、彼は見てしまったのだ<br>
産毛一本すら存在しない乙女の秘密の部分を<br>
<br>
「ちょ、ま…」<br>
「死んでください」<br>
<br>
端的に一言<br>
死刑宣告は下された<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
~後日談~<br>
リトはララに看病されながら「はいてないはいてない」とうなされることになる<br>
ヤミは自分そっくりな金髪の少女に露出ガードの秘訣を聞きにいったらしい<br>
フウキくんは一から作り直されて保健室の雑用をしている<br>
<br>
終わり<br></dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「ねえ、リト」<br>
「ふーきって何?」<br>
「へ?」<br>
<br>
進級後、委員長が春菜に決まり無事新クラスが始動したある日<br>
ララは唐突にそんな質問をリトに投げかけた<br>
<br>
「ほら、唯がいつも言ってるじゃない。ふーきふーきって」<br>
「ああ、確かに言ってるな」<br>
<br>
主に俺たちのせいで<br>
とは言っても無駄だとわかっているのでリトはあえて言わない<br>
毎度毎度、起こす騒動起こす騒動が唯の言うところのハレンチなことばかりなのだ<br>
リトとて立派な男なのだから騒動に付随するお色気ハプニングが嬉しくないわけがない<br>
しかしだ、学校や街中でそれが頻繁に起こるのでは一般的な神経を持つリトとしてはたまったものではない<br>
そういう意味では唯の言いたいところは非常によくわかるのだが…<br>
<br>
(注意してどうにかなるような奴じゃないもんなぁ、コイツ)<br>
「ん? リトどうしたの?」<br>
「いや、なんでもない…っと風紀の話だったな」<br>
<br>
恐らくはララに理解させることが一番難しいであろう単語である<br>
しかしリトは誠心誠意心を込めて説明をした<br>
そうすることによってララが騒動を起こすことを自粛してくれるようになる可能性を僅かでも求めたのだ<br>
だが、リトは甘かった<br>
それをリトはこの翌日に思い知ることになる<br></dd>
</dl>
<br>
<dl>
<dd>「じゃーん! リト、見てみてー♪」<br>
「…なんだこりゃ?」<br>
<br>
翌日、結城家朝食の席でララが自信満面で差し出してきた『ソレ』をリトは訝しげな目で見つめた<br>
『ソレ』はテレビくらいの大きさの円筒形の箱のようなものだった<br>
サイドと下方からはそれぞれ手と足のようなもの…恐らくはアームだろうものが伸びている<br>
正面には目と口、そして何故か目には黒ブチ眼鏡が装着され、首元(?)にはネクタイまで用意されている<br>
<br>
「小型…ロボット?」<br>
「うんっ! 名付けてフウキ君!」<br>
「フウキ…くん?」<br>
「そう、リトが昨日風紀について教えてくれたでしょ? それで作ってみたの!」<br>
「なんで?」<br>
「だって、唯一人が風紀を取り締まってるんでしょ? だからそのお手伝いをさせようと思って…」<br>
<br>
なるほど、とリトは感心した<br>
方向性はどうあれララの優しさによる産物であるのならばリトとしては文句はない<br>
例えこのロボットがとんでもないものであっても<br>
故に彼は言えなかった<br>
風紀についてとやかくいう存在が唯一人なのは単に他の面子がララが起こす騒動に尻込みないしは諦めているからである<br>
古手川も損な性分をしてるよなー<br>
同情するリトだったが彼自身も十分その原因の一つであることを特に自覚していなかった<br>
<br>
「んで、コイツはどういう役に立つんだ?」<br>
「うん、この子は基本的に自立行動ができるから風紀倫理に従って風紀を守っていない人たちを注意したり取り締まったりするんだよ」<br>
「へーってちょっとまて。風紀の基準はどうなってるんだ?」<br>
「データ入力は先生にお願いしたから大丈夫!」<br>
「…なら安心か」<br>
<br>
ララ基準だったとしたらまた大惨事を招きかねない、と身構えていたリトはその言葉にほっとした<br>
たまにはララも役に立つことするんだなーと何気に酷いことを頭の中で考えつつリトはコーヒーへと手を伸ばす<br>
だが、彼は知らない<br>
ララの言う『先生』というのが誰だったのか<br>
かくして、この数時間後に起きる大騒動を未然に防ぐすべは失われてしまうのだった<br>
<br>
「…ふっ」<br>
<br>
ただ一人、未来を確信している蜜柑は我関せずとばかりにトーストをかじってはいたのだが<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「さて、スイッチ・オン!」<br>
<br>
カッ!<br>
登校中、ララの手によってフウキくんに生命の息吹が吹き込まれていく<br>
起動を果たしたフウキくんはゆっくりと立ち上がり、周りをサーチし始める<br>
爆発したりしないだろうな? と少しばかり身構えていたリトはどこか拍子抜けしたようにその様子を眺めていた<br>
<br>
「む!」<br>
「ん?」<br>
「そこの貴方! ネクタイが曲がっています! あと一番下のボタンを留め忘れていますね!」<br>
「え、あ…」<br>
<br>
リトが突然の怒声に怯んだ隙にフウキくんは素早くリトの服の乱れを直す<br>
<br>
「これでよし」<br>
「ああ…サンキュ」<br>
「全く、身だしなみは風紀の基本! 日本男児たるもの身だしなみには気をつけてもらいたい!」<br>
「ご、ごめんなさい」<br>
<br>
フウキくんの迫力に何故か丁寧語で謝ってしまうリト<br>
だが、一方でフウキくんの性能に感心する<br>
見た目はアレだが、高性能じゃないか…<br>
<br>
「申しおくれました。私の名はフウキくん、どうぞよろしく」<br>
「よろしくねーフウキくん!」<br>
「おお、創造主は流石に見事な制服の着こなし! 文句のつけようがございません!」<br>
「えへへ、そう?」<br>
<br>
ララを持ち上げるフウキくん<br>
褒められたララは満更でもなさそうにくるりと一回転をする<br>
ふわり、と遠心力で制服の短いスカートが持ち上がる<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>(レースの白…! じゃなくて、うわわっ!!)<br>
<br>
突然の嬉し恥ずかしハプニングにリトは顔を赤らめつつ回れ右をする<br>
こういったハプニングシーンに多々遭遇するリトだったが基本的には彼は紳士だった<br>
ただ、瞬間的に見えてしまうものはどうしようもないので脳内に下着が焼きついてしまうのはいかんともしがたいのではあるが<br>
<br>
「じー」<br>
「ってオイ、フウキくん何をしてるんだ?」<br>
「いえ、向こうの男子生徒の鞄から漫画の反応がありまして…こら、貴様っ!」<br>
<br>
フウキくんはそう叫ぶと一目散に前方へと駆け出す<br>
仕事熱心だね、と感心するララを尻目にリトは一欠片の疑問を抱いていた<br>
それは<br>
<br>
(アイツ…今、ララのスカートの中を見てなかったか?)<br>
<br>
気のせいか、風紀を守るように作られてるのにそんなはずはないよな<br>
そうリトは頭を振ると疑問を打ち消す<br>
<br>
「どうしたのリト、早くしないと遅刻しちゃうよ?」<br>
「いけね、走ろう!」<br>
<br>
前方で男子生徒の鞄から漫画を強奪して注意するフウキくんを見つつリトとララは駆け出すのだった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「ねえ、結城君。聞きたいことがあるのだけれど」<br>
「古手川? どうしたんだ?」<br>
「あれは…何?」<br>
<br>
唯が指さした先には女子生徒のお菓子を没収しているフウキくんの姿があった<br>
お菓子をとられた女子生徒は当然ぶーぶー言ってはいるのだが、フウキくんの姿が可愛らしいためか本気で怒ってはいない<br>
だが、極めて常識を大切にする唯からすればフウキくんの存在そのものがナンセンスである<br>
故に不服ではあるものの、唯は最もわかりやすく説明をしてくれるであろうリトに話しかけたのだ<br>
<br>
「あーあれか、あれはなフウキくんと言って…」<br>
<br>
昨日のことも含めてリトは大雑把な説明を行った<br>
<br>
「そう…」<br>
<br>
唯はなんとも言えない複雑な表情を作る<br>
また奇怪なシロモノを持ち込んできたララに対する憤りはあるものの、それが自分のためと聞かされれば表立っては非難できない<br>
それに存在の非常識さを除けばフウキくんはよく働いているといえる<br>
唯としてはその非常識さがどうしても受け入れることができないのではあるが…<br>
<br>
「害はないようだし…ううん、ダメよ! 私が認めたら…」<br>
「古手川、気持ちはわかるけどさ。一応ララもお前のためを思ってあれを作ったんだ、だからさ…」<br>
「…わかっているわ」<br>
<br>
キッとリトをにらみつけながらも唯は現状維持という結論に達した<br>
本当はフウキくんを排除したくてたまらないのだが、自分以外は既に受け入れの体勢を整えてしまっているのだ<br>
そこで自分ひとりがぎゃーぎゃー言っても仕方がない<br>
それに善意からの行動を否定することもできない<br>
唯は深い葛藤の末にフウキくんの姿を視界から除外するということで折り合いをつけるのだった<br>
<br>
「悪いな」<br>
「…ふん」<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>三時間目が終わる頃<br>
フウキくんは特に問題を起こすでもなく順調に活動を続けていた<br>
この頃になると唯もフウキくんを認めざるを得なくなり、ララに感謝の気持ちを表すのもやぶさかではなくなっていた<br>
<br>
「しかし、この学校は実に風紀が乱れていますな」<br>
「そうかな? ちょっとフウキくんが厳しすぎるような気が…」<br>
(いえ、彼の言うとおり)<br>
「これは心外な、私は風紀に基づいて行動しているだけ! すなわちそれは皆さんのほうに問題があると何故おわかりにならないのですか!」<br>
「うっ、た、確かにそうなんだけど~」<br>
(よくぞ言ってくれたわ!)<br>
「私もつらいのです! しかし心を鬼にして私はこの学校の秩序を守らないといけない使命を与えられているのです!」<br>
「あ、あはは…」<br>
(フウキくん…!)<br>
<br>
春菜、里紗、未央の三人をバッサリ言い負かしたフウキくんに唯は感動の視線を投げかけていた<br>
今ではすっかりフウキくん擁護派である<br>
<br>
「しかしいかんせんこの学校は広大。私一人では手がたりませんな」<br>
「うーん、でも量産しようにも材料がないし…あ、そうだ! ブーストモードにすれば」<br>
「ブーストモード?」<br>
「うん、フウキくんの性能のリミッターを解除するの」<br>
「おいおい、でもリミッター外すんだろ? 壊れたりしないのか?」<br>
「大丈夫大丈夫、単にバッテリーの消費率が激しくなるだけだから、それに充電はバッチリだしね!」<br>
「おお、それは僥倖! それでは早速お願い致します」<br>
「おっけー、ぽちっとな♪」<br>
<br>
ララはフウキくんの背中の隠しボタンを押す<br>
すると、フウキくんの体中から蒸気が発生し、フウキくんの目がカッと見開かれた<br>
<br>
「おおおお。キタキタキタキタ――!!」<br>
<br>
傍目にも元気入りまくりといった感じでフウキくんは活性化する<br>
そしてそのまま彼は教室を飛び出していくのだった<br>
<br>
騒動、開始</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>昼休み<br>
リトは購買に向かう最中、フウキくんを見つけた<br>
フウキくんはある扉の前でじっとしている<br>
何をやってるんだアイツ? とリトは怪訝に思いつつ声をかけようと歩み寄る<br>
すると…<br>
<br>
「えー、やだぁー」<br>
「うっそ、本当?」<br>
「あれ、アンタまた胸が大きくなってない?」<br>
「グフフ…」<br>
<br>
女子生徒の声と、不気味な笑い声がリトの耳に届く<br>
リトは嫌な予感がし、上を見上げる<br>
扉の上には『女子更衣室』のプレート<br>
<br>
(まさか…)<br>
<br>
リトはフウキくんの様子をよく見てみる<br>
女子更衣室の扉は僅かに開いていた<br>
そしてフウキくんはその前に立っている<br>
結論、フウキくんは覗きをしている!<br>
<br>
「おまえ、何をしてるんだ!」<br>
<br>
持ち前の正義感――というか常識に従ってリトはフウキくんを止めようとフウキくんに近寄った<br>
勿論、中に声が届くと大変なので小声である<br>
<br>
「…ん? おお、これはこれは。結城殿ではありませんか!」<br>
「おお、じゃねえよ! お前一体何をやってるんだよ!」<br>
「見ての通り、女子更衣室を査察しておりますが」<br>
「ノゾキじゃねーか!」<br>
「失敬な。これはれっきとした風紀取り締まり行動です! 校則に反した下着を着けている女子生徒がいないか調べているだけです!」<br>
「そんな言い訳が通るわけないだろ! いいからここから離れろ!」<br>
「だが断る! このフウキくんが最も好きな事のひとつは正しいことを言ってるやつにNOと断ってやることだ…」<br>
「アホか! い い か ら 離 れ ろ !」<br>
「ぬっ、何をする! あっ、そこは触っちゃダメ!」<br>
「気色悪い声をだすな!」<br></dd>
</dl>
<dl>
<dd>フウキくんをこの場から引き剥がそうとするリト<br>
しかしフウキくんの抵抗も半端ではない<br>
綱引きのようによいせこいせと力比べが行われる<br>
だが、扉の前でこんなに騒いで中にそれが届かないはずがない<br>
<br>
「あれ、なんか扉の外が騒がしくない?」<br>
「まさか…覗き!?」<br>
「ええっ、そんな!」<br>
<br>
女子生徒たちが騒ぎ始める<br>
当然、その声はリトにも届き――瞬間、リトは動揺のために力を緩めてしまった<br>
<br>
「あ」<br>
<br>
リトの手がフウキくんから離れる<br>
リトは反動で尻餅をつき、フウキくんは勢いよく扉へと突っ込む<br>
ドンガラガッシャーン!<br>
<br>
「え?」<br>
<br>
扉がフウキくんの突撃によって完膚なきまで破壊された<br>
当然、尻餅をついているリトからは中は丸見えである<br>
そして中の女子生徒たちも勿論リトの姿が見えている<br>
<br>
「あっ、いや、これはその…!」<br>
<br>
目の前に映る白、赤、黒、縞々といった色とりどりの下着の群れ<br>
リトはそんな夢のような光景に顔を真っ赤にしつつ後退していく<br>
だが、彼は行動を誤った<br>
彼がすべきことは謝罪ではなく、速やかなこの場からの撤退だったのだ<br>
そう、いつの間にかいなくなっているフウキくんのように<br>
<br>
『き…』<br>
<br>
一斉に女子たちが息を吸い込んだ<br>
リトの顔が赤から青へと変化する<br>
数秒後、リトは自己ベストの走りを憤怒に燃える女子たちに見せ付けていた</dd>
<dt><br></dt>
<dd>「はぁ…はぁ…はぁ…ひ、酷い目にあった…」<br>
<br>
なんとか怒れる女子たちから逃れたリトは身を隠すように廊下の角に立っていた<br>
下着姿の女子集団に負われている男子という構図は非常に目立ってはいたが、幸いにもそれを気にするものはいない<br>
男子は眼福とばかりに顔を緩ませていたし<br>
女子はまたか…とばかりに呆れと自分が被害に巻き込まれなかった安堵にほっとしていたのだから<br>
必死に逃げるリトはそんな周囲の視線には気がつかなかったが、それは非常に幸せなことだったといえる<br>
<br>
「くそ…アイツ、どこへいったんだ?」<br>
<br>
そんなリトの怒りの矛先は当然のごとくフウキくんへと向いていた<br>
言葉では立派なことを言っていたが、覗きは覗きである<br>
本性(?)をあらわしたフウキくんを放っておくわけにはいかない<br>
今までの経験上、この事態を放っておくと絶対ロクでもないことになるとリトは身にしみて確信していたのだ<br>
<br>
「あら、結城リトではないですの」<br>
<br>
そんなリトに声をかけたのはリトがよく知る先輩――天条院沙姫だった<br>
あいも変わらずタカビー然とした態度と出オチオーラを放っている<br>
付き人の眼鏡っ娘こと綾とポニテっ娘凛も当然のように後ろに控えていた<br>
またややこしいのが…と、リトは自分の不運を嘆きつつ溜息をつく<br>
<br>
「なっ…何をいきなり溜息などついているのですか! 失礼な!」<br>
「こんちわ天条院センパイ。それじゃ」<br>
「お待ちなさい! 何故いきなり立ち去ろうとしているのです!」<br>
<br>
顔をあわせるなり逃げ出そうとするリトに憤慨する沙姫<br>
至極最もな反応ではあるのだが、今までが今までなので一概にはリトを責めることはできない<br>
現に綾はそれを認識しているらしくやれやれとばかりに首を振っていたりする<br>
<br>
「凛! 結城リトを捕獲しなさい!」<br>
「承知しました」<br>
<br>
が、自覚のない沙姫はあっさりとリトの捕縛を決断<br>
凛に命じると共に自身は腕を組んでホーホッホッホッ! と高笑いを始める<br>
命じられた凛はどこからともなく木刀を取り出すとすっとリトにそれを突きつけた<br>
<br>
「さあ、痛い目にあいたくなければ大人しくしなさい」<br>
「なんでいきなり!?」<br>
<br>
リトからすれば理不尽極まりない事態である<br>
何よりもこんなところで時間を食っている場合ではないのだ<br>
早くフウキくんを見つけ出さないといけない<br>
リトは素早く身を翻すと迷わず逃げを選択した<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「逃げた!? 凛、追うのよ!」<br>
「はい!」<br>
<br>
沙姫が言うのが早いか、凛は大きく飛翔すると木刀を振りかぶってリトへと肉薄<br>
だが、その木刀がリトの体をとらえる前にリトの背後に一つの影が滑り込んだ<br>
――ガギィン!<br>
<br>
「なっ…」<br>
<br>
凛の驚く声にリトは恐る恐る振り向く<br>
そこで見た光景は、驚愕に目を見開く凛と綾<br>
ひたすら高笑いを続けている沙姫<br>
そして、自分を守るように凛の前に立ちふさがっているフウキくんの姿だった<br>
<br>
「何者!?」<br>
「ふ…名乗るほどのものではないが、教えてあげましょう! 我が名はフウキくん! 風紀を正す剣なりっ!」<br>
<br>
ドドーン! と効果音つきでポーズを決めるフウキくん<br>
リトは思わぬ助けに目を丸くしながらも状況を把握したのかフウキうんへと詰め寄った<br>
<br>
「お、おい、お前なんでこんなところに…いや、ていうかなんで俺を?」<br>
「ふ…結城殿が傷つくと我が主が悲しみますからね。決して先ほど女子更衣室に置き去りにしたことに罪悪感を感じての行動ではないですよ?」<br>
「本音ダダ漏れじゃねーか…まあ、サンキュ」<br>
<br>
呆れ顔と共にツッコミをいれるリトだが、一応窮地を助けてもらったのは事実なのでお礼をいうリト<br>
だが、フウキくんはリトに顔を向けることなく凛及び沙姫と綾の三人組に鋭い視線を向けていた<br>
<br>
「校則違反者達よ…懺悔の準備はできたか?」<br>
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! 私のどこが校則違反…」<br>
「見目麗しい女子が木刀を振り回すなど言語道断!」<br>
「これは沙姫様をお守りするためのもの! 断じて校則違反などではありません!」<br>
<br>
いや、校則違反だろ<br>
綾とリトのツッコミが同時に行われる<br>
しかし睨み合う凛とフウキくんにはそのツッコミは届かない<br>
ついでにいうとスルーされた沙姫の抗議もまるで届かない<br>
<br>
「沙姫様の命を邪魔立てするようならば…」<br>
「その剣で斬りますか、私を?」<br>
「その通り。スクラップにされたくなかったらおどきなさい」<br>
「ふっ…」<br>
<br>
凛の発する裂帛の気合にもフウキくんは動ぜず、失笑するかのように一つ息をついた<br>
剣豪同士の立会いのような緊迫した雰囲気<br>
…これ、こんなマンガだったっけ? とリトは首を傾げた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「何がおかしいのですか」<br>
「いや何、まだ気がつかないのかと思いましてね」<br>
「え?」<br>
「――もう、斬った」<br>
<br>
某釣り目のチビ炎術師のように指の刃を収めるフウキくん<br>
その言葉と同時に、凛の手の中の木刀が四分割されてボロボロと床に落ちていく<br>
<br>
「そ、そんな!? いつ!?」<br>
「先程の交錯の際にです。まだまだ修行が足りませんね?」<br>
「くっ…ですが剣を失ったくらいで私は…!」<br>
「いや、決着ですよ」<br>
<br>
お前キャラ変わりすぎだ、リトが突っ込む間もなくフウキくんがパチンと指を鳴らす<br>
瞬間、凛の制服が布吹雪となってはじけ飛ぶ<br>
<br>
「ふ、飾り気のないシンプルな白か…だが惜しい。剣道少女の下着はサラシのほうがモアベター」<br>
「あ…」<br>
<br>
フウキくんの批評に凛は自分の格好を認識する<br>
ボロボロに切り刻まれた制服の残骸が足元に広がっていた<br>
身を守るものは下着二枚のみ<br>
<br>
「り、凛…」<br>
「ホーホホホ…あら、凛。なんで下着姿ですの?」<br>
<br>
心配そうな声の友人と放置される寂しさに現実逃避という名の高笑いを続けていた主の声に凛は段々と顔を赤く染めていく<br>
そして…<br>
<br>
「あ…あ…き、きゃあああああああーっ!?」<br>
<br>
普段の怜悧な表情はどこへやら<br>
凛はふぇぇぇんと可愛らしい鳴き声と共にその場を逃げ出すのだった</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「フフフ、次は貴女の番ですよ?」<br>
<br>
ぴっと指を綾につきつけるフウキくん<br>
相変わらず沙姫はガン無視である<br>
当然、沙姫はキーキーとわめきながら抗議の意を示すがこの場の誰もそれを気にすることはなかった<br>
綾がゆっくりと構えをとる<br>
凛と同じく武術の心得がある綾だったが、先程の攻防を見る限り自分では勝てないことは百も承知だった<br>
しかし、自分が負ければ沙姫に危害が(物凄い低い確率でだが)及ぶかもしれない<br>
綾は不退転の覚悟で眼鏡をキラリと光らせた<br>
<br>
「…私のどこが校則違反だと?」<br>
「ふ、わかりませんか? では結城殿、説明して差し上げてください」<br>
「いや、俺もわからないんだけど」<br>
「なんと!? 一目見ればわかるではないですか! 貴方の目は節穴ですか!」<br>
「そういわれても…」<br>
<br>
リトは困ったように綾の姿を見た<br>
綾は別段制服の着こなしがおかしいようには見えないし、アクセサリーをつけているわけでもない<br>
髪を染めているわけでもないし、凛のように妙なものを所持しているようにも見えない<br>
だが、フウキくんは確信しているらしく、怒りをあらわすとリトにもわかりやすいようにソコに指を差し向けた<br>
<br>
「あれです! あの眼鏡ですよ!」<br>
「え、眼鏡? 別に普通の眼鏡なんじゃあ…?」<br>
「全然普通ではありません! あれは伝説の不透過眼鏡です!」<br>
「…なんだそりゃ?」<br>
「不透過眼鏡…それは本来の眼鏡の機能はちゃんと果たしているというのに、何故かつけている人物の目が描写されないというレアアイテム!」<br>
「待て、その発言は色々アウトだ」<br>
「眼鏡を外せば美少女! そんな太古のお約束のために生み出されたソレは…人類の損失を生み出しているのです!」<br>
「…いや、それは一理あるけどさ」<br>
<br>
クリスマスパーティーの時、一度だけ見た綾の素顔をリトは思い出す<br>
確かに、あの時の美少女素顔を考えればフウキくんの言もあながち間違いとはいえない<br>
<br>
「そうでしょう! 美少女が顔を隠すなど言語道断! そんなのはギャルゲだけでいいのです!」<br>
「いや、そういわれましても眼鏡がないと私は…」<br>
「コンタクトにすればいいだけの話!」<br>
「コンタクトは…その、怖いですし」<br>
「美少女なんだからそれくらい我慢しなさい!」<br>
<br>
美少女美少女と何度も褒められたためか、少し顔を染めながら綾は顔を伏せた<br>
だが、それは同時に致命的な隙を作ることになる<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「隙あり! 一 刀 両 断 !」<br>
<br>
指を刃化したフウキくんが勢いよく飛び上がる<br>
そして指が振り下ろされた<br>
綾の眼鏡が音もなく奪い去られる<br>
<br>
「あっ!」<br>
「眼鏡に罪はなし…」<br>
<br>
眼鏡にはかすり傷一つつけることなくニヒルにフウキくんは綾から奪った眼鏡を口の中にしまいこむ<br>
素顔をさらけ出された綾は、眼鏡を奪い返そうと一歩踏み出し…そして何かに足を引っ掛けてこけた<br>
<br>
「あうっ!?」<br>
<br>
ドテッとコミカルな音と共に綾が転倒する<br>
綾は自分の足を引っ掛けたものを確認するべく足に引っかかるソレを持ち上げ、目の前に運ぶ<br>
そしてソレは綾にとっては見覚えのあるひらひらとした布キレだった<br>
<br>
「私の…ス、スカート?」<br>
「眼鏡に傷をつけるわけにはいきませんでしたからね。代わりに制服を斬っておきました」<br>
「斬るなよ!」<br>
<br>
リトのツッコミが鋭く光る<br>
しかし、綾は真っ二つとなった自分のスカートを掴んだままぷるぷると女の子座りで震えだす<br>
綾は気がついていないが、制服の上もスッパリ斬られているのでブラジャーが露出している状態だったりする<br>
フウキくんはそれを眺め、リトは慌てて回れ右をした<br>
<br>
「黒か…白き肌との対比がよく映える。校則違反ではないが、ハレンチではありますね」<br>
「え……ああっ!? いっ、いやっ、きゃああああ!」<br>
<br>
フウキくんの言葉に綾は制服の前を両手でかきあわせて下着を隠す<br>
だが、既にフウキくんもリトも見終わった後である<br>
後の祭り――それがよくわかっていた綾はこれ以上ないほど顔を真っ赤にさせて俯き羞恥に震える<br>
だが、そんな綾に近づく影があった<br>
彼女の主人にしてひたすら放置されていた天条院沙姫である<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「綾…」<br>
「さ、沙姫様…」<br>
<br>
優しい笑みで近づき、両手を伸ばしてきた主人に綾は瞳を潤ませた<br>
ねぎらいの言葉をかけてくれるのだろうか?<br>
それとも制服の上着を貸してくれるのだろうか?<br>
期待に震える綾<br>
しかし沙姫の両手は綾の肩を素通りすると、綾の両手を掴み、そのままガバッと綾の半裸を押し広げてしまったのである<br>
<br>
「きゃあああ!? さ、沙姫様!?」<br>
「アナタ、私よりも派手な下着を身につけているとはどういうことですの!?」<br>
「え、ええっ!?」<br>
「ただでさえ私よりも人気がでそうな要素ばかり持っているくせに、この上私の属性まで奪い取ろうというの!?」<br>
「いっ、いえそんなことは…というか沙姫様、手を、手をお放しになってください~!」<br>
「ええい、おだまりっこのツナマヨ! かくなる上は…奪い取る!」<br>
「ツ、ツナマヨ!? というか…えええっ!?」<br>
<br>
主人の宣言にビックリ仰天の綾<br>
しかし沙姫は血走った目で綾の下着を脱がしにかかる<br>
当然綾は抵抗した<br>
いくら主人とはいえどもこんなところで下着を脱がされるわけにはいかない<br>
そしてそんな美少女二人のキャットファイトをエロ親父そのものといった風情で眺める観客が一人いた<br>
フウキくんである<br>
<br>
「女の争いはいつ見ても醜い…ビジュアル的には美しいですが」<br>
「なら止めろよ!」<br>
「結城殿が止めればよろしいのではないですか? というか結城殿、いつまで目を瞑っているのですか?」<br>
「う、うるさい! 見るわけにいかないだろ!?」<br>
<br>
シャイなリトは手を伸ばせば届く距離で行われている女二人の揉み合いを目を瞑ることで見ていなかった<br>
だが、目を瞑っても声は聞こえる<br>
「だ、ダメです」とか「ほらほら、とれちゃうわよ」とか悩殺モノの声がリトの耳に届く<br>
脳の片隅で理性が「お前が止めなければ誰が止めるんだ!?」としきりに叫んでいるがリトは動けない<br>
巻き込まれるのは慣れてきたが、自分から騒動に突っ込むなどゴメンなのである<br>
<br>
「やれやれ、仕方ありませんな」<br>
<br>
背後からフウキくんの声<br>
瞬間、リトは悪寒を感じた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「アリーヴェデルチ(さよならだ)」<br>
<br>
ドン<br>
フウキくんが容赦なくリトの背中を押した<br>
目を瞑っていたリトは抵抗する間もなく前方へと押し出される<br>
そして前方には絡み合う綾と沙姫がいた<br>
<br>
「うわっ、うわわわわわ!?」<br>
「え…きゃあっ!? 何!?」<br>
「わぷっ! ゆ、結城リト!? 一体何の真似ですの!?」<br>
「ではでは結城殿、しーゆーあげいん」<br>
<br>
シュタ、と敬礼をリトに送りフウキくんは窓から飛び降りる<br>
だが、ここでフウキくんを逃がすわけにはいかない<br>
リトは立ち上がるべく手に力を込め――<br>
<br>
ふにゅ<br>
<br>
「ふにゅ?」<br>
「あ…あああ…」<br>
<br>
力を込めた右の手のひらに柔らかな感触<br>
リトは嫌な予感に震えつつ恐る恐る右手をみた<br>
そこには、綾の胸を掴んでいる己の右手の姿<br>
しかも沙姫との乱闘で綾の下着がずれている<br>
つまり、直接綾の生乳を掴んでいた<br>
ぷにっとしたなんともいえない感触と共にサッとリトの顔へ血が集まっていく<br>
<br>
「あうあ…これは、その…」<br>
「結城リト、何故私ではなく綾の胸を!? 裏切ったな! 私の胸を裏切りましたわね! こういうのは私の出番ですのに!」<br>
「いやーっ!?」<br>
「あべらっ!?」<br>
<br>
この期に及んでスルーされた怒りを込めた沙姫の右<br>
生乳を掴まれたショックで繰り出された綾の左<br>
その両拳は的確にリトをとらえ――そしてリトはフウキくんの後を追うように窓から空を舞った</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「いてて…」<br>
<br>
頭にこしらえた大きなタンコブと赤くはれた頬をさすりつつ、リトは起き上がる<br>
綾と沙姫のWパンチをくらい、落下したのも束の間<br>
リトは着地地点にあった硬い何かと頭が激突<br>
数分間気絶していたのである<br>
<br>
「うわ、こりゃかなりでかいタンコブだな…しかし何か金属っぽかったような気がするけど…?」<br>
<br>
タンコブを撫でさすりながらリトは歩き出す<br>
痛みはひかないが今はフウキくんの捜索が第一、多少の痛みには構っていられない<br>
決意を強めたリトは中庭へと向かう<br>
すると、女子の悲鳴が聞こえてくるではないか――しかも複数<br>
瞬間、リトの脳裏に嫌な予感が走った<br>
<br>
「きゃああぁ~!」<br>
「いやぁぁん!」<br>
「なんなのぉ~!?」<br>
「げっ…!」<br>
<br>
現場に到着したリトは顔を真っ赤に染めて狼狽した<br>
そこは、阿鼻叫喚地獄にして天女の楽園だった<br>
切れ端となった制服を足元にちりばめ、肌もあらわな下着姿でぺたんと座り込んでいる女子たちの群れがリトの視界に飛び込んでくる<br>
皆ボロキレとなった制服をかきあわせるようにして下着姿を隠そうとしているものの<br>
原形をとどめていない制服では肌を隠すという役割はとても果たせていない<br>
むしろ半裸で布の切れ端を抱くという姿が扇情的な姿を作り上げている<br>
ちなみに、男子も数人いるにはいるのだが、何故か皆一様に気絶していた<br>
<br>
「あわわわ…」<br>
<br>
悲鳴の大合唱の合間から聞こえてくる非難の声で惨状の原因がフウキくんの仕業だということをかろうじて理解する<br>
リトは極力女子たちを視界におさめないようにしつつ前へと進む<br>
幸い、女子たちは自分たちのことで精一杯なのかリトには気がつかなかった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「――きゃあああ!」<br>
<br>
半裸女子の群れを抜けたあたりで一際高い悲鳴が茂みの向こう側からリトの耳に届く<br>
そしてその声が聞こえた瞬間、リトは走り出した<br>
何故なら、それは自分の想い人の声だったのだから<br>
<br>
「この声は…春菜ちゃん!?」<br>
<br>
茂みを突破し、音源の場へと駆けつけたリト<br>
そこには、下着姿にひん剥かれて大の字に気絶して転がっているリサミオコンビ<br>
フウキくんと対峙しているララ<br>
そして、ララの後で縮こまっている春奈の姿があった<br>
<br>
「ララ! 春菜ちゃん!」<br>
「あっ、リト!」<br>
「ゆ、結城くん!? 来ないで!」<br>
<br>
歓喜と拒絶という相反する反応にリトは戸惑う<br>
ララが喜んでいるのはいいとしても、春菜の反応は明らかにおかしい<br>
助けに来たつもりだったのに、当の本人に来ないでと言われてはリトとしても困る、というか悲しい<br>
<br>
(ていうか俺って嫌われてるのか?)<br>
<br>
ずーんと落ち込むリト<br>
しかし、敵(?)を目の前にしてひくわけにはいかない<br>
少々下がったテンションをなんとか維持しつつ、リトは一歩踏み出してフウキくんをにらみつけた<br>
<br>
「おい! どういうつもりだ!」<br>
「はて、どういうつもりとは…どういうことですかな?」<br>
「とぼけるんじゃねーよ! お前、一体皆に何をしてるんだ!? 風紀とは全然関係ないじゃないか!」<br>
「関係ないとは失礼な、私は単にランジェリーチェックをしているだけです!」<br>
「せ、制服を切り刻む必要はないだろうが!」</dd>
<dt><br></dt>
<dd>フウキくんの台詞に先程の光景を思い出し、どもってしまうリト<br>
だが、フウキくんはそれを意に介さずはんっと溜息を一つつく<br>
<br>
「効率重視です! ランジェリーをチェックするのならば制服を脱がすのが一番早い!」<br>
「アホか! 犯罪だぞ!?」<br>
「風紀を守るためには些細な犠牲はやむなし!」<br>
「め、滅茶苦茶なことを…おいララ、一体コイツはどうなっちまったんだ!?」<br>
「うーん…リミッターを解除したせいかな? <br>
でもそれにしたってこんな風になるわけが…強いショックでも与えたんならともかく」<br>
「強いショック?」<br>
<br>
ララの推測にリトは嫌な予感を覚え、フウキくんをじっと見つめた<br>
よく見ると、フウキくんの頭の部分に丸いへこみができている<br>
<br>
(まさか…)<br>
<br>
落下時にぶつかった何か<br>
それはフウキくんだったのではないか?<br>
リトは青ざめた<br>
この推測が正しければ、この一連の騒動の原因は自分にあるということになる<br>
<br>
「あれ、どうしたのリト。まるで石像みたいだよ?」<br>
「ふ、他人の心配をしている場合ですかな創造主?」<br>
「む、リトの心配をするのは当たり前だよ! それよりもフウキくん、メンテナンスしてあげるから大人しくしなさい!」<br>
「だが断る! 創造主のお言葉といえども、今の私の燃え滾るパトスは止められないのです!」<br>
「なら実力行使っ、ええーい!」<br>
<br>
ララが威勢のいい掛け声と共にフウキくんに飛び掛る<br>
が、フウキくんもそれは予測していたのか素早く迎撃体勢を取る<br>
交差する拳と拳<br>
そして、人外バトルが始まった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「そ、そうだ…春菜ちゃんを今のうちに」<br>
<br>
完全に場においていかれていたリトが正気に戻る<br>
フウキくんの暴走の原因に自分が関わっているのならば、なんとしてもこれ以上の被害の拡大は防がなければならない<br>
しかし、ララとフウキくんの人外バトルに割り込むというのは流石に無理がある<br>
ならば、せめて春菜ちゃんを守らなければ!<br>
決意を固めたリトは砂塵巻き起こるバトルフィールドを横切り、春菜の元へと駆けつけた<br>
<br>
「大丈夫、春菜ち――ってうわっ!?」<br>
「だ、駄目! 結城くん!」<br>
<br>
春菜の傍に辿り着いたリトの頭からぼしゅ、と湯気が噴き出される<br>
その理由は目の前に広がる光景にあった<br>
そう、春菜はスカートをはいていなかったのだ<br>
そしてそれが春菜がリトを遠ざけたかった理由でもあった<br>
ちなみに、スカート消失の犯人は言うまでもなくフウキくんである<br>
<br>
「み、見ないで結城くん…!」<br>
<br>
春菜は上の制服を下に引っ張り、なんとか股間を隠そうとする<br>
だが、当然そんなことで下半身を隠しきれるはずはなく、制服の裾からはチラチラとピンクの布がはみ出ていた<br>
足は内股気味に閉じてもじもじとすりあわされ、可愛らしさといやらしさを同時にリトに与える<br>
数秒、リトの思考回路が停止状態となった<br>
<br>
「うぅっ…」<br>
<br>
そんなリトの様子を上目遣いで見やりながら春菜は羞恥に震える<br>
彼女としてはこの場から逃げ出して着替えたいのはやまやまなのだが、スカートなしでこの場から動くのは恥ずかしい<br>
となるとララに服を取ってきてもらうしかないのだが、彼女は今絶賛バトル中だった<br>
<br>
(で、でも…結城くんに頼むわけにも…)<br>
<br>
だが、流石に男のリトに服をとってきてくれとはいえない<br>
何せ代えになるのは短パンだけなのだ<br>
リトに取りにいかせれば彼が変態のレッテルを貼られてしまう<br>
春菜は困り、とりあえず固まったままのリトの視線から逃れるように後を向いた<br>
当然、ピンク色の下着に包まれた丸いお尻が全開となるが、焦っている春菜は気がつかない<br>
リトの硬直時間が延びるだけであった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>一方、ララとフウキくんのバトルは膠着状態に陥っていた<br>
共にとんでもないレベルの戦闘能力を持つ二人である<br>
木は倒れ、葉は飛び散り、地面はえぐれる<br>
<br>
「もうっ、いい加減大人しくなりなさーいっ!」<br>
「創造主こそオテンバが過ぎますぞ! そのようなことでは嫁の貰い手がなくなってしまいます!」<br>
「リトにもらってもらうからいいもん!」<br>
<br>
もらわねーよ!<br>
と通常ならばリトのツッコミが入るところではあるが、彼は今思考停止状態で春菜のお尻に見とれている最中だった<br>
普段の太陽のような明るい笑みを真剣な表情に変えてララはフウキくんを捕獲するべく拳を繰り出す<br>
だが、フウキくんもさるもの<br>
的確にそれを避け、捌き、いなしていく<br>
<br>
「むう、やるねフウキくん!」<br>
「創造主こそ…しかしここで時間をとられるわけにはいきません。まだあの女子のブラジャーを確認していませんからな!」<br>
「春菜には手を出させないよ!」<br>
「ふむ、創造主に手を出すのはいささか遺憾ではありますが…やむを得ません、弱点をつかせていただきます…」<br>
<br>
言うが早いか、フウキくんの姿がララの視界から消える<br>
瞬間、ララは背後に生まれた気配を察知し、振り向こうとして<br>
<br>
「ひゃあん!?」<br>
<br>
悲鳴を上げた<br>
ララの背後に移動したフウキくんの手はしっかりとあるものを握っていた<br>
そう、ララの尻尾である<br>
<br>
「ふふふ、ほれほれ」<br>
「あっあっ…だめ…」<br>
「こちょこちょこちょ」<br>
「あはっ、はっ…あんっ…」<br>
<br>
悩ましい声をあげながらララはふにゃふにゃと力なく倒れていく<br>
ララの尻尾は性感帯であり、そこを弄られてしまうと力が出せなくなる<br>
それは確かに弱点と呼べるものではあったが、何故フウキくんがそれを知っているのかは謎である<br>
<br>
「よっこらしょっと」<br>
<br>
フウキくんはララの懐から取り出したくるくるロープくんでララを縛り、念の為気絶させるのだった</dd>
<dt><br></dt>
<dd>邪魔者(ララ)を排除し終えたフウキくんは春菜を脱がすべく跳躍した<br>
だが、幸運にもそれが我に返ったリトが春菜から目を逸らすべく反転したタイミングと一致する<br>
<br>
「…!? 危ない春菜ちゃん!」<br>
<br>
リトは決死の覚悟で仁王立ち<br>
戦闘力の差は歴然であるが、好きな女の子を守るためである、彼に躊躇はなかった<br>
が、現実は無情である<br>
リトはあっさりと頭上を飛び越えられてしまうのだった<br>
<br>
「はーっはっはっはっ! ブラ・チェーック!」<br>
「えっ、あっ!? こ、来ないで!」<br>
「くそーっ!」<br>
<br>
春菜の悲鳴にリトは根性を振り絞って駆ける<br>
だが、やはりそれも数歩届かない<br>
リトの目の前で春菜の上着がバラバラに切り刻まれ、宙に舞う<br>
フウキくんはリトを嘲るように、満足気に頷いた<br>
<br>
「ピンクの上下のおそろい…うむ、実にいいですね。やはり王道はシンプルに限ります」<br>
「あ…キャアッ!」<br>
<br>
下着姿を晒された春菜が他者の視線から逃れるべく身を軽くよじり<br>
身体を隠すために両手を胸と股間に伸ばす<br>
だが、リトはそんな春菜の艶姿を目に入れることなくフウキくんに飛びかかった<br>
春菜を守れなかったのは痛恨であったが、フウキくんの動きは止まっている<br>
今がチャンス…! リトはそう考えたのだ<br>
決して、春菜の半裸姿を直視できなかっただけという情けない理由ではない、多分<br>
<br>
「もらったぁぁぁ!」<br>
「甘いですよ」<br>
「へ…?」<br>
<br>
あと数センチで胴体を掴めるというところでリトは目標を見失った<br>
そして次の瞬間、リトの片足が何者かに軽く払われる<br>
身をかわし、横に回ったフウキくんの仕業だった<br>
<br>
「う、うわっととと…!」<br>
<br>
前につんのめりながらもコケまいとバランスをとろうとリトは奮闘する<br>
だが、全力ダッシュの反動で前方への推進力は失われない<br>
コケそうになり、自分を支える何かを求めリトは思わず前方へと両手を突き出した<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>――むにっ<br>
<br>
リトの手が、何かを掴んだ<br>
それは柔らかく、男の本能を刺激してやまない感触だった<br>
そしてリトにはその感触に覚えがあった<br>
そう、それはついさっきにも味わった綾の胸の感触と同じ…<br>
<br>
「ま、まさかこれは…」<br>
<br>
身体を硬直させ、おそるおそる視線を上げるリト<br>
そこには、呆然とした表情でこちらを見る春菜の顔と<br>
彼女の胸をピンク色のブラごしにわしづかみしている己の両手があった<br>
<br>
「う、うわわわっ!?」<br>
「ゆ、結城くん…あ…え…?」<br>
「ち、違うんだ春菜ちゃん、これは!」<br>
<br>
首から浮かび上がるように赤く染まっていく春菜の顔<br>
対照的に真っ青に染まったリトは混乱の中、それでも己の取るべき行動を察して手を離そうと<br>
<br>
「足元がお留守ですよ?」<br>
<br>
――して、再度足を払われた<br>
さて、ここで問題である<br>
前のめりという不安定な体勢で足を払われたリトは当然うつぶせにコケる<br>
しかし彼の両手は春菜の胸を掴んでいる<br>
勿論、春菜の胸は水準レベル以上の大きさではあるがリト一人を支えられるほどではない<br>
(問い)では、この一秒後どういう事態が起こるのか?<br>
<br>
「あだっ!? …ん、なんだこれ…?」<br>
<br>
顔から地面に突っ込んだリトはぶつけた鼻をさする<br>
そしてふと気がつく<br>
鼻にあてている手が布っぽい何かを掴んでいる<br>
リトは好奇心の赴くままその何かを広げた<br>
それは、ピンク色のシンプルなデザインのブラジャーだった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「うえっ!?」<br>
<br>
ドキーン!<br>
驚愕に心臓を跳ねさせ、リトはブラの向こう側へと視線を向けた<br>
そこには、ブラとおそろいのピンク色のパンツがある<br>
視線を上げた<br>
可愛らしいおへそとくびれた腰が見える<br>
更に視線を上げた<br>
ぷるぷると外気に晒されて震える二つの山――つまりはおっぱいが見える<br>
少し躊躇して、更に視線を上げた<br>
自分を真っ赤な顔で見下ろしている春菜の顔が見える<br>
リトはこの瞬間、自分の所業を理解した<br>
(答え)春菜のブラが剥ぎ取られる<br>
<br>
「おっぱい! おっぱい!」<br>
「うわーっ!?」<br>
「えっちーっ!」<br>
<br>
バチーン!<br>
フウキくんが妙な手振りを開始すると同時<br>
弁解する間もなくリトは春菜のビンタを喰らう<br>
ゆっくりと崩れ落ちていくリト<br>
だが、彼は倒れる瞬間に限っては確かに幸福を感じていた<br>
何故ならば、ビンタによって大きく揺れた春菜の双丘がはっきりと拝めたからである<br>
リトは地面に這い蹲る瞬間、右手を天に向けて燃え尽きる大男の姿を幻視した<br>
<br>
「あ、ゆ、結城くん!?」<br>
<br>
ビンタをクリティカルヒットさせてしまった春菜は慌ててリトに駆け寄る<br>
流石にリトが心配なのか、自分の身体を隠すことなくリトの様子を窺う春菜<br>
四つん這いになって覗き込んでいる体勢なので、もしもリトの目が覚めればさぞ刺激的な光景を拝めるであろう<br>
そしてフウキくんはそんな二人の様子を満足気に横目で確認し、次の獲物を求めその場から立ち去るのだった</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「あ、頭が重い…」<br>
<br>
ふくれたタンコブ、そして大きく腫れた両頬を交互にさすりつつリトは校内を走っていた<br>
春菜の服とララを縛るロープを切断する刃物を調達するためである<br>
あの後、目を覚ましたリトは平身低頭で春菜に謝った<br>
それはもう必死に謝った<br>
事故とはいえ、下着姿を見て、胸を掴んで、挙句の果てにブラを剥ぎ取って生おっぱいを見てしまったのだ<br>
普通に考えれば許されざる暴挙だが、謝る以外にリトに道はなかった<br>
だが、春菜はあっさりとリトを許した<br>
気になる男の子のしたことだから、という部分もあるのだが<br>
これは元々自分を助けようとして起こった結果なのだ<br>
優しい、悪く言えば人の良い春菜にはリトを責めることができなかったのである<br>
頬を赤らめ、そっぽをむいている春菜はリトからすれば許してくれているようにはとても見えなかったのだが<br>
彼女は下着二枚だけの姿だったのだからその態度も当然ではある<br>
勿論、そんな乙女心をリトが察するはずもなかったのだが…<br>
<br>
(春奈ちゃん、待っててくれよ!)<br>
<br>
リトから見て、言葉の上でだが春菜の許しは得た<br>
だが、侘びが言葉一つというのもリトとしては気が引けたし、それは非常に情けない<br>
故にリトは応急処置として制服の上着を春菜に貸し、代わりの服を調達するべく校内へと戻ったのである<br>
ちなみに、ララは縄が解けないため気絶したまま放置され<br>
リサミオコンビはララと共に春菜の介抱を受けている<br>
<br>
「購買…はないか。うーん、職員室なら制服の二、三着は貸してもらえるか?」<br>
<br>
勢い込んで走り出したものの、アテのないリトは一縷の望みをかけて職員室へと向かう<br>
道中の光景は悲惨の一言に尽きる<br>
廊下に横たわる下着姿の女子と頭にタンコブを膨らませた男の群れ、群れ、群れ<br>
少数ではあるが、下着すらはがされ丸裸にされている女子すらいる<br>
おそらくはフウキくんのチェックにひっかかったのだろう<br>
それにしても、とリトは思った<br>
何故被害は女子のみなのか?<br>
見た限りでは男には被害はない<br>
気絶こそさせられているが、何かを取られているわけでもないし、当然制服も脱がされていない<br>
まあ、リトとしても男の半裸など見たくはないので正直どうでもいいといえばどうでもいいのだが<br>
<br>
「…ん?」<br>
<br>
職員室は次の角を曲がれば、というところでリトは立ち止まった<br>
わめくような女の声が聞こえてきたのだ<br>
まさか先生たちまで…!?<br>
戦慄したリトは曲がり角からゆっくりと向こう側の様子を窺う<br>
そこには、正座している校長と、その前に仁王立ちして怒りをあらわにしている古手川唯がいた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「全く、貴方という人は! 校長先生ともあろう者が覗きなどして恥ずかしくないんですか!?」<br>
<br>
校長を正座させて説教をする一生徒こと古手川唯は憤っていた<br>
フウキくんの予想外の活躍に気分が上昇したのも束の間<br>
校長が職員用女子更衣室を覗いているのを発見してしまったのである<br>
<br>
「生徒の模範であるべき教師が…」<br>
<br>
気分が良いところを叩き落されただけに唯の機嫌は急直下<br>
唯は校長の性根を叩きなおすべく普段の三割増の声量でガミガミと叱る<br>
だが、校長は慣れているのか一向に堪えた様子はない<br>
それどころか、何故か恍惚とした表情ですらある<br>
<br>
「聞いているのですか…え? ひっ!?」<br>
<br>
そこで唯ははたと校長の様子に気がつき、そして一歩ひいた<br>
美少女に叱られて恍惚としている中年男<br>
ビジュアル的にも道義的にも即効でアウトな光景である<br>
唯が生理的嫌悪を催すのも無理はない<br>
しかし、校長は唯がひいた分だけ正座状態のまま前進<br>
<br>
「うへへ…」<br>
「ひぃっ!?」<br>
<br>
校長の器用な動きに流石の唯も恐怖心を抱く<br>
だが、校長は意に介した風もなくじっと唯を見上げながらニヤニヤとだらしない笑顔を浮かべていた<br>
恐怖のあまり逃げ出したい衝動にかられる唯<br>
だが、風紀を守るという矜持が彼女の背を支えた<br>
ひいてなるものかと一歩前進しなおす<br>
そして、気がつく<br>
校長は後退しなかった<br>
<br>
「…あっ!?」<br>
<br>
唐突に唯は全てを察した<br>
校長の視線は唯の顔を向いていない<br>
彼の視線はそれよりも下、すなわちスカートの中をじっと見つめ続けていただけなのだ<br>
確かに、正座をしている校長は仁王立ちしている唯のスカートの中を覗くのに絶好のポジションを取っているといえる<br>
それを理解した唯は慌ててスカートを押さえ、バックに跳躍して校長から距離をとった<br>
<br>
「なっ…なっ…なっ…」<br>
「あーん隠さないで~!! ギブミーパンチラ~♪」<br>
<br>
ガサガサとゴキブリのようにはって唯へと近づいていく校長<br>
非常に気持ちの悪い光景だが、唯は今度は怯まなかった<br>
いや、それどころか彼女の心の中は羞恥と怒りで満タンだったのだ<br>
<br>
「このーっ!!」<br>
「ギャーッ!?」<br>
<br>
そして次の瞬間、唯のチョッピングライト(打ち下ろしの右)が校長の顔面を的確に捉えるのだった。<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「え、えーと…」<br>
「…結城くん?」<br>
<br>
校長の身体が派手にバウンドするのを尻目に、リトはおずおずと姿を現す<br>
一連の流れを見ていただけに非常に気まずいものがあるのだが、職員室に用がある以上引き返すわけにも行かない<br>
自業自得とはいえ、校長の姿は過去の自分で未来の自分なのだ<br>
リトが及び腰になるのは当然であった<br>
<br>
「どうしたの、職員室に何か用事でも?」<br>
「あ、ああ、そうなんだ。ちょっと制服を…」<br>
「制服? 別にどうもなっていないじゃない?」<br>
<br>
怪訝そうな唯の表情にリトはほっとした<br>
この様子だと彼女はフウキくんの被害にはあっていない<br>
そして、今起きている騒動も把握していないと察したのだ<br>
無論、事態の発覚は時間の問題ではあるのだが…<br>
<br>
「あ、いや、ちょっとな…」<br>
「…?」<br>
<br>
まさかクラスメートが脱がされたから制服を貸してもらおうとしてるんだとはいえるはずがない<br>
だが、歯切れの悪いリトに唯は不信感を持ったようだった<br>
彼女はリトを問いただすべく一歩踏み出し<br>
そして、目を見開いた<br>
<br>
「フウキくん?」<br>
「へ?」<br>
<br>
唯の声に振り向いたリトは自分がついさっきまでいた曲がり角から出てくるフウキくんを見た<br>
そして、血の気がひいた<br>
リトの目の前には女子、つまり唯がいる<br>
フウキくんがターゲットを逃すはずがないのだ<br>
義理が特にあるというわけではないが、目の前でこれ以上女の子を脱がせるわけにはいかない<br>
リトはすぐさま迎撃体勢を取ろうとし、そしてあっけにとられた<br>
フウキくんはリトはおろか唯すらスルーし、校長に近寄っていったのである<br>
<br>
「父上!」<br>
『えーっ!?』<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>リトと唯の驚きが廊下に響く<br>
今、確かにフウキくんは校長に向けて父上といった<br>
一体どういうことなんだと訝しがる二人<br>
フウキくんはそんな二人の心を読んだのか、説明を始める<br>
<br>
「ふ…私のデータ入力はこのお方にやってもらったのですよ」<br>
「はあっ!?」<br>
<br>
リトはフウキくんの説明に驚くとともに、納得した<br>
なるほど校長のデータなら女子を襲って男子を襲わないことにも説明がつく<br>
一方、唯は多大なショックを受けていた<br>
やっと見つけたと思った同士の親(?)がよりにもよってセクハラ校長だったのだから<br>
<br>
「う、う~ん?」<br>
「おお、お目覚めになりましたか父上!」<br>
「うん? おおっ、君はフウキくんではないか! 私の教えは守っているかね?」<br>
「はっ、勿論です父上!」<br>
<br>
がしっと握手しあう二人に呆然とするリト&唯<br>
認めたくない現実に心が飛んでしまったようだった<br>
<br>
「ところで父上、そのお怪我は?」<br>
「う、うむ、それは…」<br>
<br>
チラリ、と唯へ視線を向ける校長<br>
すぐさま唯が睨みを返すがフウキくんが事態を理解するにはそれだけで十分だった<br>
<br>
「なるほど…古手川嬢が父上をこんな目に?」<br>
「そ、それは校長先生が…」<br>
「だまらっしゃい! いかな理由があろうとも目上の、それも教師に手を上げるなど言語道断!」<br>
「うっ…」<br>
「よって罰を与えます! 性的な意味で!」<br>
「ええっ!?」<br>
「素晴らしい!」<br>
<br>
ビシィ! と指をさすフウキくんに驚く唯とリト<br>
校長は一人喜んでいる<br>
恐らくこの後の展開を読んで期待に打ち震えているのだろう<br>
<br>
「とぉーう!!」<br>
<br>
唯に襲い掛かるべく跳躍するフウキくん<br>
だが、リトも黙ってそれを見ていたわけではない<br>
素早く傍にあった消火器を掴むと、フウキくんへと投擲したのである<br>
<br>
「くらえぇーっ!!」<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「微温い微温い微温い!」<br>
<br>
今までの恨みのこもった渾身の投擲<br>
だが、フウキくんはいともあっさりと消火器を迎撃した<br>
しかし、それがリトの狙いだった<br>
ぼんっ!<br>
消火器の破壊とともに粉塵が廊下を覆う<br>
<br>
「なっ、これは…!」<br>
「へっ、これなら目が見えないだろ! 古手川、逃げるぞ!」<br>
「えっ、ちょっと結城くん! 手、手が…!」<br>
<br>
いきなり掴まれた手の感触に唯は赤面する<br>
潔癖気味なところがある彼女は男にあまり免疫がないのである<br>
<br>
「いいから! ここにいたら脱がされるぞ!」<br>
「脱が…え?」<br>
<br>
手に全意識を集中していたためか、唯はリトの言葉を聞き流していた<br>
だが、それが彼女の明暗を分けることにある<br>
一歩の始動の遅れ<br>
だがそれはフウキくんにとっては十分な時間だったのだ<br>
<br>
「神風の術ーっ!!」<br>
<br>
フウキくんの口から扇風機のようなものが現れる<br>
そして回りだしたプロペラが風を起こし、粉塵を窓の外へと押しやっていく<br>
<br>
「うわっ!?」<br>
「きゃあっ!?」<br>
「青か…」<br>
<br>
突然の風に驚き、粉塵に目を閉じる二人<br>
ちなみに校長は全く驚くことなく平常心で風で捲れた唯のスカートの中を凝視している<br>
大物であった<br>
<br>
「はっ!!」<br>
<br>
その隙に接近したフウキくんの腕がシュッシュッと振るわれる<br>
<br>
「また、有意義なものを斬ってしまった…」<br>
「は…」<br>
「え?」<br>
<br>
唯とリトが目を開けた瞬間、唯の制服は例によってはじけとび<br>
そして、唯の悲鳴が至近距離でリトの耳を打つのだった</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「キャアア!」<br>
「おわあああ!? いたっ、いたっ! 古手川、タップ、タァーップ!!」<br>
<br>
唯の悲鳴が耳を貫いた瞬間、リトの右腕に激痛が走る<br>
さもあらん、リトの右腕は唯にがっちりホールドされ関節を決められているのだ<br>
いわゆる、腕がらみである<br>
唯は、下着姿にひん剥かれた直後当然のように身を隠そうとした<br>
つまり、両手を交差させてしゃがみ込んだのだ<br>
ここで不幸だったのは混乱のためリトが唯の手を掴んだままだったということと<br>
唯が何故かリトの手を握り返していたことだ<br>
唯がリトの手を握り返していた理由はさておき<br>
手をつないだまま両腕を交差させればリトの右腕は唯の胸に抱きこまれる<br>
この時点で唯の無意識にも腕がらみは完成しているのだがその状態で唯はしゃがみ込んだ<br>
当然立っているリトにテコの原理が働くわけで、彼は地べたに這い蹲る羽目になるのである<br>
以上、状況説明終わり<br>
<br>
「古手川、手! 手をぉぉぉ!?」<br>
<br>
既にリトは手を離しているのだが、唯が離してくれないためリトの地獄は続く<br>
右腕は胸の谷間に挟み込まれるような形になっているため、彼の神経には唯の胸の感触が伝わってはいるのだが<br>
激痛の方が脳への伝達で優先されているため嬉しがることも恥ずかしがることもできない<br>
なお、唯は恥ずかしさのあまり無我夢中であり、リトへの所業は全く気がついていない<br>
<br>
(こ、このままでは腕が折られてしまう…!?)<br>
<br>
いつものように(?)平凡な一日になるはずだった<br>
だというのに何故自分は今――というかずっと危機的状況に追い込まれているのだろうか?<br>
善行を積んだ覚えはないが、さりとて悪行をつんだ覚えも(自覚範囲内では)ない<br>
神様って理不尽だよなぁぁ!! とリトは数百回目となる文句を心の中で叫んだ<br>
しかし、いくら叫んでも神は返事を返さない<br>
そう、いつだって返事を返してくれるのは更なるハプニングなのが彼の人生なのだ<br>
<br>
くりっ<br>
<br>
良い感じに腕がありえない方向へ捻じ曲がりかけたその時<br>
リトは偶然という名のご都合主義を引き寄せた<br>
すなわち、苦し紛れに動かしていた右手の親指が唯の胸の頂上部分を掠めたのである<br>
<br>
「キャ!?」<br>
<br>
驚きに思わず唯はリトの手を拘束から解放する<br>
一瞬の出来事であったため唯もリトも事態を把握できない<br>
それはリトにとっても唯にとっても幸福な結果だった<br>
どちらが事態を把握していてもロクな結果にならなかったのは明白だったのだから<br>
<br>
「あ、あれ、結城くんどうしたの? そんな廊下にうつぶせになって。汚れるわよ?」<br>
「…ああ、そうだな…」<br>
<br>
右腕を押さえつつリトはゆっくりと立ち上がった<br>
勿論唯のほうを見ないようにだ<br>
ちなみに涙目である<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「えーと…結城殿、その、いいことありますよ?」<br>
「うるせえよっ!?」<br>
<br>
元凶であるフウキくんに同情の目を向けられてリトは怒鳴った<br>
心なしか涙の量が増した気がして悲しかった<br>
<br>
「…とりあえず古手川、コ、コレ着とけ」<br>
「…え?」<br>
<br>
リトが後手でさしだしたのはリトの着ていたカッターシャツだった<br>
上着は既に春菜に渡しているので当然リトの上半身に残っているのは肌着のシャツだけである<br>
<br>
「いい、の…?」<br>
「いい。というか何でもいいから羽織ってもらわないとお、俺が困るし…」<br>
<br>
背を向けているため、唯の目にはリトの表情は見えない<br>
だが、リトが照れているであろうことは一目瞭然だった、どもっているし<br>
それが自分の下着姿を見たせいなのか、それとも自分の行動に照れているせいなのかはわからない<br>
あるいはその両方なのかもしれないが、唯はそんなリトの姿に好感を持った<br>
<br>
(意外に紳士なのね…)<br>
<br>
普段唯が見ているリトは女の敵という言葉が正にふさわしい<br>
ララを筆頭として女の子にセクハラまがいの行動をしている(ほとんどが事故)のは幾多も目撃しているのだ<br>
それ故に唯はリトを快く思っていなかったのだが…少しは改める必要があるのかもしれない<br>
<br>
「ありがとう、ありがたく使わせてもらうわね」<br>
「い、いいって」<br>
「あのー、青春真っ盛りのラブコメ中に申し訳ないのですが…」<br>
『違う!』<br>
「いや、そんなハモられても…」<br>
<br>
困ったように声をかけたのはフウキくんだった<br>
今の会話中何もしなかったあたり何気に空気が読めているのかもしれない<br>
ちなみに校長はずっと唯の下着姿を見ていて無言である<br>
<br>
「さて…」<br>
「おい、これ以上古手川に何かするつもりなら…」<br>
「ふ、私もそこまで空気が読めないわけではありません。いいものもみせてもらいましたしな」<br>
「いいもの?」<br>
「ええ、パステルブルーはいいものです」<br>
<br>
ぐっ、とフウキくんが親指を突き立てる<br>
校長もそれに答えるようにぐっと親指を突き立てる<br>
リトはそれが何を意味するか理解して吹いた<br>
唯は、顔を真っ赤にして慌ててワイシャツを着込んだ<br>
<br>
「フウキくん…そんな、そんなハレンチな…!」<br>
「ハレンチなのは貴女の身体です」<br>
「なっ…!」<br>
<br>
羞恥と怒りに唯の顔が更なる赤さを呼んだ<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「おっと、センサーが不法侵入者を発見したようです、いかねばなりませんね」<br>
「ふ、不法侵入者? ってオイ!!」<br>
<br>
クルリ、と身を翻したフウキくんを見てリトは手を伸ばす<br>
服の調達も大事だが、目の前に諸悪の根源がいるのだ――見逃す手はない<br>
しかしリトの手がその身体を捕らえるよりも先にフウキくんは華麗に宙を舞うと空いた窓の淵へ着地<br>
あっさりとその身を窓の外へと投げ出した<br>
<br>
「はっはっは! アディオース!」<br>
「ま、待てコラーッ!!」<br>
「だ、誰がハレンチな身体なのよっ! 訂正しなさいっ!!」<br>
<br>
リトと唯が怒鳴るも既にフウキくんの姿は視界範囲内にはない<br>
二人にできるのは、悔しさに歯噛みをすることだけだった<br>
<br>
「…っ、信じていたのに! やっぱりララさんの発明品だということだったのね!」<br>
「いや、違うんだ古手川。フウキくんがああなったのは俺のせいなんだ、ララは悪くないんだ!」<br>
<br>
憤怒に燃える唯にリトは慌てて釈明を始める<br>
流石に身に覚えのない罪を押し付けられてはララが可哀想だ<br>
しかも元々の原因は自分にある(実際は校長のせいでもあるが)<br>
そう考えたリトは必死に誤解を解くべく唯に説明をする<br>
<br>
「…そう、そうだったの」<br>
「そうなんだ、だから古手川、悪いのは俺で…!」<br>
「いいわよ、誤解して悪かったわ。それにそれなら結城くんも悪いというわけではないし…」<br>
<br>
許しの言葉にほっとするリト<br>
唯はそんなリトに少しの呆れと暖かいものを感じていた<br>
<br>
(事故だって誤魔化せばいいだけなのに…)<br>
<br>
くすり、とかすかに笑う<br>
馬鹿正直、それが古手川唯という少女が結城梨斗という男子生徒に付けた新たな評価だった<br></dd>
<dt><br></dt>
</dl>
<dl>
<dd>「さあ、入ってくれたまえ!」<br>
<br>
何故か嬉しそうに校長室の扉を開いた校長にリトと唯は不吉な予感を感じていた<br>
あの後、羞恥のあまり唯がしゃがみ込んだ隙にフウキくんは逃走<br>
勿論リトは追いかけようとした<br>
が、手をつないだままだった唯に(偶然にも勢いで)関節技をかけられてしまい、追うに追えなかったのである<br>
残されたリトは恥ずかしさのあまり今にも泣き出しそうな唯を見捨てることができなかった<br>
一応気休めにと自分のワイシャツを貸したものの、とても制服の代わりにはならない<br>
さてどうしたものかと悩みかけたその時にリトに声をかけたのは校長だった<br>
いわく「私に任せたまえ」と…<br>
<br>
「さあ、好きな服を選んでくれたまえ!」<br>
<br>
バーンと勢いよくクローゼットが開かれた<br>
ちなみに、このクローゼットは何故か校長室の片隅においてあったものである<br>
だが、リトと唯はそれを気にすることはなかった<br>
何故ならば…<br>
<br>
「な…」<br>
「なんだこりゃ!?」<br>
<br>
放心したような唯の声とリトの驚愕した声が唱和される<br>
クローゼットの中は一面服だらけだった<br>
いや、それ自体はおかしなことではない<br>
しかし、服の種類が異常だった<br>
ナース服、チャイナ服、メイド服、ゴスロリ、スクール水着…<br>
いわゆるコスプレ用の衣装ばかりだったのだ<br>
<br>
「どうかね、私のコレクションは! さあ、遠慮なく好きなものを着たまえ!」<br>
「ふ、ふざけないで下さい校長先生っ! こ、こんな服着られるはずが…!」<br>
「えー、似合いそうなのに」<br>
「冗談は存在だけにしてください!」<br>
「え、存在否定された!?」<br>
<br>
がーんとショックを受ける校長を尻目にリトはクローゼットの中を興味深げに眺めていた<br>
彼も健康な一青少年である<br>
想い人である春菜がこれらの衣装を身につけたら可愛いだろうなぁ…くらいの想像はする<br>
<br>
(メイド服で春菜ちゃんに『ご主人様』とか言われたら…はっ、駄目だ駄目だ! 俺は何を考えて…)<br>
<br>
無論、性根がヘタレ――よく言えば純情な彼にはこの程度が限界ではあるのだが<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>数分後<br>
一通り校長に説教をし終えた唯はクローゼットを物色していた<br>
中にはまともな衣装もあるかもしれないと一縷の望みを抱いたからだった<br>
<br>
「な、何故この服には鞭と蝋燭がついているの…? こっちのは、何よ…このヒモだけの水着!?」<br>
<br>
女王様ボンテージとあぶないみずぎを手に取った唯は顔を真っ赤に染める<br>
既に数十着の物色が完了しているが、クローゼットからはロクな衣装が出てこない<br>
中には今のように唯には理解不能なものすら出てくる始末<br>
今度、風紀委員総出で校長室の査察をしようと唯は固く誓う<br>
なお、ゴスロリはちょっと着てみたいなと思ったのは古手川唯一生の秘密である<br>
<br>
「まだかー、古手川」<br>
<br>
一方、手持ち無沙汰なリトはお茶を飲んでいた<br>
元々の目的は服の入手だったのでついでに春菜たちの分まで服を用意してくれと唯に頼んだのである<br>
だが、選別が始まってみれば唯が憤っているようにロクな衣装がでてこない<br>
無論、唯が厳しすぎるだけでリトからすれば幾つか問題なさげな衣装はあったのだが<br>
唯の勢いを見ているととても口が挟めない<br>
待つしかないか…そうリトが心の中でぼやいた時、彼の視界でもぞりと小柄な影が動いた<br>
校長である<br>
<br>
「校長先生、何を――むぐっ」<br>
「しっ!」<br>
<br>
校長はリトの口をふさぐと同時に「静かに!」のサインを出し、そっと指を唯の方へと指した<br>
リトは何事かと指の指す方へ視線を向け<br>
<br>
「ぶっ!?」<br>
<br>
お茶を吹いた<br>
そこには、ふりふりと揺れる二つの桃<br>
すなわち、唯のお尻があった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>リトは首から異音が発せられるにも構わず首をぐるんと曲げ、視界を変えた<br>
実にヘタレ――いや、紳士な男である<br>
<br>
「な…」<br>
「しっ! 声は小さく!」<br>
「あ、す、すみません…じゃなくて! 一体何を…」<br>
「フフフ…君もやるじゃないか、あんな演出をするなんてね!」<br>
「は? 一体なんのこと…」<br>
「あれだよ、あれ」<br>
<br>
校長は唯のお尻を再度指差した<br>
今現在、唯の身につけているものは下着とリトの貸したワイシャツだけである<br>
平均的な男子高校生の体格のリトのワイシャツは唯の身体をすっぽりと覆っているものの、所詮は上着<br>
お尻と股間はかろうじて隠せているが、太ももはバッチリと露出していた<br>
<br>
「くう…裸ワイシャツとは、盲点だったっ!!」<br>
「裸じゃないですよ!」<br>
<br>
リトが微妙にピントのずれた抗議をするものの、校長の興奮は止まらない<br>
見えそうで見えないワイシャツのシルエットに隠されたパンツ<br>
完全に露出された足<br>
ふりふりと揺れ動くお尻<br>
それは正に男のロマンともいえる光景だったのだったのだから<br>
<br>
「良い仕事だよ結城リトくん! 正にGJ!」<br>
「お、俺はそんなつもりじゃ…!」<br>
<br>
慌てて弁解しようとしたリトはうっかり手に持っていた湯飲みを手放してしまう<br>
宙を舞う湯飲み(熱い緑茶入り)<br>
そして、逆さまになった湯飲みは寸分違わず――だらしなく顔を緩めながら唯のお尻を観察する校長の頭に着地した<br>
<br>
「あ」<br>
「…うわっちゃー!? 頭が燃えるように熱いっ!?」<br>
<br>
熱いお茶をモロにかぶった校長はゴロゴロと床を転がる<br>
が、校長室はそれほど広いわけではない<br>
校長はお約束のごとくテーブルの足に頭をぶつけ、そして沈黙するのだった<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「校長先生!? 結城くん、何があったの!?」<br>
「な、なんでもない!」<br>
<br>
これだけ騒いで唯が反応しないはずがない<br>
かけられた唯の言葉にリトは動揺しつつも返事を返した<br>
実際はなんでもあるのだが、まさかあなたのお尻を眺めてたらこうなりましたなどといえるはずがない<br>
だが、唯もそんなわかりやすい嘘を鵜呑みにするわけがなく、物色を中断するとリトへと近づいていく<br>
リトの背筋に冷たいものが走った<br>
<br>
「なんでもないはずがないでしょう!?」<br>
「そ、その、事故、事故なんだ! 湯飲みが滑って、それで…」<br>
<br>
一応嘘はついていない<br>
だが、そんなことで納得するはずもなく、唯は更にリトへと詰め寄る<br>
そしてその瞬間、リトの顔が真っ赤に染まった<br>
接近したことによって唯の胸の谷間が見えてしまったのだ<br>
<br>
(うわ…!?)<br>
<br>
前述の通り、リトのワイシャツは平均男子の着るものと同じである<br>
当然、平均的体格の女子である唯がそれを着ればぶかぶかになる<br>
ぶかぶか――つまり、胸元が空くという事だ<br>
<br>
「い、いや、だからその…」<br>
「結城くん!?」<br>
<br>
邪な気配を感じたのか、唯は更にリトへと詰め寄り、下からリトを見上げるような格好をとる<br>
だがこのアングルはリト的には非常にまずかった<br>
唯自身は全く気がついていないが、胸元が非常に強調されるようなポーズなのだ<br>
しかも、下着もチラチラとはみ出して見える<br>
たまらず、リトは顔を背けた<br>
<br>
「何故顔を背けるの!?」<br>
「え、いや、その…(ていうか気づけよ!)」<br>
<br>
胸の谷間が見えるからです、といえないのが結城リトという少年だった<br>
しかし唯はそんなリトに構わず問い詰めを続ける<br>
もう駄目だ――<br>
リトが観念して正直に話そうと天井を見上げ口を開こうとしたその瞬間<br>
<br>
ピシリ…ピシッ、ピシッ!<br>
<br>
天井がひび割れを始めた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「な――!」<br>
「どうした――キャッ!?」<br>
<br>
急に変わったリトの顔色に眉をひそめようとした唯はリトに突然抱きかかえられて悲鳴を上げた<br>
唯はその潔癖気味な性格のためか恋愛関係に疎い<br>
故に誰かと付き合ったことなどあるはずもなく、そもそも男子と関わること自体が少なかった<br>
そんな彼女がいきなり同年代の男に抱きしめられたのだ<br>
それは先ほどの手を握られた時のショックの比ではない<br>
瞬間、唯の顔が真っ赤に、思考が真っ白に染まる<br>
<br>
「な、何を――」<br>
「うわああっ!?」<br>
<br>
数瞬後、我に返った唯がリトを批難しようと口を開くと同時にリトは唯を抱えたまま跳躍した<br>
天井が崩れ落ちてきたのだ<br>
<br>
ズドォォン!<br>
<br>
物凄い音共に校長室にガレキが降り注ぐ<br>
リトは必死に唯を庇うべく彼女を抱きしめた<br>
永遠ともいえる数秒間<br>
だが、リトが目を開けた瞬間、彼の目に映ったのは意外にも大したことのない被害の校長室だった<br>
どうやらガレキの量は少なく、細かかったようだ<br>
まあ、校長秘蔵のコレクションの詰まったクローゼットは運悪く完全破壊されていたのだが<br>
<br>
「な、なんなんだ一体…」<br>
<br>
もうもうとたちこめる煙に顔を顰めながらリトは状況を把握するべく周囲を見回した<br>
聞こえてくる金属の衝突音<br>
その発信源と思われる二つの動く影<br>
やがて、煙が晴れてくる<br>
そしてリトの目に映ったのは完全武装状態のフウキくんと――<br>
<br>
「奇遇ですね、結城リト」<br>
<br>
髪の毛を刃に変身させた金色の闇と呼ばれた少女だった<br>
リトは神様を呪った</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>校長室の天井が崩れる十分前<br>
金色の闇ことヤミは彩南高校の図書室で本を読んでいた<br>
毎日の日課である情報収集という名の読書のためだった<br>
<br>
「…今日はこのくらいにしておきましょう」<br>
<br>
パタン、と本を閉じヤミは椅子から立ち上がる<br>
ちなみに、読んでいた本のタイトルは【虎ぶる】だ<br>
ヤミは制服を着ているわけでもなく、年恰好も高校生にはとても見えない<br>
つまり彼女は完全無欠の部外者である<br>
現に周囲からはずっと奇異の視線が投げかけられていたりする<br>
しかし、ヤミは全くそれを気にすることなく出口へと向かう<br>
誰かが注意をするのが当たり前なのだが、独特の迫力を持つ金髪の少女に誰も声をかけることはできなかった<br>
<br>
「ね、ね。レンくんって今日は暇なの?」<br>
「えっ、いやボクはララちゃんと…」<br>
<br>
後でいちゃつく男女を気にもとめずヤミはドアへ手をかける<br>
――刹那、ドアの向こう側から殺気が噴き出した<br>
<br>
「っ!」<br>
『えっ?』<br>
<br>
背後のカップル(?)が呆けた声を出すのを聞きながらヤミは横っ飛びで跳躍<br>
転がりながらその場を飛びのく<br>
遅れて数瞬、ドアが細切れにされて崩れ落ちる<br>
騒然となる図書室<br>
だが、ヤミは飛び込んでくる小柄な影の存在をしっかりと目視していた<br>
<br>
ズバババッ!<br>
<br>
影から伸びた刃が呆然として立ちすくんでいたカップルをとらえる<br>
するとどうしたことか、二人の肌には傷一つつかず服だけがドアと同じく細切れになってヒラヒラと床へ散り舞っていく<br>
<br>
「ほう、今のをかわしますか」<br>
「…なんのつもりですか」<br>
<br>
ヤミは警戒心全開で影――フウキくんに問いかけた<br>
回避こそできたが、今の攻撃は明らかに自分を狙ったものだということは明白だった<br>
仕事柄、ヤミは自分が狙われることには慣れている<br>
目の前に立っているのは珍妙極まりない円筒形のロボット<br>
無論、見た目と実力が必ずしも一致しないということは自分を例に挙げるまでもないので当然ヤミは油断をしない<br>
ただ、すぐ傍で胸を揉んだの揉んでないだのとイチャついているカップルは鬱陶しいとは感じているのだが<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「私の名はフウキくん! この学園の風紀と秩序とお約束を守るべくララ・サタリン・デビルーク様の手によって生み出されたものなり!」<br>
「プリンセスの…?」<br>
「然るに! 貴女は制服も着ず、教職員でもないにもかかわらず校内に侵入している…故に!」<br>
「どうすると?」<br>
「取り押さえる! 全裸で! 何故なら不審人物だから!」<br>
「ぜっ…」<br>
<br>
全裸という響きにヤミは頬を赤らめる<br>
そして、それが開戦の合図となった<br>
手を刃状に変形させてヤミへと襲い掛かるフウキくん<br>
ヤミも髪を複数の刃に変形、応戦を開始する<br>
騒然の渦だった図書室は阿鼻叫喚の渦へとレベルアップした<br>
<br>
「ぬ、抵抗するか!? 大人しく服を脱げぇぇい!」<br>
「確かに私は不法侵入者かもしれませんが、何故服を脱がなければならないのですか!」<br>
「ふん、何を隠し持っているかわからない以上武装解除は当然の論理!<br>
私は決してやましい気持ちを持っているのではありません、常に万事に備えているのです!」<br>
「…そんなえっちぃ表情で言われても説得力がありません」<br>
「失敬な!」<br>
「プリセンスの作品を壊すのは少々心苦しいですが…動けないようにさせてもらいます」<br>
<br>
父親(校長)そっくりな表情のフウキくんにヤミの表情がすっと消える<br>
その小さな身からわき上がる殺気が図書室に充満していく<br>
ごくり、と図書室にいた人間全てが冷や汗をかいて唾を飲み込む<br>
だが、フウキくんは揺らがない<br>
彼に恐怖心はない<br>
それはロボットだからという理由ではない<br>
恐怖心を凌駕する意思があるのだ<br>
意思――そう、彼が思うことはただ一つ<br>
<br>
目の前の少女を脱がすことのみ!<br>
<br>
カッとフウキくんの目が見開かれた<br>
フウキくんの全武装が展開を開始する<br>
そして、彼は叫んだ<br>
それは己がデータにインプットされている由緒正しき宣言<br>
言霊のこもる世界最強のギアスにして――この場に最もふさわしい言葉を!<br>
<br>
「エルフは脱がーす!」<br>
<br>
瞬間、ヤミは言い知れぬ絶対的な身の危険を感じ、後ずさった</dd>
<dt><br></dt>
<dd>「まあ、そんなわけなのですよ」<br>
「どんなわけだよ!」<br>
<br>
時と場所は移って破壊の後の校長室<br>
フウキくんの説明にリトは律儀にツッコミを入れていた<br>
<br>
「ていうか校舎を破壊するなっ! 俺を巻き込むな!」<br>
「何を今更」<br>
「あ、なんだよその『主人公なんだから我慢しなさい』みたいな目は!」<br>
「言葉通りです」<br>
<br>
リトの魂の叫びをあっさり受け流しつつフウキくんはヤミへと向き直る<br>
ヤミはフウキくんを警戒しながらもずっとある一点を見つめていた<br>
そう、リトのいる場所を<br>
<br>
「おや、金髪の美少女殿、どうさなさったのですか? 隙を見せたら脱がしますよ?」<br>
「なら、かかってくればいいのでは? …それはそうと結城リト、良いご身分ですね」<br>
「へ、俺?」<br>
<br>
今まで聞いたことがないようなヤミの冷たい声にリトは冷や汗を押さえられない<br>
思わず座り込んだまま後ずさり――そして何か柔らかなものに触れた<br>
しっとりと、滑らかな感触<br>
唯の太ももだった<br>
<br>
「のわっ!?」<br>
<br>
慌てて手を離すリト<br>
唯は気絶していた、おそらくは押し倒した時のショックで床に頭をぶつけたのだろう<br>
特に怪我をしている様子はない<br>
だが、問題はそこではなかった<br>
唯の格好は下着にワイシャツだけである<br>
しかもワイシャツが騒動のショックではだけ、下着が見えているのだ<br>
そこにリトがいる<br>
どう見ても強姦の最中です、本当にありがとうございまし(ry<br>
<br>
「ご、誤解だ!」<br>
「その女の人にそんなハレンチな格好をさせておいてえっちぃことは何もないと?」<br>
「こ、これには事情は…」<br>
「やはり貴方はプリンセスのためにも生かしておくわけにはいかないようですね…」<br>
<br>
ふわっとヤミの髪の毛が持ち上がり数十の拳へと変形していく<br>
またこのパターンかよ!? と嘆きつつもリトはその場を動けない<br>
何故なら、自分が逃げ出せばすぐ後の唯に被害が及ぶ可能性が高いからだ<br>
しかし、飛来する数十の拳は割り込んできたフウキくんによって止められた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「フフフ…」<br>
「お、お前…」<br>
「何故、邪魔を?」<br>
「勘違いしないで頂きたい。貴女の相手はこの私でしょう?」<br>
「それなら先に排除するまでです。壊れてください、円筒形」<br>
「円筒形!? 私にはフウキくんという立派な…おわっ!?」<br>
<br>
フウキくんの抗議を華麗にスルーしてヤミの鉄拳が繰り出される<br>
だが、フウキくんもただの一発キャラではない<br>
器用に手と足を併用して全ての攻撃を防いでいく<br>
途端、校長室は戦場となった<br>
<br>
「ま、まずい…俺はともかくこのままじゃあ古手川が…」<br>
<br>
普通に判断すれば今のうちに唯を抱えて離脱するのが得策である<br>
唯の姿に顔を赤らめつつもリトは意を決して唯に近づき――そして落下した<br>
<br>
「へ?」<br>
<br>
突然の浮遊感にリトはハテナマークを飛ばす<br>
だが、足元を見たリトは事態を理解した<br>
ヤミとフウキくんの戦いの余波で再び床が抜けたのだ<br>
ちなみに、唯のいる床は崩れていない<br>
<br>
「なんで俺ばっかりぃぃぃ!?」<br>
<br>
びたん、とカエルのつぶれたような音が響く<br>
ものの見事に受身を取れずに着地したリトの床との激突音だった<br>
<br>
「うう、いてててて…」<br>
<br>
痛む箇所をさすりつつ状況を把握しようと周囲を見回すリト<br>
そして気がつく<br>
今、自分が最悪の場所に落ちてきてしまったということを<br>
そこは無人の教室だった<br>
出口は一つ<br>
しかし、そこに辿り着くには<br>
<br>
「脱がーす!」<br>
「……」<br>
<br>
あの人外大決戦の戦場を通り抜けなければならないのだ<br>
リトは再び神様を恨んだ<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「くそ、どうする…?」<br>
<br>
アクション映画も真っ青なバトルを眺めつつリトは悩む<br>
一番いいのはこのまま決着まで大人しくしていることだが、そういうわけにもいかない<br>
いつこっちに飛び火してくるかわかったものではないし<br>
何よりも自分は服を調達して春菜やララの元へ戻らなければならないのだ<br>
<br>
「どっちかに加勢するしかないか…」<br>
<br>
だが、それは無謀の一言だった<br>
自分が役に立たないのは勿論のこと、下手しなくても敵対した方にボコボコにされるのは間違いない<br>
余程上手いタイミングで乱入しないとただのやられ損になるしかないのだ<br>
ぐ、とリトは足に力を込めてタイミングを窺った<br>
<br>
「…今だっ!」<br>
<br>
瞬間、リトは全力で駆け出した<br>
狙いはヤミに弾きとばされ空中で無防備なフウキくん<br>
向こうの主観で言えばどちらかというとヤミのほうがリトにとっては敵対存在なのだが<br>
リトからすれば女の子に攻撃をするのは論外だったのだ<br>
<br>
「もらったー!」<br>
「この瞬間を待っていた!」<br>
<br>
フウキくんの動きを封じるべく飛び掛るリト<br>
しかし、フウキくんはそれを予測していたかのように反転<br>
掴もうとしていたリトの手を逆に掴んだ<br>
<br>
「んなっ!?」<br>
「ファイヤー!」<br>
<br>
驚きに目を見開くリトを尻目にフウキくんはリトをヤミに向けて投擲<br>
これにはヤミも驚いたのか僅かに硬直する<br>
しかしそこは一流の戦闘者、すぐに我を取り戻すと容赦なくリトを迎撃した<br>
<br>
「ぐぼあっ!?」<br>
<br>
問答無用で殴り飛ばされ、宙を舞うリト<br>
だが、この瞬間ヤミの視線からフウキくんの姿が消えうせる<br>
そしてそれこそがフウキくんの狙っていた瞬間だった<br>
<br>
「計算通り!」<br>
<br>
どこぞのデスノート使いのような邪悪な顔でフウキくんはヤミの背後へと出現する<br>
そして、フウキくんの手が無防備なヤミの身体へと伸びた<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>どしゃっ<br>
<br>
殴り飛ばされたリトが車田落ちで床へと落下する<br>
が、流石は主人公<br>
ダメージこそ甚大だが意識はハッキリと立ち上がった<br>
<br>
「く、首が…」<br>
<br>
折れても不思議ではなかった首へのダメージ<br>
だが、痛みに顔を顰めつつもリトは戦いがどうなったのかと顔を上げ、そして首をひねった<br>
二人は再び間合いをとって睨み合っていたのだ<br>
ヤミが訝しげに口を開く<br>
<br>
「何故、攻めなかったのですか。チャンスだったでしょう?」<br>
<br>
確かにあの瞬間、ヤミは全くの無防備だった<br>
にも関わらずフウキくんはすぐさま距離をとった<br>
――なめられている?<br>
金色の闇と呼ばれ、全宇宙の要人に恐れられた少女はプライドが傷つけられたことに僅かながらの怒りを覚える<br>
しかし、フウキくんは微動だにせず、口を開いた<br>
<br>
「チャンスとは」<br>
<br>
そして右手を持ち上げる<br>
その右手には丸く包まった布のようなものがつままれていた<br>
<br>
「これのことですか?」<br>
<br>
ニコリ、とフウキくんは笑う<br>
つままれたそれにヤミとリトは疑問符を浮かべた<br>
<br>
「なんだそれ?」<br>
「どうぞ、盗りたてですよ」<br>
<br>
ぽいっと『それ』をリトへ向かって投げるフウキくん<br>
リトは『それ』を両手で受け取った<br>
『ソレ』は暖かかった<br>
<br>
「なんか暖かいな」<br>
「脱がしたてですから」<br>
「脱がし…?」<br>
<br>
首を再度かしげながらリトは『ソレ』を確認するべく、広げる<br>
手の中で広がっていく『ソレ』<br>
そして次の瞬間、リトとヤミの表情が固まった<br>
そう、それは――純白のパンツだったのだ</dd>
</dl>
<br>
<br>
<br>
<dl>
<dd>「え…?」<br>
<br>
その純白の下着にヤミは見覚えがあった<br>
機能性を重視しているため、ややカットが大胆になっているシンプルなデザインのパンティ<br>
それは自分がいつも身につけているものと同一のものだったのだ<br>
す、とヤミの両手がおそるおそるといった動作で腰へと降りていく<br>
<br>
ぱんぱん、すりすり<br>
<br>
ヤミの両手が自身の細い腰を叩き、撫でる<br>
数秒の後、ヤミの顔がサッと青ざめた<br>
同時に、リトも気がつく<br>
自分の持っているものが、目の前の金髪の少女がつい先程まで身につけていたものであるということを<br>
ヤミとは対照的に、リトの顔がこれ以上ないほど真っ赤に染まる<br>
だが悲しいかな、男の本能は欲望に忠実だった<br>
短いスカート一枚に守られた少女の乙女の部分<br>
リトの視線は無意識にそこへと吸い寄せられてしまう<br>
<br>
「……なっ!」<br>
<br>
視線を感じたヤミは、どこを見られているのかを悟り、慌ててスカートを両手で押さえる<br>
別にめくれているわけではないが、視線を向けられて気分の良い場所ではない<br>
しかし、そのリアクションは逆効果である<br>
泰然としているのならばまだしも、隠そうと躍起になられれば逆にそこへの想像がかきたてられてしまうのが男というものだ<br>
リトも例外ではなく、あらぬ想像が彼の脳裏をよぎる<br>
勿論、一瞬後にはぶんぶんと頭を振ってかき消されてしまう程度のものではあるのだが<br>
<br>
「結城リト…」<br>
「いっいや俺は何も見てないし何も想像していない! ほ、ホントだからな!?」<br>
「私は何もいっていませんが」<br>
「あっ、いや、その…」<br>
「…それはいいですから、早く私のし…そ、それを返してください」<br>
<br>
私の下着、といいかけるも羞恥に負けたヤミが言い直してリトへ懇願する<br>
命令形ではなくお願いという形になっているあたり余裕のなさが窺えた<br>
<br>
「あ」<br>
<br>
あ、わかった<br>
そうつなげようとしたリトの目の前を小さな影が横切った、フウキくんである<br>
不意打ちといって差し支えないタイミングの攻撃<br>
しかし、ヤミはそれを予測していたようにガードする<br>
羞恥に動揺しているとはいえ敵の動向を放置するほど金色の闇と呼ばれる少女は甘くはなかったのだ<br>
<br>
「…どいてください」<br>
「だが断る! フフフ、それほどあのホワイトなパンティが大事ですか?」<br>
「…っ」<br>
「わかりやすい動揺ありがとうございます。フフッ…パンツが一枚なくなった程度で可愛いものですね?」<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>フウキくんのあからさまな挑発にヤミは何も言い返すことはない<br>
だが、怒りは当然感じているのだろう<br>
攻撃の弾幕が先程よりも激しく、威力あるものへと変化する<br>
<br>
「怒りにかられながらも的確な攻撃…ふむ、このままでは私の方が不利ですね」<br>
<br>
防戦一方となったフウキくんがそう呟く<br>
確かに、戦況はヤミの有利に推移している<br>
戦いそのものはリトのような素人から見れば互角だが、客観的なダメージの度合いが違う<br>
ヤミがパンツを取られたこと以外ダメージをおっていないのに対し<br>
フウキくんはところどころボディに傷をつけられているのだ<br>
これはつまり、総合的にはヤミの戦闘力のほうがフウキくんを上回っていることを示している<br>
だが、フウキくんは余裕だった<br>
別に出し惜しみをしているというわけではない<br>
しかし、彼には確固たる勝算があったのだ<br>
<br>
「結城殿!」<br>
「え?」<br>
「はっ!」<br>
<br>
さっと身を翻すとリトの元へと向かうフウキくん<br>
リトは捨てることもしまうこともできない女物の下着をただ握り締めているだけだった<br>
フウキくんはあっさりとリトの手から下着を奪い取り<br>
そして再度身を翻しヤミの正面に立った<br>
<br>
「…それを、返してください」<br>
「ふっふっふっふ…」<br>
<br>
ヤミの殺気のこもった言葉にも反応せずフウキくんは邪悪な笑い声を上げた<br>
だが、次の瞬間――彼は誰もが予想だにしなかった行動に出た!<br>
<br>
「装着!」<br>
<br>
時が、凍った<br>
リトは口をあんぐりと広げて呆然とし<br>
ヤミは目の前の現実にショックを受けたのか身じろぎすらすることなく固まる<br>
そしてフウキくんは…ヤミのパンツを頭にかぶっていた<br>
<br>
「流石は脱ぎたて! 暖かい! 適度に汗も吸い込んでいる! そして良い匂いだ!」<br>
<br>
ちなみにフウキくんに鼻はない<br>
だが、それを聞いたヤミがゆっくりと姿勢を正していく<br>
リトはその姿にぞっとした<br>
あれは――ヤバイ<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「…死んでください」<br>
<br>
無数の拳となった金髪の髪が一斉にフウキくんへと襲い掛かる<br>
だが、フウキくんには当たらない<br>
その動きは猛牛を操るマタドールの如し<br>
流麗な回避でフウキくんはヤミへと接近していく<br>
そして<br>
<br>
「我が剣に断てぬ服はなぁぁぁし!」<br>
<br>
少女の纏うただ一つの服を縦一文字に切り裂くべくフウキくんの手が振るわれる<br>
刹那、ヤミはそれを後にジャンプすることで間一髪の回避を見せた<br>
しかし、動作が僅かに遅れていたのか<br>
それともフウキくんの動きが予想以上だったのか<br>
ヤミの胸元からおへその上辺りまでが縦一文字に破裂するように切り裂かれる!<br>
<br>
「…あっ!?」<br>
<br>
ヤミの頬に朱が散る<br>
フウキくんの刃が鋭利だったためか裂け口はそれほど派手ではない<br>
だが、それでも裂け目からはしっかりとヤミの白い肌が露出する<br>
小さめながらもふくらみがハッキリとわかる胸の横乳があるかなきかの谷間と共に外気へと晒された<br>
<br>
「…ノーブラですか。いくら小ぶりといってもブラをつけないのは感心しませんな。形が崩れますよ?」<br>
<br>
はんっと溜息をつき忠告をするフウキくん<br>
ヤミは数瞬呆然とし、そして頬の赤みを羞恥から怒りへと変化させて身を震わせる<br>
屈辱だった<br>
服を切り裂かれたことも、ノーブラを指摘されたことも<br>
暗殺者としてだけではなく、今ヤミは女の子としても怒っていたのだ<br>
<br>
「隙あり!」<br>
「…!」<br>
<br>
が、そこに沈黙を保ち続けていたフウキくんの攻撃が襲い掛かる<br>
無論、ヤミも反撃の手は繰り出す<br>
しかし、先程と同じくヤミの攻撃は全て完璧にかわされてしまう<br>
それどころかカウンターの形で反撃すらされてしまう有様だった<br>
ぴっ、ぴぴっとヤミの服が数箇所切り裂かれていく<br>
<br>
「いいぞねーちゃん、もっと脱げー!」<br>
「この…!」<br>
<br>
酔っ払い親父と化したフウキくんを睨みつつも、突然の優位逆転に戸惑うヤミ<br>
だが、これは全てフウキくんの計算だった<br>
確かに純粋な戦力ではフウキくんのほうが僅かに下だが、それがあくまで真っ向勝負の場合である<br>
今のヤミは怒りに支配されているため攻撃が雑になっている<br>
そしてフウキくんにとっては雑な攻撃など物の数ではないのだ</dd>
<dt><br></dt>
<dd>「そらそらそらっ」<br>
「あっ! や、やめ…!」<br>
<br>
ビリビリ! と音を立ててヤミの身体を守る衣服が更に破れていく<br>
胸元への一撃ほど大きな損傷こそ受けないものの、塵も積もれば山となる<br>
首筋、脇下、脇腹、背中といった場所を守る部分は小さな傷を増やし徐々に大きな露出を生み出していく<br>
だが、ヤミの身体にはかすり傷一つつくことはない<br>
正に名人芸である<br>
<br>
「やめろといわれてやめるバカはいません…よ!」<br>
<br>
そしてついにフウキくんの攻撃はヤミの下半身にも及んでいく<br>
とはいえ、ヤミの下半身を覆うのは短いスカートだけ<br>
しかし、ヤミからすればそこだけは守り通さなければならない場所だ<br>
スカートの防壁が抜かれれば彼女の秘所を守るものは何もなくなってしまうのだから<br>
<br>
「くっ…そ、そこは…!?」<br>
<br>
必死に防御を展開するヤミ<br>
だが、その動きには初期の精彩はまるで見られない<br>
ぴっ、ぴっと僅かずつでありながらもスカートにスリットが生まれていく<br>
<br>
「お、おい…どうしたんだ?」<br>
<br>
完全に傍観者となっていたリトが動揺したように呟いた<br>
最初は緊迫感のある戦闘だった<br>
それがいつの間にか少女のストリップショーへと変貌していく<br>
一青少年にはいささか刺激の強い光景<br>
リトは目を逸らすべきかどうか迷いつつ成り行きを見守るほかはない<br>
すると、フウキくんがヤミから距離をとった<br>
ヤミは攻撃の嵐がやんだことにほっとしつつも怪訝な表情でフウキくんを見つめる<br>
だが、当のフウキくんはリトの呟きを聞いてたのか手品の種を明かす魔術師のように慇懃な口調で語りはじめた<br>
<br>
「何、結城殿…簡単なことですよ」<br>
「は?」<br>
「あの少女が私に押されている理由です。彼女は今力を出し切れていないのです」<br>
「いやだからその理由が…」<br>
「わかりませんか? 彼女は――」<br>
<br>
ずびし! と擬音がつきそうな勢いでフウキくんの指がヤミのスカートへと突きつけられた<br>
<br>
「 ぱ ん つ は い て な い ! 」<br>
<br>
ガガーン! と背景に驚愕音を出しつつリトは後ずさった<br>
勿論顔は真っ赤である<br>
そう、彼は理解したのだ<br>
それはそうだ、パンツをはいていない状態で思うように動き回れるはずがない<br>
普段ならばヤミは小柄ゆえの身軽さと脅威の運動性で壁や天井を使い三百六十度を動き回る<br>
だが、今そんな動作をすれば間違いなくスカートの中身が見える<br>
というよりあのスカートの短さだ<br>
飛んだり跳ねたりしなくても激しい動きで十分スカートはめくれて中身が見えるだろう<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「…えっちぃ目をむけないでください」<br>
<br>
ギン! と殺気のこもった目でリトを睨みつけるヤミ<br>
だが、その瞳に普段の迫力はない<br>
むしろ、羞恥に震え肌を所々露出した美少女の図は男の被虐心すら刺激してしまうほどエロ可愛かった<br>
ゴク、と我知らずリトは唾を飲み、そして慌てて目を逸らした<br>
余談ではあるが、股間が僅かに膨らみ始めていたのをヤミが発見しなかったのは僥倖だったといえる<br>
下手すればちょんぎられていたのだから<br>
<br>
一方、ヤミはリトからフウキくんへと視線を移していた<br>
フウキくんの言うとおり、ヤミは激しい動きができない<br>
普段からあんな短いスカートで飛び回っておいて今更何を? と思ってはいけない<br>
パンツがあるのとないのでは羞恥心の発動比率に雲泥の差があるのだ<br>
元々、ヤミの服装の露出度が高めなのは動きやすさとトランス能力の都合である<br>
基本的にトランス能力は手や足、そして髪といった末端部分を主として発動される<br>
それはイメージがしやすいという側面もあるのだが、一番の理由はトランスの度に服を破るわけにはいかないからなのだ<br>
まあ、そのおかげでけしからん太ももは常に露出され、場合によってはパンチラがおがめるのだから<br>
敵味方共に文句はない服装だ、勿論そういった気配を出した者はほぼ例外なくヤミ本人の手によって葬られているのだが<br>
<br>
どうする――?<br>
ヤミは自問した<br>
ベストの選択は撤退、出直して即時殲滅が一番である<br>
だが、ヤミはその選択肢を選ばない<br>
金色の闇としてのプライド、少女の羞恥心、盗られた下着、その他諸々<br>
色んな事情が重なり合い、ヤミはフウキくんの殲滅以外を選べなかった<br>
<br>
(距離を取れたのは好都合…こうなればカウンターを狙うのが最善ですか…)<br>
<br>
迂闊に動き回れない以上は迎撃という形をとるのが最もベターな選択<br>
怒りに流されていたことを自覚したヤミは冷静さを取り戻し、そう結論づけた<br>
しかし、途端にその眉がひそめられる<br>
フウキくんは攻撃を仕掛けることなく、その場にたったまま動かないのだ<br>
<br>
「なんのつもりですか…?」<br>
「フフ、カウンター狙いでしょう? そうとわかって近づくアホはいません」<br>
「……」<br>
「図星ですね? そして貴女はこうも考えている。ならば私も攻撃はできないはず――と。だが、それは間違いです」<br>
何故ならば、私にはこれがあるのですから!」<br>
<br>
フウキくんが大きく口を開く<br>
ゆっくりと口からせり出されていく扇風機(のようなもの)<br>
瞬間、リトは空気を読まずに叫んでいた<br>
<br>
「スカートを押さえろーっ!」<br>
「 神 風 の 術 っ ! 」<br>
<br>
リトの叫びと同時にプロペラが回りだす<br>
そして扇風機の強をあっさりと超えるその風力は乙女の秘密を守るスカートを持ち上げるべくヤミへと襲い掛かる<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「え…あっ!?」<br>
<br>
ふわり、と持ち上がるスカートの裾<br>
だが、コンマ一秒にも満たないタッチの差でヤミの手は間に合った<br>
<br>
「くぅっ…」<br>
<br>
ばたばたとなびく短いスカート<br>
強風といっても所詮は風、両手がかりで押さえる防御を崩すことはできない<br>
が、逆を言えば他の部分は無防備ということだ<br>
現にヤミは気がついていないがスカートの後ろは大きくまくれ上がっているし<br>
大きく切り裂かれた胸元部分は送り込まれる風で大きく膨らみ胸の露出を高めていた<br>
また、そこから覗く胸は風を受けてぷるぷると震えている<br>
<br>
「フフフ…」<br>
「っ! ち、近づかないで下さい!」<br>
<br>
フウキくんがゆっくり近づくことによって風の威力が集中していく<br>
自然、スカートにかかる負荷も増す<br>
ヤミは咄嗟に髪を拳に変化させて迎え打つが、意識の大半をスカートに取られている状態では満足な攻撃はできない<br>
フウキくんはじわりじわりと獲物を追い詰める狩人のように近づいていく<br>
<br>
「ううっ…」<br>
<br>
その距離が約一メートルに達した時、既にヤミは攻撃する余裕すら失っていた<br>
押さえる両手から逃げ出さんとばかりに暴れるスカート<br>
その場から逃げる、否、動くという選択肢は既に消えてしまっている<br>
何故ならば、スカートの防壁はもはや僅かな身じろぎでさえ許してくれない状況なのだ<br>
<br>
「中々てこずらせていただきましたが、ここまでです」<br>
<br>
フウキくんの両手が刃状へと変化する<br>
狙いはヤミの衣服全て<br>
<br>
「全裸決定――!!」<br>
<br>
その二つの刃がヤミの身体を曝け出そうと襲い掛かったその瞬間<br>
フウキくんの頭上に落ちてくる人影をリトは見た<br>
それは―――気絶した校長だった<br>
<br>
「あ」<br>
<br>
ごちん!!<br>
硬いものがぶつかり合う音が響いた<br>
ぶつかりあったのは校長とフウキくんの頭<br>
びたん、と床に倒れこむ校長とふらつくフウキくん<br>
リトはデジャヴを感じつつ呆然とその光景を眺めていた</dd>
<dt><br></dt>
<dd>「ば、馬鹿な…こんな…こんなギャグ漫画みたいな…だが…ま…だ…」<br>
<br>
フウキくんは幾度かふらつくとうつぶせに倒れた<br>
意外な決着、その要因は――事故(?)<br>
<br>
「…え、終わり?」<br>
<br>
あまりにも呆気ない<br>
というかご都合主義な結末にリトは納得しないものを抱く<br>
それはそうだ、これで終わりなら今までの苦労はなんだったのかという話になる<br>
<br>
「…どいてください」<br>
<br>
が、そんなことはヤミにとってはどうでもよかった<br>
過程がどうであれ、敵は倒れた<br>
ならばトドメをさすのが常識とばかりにヤミはリトを押しのけフウキくんの前に立つ<br>
私怨で五割増になった殺気と共にヤミはフウキくんをスクラップにすべくトランスを開始し<br>
そしてその動きを止めた<br>
フウキくんの頭には自分の下着が装着されたままだったのだ<br>
ぐらぐらと煮えたぎるような怒りが再発する<br>
だが、ヤミはその感情を抑えた<br>
どうせ数秒後にはその怒りをぶつけることができる<br>
まずは下着を取り返すことが肝要<br>
もうはくことはできないだろうが、だからといってこんな変態ロボにかぶられっぱなしというのは許容できることではない<br>
<br>
「…返してもらいます」<br>
<br>
ヤミは自分の下着を取り返すべくフウキくんの身体を持ち上げる<br>
だが、ここで予想だにしなかった事態が起きた<br>
フウキくんのプロペラがまだ動いていたのだ<br>
停止寸前ながらも最後の意地なのかプロペラだけは回し続けていたフウキくんの最後の罠<br>
風力によって至近距離の軽いもの、つまりヤミのスカートが浮く<br>
瞬間――リトの鼻から大量の血が噴出された<br>
<br>
「ぶはあっ!?」<br>
「え」<br>
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ヤミは理解できなかった<br>
何故結城リトが鼻血を噴出しているのか<br>
何故下半身が涼しいのか<br>
何故――自分のスカートがめくれているのか<br>
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「な…な…」<br>
<br>
わなわなとヤミの身体が震える<br>
既にフウキくんは完全停止し、風も収まってスカートも元の位置に戻っている<br>
だが、現実は覆らない<br>
見られた<br>
その四文字がヤミの脳裏に何度もエコーしていく<br></dd>
<dt><br></dt>
<dd>「のわっ…!?」<br>
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ヤミから感じるただならぬ空気にリトは鼻血を押さえながら怯える<br>
この瞬間に限っては彼には何の罪もない<br>
だが、彼は見てしまったのだ<br>
産毛一本すら存在しない乙女の秘密の部分を<br>
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「ちょ、ま…」<br>
「死んでください」<br>
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端的に一言<br>
死刑宣告は下された<br>
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<br>
~後日談~<br>
リトはララに看病されながら「はいてないはいてない」とうなされることになる<br>
ヤミは自分そっくりな金髪の少女に露出ガードの秘訣を聞きにいったらしい<br>
フウキくんは一から作り直されて保健室の雑用をしている<br>
<br>
終わり</dd>
</dl>