前回の「笑顔日和」披露でラスト出演の予定となっていたZONEだったが、4月1日の解散ライブが金曜日だという事で、日本武道館からの中継で急遽出演が決定した。この日の3時間スペシャルのトリにおいてウエディングドレス姿で自身最大のヒット曲「secret base ~君がくれたもの~」を号泣しながらフルコーラス披露した。因みに、解散ライブ(即日解散での)をMステで行うのは2000年3月31日の春SPのSPEED以来史上2組目である。
当時Mステの次に放送されていた『笑いの金メダル』(後に日曜夜7時58分に移行)にてウルフルズのトータス松本プロデュースで結成された笑金オールスターズがMステに初出演(竹山隆範のみは1月にJanne Da Arcの応援で出演経験があるので2回目)を果たした。この日は同番組が「Mステ出演記念!生放送SP」であったので笑金メンバーが特別に全員集結して「ココロ花』を披露した。因みにこの後の番組生放送SPで同番組司会の三宅裕司は「鉄拳が笑顔で歌っててびっくりしたよ!」とコメントしていた。またこの日共演した中島美嘉もお笑い好きであったが会いたかったというアンガールズは出演しなかった(後に『うたばん』で共演)。
この日、先週に続きKAT-TUNが出演。東京ドームでのデビューライブからの中継で「Real Face」を披露した。オープニングトークではライブ観客5万人全員で「タモさ~ん!!」コールを行い、タモリは「何か俺が東京ドームでやってるみたい」とコメント。ちなみに、この「Real Face」はMステでスーパーライブ含め計5回披露している。また、その日観覧に当時お騒がせであった森進一が来ており、カメラに映ると笑顔を見せた。なお、当スタジオには仲間由紀恵 with ダウンローズとしてMステ歌手初出演を果たした仲間由紀恵もいたため亀梨和也・赤西仁とは事実上の再共演となった。
ソロ歌手として初出演した橘慶太が使用するアコースティックギターを、本番直前にスタッフが誤って落下破損させる事故があった。この日共演したTHE ALFEEの坂崎幸之助が事態に気づき、自分のギターを使用するよう提案。急遽、スタッフが坂崎のギターを手配、本番で橘は坂崎のギターを借用して「道標」を披露することとなった。この事件は翌日橘が出演したTOKYO FM「COUNT DOWN JAPAN」の中で本人より明らかにされた。なお、本事件並びに橘が現在まで当番組出演歴のないw-inds.のメンバーであること、また本番中のトークで橘がw-inds.のメンバーであることに一切触れられなかったことが、一部視聴者の間で議論を呼んでいる。
またこの日は、新曲「Love so sweet」をテレビ初披露しに出演した嵐だったが、メンバーの二宮和也が仕事の都合上で追い付かなくなったため、急遽遅れて到着する事となった。その後、NEWSの曲披露終了後に無事合流した。因みに、メンバーの櫻井翔曰く二宮はこの日他アーティストのトーク中にずっとパリでの土産話をしていたらしい(翌週出演のトークより)。
宇多田ヒカルが約8ヶ月ぶりに出演、当時着うたがCDリリース前に200万ダウンロードを記録するなど大ヒットしていた「Flavor Of Life -Ballad Version-」を披露。しかしイヤーモニターのトラブルで出だしまでのカウントが聞こえず、♪ありがとう、と~と始まるサビの肝心な出だしが歌えなかった。また翌3日に発表されるが、事実上この日映像作家の紀里谷和明と離婚していたため、結婚指輪をしていなかった(番組中で宇多田が指輪をしていないキャプチャ画像が翌日のスポーツ紙に掲載された)。
同年5月27日に40歳の若さで亡くなったZARDの坂井泉水を偲び、音楽番組初出演となった1992年8月7日放送分と、最後の音楽番組出演となった1993年2月5日放送分の映像を中心に在りし日を振り返った。そして、坂井が病中に「元気になったら、またミュージックステーションで歌ってみたいね。」と周囲の関係者に語っていた事も明かされた。放送終了後、視聴者やZARDファンからの反響が大きく、同年6月29日に放送された「夏うたリクエストSP」で改めて追悼を取り上げ、坂井自身の書いた「負けないで」の歌詞、レコーディング中の様子など貴重な映像も放送され、「IN MY ARMS TONIGHT」を歌った1992年10月16日放送分の映像も放送された。そして「負けないで」に至ってはフルコーラスで放送した。さらに、余談ではあるがこの「負けないで」の映像はこの年の『第58回NHK紅白歌合戦』(NHK紅白歌合戦)で設けられた坂井の追悼コーナーでも流された。
この日は本来DREAMS COME TRUEの出演が予定されていたが、生放送数日前の9月26日に吉田美和の夫(事実婚)で映像ディレクターの末田健(享年33)が急死するという訃報に見舞われ、吉田自身そのショックから立ち直れないこともあり、彼女の心情を察して異例の出演見合わせとなった。同メンバーである中村正人は「吉田は気丈に振る舞うものの、まだまだ人前に出たり、歌を歌える状態ではない」とブログで発表している。皮肉にもこのときに披露するはずだった楽曲「ア・イ・シ・テ・ルのサイン 〜わたしたちの未来予想図〜」は結ばれた二人の『今』をテーマとした楽曲であった。なお、この訃報の影響はこれに留まらず、グループが12月に予定していたアルバム発売が一週間遅れるほど深刻なものであった。そして其れから2ヵ月後のスーパーライブでステージ復帰(同曲を歌唱)。吉田はトークでは珍しく一言も喋らなかった。