俺は、小さい頃の記憶におかしなものが有る。最近まで完全に忘れていたが、夢で思い出してしまったのだ。森の中、幼い俺はでかい熊のような生き物に襲われていた。
当時の俺は誰とでも友達になれると思っていたガキだったし、深く考えずにその生き物に近づいた。その生き物の鋭い爪が、俺に振り下ろされようとした、その時だ。
美しい金髪の女性が俺の前に立っていた。狐のような尻尾は飾りだったのだろうか、9本の美しい尻尾がフワッと俺の前で揺れていた
「大丈夫かい?」
そう言う女性の笑みは、思い出しただけでも冷や汗がでる。何せ、恐ろしいほどに綺麗で、その顔は現実と思えないほど整っていたのだから。・・・しかし、この記憶を何故忘れていたのか解らない。
「どうしたのよ?○○」
「あ?あぁ少し記憶を思い出していたんだ」
車の隣でハンドルを握っているのは俺の幼馴染、つい先日から付き合う事になったのだが、彼女の過剰な愛情表現は毎日俺の寿命を縮めている。同じ会社で働いているのだが、他人が居る居ないに関係なくキスをしてくるのだから、恥ずかしいなんて物ではない。
車は森の中に入って行く。旅行に行くつもりで■■市に向かっている途中だ、この道は必ず通らなければならない。何気なく森を見ていると、ズキッと頭に痛みが走る。一瞬森の中に金髪の女性が見えた気が・・・
車が走って行く。時間帯は予定の時間を超えて既に旅館に着く筈だった時間になっている、しかし何故か車はいまだに森の中の道を走っている。おかしい、と感じた俺は彼女に声をかける。
人間は一定の時間何かに集中していると、どうしても苛立ってしまうモノである。彼女は長い時間の運転によるストレスと、何故森から抜けないのか、と言う理由による苛立ちが溜まっており、その場でケンカになってしまった。
お互い睡魔がその体に来ており、自分も彼女も苛立っていたのだ。
車を止めて言い争っているうちに、ついカッとなって車を飛び出してしまった。そう、“車から”出ただけの筈だったのだ。しかし俺が見たモノは金髪の女性と、もう一人の金髪の女性がニヤリと笑った所であった。
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「何やってるんだろ、私」
愛おしい彼に怒鳴っただけではなく、彼が怒って当たり前の言葉を彼に罵声のごとく言い続けていた自分を数分前にさかのぼって殴り倒してやりたい。運命の人たる彼に、私は何て言う事を言ってしまったのか。
車から出て彼を探す。しかし周囲は森森森、何処を見ても彼の姿は無かった。森の中にでも入ってしまったのか、と思い車の中から懐中電灯を持ってこようとしたその時である。
森の少しだけ奥に、彼を抱きしめて立っている金髪の女。その女には9本の尻尾が有った。その女は私に向かって勝ち誇ったように笑い、彼を抱きしめていた。まるで、自分の物だと言うように
「っお前!!彼をッ!!○○を離せ!!」
そう怒鳴る声を聞くと、その女はさらに嫌な笑みを浮かべ、彼の唇に自らの唇を重ねるのであった。
わたしのなかで、なにかがコワレルオトガシタ
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愚かな女、彼を愛していた事は解っていた、彼の魅力に気が付いたモノとしては評価していた。私は幼い彼と約束したのだ。もし、僕が誰かにいじめられたら、また助けてくれるか?と。そして、あの愚か者は彼をいじめた。その口からは彼を否定する様々な言葉。
本当に、愚かな女。彼を愛しているのなら、と思いずっと、ズットズット我慢して見守るだけにしてやったのに・・・
その女は、まるで獣のようにこちらに吠え続けている。お前だって私の見ている前で堂々と彼にキスしていたじゃないか。“彼女でも無い”のに調子に乗って。
「安心しろ?○○。私と一緒に居れば誰にもいじめられないし、あんな女と居るよりずっと楽しい。そうだ、お前が来るのを橙が楽しみにしているんだ。あんな獣のように吠えている女は放っておいて、帰ろうか、私達、家族の待つマヨヒガへ」
ぐったりとしている彼、当たり前だ。私がつらい記憶を覚えていてほしくなかったので気を失わせたのだから。
「ふふっ明日からの生活が楽しみだ、な?【旦那様】」
そう言った藍の笑みは、綺麗だったがその瞳は濁りきり、昔の笑みとはどこかが違っていたのであった。
最終更新:2011年07月09日 22:36