「いつまで経っても慣れンもんだな、これ」

 体表を這うように伸びる触手と、丁度心臓あたりにふよふよと浮かぶ球体。

「『嫌いではないンだが、何かの拍子で引っ掛けそうだ』、ですか。
 少しくらいは我慢して下さいね?
 私達と同族になりたいと願った貴方の為なのですから」

 目の前の覚り妖怪――古明寺さとりがくすりと笑う。
 そう、俺の周りを漂う"コイツ"は、何を隠そう第三の目なのだ。
 生涯を添い遂げる為、共に生きる為。俺はさとりと同族になるべく、彼女から力を与えられている。
 ちなみにこの第三の目、半分はさとりの妖力で、
 もう半分は俺の霊魂だとか命だとか、御大層なモンで出来ている。
 混じりあって順応し、完全に覚りとして覚醒するまでは、
 さとりの力を借りっ放しで俺という存在が成り立つことになる。
 女の子に甘えているようで不本意だが、いずれ慣れるだろう。

「『私だと思って可愛がって下さいね』、か。
 いやぁ、コイツじゃァさとりみたく、夜のお供は――」
「――そ、そこまで、ですよ?周りにはペットもいるのですから」

 す、と口元に人差し指をあてられ、言葉を遮られる。
 まわりを見れば、空や燐をはじめとしたペット達が不思議そうに俺たちを見ていた。

「わーったわーった、すまンかった、気を付けるよ」
「よろしい。……それでは、今日も?」
「おう。行ってくる」

 毎日のように俺は方々へ出かけている。見聞を広める目的もあるが、
 地底に住む妖怪への偏見を払拭出来ればと思っての事だ。
 払い切れれば、こんな環境にみんなを閉じ込める必要もなくなる筈だ。

「今日は命蓮寺あたりに足伸ばそうと思う」
「『帰りは夕方ぐらいか』――わかりました、ご飯、作って待ってますね」
「ん、助かる。……おいおい」
「ふふ、お願いします」
「『行ってきますのキスを下さい』なんて、えらい積極的だな?」
「いいじゃないですか。たまには甘えてみたって」

 普段は凛としているくせに。
 こういう所が妙に乙女で、こっちがどぎまぎしちまう。

「……仕方ねェな。ほら」
「んっ――いってらっしゃい、あなた」
「おう。んじゃな」







 ふらふらとゆっくり飛び去る彼の背中を見送り、自室へと戻る。

 彼が覚り見習いとなって半年。
 まだまだ至らないところはあるが、私や地底住人の協力もあり、うまくやっているように思える。
 あと数十も年月を重ねれば、一個の妖怪として確立されるだろう。

「んっ……」

 不意に自分の思考にノイズのような、別の思考が割り込んでくる。

「『土産は饅頭でいいか』……まだ行き掛けだというのに、気が早いですよ、○○」

 彼に力を分けてから、一つ気付いた事があった。
 時折、彼の思考が意識せずに、距離によらず読み取れるのだ。
 調べた限りでは前例はないようで――また、これは私だけが知覚している事らしい。

「ふふ、氷精に追い掛けられているみたいですね」

 特に支障もないので、そのままとしている。
 それに、こうしているとまるで、彼と常に一緒にいる気がして

「嗚呼――幸せ」

 不定期に感知する、甘い痺れを伴う、彼の声。
 私はそれを一日の楽しみとして、今日も自室で彼の帰りを待つのだ。

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最終更新:2011年07月09日 22:40