僕は今、人里外れの待ち合わせの場所に向かっている。
僕は、外の世界に戻らなければならない。
やらなければならない事、待っている人達が居るから。
あの隙間妖怪も手違いだと言っていた。意外にいい加減なものだ。
龍神の像を横切り、里を囲っている柵を出る。
暫く歩くと、何故か良い具合にボロボロになったバス停と、簡単な屋根がついた椅子が幾つもあった。
バスでも通じていると言うのだろうか? 此処にはそう言った機械的なものは無いみたいだけど。
バス停には先客が居て、何かブツブツ言いながら手にした大学ノートに書き込んでいる。
「少女はずっと…………うーん、駄目だな」
「少女と男の子は幸せに……うーん、しっくりしない」
何事かを書き付けては、横線を引いて消しているようだ。
僕は暫くその風景を見ていたけど、そうしていてもしょうがないから声をかけようとした。
「……ん、ああ、君が博麗神社に行くっていう人かい?」
「え、あ、はいっそうです。貴方が送迎をしてくださる人ですか?」
「ああ、そうだよ。別にそんな恐縮しなくてもいい。残留する人達が交代でやってるボランティアだからね」
何というか、儚い雰囲気の青年だった。
厚手のコートと縁の広い帽子、そして黒いこうもり傘が初夏の雰囲気に全くミスマッチだった。
だけど、何というか、存在が希薄に感じる。
まるで、確かに彼が居るのに、まるで服だけが浮いているような、そんな気が。
「さ、早く行こうか。明るい内に行かないとあの辺は危ないからね」
「さっきのノート、何か書き物してたんですか?」
暫く歩いた後、不意に僕の口からそんな言葉が出た。
彼は僕に背中を向けたまま、コートのポケットに入れてあった大学ノートをフラフラとかざしてみせた。
「趣味の物書きって奴だよ。昔は童話の物書きを目指してたんだ……挫折して会社員になったけどね」
「ああ……すみませんでした。余計なことを……」
「いや、いいんだ。謝るんだったら……何か面白い話を聞かせてくれないかな。
とびっきり面白い話がいい。私が書いた話を楽しみにしてくれる人が居てね」
「……うーん、ごめんなさい。一般的なのばっかりのしか思いつかないです」
「そうか……君さ、童話を読んでこう思った事は無いかな?」
ザッザッザッ、人があまり通った形跡の無い山道に、僕と彼の声が響き渡る。
「本当に、お話の中の人達は幸せになれたのかなってね。
例えばの話、ヘンゼルとグレーデル。彼らは本当に幸せになれたのかと。
家に戻れば意地悪な親戚が待っている。例え魔女を倒して逃げれても、その先には人間の現実が待っているんだ」
「は、はぁ……」
辺りには、ザッザッザッと二人が歩く足音だけが響く。
僕は何と言ったらいいか解らなかったが、彼は一方的に話し続ける。
「少女はずっと……大好きな男の子と二人で…………。
それは仲良く…………ずっと永遠に………………。
想いでのお屋敷の中で暮らしましたとさ……………………………………めでたし、めでたし。
お話の結末は何時もそうだって、君もそう思うか?
僕はそうは思えないんだ。どうしても……そうは思えないんだ。
人は……人でなくても、必ず嘘をつき、裏切り、勝手に鳥籠へ閉じ込めて知らん顔。
結局は相手を縛り、拘束し、自分の理想通りにしたいだけだ。
愛と運命は永遠だなんて言うけど、何時までも変わらぬ仲なんてそんなの有り得ない事なのに。
…………本当は、誰よりも知っている癖に。その上であんな事を」
辺りには、ザッザッザッと二人が歩く足音だけが響く。
僕はますます何と言ったらいいか解らなかったが、彼は一方的に謝罪してきた。
「すまない。君に言っても仕方が無い事だよね。ごめん。
さ、この先の階段を上がればもう博麗神社だ。真っ直ぐ上がって境内に居る巫女にお願いしてくるといい」
男はこうもり傘で、階段とその上にある鳥居を指し示した。
「もう会う事は無いとは思うけど……もしもう一度出会えたなら。
君の知っている童話で可愛らしいお話を教えてくれ。女の子の大好きな、可愛い小さなお姫様の物語を」
振り向いた時には、もう僕の周りには誰も居なかった。
そして僕も、階段を駆け上がりその場を去った。
そして誰も、居なくなった。
最終更新:2011年07月09日 23:10