※伝承部分は全くのでたらめです



僕の生まれ故郷である諏訪では、1つの伝承がある。

神様とは、敬いつつも恐懼しなさい。
神様は私達の傍に居る、だけど本質的には異なる存在。
だから、敬意は絶やさず、恐れも絶やさずお付き合いするのよ。

お婆ちゃんが丁寧な言葉で僕にそう教えてくれたのだ。
神職の家系に居たお婆ちゃんの言葉だからすんなりと頭に入ったけど、疑問が残った。

僕が疑問を口にするとお婆ちゃんは答えてくれた。

神様とのお付き合いはね、距離が大事なのよ。
軽んじれば祟りや災厄をもたらし、深すぎれば気に入られてしまう。

僕は前の方はもっともだと思ったけど、後ろの方が解らなかった。
気に入られれば、御利益とか得られるし仲良く暮らせるのではないかと。

お婆ちゃんは少し困った顔で首を横に振った。

気に入られすぎるとね、神様はその人を連れて行っちゃうのよ。
○○にはまだ早い話かも知れないけど、好きになった人は独占したくなってしまうものなの。
それは人も神様も変わらない。いえ、精神に依る存在である神様であれば尚更なの。

だからね、○○。あなたも気をつけなさいね。
○○も私の娘、貴方のお母さんの血が濃いから、何かに目を付けられるかもしれない。
神様は、自分を知る者達を特に好むから。そして、男神なら女性を、女神なら男性を好むから。


靴箱に入ってた手紙の中身を確かめ、僕は彼女が何時も居る神社を目指す。

『○○君に相談したい事があります』

東風谷早苗。僕の同級生。どこか浮世離れしていてて、クラスから浮いていた。
友人から余分な世話焼き屋と称される僕は、何かと彼女に対して世話を焼いた。
早苗からやんわり距離を取られようとしたり、何かと断られても性懲りもなく世話を焼いた。
それはとびっきりに可愛い女の子が浮かない表情をしているのが気になったのもあったし、年相応に彼女へ恋心を抱いた部分もある。
やがて早苗とそれなりの友誼を気付いた僕は、彼女の巫女(風祝)を務める神社に招かれる事もあった。

―――○○。あなたも気をつけなさいね。

何故か、神社に行った夜は、婆ちゃんの言葉が脳裏を過ぎった。

―――神様は、自分を知る者達を特に好むから。

早苗の神社に同居しているという女の子が、早苗の事が好きかと問いかけてきた。
近々告白しようと思っていたので照れながらも頷いた。
いつもは親しみを感じる彼女から何かが背中に這い寄るような粘着質なものを感じ、僕は思わず後ずさりした。
「言質はとったよ」そう言ってニヤリと嗤うと、彼女はいつものようにするりと姿を消した。

―――神様にお願いする時は気をつけなさい。神前で発した言葉はね、この上ない言質になるの。

呼び出しを受けた僕は、何時もの神社へと入っていく。
……何時もと空気が違うような気がした。
静謐な神社が、何故かザワザワとした空気に包まれている。

「○○君が悪いんですよ。私に、私に近付くから」

いつの間にか、後ろに早苗が居た。一度見せてくれた風祝の衣装を着て。

「何時かはこうなると解っていたんです。
だから、人払いの術をかけて知り合いも友達も作らないようにしてたのに。
なのに、○○君は近付いて来てしまった。お二人の言うように、素養があるから私に近づけてしまった。
でも、それでも遠ざけようと思ったのに、○○君は離れてくれなかった……私に優しくしてくれた……して、しまった」

俯いていた彼女が顔をあげる。頬を染め、目を潤ませた扇情的な顔。
僕は恐怖と歓喜を同時に感じた。目の前の早苗の異常性を感じ恐れ、そして彼女の魅惑に取り憑かれている。

「だからね○○君、もう離してあげません。あなたは神の領域に足を踏み入れてしまったの」

早苗さんの言葉と、お婆ちゃんの言葉が交互に再生される。

―――男神なら女性を、女神なら男性を好むから。

「神前に献げられた供犠は、手放される事はないんです。だから○○さん……」

神社の回りの風景がぐにゃりと歪む。
遠くに見えたビルや神社の外に広がる道路などが見えなくなる。

「私達と一緒に行きましょう……」

歓喜と執着に歪んだ面持ちの早苗に抱き締められ、僕は気付いてしまった。
ああ、お婆ちゃん。僕は愚かな孫でした。あなたの忠告の意味に気付かなかった。

―――気に入られすぎるとね、神様はその人を連れて行っちゃうのよ。


その日、諏訪から1人の男子学生が消えた。

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最終更新:2011年08月27日 20:22