「別れよう―。」
季節は春と冬の境界が曖昧になる三月。
その十三の日に、俺は話を切り出した。
「…え」
傍らで食器を洗っていたレティがカシャン、と皿を落とした。
何が何だか分からない、と言った様な顔を一瞬したが
直ぐに笑顔になると
「ふふふ、いやだわ…突然何の冗談?
あーぁ…貴方のお皿が割れちゃったわ。罰が当たったみたいね」
やはりいきなり本気にする筈もないか。
…仕方なく、もう少しきつい言い方をしてやる。
「レティ。…冗談じゃない。もう、俺達は一緒に居るべきじゃない」
「……。嘘…」
笑顔が崩れ、ひきつった表情になると水道の水も止めないまま
俺の目の前に座り込んだ。
「ねぇ…何で!?何が不満なの・・・!
私達、昨日まで普通に過ごしていたじゃない。
どうして…いきなりそうなるのよっ…」
「…ごめん。やっぱり、無理だったんだよ。
人間と妖怪が付き合う事は…。
君と過ごしてきて、分かった。
君より早く死ぬ事に耐えられそうにもないんだ、俺は」
「いやっ・・!そんなの、私だって嫌よ・・
だけど・・だけど・・何で今なの!?ねぇ、答えて!!」
「何で今か…?分かるだろ、明日が何の日か。それでな―」
ポケットに入っていた指輪を取り出すと、レティにしっかりと見せ付ける。
「こいつをある人間の女性に送り返そうと思っててね。
…知らなかっただろ?バレンタインの日、お前以外にも
本命チョコをくれる人が居たんだよ」
「・・え?・・ぇ?…何、それ…どういうこと…?」
「お前と違って彼女なら、俺と同じ様に老いて、死んでいけるしな。
だからさ…絵本に描いた様な、人間と妖怪が結ばれるなんて絵空事は…
もう、終わりにしよう―」
「ぁ・・?ぅ・・?あ?!」
言い終えると、俺は立ち上がり彼女を置いて外に出た。
真っ赤になって涙をぼろぼろと流し続ける、彼女の顔を横目にして。

「…げほっ」
部屋に戻って来る頃には、もう彼女の姿はなかった。
鍵も開けっ放したままで、部屋もかなり荒れていた。
後は明日を待つだけでいい…。例えどんな結果になろうとも・・・。
冷やりとした、感覚を最後に。俺の意識は暗転した。


ねぇ…○○。
何処かの山の奥深く、自分の背丈よりも若干大きな氷を前に
レティは指輪を通して見せた。

いいよね?これを私が貰っても。私だって、○○に本命チョコ上げたんだから。
ねぇ、○○。似合うかな?
似合わなくても良いの、私には貴方以外いらないもの。
貴方と一緒に居られれば、それだけでいいの。
だからね…

「お願いだから、私とずっと一緒に居て…」

指輪は始めから彼女の物―
氷漬けとなった○○は病魔に蝕まれていた。
医者から余命幾許もない事を宣告され、絶望する。
もう彼女の傍にいられない事に。
だから○○は、彼女の心を利用した。
レティの心を傷付けてまで。
それでも、他の誰かを見て欲しくなかった。
彼女に忘れて欲しくなかった。
ずぅっと一緒に居たかった。ただ、それだけのこと。
…この結末にならなかったとしても
自分が死ぬという苦しみを、彼女から取り除く事だけは
出来るかも知れなかったから。

氷を横に寝かせると、寄り添うようにレティも横になり、目を閉じる。。
「おやすみなさい…○○」
静寂が訪れ、時が止まった。
永遠に続くホワイトデー。
春はもう、やって来ないのかもしれない。

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最終更新:2017年04月08日 04:51