這い寄るもふもふ
現在私は締め切った自室でこの手記を書いている。
これは私の遺言であると同時に哀れな私のように人外の快楽に溺れる人に警鐘を鳴らすためのものである。
事の起こりは命蓮寺の縁日である少女が売っていた抱き枕を私が買ったことから始まった。
黒い髪、黒いワンピースを着た少女の顔はうかがえない。
顔はあった。
今の私には少女がどういった表情であったか、目鼻の位置すらあやふやでどのような顔であったか描写することはできない。
私が少女を見ていると少女は無言で狸の尻尾柄の抱き枕を差し出した。
人目で気に入ってしまった。
その肌触りたるや、天使の柔毛を思い出せその冒涜的な柔らかさはこの世の深淵を覗き見させた。
しかし、外来人であり外界帰還のために身を粉に働いている身分で果たして買える代物なのか、私は少女に訪ねた。
少女は在庫落ちなので言い値でよいと話すので私は手持ちの所持金全てで購入した。
さっそく寝所で抱き枕を抱いて寝ると、今まで経験したことのない眠気が私を襲った。
気がつくと私は何処とも知れない場所でふくよかな少女の膝で寝ていた。
少女は
マミゾウと言い、私は前世では狸であり戦時中飢え死にしかかっていた兄妹のためにその身を犠牲にしたおかげで人間へと転生したのだという。
私の生家は寺社であった。特に輪廻転生の説話は子供のころから聞かせられている。
少女は言う。もともと魂が狸である○○は同じ化け狸と一緒に居ればその血脈に目覚め狸に戻るのは楽であると。
私は恐怖した。
その途端、安らぎを感じていた少女がまるで獲物を狙う獣のように見え私は少女から逃げ出した。
気がつくと私は自分が三日間寝ていたことを知った。
ふと見るとあの抱き枕が傍らにあることに気がついた。
深夜ではあったが、一刻も早くこの抱き枕を処分しなければならなかった。
命蓮寺へ抱き枕を持っていくと寝巻をきた黒髪の少女が応対した。
最初私の話を狂人のたわごとと思われるのではないかと考えていたが、少女にそんなことはなく誠実に私の話を聞いてくれた。
抱き枕を少女に渡し私は長屋へと戻った。
マミゾウが私を捕えようと近づいてくるのを感じる。
先日命蓮寺へ抱き枕についての相談をするために訪ねた時だ。
命蓮寺の一輪という尼僧の話では命蓮寺にはそのような少女はおらず、それどころか抱き枕を預かった覚えはないというのだ。
なんということだ!あの少女もマミゾウの仲間だったというのか!
夢を見た。
夢の中のマミゾウは一糸まとわぬ姿であった。
もはや抵抗する力すらない私を彼女は壊れ物を扱うように抱きよせ、そのたわわな乳房を押しつけた。
少女は飢えた獣のように私に跨った。
そう、それはかつて私に包丁を突き刺しその血肉を貪った兄妹のように・・・・
この手記を書き終えたら私は天井の梁に通してある頑丈な縄でこの呪われた生を終えようと思っている。
確かに自殺は大罪だ。しかし、神すら助けにならない私にとって安息を得られる手段はそれだけだ。
ああ、なんだあれは・・・
今夜は満月ではないのになぜ満月が私を見下ろしている?
この魂を怯えさせる単調な腹鼓の音色は?
ああ障子に映るのは
いあ いあ もふもふ! いあ いあ もふもふ!
最終更新:2015年05月06日 20:44