その女神は、遙か昔の日本にて恐れられた悪神だった。
山神たる荒ぶる力を持って気の赴くまま侵略を繰り返し、各地の信仰と畏怖を独占していった。
神々やそれらに仕える人間を打ち負かし、組み伏せて屈服させる事を楽しんでいた。
誰も彼もが彼女に屈していった中、1人の人間の男が女神に立ち塞がった。
確かに強大な力を持った勇者だったが、所詮は人間。彼女の敵では無かった。
それなりに好みの容姿だったので彼女は男を散々に玩んだ後、屈従を迫った。
だが、男は屈しなかった。戯れに自分達の国を侵攻した女神に等従えるかと。
かなり気に入っていたのか、何時にも無く激した女神は男を殺して冥土へと送り込んだ。
それから暫く、数十年程度、女神にとっては極めて短い時間の後、男は転生を果たして再び彼女に挑んできた。
前よりは強かったがやはり女神にとって格下に過ぎず、敢え無く男は敗れた。
以前よりも激しく幾晩も嬲り尽くした後、女神は再び男に服従を迫った。だが、男は再び彼女を拒絶した。
そして男はまた冥土に送られ、そしてまた数十年後に女神へと戦いを挑むのだった。
それが何回繰り返されただろうか。男は何回犯され、殺され、蘇りを繰り返しただろう。
様々な国の土地で戦った。諏訪の国で土着神と組んで戦いを挑んできたのが、最後の戦いだった。
女神は、戦いを繰り返しながらも言い様の無い不愉快感を抱いていた。
何故この男は、この土着神と共に居るのか。自分の事はあれ程までに拒絶したと言うのに。
気が付くと、女神は全力で二人を叩きのめしていた。
倒れた土着神など捨て置き、女神は男を引き摺り起こし問い詰めた。
何故自分をそこまで拒絶する。私に従えば、私を信仰すれば、私を愛せば全てを与えると言うのに。
男は言った。あなたは私の故郷と愛する人々を奪った。
あなたが私の存在すら奪おうと言うのであれば、私は決してそれを渡さない。
幾らあなたが私を奪おうとしても、私は断固としてあなたを拒む。と。
返事を聞いた女神の心中は、凄まじいばかりに荒れ狂った。
お前が如何に拒絶しようと、お前は私のものだ。何度転生しようともお前を手に入れてみせる。
激情のままに男を引き裂いた女神は、土着神の国を支配した後そこを拠点とした。
ここで待っていれば、何れまたあの男が転生し、挑んでくるのではないかと期待しながら待ち続けた。
だが、それ以来、男の魂は転生せず。男が女神の前に姿を現す事もなかった―――。
「はぁ、結局あれ以来、そのまま姿を見せなくなったんだよねぇ……」
神奈子は溜息を吐きながら幻想郷の空を眺めていた。
男が現れないと知った後の神奈子は酷かった。支配地も何もかも投げ打ち、男を求めて捜し回った。
何百年も必死に男を探した後、消沈した神奈子はかつての様な侵攻を一切行わなくなった。
諏訪の地での山神の役割をこなす以外は、全く能動的にはならなくなったのだ。
その内性格も円くなり、かつて対立した土着神である
諏訪子とも友誼を築いた。
そして何百年も諏訪で過ごした後、信仰が廃れ始めた世界を捨て幻想の世界へと這入り込んだのだ。
「とうとう靡かなかったな。あいつ」
あの男を思い出すと胸が苦しくなる。下腹部が熱くなる。何百年経っても尚経たれない男への未練が暗く疼く。
もし、あの男がまた自分の前に現れたらどうするだろうか。
男を犯し尽くした後で、服従か隷属を迫るだろうか。いや、今度は殺しはしない。
男を強引に自分の眷属にし、それこそ千年かかろうとも自分のものにして見せてやる。
絶対に逃がしはしない、あれは誰にも渡さない、○○よ、お前は私のものだ―――。
「っと、いけないいけない、思わず神気が濁ってしまう」
「神奈子様。あのお話が……」
早苗が話しかけて来ていたのに、気が付かないとはうっかりしてたと神奈子は気まずく思ったが誤魔化した。
「で、どうしたんだい?」「あの……実は、私……」
早苗の相談事は目出度い事だった。何でも里で知り合った外来人と懇ろな仲になったらしい。
あの初心な早苗がねぇと思ったが、彼女の跡継ぎが出来るのは良いことだし幸せになるという事は良いことだ。
「で、その男と言うのはどんな男なんだい?」「あ、はい。この間一緒に撮った写真がありますので……」
恥ずかしげに差し出した写真を受け取り、何気なく見た神奈子の動きが止まる。
「…………………………○○」「え、神奈子様、あの人の名前を知っているのですか?」
写真に写っていた、早苗と一緒に写っていた男。
その男は、かつて自分と戦ったあの男と瓜二つだった。
そして、歴史は繰り返す―――。
最終更新:2011年09月29日 20:07