「大妖怪ってどんなのだろうか?」
人里の通りで独り言を呟く○○
○○が此処幻想郷に流れ着いて三か月程が経った
妖怪や妖精には会ったことはある。しかし、妖怪と言っても獣の様な妖怪
天狗や河童等には会った事は無く、ましてや大妖怪何ていうのは見た事もない
――見てみたい
そう言った好奇心が○○の思考を占めていた、そして肝試しの様な軽い感覚である事を閃いた
「そうだ、太陽の畑だ!」
曰く、其処には冷酷無比の大妖怪が居る
曰く、其処には恐ろしい妖怪がいる
そんな噂を、間接的にではあるが、耳にした事がある。そして、そこの妖怪は弱い存在にはとことん興味が無いが近づくのは危険だと
「行ってみるか」
そんな噂ですら、○○の好奇心にとっては格好のスパイスとなっていた
何故なら自分は弱い人間、一度だけなら問題はなさそうだと思った○○
その日から準備を始めた

博麗神社から簡単なお札を購入し、それを手に太陽の丘まで行く。
この御札は、獣の妖怪や弱い悪戯妖精なら何とかなる品物で大妖怪には無駄
逆に言えばこの程度のお札は、大妖怪にとっては刺激にすら値しない物
言い訳さえすれば逃げしてくれるはず。そんな単純な思いで歩いていると太陽の丘に着いた
太陽の丘では無数の向日葵が、元気よく育っている。
「ここが、太陽の畑か……」
なるほど、確かに太陽の丘だと○○は思う
中々見られない光景に感動していると、おかしな事に気が付いた。
辺りを見回しても何ら妖怪は見当たらない。お札のお蔭とはいえ獣の妖怪や妖精も居ない
――どうしてだ?
「あら、○○じゃない」
「うわぁ!?」
そう考えた時に突如、耳元で声がしたので、叫び声の様な悲鳴のような声をだし、勢いよく後ろに振り向くと其処には日傘を差した風見 幽香がいた面白そうに微笑みながら立っていた。
「幽香さん、こんにちは。脅かさないで下さよ……」
「ふふふ、ごめんなさい」


半ば、心臓を大きくならせながらも平静を装って挨拶する。
幽香とは一か月ほど前に知り合った。
永遠亭に入院した幻想郷での友人の見舞いのために花を選んでいた時に、店員と間違えて声を掛けたのが切掛け。
それ以来は人里で逢えば軽く会話をしたり、気が付けば食事をしたりする中にまでなっていた。
○○にとっては幻想郷で、いや人生で初めての女の友人であり、本音で話せる友人の一人
「○○、此処で何をしているのかしら?」
「あぁ、それは……」
○○は此処に来た理由を何時もの様に正直に話した。
「そう、でも残念ね。今は、此処には居ないわよ」
「今は……?」
そう○○が返さした時、怪しく笑む幽香。何故だか知らないが、○○は背中がゾクゾクと冷たい何かが走っていくのを感じた
「えぇ、そうよ。今は居ないわ、でも何時かは此処に来るわよ」
そう言って、幽香は青空を楽しそうに微笑みながら見上げていた
「何時かは……」
空を見上げると、そこは青空が広がっていた
○○の好奇心は更に強まって行った。何せ、此処に来ることは確定済みなのだから
「そう言えば、なんで幽香は此処に?」
「それはね、此処が私の家だからよ」
「幽香の!?」
危なくないか!? と言いそうになったが、人間に興味が無いのであれば、当然此処に住んでいる人間の幽香にも興味が無いのだろうか?
「ねぇ○○。暫らく泊まっていかない?」
「い、いいの!?」
意外な提案であった。追い返されるか警告されると思っていたのだが、泊めてくれるとは思っても居なかった。
「いいわよ。その大妖怪も弱い存在には興味が無いもの、弱い人間が此処に何人居ても何とも思わないわよ」
「そ、そうなのかー……」
恐怖心半分好奇心半分の状態ではあったが、幽香の言う事なら確かなのであろうと思い承諾する
それからしばらくは幽香と○○の生活が始まった。
幽香曰く、大妖怪ともなると時間の感覚が長く考え方も違うのでいつ来るのか見当がつかないとの事。大妖怪が見えるまで此処に居ればいい



そんな幽香の言葉に甘える事、一か月程経った頃だろうか。
○○は既に大妖怪への興味は消えていた
其れは此処に居れば何時か見られる事や、幽香との生活が楽しいからであった
太陽の丘から仕事場に行き、幽香の弁当を食べ、帰ったら幽香と温かいご飯が待っている
幸せを絵に描いた状態だった。
ただ、周りからは少し変な目で見られることがあったが、さして気にすることは無かった○○
そんなある日の事。仕事が昼前に終わり、自身の弁当には手を付けずに早めに幽香の家に帰った。
それは○○が幽香と一緒に食べたかったから
家の扉を開けると、机には弁当が置かれていた
恐らく幽香が趣味である花の世話をしに行った際に、お弁当を忘れて行ったのだろう。
これで一緒に昼を食べられる
「全く、幽香は」
鼻歌を歌いながら幽香のお弁当を片手に探しに行った。
新婚気取り。いや、○○はあと少ししたら幽香と結婚しようと思っていた
其れは、古臭く言えば給料三か月分の指輪を元にしての告白
そんな幸せいっぱいの○○
この時までは……

暫らく歩くと、幽香の後姿が見えた。声を掛けようと近寄ると若い男が見えた
咄嗟に、向日葵の陰に隠れる○○。声こそ聞こえないが、その男は遠目でもアイドルの様な顔立ち
○○の思考が一気に先ほどまでとは違うものに支配されていった
震える様に、向日葵にしがみ付く様に見つめていると幽香がその男に対して何時も手に持っている日傘を向けると辺りに閃光が走った
その瞬間、男は消えた。何の跡形もなく、突然に
○○は、自分の頬に何か付いていたので手で触ってみると、其処には黒い血
其れを理解するのに十秒ほどの時間が掛かった。
理解した途端に一気に力が抜けて腰から地面に落ち、ゆっくりとその場を後にしようと這うように動く
○○は既に呼吸なのか悲鳴なのか分からないでいた。
そのまま後ろから抱きしめられた
「あと少し……」
ゆっくりと振り向くと其処には、まるで○○にしがみ付く様に抱きしめている幽香
何時もの幽香の顔なのに、○○にとって其れは得体のしれない何か化け物のように見えた


自分の知っている幽香であり、自分御知らない幽香。自分の知らない何か別の生き物
「あと少しでハッピーエンドだったのに、汚い人間のせいで台無し」
「あぁ……ゆ……ゆっ……ゆっ……ゆう……」
愛しい人の名前を呼ぼうにも、過呼吸なのか発音と呼吸の吸い込みが同時で、声になっていない○○。
「ねぇ、○○。私、あなたの事が好きよ? 誰よりも、誰よりも愛しているわ」
もはや呼吸するだけが精一杯の○○の頬を伝う幽香の手、そしてそのまま口の中に何かを入れる
「怖いのは種族が違うから。それを食べたら、怖くなくなるわ」
そっと幽香が耳元でささやく
「さぁ、食べて。私の○○。私だけの○○、一緒になりましょ」


何時の日か、ある噂が人里に流れていた
曰く太陽の丘には二匹の妖怪がいる
曰く、近寄っても問題は無いが忌避すべし
曰く、人から妖怪になった者と其れを愛している大妖怪の巣があるので気を付けるべし

そんな噂が流れていた

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年10月06日 23:01