突然だが、現在俺は追われている。
それもあろうことか人外の存在にだ。

「まーてー!」
「待てと言われて待つ奴がいるか!」
「にーげーるーなー!」
いい加減諦めろってんだ畜生め。
何だって俺がこんな目に……。

後ろから飛んで来る弾幕やらクナイやらを紙一重で避けながら、俺は平和だった数時間前を思い出していた。


「墓の掃除を?」
ある日、命蓮寺にやって来た俺を待っていたのは墓掃除の依頼だった。
「ええ。本当なら一輪に頼もうと思っていたのですが出かけてしまって……」
「良いですよ。昼間だし、多分何も出ないでしょう」
「ごめんなさい。私も用事が済んだらすぐ手伝うわ」

普段から世話になっている白蓮さんの頼みとなれば、断るわけにはいかない。
妖怪も居ないだろうしと二つ返事で承った。

しかしそれが甘かった。
恐らく白蓮さんも伝え忘れて居たのだろう。

墓場にキョンシーが住み着いている事を、俺は知らなかった。

「さぁ~て、丁寧かつ迅速にと……」
何も知らずにノコノコと俺を待っていたのは。
「ん? 人影?」
「む、誰だお前は! 侵入者か!?」

頭にお札を張り付けた人外だった。


「ハァ、ハ、ァ、なんで、こんな……」
外敵と見なされた俺は彼女に追われるはめに。
しかも、もう墓の外――寺どころか人里よりも遠く――まで来たと言うのにまだ追ってくるのだ。
この異常なまでの執念は一体何なんだ。
もし、捕まったら――考えただけでぞっとしてきた。
しかし悲しい事に人間と妖怪の体力の差なんて分かりきってる事で。
息は切れ、汗はまるで滝のように流れ、足はガクガク、口の中は粘っこいもので満たされて。
ちらりと後方を振り返ると、墓場から変わらないペースで迫り来る彼女の姿が。
「あーきーらーめーろー!」
そうは問屋が卸さない、と言いたい所だが本当にヤバい。俺ピンチ。
更に、不幸と言うのは重なるものでありまして。
「がっ!?」
こんな時に道端の石に躓くなんてな。
すぐさま受け身を取るも体を強かに打ちつけた。
「っ痛てぇ……」
やばい、早く体を起こさなくては。どうしてだ? それは後ろから迫る彼女から逃げるため――

あっ。

「とうとう捕まえたぞ!」
息一つ切らさずに嬉々と声を上げるキョンシー娘。
「ふふふ、この私から逃げるなんて百年はや……」
胸を張って高らかに宣言しようとしたが突如、キョトンとした表情になった。
「お前は誰だ?」
「えっ?」
「そもそも何で私はこんな所に居るんだっけ……」
えーと、よく分からんけどチャンスか?
この隙に逃げよう。
頭をうんうん唸らせている彼女を尻目にそっと立ち上がり、駆け出そうとして――

「思い出したぞ!」
「わっ!?」
突然叫びを上げた彼女に驚き、再度躓いてしまった。
「私はお前に一目惚れしてしまった! だから追いかけてたんだ!」
「いやいや、思いっきり侵入者扱いしてましたよね」
「言葉のあやだ! ふふふ、見れば見るほどお前は良い男に見えるな……」
「なっ……」
ジリジリと近付いてくる彼女の姿に本能的に恐怖を感じ、思わず後ずさる。
「ところでお前は只の人間だな? それでは私と結ばれてもいずれ死んでしまう。だから……ん?」
そこまで言いかけて再びポカーンとした表情に戻って――チャンスだ!!――首を傾げる。
「だから、何だっけ? えーと……あっ逃げるな!!」
ほとんどヘロヘロの体で駆け出して――

「もう! いい加減にしろ!!」
背後から強烈な熱と衝撃を感じて俺の意識は吹っ飛んでいった。


それから数時間が経って――
「うっ、うぅ……」
どうやら気を失ってしまったらしい。確か、あの女から逃げようとして弾幕(だと思う)をくらって――

「目が覚めたか?」
「んなっ!?」
素早く起き上って距離を取る。
そりゃ目の前にいきなり現れば警戒もするだろうが!
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろう? 私達はもう……恋人同士なんだから」
そう言って頬を染めて俯くキョンシー娘。
やっぱりゾンビって頭おかしいんだろうか。
人を追いまわした挙句に弾幕で吹っ飛ばしおいて、恋人同士だなんて……ん?

そこまで考えた所で、俺は自分の体の異変に気付いた。
体が冷たい。それに肌の血色も悪いように見える。
これではまるで彼女と同じだ。……同じ?

「ああ、言い忘れていた」

まさか、まさか――嫌な予想が脳裏をよぎる。

「キョンシーの弾幕にやられた者は、同じキョンシーになるんだ」

そんな、馬鹿な。

「何も心配は要らないぞ。私がずっとずーっと一緒に居てやるからな」

俺ハモウ人間デハナイ――

「それじゃ改めて自己紹介から始めよう? ふふ、恋人の名前なら絶対に忘れないからな」


愕然としている俺に彼女はそっと近づいてきて、唇を押し付けてきた。

冷たく、甘い毒が俺に浸み込んできた。

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最終更新:2011年11月06日 11:44