「ここは蒸し暑いな……」
ぼやきながら、私は湯飲みに入った地下水を飲む。
煮沸をした所為か、ぬるい地下水は酷く不味かった。
「やっぱ、坑道生活ってのは堪えるな。拡張するなり地底の支道と繋げれば快適になりそうだけど」
「よせやい、これ以上面積を広げればばれやすくなる。見つかったら元も子もないだろ」
パタパタと友人の仰ぐ内輪の音と、坑道内の天井から滴り落ちる地下水、数十メートル離れた入口から聞こえる蝉の鳴き声。
これが私達の住む場所の音の全てだった。
「……しかし、これじゃあ変わらないなぁ」
「何と?」
「いや、彼女の家と言うか、屋敷に居た頃とな」
湿気た煙草を吹かす。成分が変質したのか、頭にきーんと響くような風味を感じる。
「一応、屋敷の中は移動出来たけど自由に外へは出れなかった。
何時だって天井を見上げたり、出口の無い場所に居るような感じだった」
ポチャン、ポチャンと茶碗に地下水が溜まる音だけが響く。
「何とか飛び出して、此処に住んで、最初は自由だと思ったよ。
だが、結局は狭い場所に隠れて、ビクビクしながら生きなければならない」
ふぅー、と紫煙が口から出ていく。
「それのどこが自由だって思うようになったって事さ。
隠れて生活したって事態が好転する訳でも外の世界に戻れる訳でもない。
結局、俺達はこの世界に居る限り篭の中の鳥だ、という事だ」
「なるほど……で、どうする。此処を去るか」
「……ああ、だけど、迎えが来たようだ。やはり、選択肢は無かったみたいだね」
入り口の方を見ると、瀟洒なメイドが私をじっと見詰めていた。
執着と愛情に満ちた、冷ややかそうでいて、その実熱情的な目付きで。
「咲夜、私が折れるのを待っていてくれたんだね」
「私はあなた様にお仕えするものですから」
ふっと、彼女が笑った瞬間、私の意識は途絶した。
最終更新:2011年11月06日 12:40