〇〇という男は普通の人間である。しかし、彼には幼馴染の魔女のために毎日のように魔法の森に足を運ぶ。
 魔法の森は危険な場所だと認知されている。胞子による幻覚、獣による襲撃、妖精の悪戯、怪奇があふれかえる。しかし、普通の人間である彼は攻撃手段を持たず、防衛手段も持ち合わせていない。当然、そんな弱者を見逃すほど魔法の森という場所は甘くはない。
 だが、そんな中でも、

 「いい加減に魔理沙のもとに通うのやめたら?あなたも毎回生傷を絶やさないのはよくないし」

 「ははは、魔理沙だってこんなところに住んでるんだろ?だったら別に何ともないさ」

 「はぁ、別にあなたが怪我をするのは勝手だけどうちに来て治療を要求するのはどうなのよ?そういう遠慮のないところは魔理沙そっくりだわ」

 親切な魔女もいるのだ。



 Tin Heart



 1

 「ひどいことを言うなぁ、ここら辺はすり傷でも危ないと言ったのは君じゃないか」

 「あなたが魔理沙の関係者だと知ってたらその場で見捨ててたわよ。 ……はぁ、あの時関わるんじゃなかった」

 私と〇〇との付き合いはかねて1カ月ほどになる。初めて会ったときは森の茸に当たってトリップしてた〇〇をテスト中だった対侵入者迎撃用上海(対魔理沙専用ver.)で迎撃したところだったため出会いからして最悪だった。(幸いにも本人にはトリップ中だった記憶は一切消え去り、私との出会いはナイチンゲール的なものだったように思われている)
 そのあとの看護により、魔理沙の関係者だと知ってしまったのが運のつきだった。私はただの知り合いなだけの魔理沙との関係を洗いざらしに吐かされ、ないはずの交流を作らされてしまったのだ。
 それ以来魔理沙と古い付き合いの〇〇はいつも魔理沙の家に監査という名の過保護を行いその帰り道に何らかの理由で傷を作りアリスの家に寄るのが日課となっていた。
 しかも日に日に怪我をする内容がどんどんひどくなっていくあたり、魔理沙との関係者だと強く自覚させられるのだ。

 「とにかく、普通の人間ならおとなしくしてなさい。いつか命を落とすことになっても知らないわよ」

 「大丈夫、逃げ回れば死にはしない」

 この根拠のなさも魔理沙そっくりだ。



 2

 「まったく、魔理沙と言い〇〇と言い、類は友を呼ぶというか……」

 紅茶を飲みながら愚痴をこぼすなんて、我ながらはしたないと思う。お母様が見たらなんていうかしら?

 「はぁ、〇〇がうちに来るたびに包帯だの消毒薬だの刺繍用の糸だの……代金請求しても笑顔で踏み倒すあたりあいつそっくり」

 人形たちに定期的に作らせてはいるが、すべてがすべてタダなわけがない。原料自体は自宅栽培だし、作る手間も人形が行うとはいえ、その作業過程にどうしても自給できない部分もあるし。微々たるものでもこう何度も来られると家計にはつらいのが本音。

 「いっそのこと事故に見せかけやっちゃおうかしら?」

 こう、首をくいっと。犯人候補がたくさんいるし。

 「でもまぁ、怪我するからここに寄ってくるわけだし……」

 そう言っても頼られるのは別に悪い気はしなかったが、そのたびに〇〇が傷付くのは見ていられなかった。反目しあっている魔理沙のためだと知っているならなおさらだ。

 「アリス、ちょっとあけてくれないか?」

 そろそろ来る時間だと思っていた。私は人形たちにいつも通りの治療道具を持ってこさせる。ふぅとため息をつきながら扉をあける。 ―――いつも通りだと思って。

 「何よ、いい加減に……」

 いつかこうなるかも知れないとは思っていた。でもこうなるはずはないと思い込んでいた自分に腹が立つ。そして何より、こうなることを望んでいた自分自身の心とは向き合いたくもなかった。

 「ちょっと腕を直してくれないか?腕が動かないと困るんだ」

 〇〇の右腕が氷柱でちぎれていた。



 3

 「腕はもう元には戻らないわ……その腕、勉強代だと思って今回ので懲りたら?」

 凍傷による組織の腐敗。そのまま放っておけば死んでいただろう。切断しか方法がなかった。〇〇の腕を切断すると告げても、

 「そっか、なくなったんじゃしょうがないな。でも魔理沙に会いに行く分なら問題なさそうだ」

 などと淡々と事実を受け入れるようになお変わらなかった。

 「……っつ!!」

 やめてほしかった。あんな目にあってなお、魔理沙に尽くすなんて。腹が立つ。そもそも魔理沙に会いに行ったのが原因なのに。あんな奴のために怪我するなんてそもそもおかしいのだから。

 「そう、馬鹿は死んでも治らないみたいね。そういうところは魔理沙に似てるわ」

 「そこまで言うか?っていうか魔理沙はそこまで無茶するのかい?」

 「無茶も無茶、ただの人間のくせにあの子も無茶をするわ」

 「そっか、だったら俺も腕の一本や二本でとやかく言ってられないな」

 その言葉が、無性に腹が立った。

 「いい加減にしなさいよ!」

 自分でも大きな声だとは思った。

 「毎回毎回、人の家にずかずかと入り込んで!」

 でも一度言い出したことには歯止めがかからない。

 「勝手に家のものを持って行って!あんたみたいな奴」

 相手の顔もはっきりと見えず、ただ口から出る言葉に任せるだけ。

 「助けなければよかった」

 はたして、それは本音だったのだろうか?最後の言葉は驚くほどすり抜けるように出た。

 「アリス」

 「出てって。治療は終わったのよ」

 自分がどんな顔をしているのかわからない。でも、これ以上〇〇と一緒にいたくない。ただそう思うだけだ。ただ、

 「……―――――――」

 出ていく〇〇は何を言ったんだろう。



 4

 「大体、〇〇なんか気にする必要がないのよ」

 せいせいした、前々から思ってたことを言ってやった、だから、これから毎日怪我してくる奴の面倒なんかしなくていい。しなくて、いいのに。

 「毎日足とか、変な所に踏み入れて、筋が縦に割れて、おなかに針が刺さったり、髪がアフロになったり、血管が一本なくなってたり、右目が変色してたり……」

 毎日のように怪我してた。どんどんひどくなっていった。そんなことばかり思い出す。別にあんな奴どうだっていいのに、どうなってもいいのに。

 「っ、今日だって、怪我する腕がなくなって、っ、腕が、腕がなくなったのに、あいつは、〇〇は、 ……っ、つぇ、ぇ」

 口に出すと、一層感情が止まらない。あんな奴のために、あんな奴なんか、

 「ぇ、うぇ、だって、っぇ、だって、〇〇なんか、好きじゃ、ないのに、っぇ、あんな奴、知らないんだから、ぇ」

 一人で野たれ死んでればいいんだから。

 止どめのない涙はどうしても止まらない。その涙の意味を考える余裕も猶予も存在しなかったのだろう。

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最終更新:2017年04月08日 04:50