とある夏の終わり、僕はいつの間にか世界へ投げ出されていた。
きっかけなんて意味がない、だって友達と野球して遊んでその帰り道にいつもと違う道を通りたい、たったそれだけだったから。
そんな冒険心は自分の知らない世界へと誘い込んでしまうのさ。
見渡すと竹薮がびっしりと、そこは昔話の世界みたいだった。
赤いチェックの半袖シャツに深緑の短パンのいかにも現代な格好、
それも黄金色をしたツンツン髪の僕なんかじゃ場違いさ。
けど、一度入ったらもう引き返せない、もとい引き返そうなんてしない。
怒るとこしか思い出のないご家庭になんら憂いもない、むしろ暫く困らせてやろうか。
大人がどこまで止めようと、今絶賛の小学生、○○には関係ないもんね。
そんな金属バット片手に勇者になったつもりで呑気に竹林を進んでいたところでだ。
耳についてきたものだよ、安らかで綺麗な……そう、





―――何故力は無欲な人に宿るのだろう




―――何故力は諍い 望まぬ優しい人を苛むのだろう









歌がきこえる。





それに惹かれて僕は歌のきこえる方へと進んでいく。
歌が大きくなるたびに目が霞んでくる、いや、違うよ、泣いてたわけじゃない。
言葉通りになんだ、本当に視界がぼやけてきたさ。
柄を握り締めて目を擦ってでも進めて、ついに見たんだ。




―――もし貴方が争いを嫌い 永久の安寧を求めるのなら




そして、出会った。




―――その力を貴方の中で安らかな眠りにつかせなさい



可愛い、そしてあの歌い舞う姿は美しい。
ぼやけていたはずなのにはっきりと見えた。
そして、思わず見とれてしまった。






歌は止まった。
一人の女の子はこちらに気がついた。
多分僕と同じくらいだろうけど、柔和で白い肌であるのがまず違う。
ツンツンとした僕の癖っ毛とは違い、薄いピンクの髪は生きているかのように風に揺れている。
ここまでなら普通の人間の少女だろうね、でもこれが現実だと思うかい?
そして決定的に違うのは、

「誰、人間?」

そう、僕だってその問いを疑ったし、その姿を受け入れ辛かった。
少女には似合わない妖艶な紫の爪、禍々しくも美しい翼。
瞬時に分かった、彼女は人間じゃない。

「ああ、君は違うのか?」

「そうよ、私は妖怪よ」

そして二言目が来るそのとき、身震いを感じた。
なんだ、この胸騒ぎは…。

「そして、ちょうど良かったわね」

先程の穏やかな顔は気味悪く歪んでいた。
少女は爪に舌を這わせ、気味悪く嗤っていた。

「たった今喉もか空っからだし、お腹空いてたのよ」

ぞっとした、これだけでもう彼女が普通の人間じゃないと分かる。
いきなり、なんだよ…。
そして、獲物への処刑宣告。

「今すぐランチタイムにするから、大人しく食べられなさいッ!」

少女は腕を横に一線引くと、光のような球がこちらに飛んできた。
咄嗟にバットを自分の顔に覆い被せるように構えた。

「うわあッ!」












カンッ!



「「え?」」

光弾は跳ね返った。唖然とした。

「な!?まぐれよ、まぐれ!」

と思いきやまた球が飛んでくる!
むきにならないでくれよ!

カキィィィィィィィン!

「なんて反射神経!?化け物染みてる!」

今度は爽快にホームラン、どうにかしのいで逃げないと。
てか僕まで化け物カウントかよ。
そうこうしてるうちにどんどん弾がこっちに飛んでくる!
うわわわわちょ、どうにかしないと…
ええい、もうヤケだ!

















「ちょっと~、大人しく当たりなさいよ!」

「うるさいッ!そっちこそやめろよ!」

いつの間にか少女は両腕を振り回して光弾をありったけぶつけて、それを僕がバットを無節操に振り回して打ち返しまくるというカオスなことになっていた。

「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあッ!」

「TNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNTNッ!!」

カンカンカンカンカンカンッ!

「墜ちろぉおおおおおお!!」

「チョォォリヤァアアアアア!」

カキイィィィィィィィィン!

撃っては返し撃っては返し、ナイスピッチングとホームランの嵐。

「ハァ…ハァ…、ああもう、しぶといわね!」

向こうは結構息切れしてきたみたいだ。
でもやばい、手が疲れてきた…。きりがないなこりゃ。
うわァ!ホントこっちもピンチだ、腕が痺れ…




「二人ともそこまでだ!」

突然二人を遮る清廉に透き通った叫び、お互い固まった。
しかし構えは解けない、いつやられるか分からないんだ。

「お二人さん、一時休戦としよう、な」

割って入ったのは銀色に輝き地面までつきそうな程長い髪、そして暁色の火を纏ったこれまた別の少女だった。

「冗談じゃない!こいついきなり襲い掛かってきたんだぞ!」

「なによ!あんただって…」

イラッ

「おい、少しは言うこと聞こうね?」

般若へと変えた顔にアスタリスクをたてながら彼女は手から炎をぎらつかせた。
まずいまずいまずいまずい、一緒に燃やされたくない!シニタクナーイ!
だったら口が動くのが早かった。

「「はい、すみませんでした;」」

そして腕を組んで絶賛説教中のお姉さんに睨まれつつ仲良く正座するのだった。












「へぇ、幻想郷、ねぇ~」

脚の痺れが引いたところで妖怪少女は不満げな顔で帰って行き、
僕は藤原妹紅っていう赤白のクールな感じのお姉さんからここについて教えてもらった。
どうやらここは別世界って感じかな。
それも悪魔・神様・宇宙人・イモータルに吸血鬼となんでもオールスターな世界だとか。
それなりに怖さもある、さっき体験したばかりだろう。
しかし

「面白そうじゃん!」

好奇心が勝っている。

「しばらくここで暮らしてみようかな!」

「はあ、そんなあっさりと…暢気だなぁ」

妹紅って人は呆れた風に溜め息を吐く。
そういえば蓬莱人って言う死なない人で、術士だかなんだっけ。

「でもまあ、外に帰してくれる巫女さんはちょっと入用で、しばらくかかりそうだからな」

数ヶ月大掛かりな結界の整備の手伝いやらなんやらで忙しいと加えた。
だとしたらこっちとしては都合が良いや、思いっきり楽しめる。

「こっちの世界を気に入ってくれそうだからいいとして、この幻想郷でどうやって暮らすんだ?」

「決まってんでしょ?冒険だッ!」

ぽかーん…

妹紅の開いた口は塞がらない、何か変な事いったかな?
そして軽く頭を抱え、苦しい表情へと変わった。

「はぁ…、よくそんな事言えるな…。さっき襲われてたろ!?あんな風に、いやそれ以上に恐ろしい妖怪に食われるかも知れないんだぞ!」

「ノーノッノーゥ!こいつで打ち返せたさ、何とかなるッ!」

どんなもんだいと言わんばかりに得意気にバットをかざしてみせる。

(バカだこの子…、どんな問題…。あいつに預けてもらうか…ってあいつも入用だったな…)

「ああもう、放っておいて死なれちゃ後味悪い、寝床とか生活とか面倒みてやるから無茶はやめてよ!」

若干どころか大いに呆れかえってるみたいだけど、とりあえずは住むところは決まったみたいだ。

「え、いいのかい?ありがとう!」

「そのかわり、仕事とか手伝ってもらうからね」

「うん、よろしく!」

こうして僕の幻想郷での生活が始まった。
普段は妹紅から買出しを頼まれたり、炭作りや焼き鳥の屋台の手伝いや竹を運んだりして過ごしてた。
他に料理とか家事とか色々と覚える事が増えて、慣れない事に忙しい日々が続いた。
手伝いに慣れてきた今となっては身体を動かしてると自然と気分さっぱりさ。
あと最近はだな…

「○○、今日もあれ教えてあげるよ」

「おう、調合見せてくれるのかい?」

妹紅と一緒に色々な材料を組み合わせる実験をして楽しんでる。
これで発火道具や護符を作ってるのさ。

少女調合中…

「よし、できた!」

作業中の険しい顔が解け、一気に喜びが解放された。

「今日は何が出来た?」

妹紅は得意気な顔に切り替える。
数枚の変なボロボロの紙切れみたいだけど…

「これはだな、再始符って名づけようか、フフ」

「再始符?」

「そう、これは特殊な術が施してあって、
相手の行動アルゴリズムを固定させてしまうものなんだ。
まあ、同じことを繰り返すってだけの物だし、護身用かな」

どこで使うのか良く分からないけどすごい!

「せっかく作ったけど一枚あげるよ」

「あ、くれるの?ありがとう」

お礼を返すと、妹紅は顔を赤らめた。
いつもは男っぽいし怒ると怖いのに、このときはやけに女の子らしい。

「ま、その、なんだ…。
いつも手伝ってくれるしさ…、いや、今回のお小遣いってことで…」

「ちょ、それは勘弁してよ…」

微妙なところでケチってくるのは相変わらずだな。
たまにお小遣いを浮かそうと色々ひねってくる、勘弁してくれ。
まあ気を取り直して…、休みの日は色々な所に探検していったりする。
その先々で面白い人達に会えて飽きが来ない。
この前だって妖精の女の子や虫妖怪の子と馬鹿やって、とある親友と悪戯三昧して妹紅やうどんげって人に怒られたり(もこたんマジ怖…)、人里で里の子達や猫っぽい女の子と一緒にチャンバラごっことかゾンビ鬼とかして遊んだりしてすごく充実したさ。
今じゃ、魔理沙チルノを通して色々な人達と知り合えた。
友達100人なんて本当にできるんだ!









って言うわけで…

「行ってきますッ!」

毎度恒例といったように勢い良く家を出る。

「夕飯までには帰って来いよー」

いつものように妹紅から行ってらっしゃい代わりの一言。
今日はどこに行くかはこれから決める!



妹紅にお世話になって一週間程したある日、傾きかけた帰り道。
竹林を歩いてたら美味しそうな匂いがしてさ。
それにつられてその方向に行ってみたら、屋台を見つけた。
何か食べ物を焼いているのだろうか、辺りに炭の香りが漂う。
こうして暖簾を手で除けて、はっと驚いた。

「はい、いらっしゃ……」

なんと、あの日僕を襲ったはずの翼の少女だった。
それも、檜皮色の着物に割烹着の姿で出迎えたから言葉が出ない。
見れば彼女も絶句していた。

「「ちょ、えぇエエぅエエエエェェェェエエエエエエえエエエエえ!!?」」

そしてお互いお天道様を突き抜け果ては月まで届きそうな絶叫のデュエット。

やっと落ち着いたので何をやってるのか聞いてみるか。

「屋台で八目鰻の蒲焼きを売ってるのよ、文句ある?」

こんな小さいのによくやるねぇ。

「別にクレームつけに来たわけじゃないさ、意外だっただけ。
まあせっかくだしさ」

一つ頼んで小銭を何枚か手に取った。
対して彼女はまたまたハッとした後、複雑そうな表情で

「自分を食べようとしたのに、よく暢気でいられるよね」

と聞いてきた。
正直あんときは驚いたけど、不思議と恨んではいなかった。

「今こうして話してるんだ。そこに何の隔たりがあるのさ」

と答えたところ、少女は妥協と呆れを織り交ぜさらに複雑な面持ちで一串差し出した。

「呆れた…ま、いいかな。
私もあなたを食べる気は起きないし、この前は悪かったわ」

意外にも少し軽口あっても彼女も謝ってくれたし、それで仲直りしたわけ。

「自己紹介が遅れたね、僕は○○。
妹紅って人のお世話になってるんだ、今後ともよろしく!」

「私はミスティア、ミスティア=ローレライよ」

ミスティア、か…。
どうしてあそこで歌ってたのかも聞いてみた。

「別に歌うのが好きだからよ」

そりゃそうだよね。
ってなわけでさ、こうして知り合えたのも何かの縁。

「じゃあさ、何か歌ってくれないか?」

それを聞いた途端、その気の強そうな表情は一気に気恥ずかしさへと萎れていった。
現に羽までシオシオになってるし。

「な、なんで…あなたの為に…」

「フフ、目を逸らしたね?また聞きたいだけなのさよ」

しかたなさそうにやれやれという仕草で返しつつ、屋台の表へと躍り出た。
そして、静まった。
ミスティアは優しく切なげな歌を紡ぎだす。
彼女が歌いだすと、次第に視界が狭くぼやけていく。
でもいい、歌がきこえればそれで十分だ。
目を閉じ、優しく綺麗な歌声に心を投じる、それでいい。
なんだか胸が温かくなり、気持ちが安らいでいく。
瞼の裏からも歌を紡ぎだす姿が見えてくるんだ、小さな歌姫の可愛らしい姿が。
僕は、いつの間にか真っ暗闇の中に響く歌に魅了されていた。



―――もう歌しか聞こえない



歌が終わった、一気にしーんとしてしまった。
けど、僕は未だに余韻に酔いしれていた。

「…どうだった?」

「ふぇえッ!?」

突然だったもんで、つい身震いで答えてしまう。
ええっと、どうだったか、だよねぇ…

「歌、上手かったよ。つい聞き惚れたさ…」

どうにか紡ぎだした感想で、何故か顔が熱くなっていた。

「あ、えと…、その、別にいつも客にサービスでやってるから当然よ!」

彼女はぶっきらぼうに言葉を返す。
実に分かりやすい奴だな、君は。
羽をバタつかせているからこちらには丸分かりさ。

「ふぅん、さっきまで赤くなってたのにねぇ?」

「う、うるさい!き、今日は偶々調子悪かっただけよ!」

減らず口も気恥ずかしさから、か。
ほらどんどん赤くなっていく~!
でも最初から茶化す気なんてない、純粋にこう思えた。

「でも、歌は最高だったさ」

「う…、ホントかな…?」

彼女の顔は、これ以上ないってくらい最高に湯立っていた。
なに僕はあのときビクっていたのか…
一度理解しあえたら、案外可愛いじゃない。
でも一つ楽しみが増えたかな、花束とか持っていつでも聞きに来たいさ。
例えば、また明日、とかね。




















今日の冒険の舞台はこの竹林の中。
特注の羅針盤を握り締めていつもの遊び場に向かう。
探検中に仲良くなった魔理沙っていう、いかにもな魔法少女っぽい子から貰ったもので、
見れば家とか奥深くの病院とかの方向を示してくれるという超便利な探索キットだ。
(後にちっこい人形を連れたインテリ系のお姉さんから魔理沙がどこにいるかとか質問攻めされたけど)
これを使って迷いの竹林のとある一角に向かう。




やっと見えてきたか、それは二つの影。
るぇー?向こうに何か動いたみたいな…、錯覚錯覚。

「こんにちは、性懲りもないですね」

「あら、○○」

そう、僕の友達が待っていたのさ。
僕より少し背のおっきいうさ耳のお姉さんは、うどんげ。
本名は忘れた。
永遠亭っていう、いわゆる病院みたいな施設で看護師として働いてるらしい。
隣、僕ぐらいのにやけたヤツが●●、多少むかつくけど僕の頼れる親友だ。
彼は元々僕みたいな外来人で、うどんげに拾われて永遠亭に住むようになった。
今お世話になっている妹紅の仕事の都合上、何度か顔を合わせることがあって、そこで知り合った。
彼はいつもうどんげと一緒にいる事が多い、このシスコンめ。
いつまで経っても仲睦まじく本当の姉弟みたいだけど、姉さんはいつも手を焼いている。

「たった今、貴方の脳を活性化する薬でも調合してたところでしたよ」

「お前にピッタリじゃないか、この藪医者」

何よりこのマセガキの笑顔に騙されてはいけない。
毒を操る程度の能力でも持っているのか、口が悪い、敬語だから尚更ムカつく。
僕を馬鹿と言ったのもお前で100回目だ、殴らせろ。
しかも困ったことに、医師の影響なのか薬の調合に凝っている。
僕も何度か薬の実験台にされたことがあった。
姫さんなんて昨日から寝込んでるそうな(お仕置きされても懲りてねえよこいつ)。
まあいい、今更こいつをしばくのも手遅れだ。
それにご用事はこれじゃない、もっとハッピーなものがある。

「今日はお土産持って来たよ」

「「おお、何々!?」」

食いつくのが早いよ二人とも…
バッグから長方形の紙箱を取り出し、中を開ける。

「あ、可愛い!なにそのお菓子?」

中身はひよこの形をしたスポンジのふんわりしたお菓子。

「これはね、妹紅さんがなんか、やばい格好っつうかテンコーって感じなお客の女の子からってさ、もらったお菓子なんだ。
結構美味いよ、食べる?」

「へぇ、変人からの怪しいものを友達に、ですか?」

「「あんたが言うな!」」

さすがに付き合いも長いのか、僕もうどんげもツッコミに年季が入ってきた。
こいつの口に『減る』というのを知らない。
うどんげ、あんたの苦労がわかるよ…

「まあ置いといて…。これ美味しそうね、一ついいかしら?」

スイーツを目の前にして少女の手ははやい。

「え、いいの?それじゃ、いただきまーす!」

続いて親友がお菓子を手に取り、齧り付く。

「いつも悪いですね、○○。一ついただきます」

「ゆっくり食べていってね!」







「そうだ、○○」

ん?
藪医者は後ろの楽器みたいなものを手に取った。
すごい埃っぽい…。

「いつもお菓子とか貰っててすまないことだし、プレゼントです。
 貴方にぴったりの古いのを見つけただけど…、ダメですか?」

ぴったりって何だよ、こら。
それは僕の知ってるギターみたいでそうでない形の弦楽器だった。
左手で押さえて右手で引くことは変わらない。
贈り物にしては難がありすぎる代物だが…

「ありがとッ!」

返すのはいつも一つ。
彼は照れも隠せず赤くなりつつも笑った。

「せいぜい大事にしてくださいよ、あの子のためにさ…」

い”っと情けない悲鳴をあげてそうになってしまった、何で知ってんだよそれ!?

「ふ~ん、やっぱり図星ぃ~?」

うどんげ、ついに伝染ったか、こいつら超むかつく…。
でもちょうど僕の手に収まりそうなサイズだな。
早速ストラップを締め、肩に掛けてみる、中々軽くて運びやすい。
明日から早速練習してみようかな。
ん、遠くに何か人影みたいなのが…気のせいだなこれ。
名残惜しいけど帰り道へ。
あっという間だけど、充実したな。
二人、とても仲良さそうだったしな…、めっちゃ楽しかった。















また別のとある日、僕が急いで目指すのはもう一つの楽しみ。
突っ切ってきた竹林とはうって変わり、景観は若葉色に囲まれた森の中。
またもや羅針盤の出番。
そのなかに僕にとっての絶好の森林浴スポットがある。
別に昼寝しに行くわけじゃない、そこでいつも彼女と逢うのさ。

「やあ、ミスティア」

「ええ、まだチャンバラごっこでもしてるの?」

「いや、あのバットね、チルノのヤローに持ってかれたよ…」

これであたいも大リーガーね!って強引に。
思い出して再度がっかりが…。

「ふーん、今頃、山の巫女に葬らんされてなければいいけど…」

そう、最初にいがみ合ったはずの少女となんの他愛もない話をしに行くのが楽しみなのさ。
意気投合したあの日から何度も会うようになっていた。
あるときはまた屋台で、人里近くで、湖で。
そして知らない場所で、僕達は見た事のない場所に飛んでいった。
二人で色々な所を見て回って、満たされていた。
僕と君ならと、そう思えてこそ初めて本格的に冒険してる気がしてワクワクしていた。
お互い他愛もない話で盛り上がり、一喜一憂する。
そして僕が頼めばいつも歌を歌ってくれる。
最早僕はミスティアの歌の虜になっていた。
それで、終わった後には決まって言うんだ、『歌、良かったよ』ってさ。
彼女もそれを聞いて嬉しかった、満たされていた、自分の歌を受け入れてくれる存在で。
でも、目と目を合わせるのが最近恥ずかしい。
つい電気が弾けたかのようにお互い向こうを向いて、顔が熱くなってしまう。
だって、何度か色々な人から二人の関係を聞かれたことがあったさ。
宴会で、同じく羽の生えたお姉さんから質問攻めに遭った(二人でリンチにしたけど)。
綺麗な花畑で、そこで彼女なのと少しおっかない感じのお姉さんにからかわれたこともあった。
僕と彼女はこれからどうなるんだろう、正直考えてなかった。
それでもミスティアと一緒にいるときが一番楽しい。
そして今日もその一つってわけで二人隣同士で話して笑っての一日さ。




「それで、またあのピンクがね…」

今日もミスティアは日頃の屋台の愚痴をこぼし、

「はあ、だったら藪医者に良い実験台だって紹介でもするかな」

「それいいね!食欲でも治して貰おうかしら?」

最初に出会ったからなのか、話し込むのがこんなにも楽しかった。
だから、僕はこんな時間が止まっていればと願った。
でも…

「!?」

僕はただ、手の置き場に困っていただけだったんだ。
ふと、ミスティアの小さい手に僕の指が触れる。
偶然なのかなんて分からない、けど僕からはわざとじゃない。。
けど…

「わわ、ごめん!?」

咄嗟に手を引っ込めてしまう。
ミスティアも、熱した鉄に触れたかのように、手を引っ込める。
そして、押し黙ってしまう。
なんだか、悪いことしてしまった。
ただでさえ周りに冷やかされて、本人はイラついてたのに…
僕は何も言わなかった、言えやしなかった。
それは、ミスティアだって同じはず…

「ねえ、○○…」

突然、張り詰めた沈黙の空気が切り裂かれた。

「なんだい?」

「巫女が戻ったら、向こうに帰っちゃうの?」

考えた事もなかった。

「…分からない」

この答えに彼女は急に顔をしかめた。

「分からないって何よ」

また馬鹿な事言ったのか、僕は。
どうにか取り繕いたいけど、次の句が思い浮かばない。
頭がこんがらがる。

「え、いや…ごめん。で、この幻想郷、気に入ってるの?」

「ああもちろんさ、どうしたんだい?」

「…私といて、…楽しい?」

ミスティアは俯き、なんだか物悲しそうに聞いてくる。
どうしたんだろう…

「うん、ミスティアの歌が好きさよ」

そう、いつも聞かせてくれて、一緒にいるのが楽しいと思えた。

「良かった…、………(歌だけなの…?)」

自分といて楽しいと分かってくれたのか、やっと笑ってくれた。
けど、最後に何かボソッと聞こえた気がしたような…

「あのさ、黙って聞いて欲しいの…」

いつものミスティアにしては歯切れが悪い。

「私、好きな人がいるの」

「誰なんだい?」

ただ気になるからの言葉だったのに、彼女はふとよそに目をやった。
相づちにビクッと反応するが、同様を取り繕って続ける。

「その人は外から来て、底抜けに明るくて…、みてると私も気分が明るくなって…
それと、誰にでも優しかった。いつも見てて誰とも仲良さそうで羨ましかった。
いつも私の歌を聞いてくれて、私の歌を好きだって言ってくれて、嬉しくて。
それでずっと側にいたい、そう思えるの…」

こんなにもしおらしく頬を赤らめる彼女の独白は今まで見た事がない。
好きな人って誰なんだろう?
そんなこと口が裂けても聞けやしない、そっと触れても壊れてしまいそうだから。

「その人と、ずっと仲良くなれるといいね…」

僕はただ恋に悩んでる子を放っておけない。
そんな傷つけたくないための励ましのつもりだった。
けど…、

「ッ!………気づいてよ……」

何か呟いたみたいだけど、ボソッとしか聞こえなかった。
けど、俯く彼女の顔に影が差している。
僕が覗き込もうとしてもどんな表情なのか分からない。

「え、どうしたんだよ…ミスティア」

何か変な事言ったかな?
なんだかミスティアがおかしい。
今度は寂しげな顔に変わり、僕から目を逸らした。

「バカ」

え?

「気づいてよ、好きな人が今目の前にいるのよ…」

「え…」

唖然とした。
気づきもしなかった。

「え!?それって…」

突然の告白に動揺していた。

「ねえ、○○は私のこと、どう思ってるのよ…」

「え、……いや、その……」

考えた事もなかった、僕にとってミスティアはどんな存在なんだ?
気づけば、本当に分からなかった。
僕にとって…、僕からは…、えと…

「これも、分からないって言うの?」

違うと返したかったけど、彼女に気圧されていて何も言えなかった。
もう、何を言えばいいのか分からない。
僕は今度こそ言葉に詰まって押し黙ってしまった。
今度は怒りと憤りが彼女を支配していた。

「バカ、もう知らない!」

「ま、待てよ、ミスティア!」

結局、答えが間に合わなかった。
ミスティアは乱暴に翼を振るわせ、逃げるように飛び立っていく。
待てと叫び、手を伸ばすも風がすり抜けてしまった。
遠くなっていく彼女の後姿は、僕には痛々しく感じられた。
気づけば僕の頬に一滴付いていた、僕は今泣いているわけでないのに。
ただ見送るしかない僕は、一体何なんだよ…!
何も残らず去って行った森の中は、恐いほど静かで、風のざわめきが虚しく感じられた。











「ただいま…」

「おかえり。○○、ちょっと知らせがあるんだ」

知らせ?…ってもしかして…

「博麗の巫女さんの用事がやっと片付いたって。
今日から一週間休みに入るんだってね、それが過ぎたらまた用事があるそうなんだ」

「それって…」

「そう、外の世界に帰れるよ。どうする?」

なんのつもりでこう言ったのか、分からない。

「……帰る」

「ふぅん、そう。それでそうして?」

「その、なんてか…幻想郷はもう探検し尽くしたからさよ。もう、いいんだ…
別に家族が心配なわけじゃないけど…」

嫌な思いしたときもあれば色々と楽しい事もあったさ。
結局ムカつく事あっても親は憎めないんだ。
いや、それは今の僕にどうでもいい。
気になるのはただ一つ、ミスティア…

「あの子の事は?」

「い、いや…、別にいいだろ…、わ、わけ分からないよあいつ…」

ただもうどうすればいいのか、理解できなくて…
あいつは、なんであんな事言ったんだ?
だったらどうして素直に好きだって言ったんだよ。
ただの遊び呆けの僕に何を期待してたんだよ。
わけが、分からない…

妹紅はやれやれと首を気だるそうに振る。

「………それ、言ってて虚しくないか?」

え?

「今のあんた、一番辛そうだよ。それでいいのかい?」

やっぱり、気づいてんのか…そうだよな。

「もういいって言ったじゃないか…」

「まあ、何しようとあんたの勝手だよ。
けど帰るんなら、ちゃんと挨拶しておきなさい」

さてとの掛け声と同時に立ち上がる。

「今日の夕飯はかき揚げにすっかな…ほら、手伝え」

いつもなら香ばしく、そそられるはずなのに、まだかまだかと待ち遠しいはずなのに。
今日の夕食は、喉を通らなかった。
妹紅も僕も、この日は何も口をきかなかった。



















「もう向こう側に帰るの、○○?」

「いなくなって清々しますが、寂しくもなりますねぇ」

親友が変えるってのに相変わらずの親友と名残惜しそうにしてるうどんげ。
言ってろ。

「ああ、近々神社の巫女さんの手が空くんだってね」

「帰るのですか?」

そうだと頷く。

「期待してないけど、どうしてか聞こうか?」

元々僕はここに”暫く”いるつもりだった。
最初から冒険のつもりでこの幻想郷にいただけなんだ。
べ、別に幻想郷に、飽きただけなんだよ…、そう、飽きただけ…

「答えないんですか、まあいいでしょう…」

黙り込んでしまう僕に憮然としながらも、親友は詮索しなかった。
けど…、彼の目が捉える先は僕じゃない。
僕の、向こう…?

「ねえ、○○さんは帰るんですってよ」

!?誰に向かって言ってるんだ?
そして親友がそっと目で示す先に…

「ミスティアさん」

がさっと草を踏む音が聞こえる。
もしかして、いるのか!?
どうして、今日は屋台の仕事で手が一杯なはず…

「どういうことよ…」

聞き覚えのある声に、反射的に振り向いてしまう。
それは見知った顔だった。
木の陰からその姿を半分覗かせていた、盗み聞きしていたのか…

「ミスティア…」

足元に、何らかの食べ物の入った包みが乱雑に放っとかれている。
手からすり落ちていったのだろう。

「どうしてよ!楽しいって言ったよね、私といて…」

間髪なく彼女に上着を掴まれ、詰め寄られてしまう。
その涙ぐんだ目が揺れるのを見ていられない。
僕に言い分の余地もなく、つい目を逸らしてしまった。

「それは…」

僕の煮え切らない態度にますます彼女の目は怒りと失意に燃え、こちらを鋭く捉える。
掴んで離さない手はますます堅くなる。

「遊び友達のつもりだったわけ!?私は…私は、真剣なのに…」

「違う…」

そんなつもりじゃないんだ、僕は…

「違うって何よ!結局あなたは逃げるつもりじゃない!」

糾弾すべくの怒りをぶつけられるほど、後ずさってしまう。
それを逃さないとばかりに彼女は間を詰めてくる。

「待て、違うんだ!そんなつもりじゃ…」

どうにか取り繕うほど、僕は言葉に詰まっていく。

「ふざけないで!好きって言ったのに……、クッ、うう…、まだ答えてくれてない…」

「そこまでです」

突如、随分と聞き慣れた、透き通った声が憤りを遮った。

「…何よ」

親友は何の屈託のない笑顔を崩さず、白衣の中にしまったメスをチラつかせた。
その後ろには腕を組んで一部始終を見ていたうどんげ、見ていられないと表情は硬かった。

「残るのも帰るのも彼次第ですよ、幻想郷は何もかも受け入れるんじゃないのですか?」

「うるさいわね!何が分かるって言うのよ!?」

それでも彼女の怒りは収まらない。

「落ち着いて、ミスティア…」

「な、何よ……!」

「一旦、○○に考える時間をくれたらどうかしら?
まだ帰るって決まったわけじゃないし」

うどんげは飽くまでも冷静に切り出した。こんな情けない僕のために…

「義姉さん…、そうですね。
僕はただ今の貴方では何も解決しないと思ったまでですよ。
この馬鹿にはまだ余裕がないから単純に帰るって言ってしまっただけです」

君までか…
ミスティアを諭す二人が頼れるように見え、自分の小ささを思い知らされた。

「何を、勝手に…」

荒げた息をはぁはぁと整える彼女をよそに、うどんげは僕の方に向き直った。

「○○君…」

「僕…、そ、その…」


パンッ!


乾いた音が響いた。
頬が、じりじりと熱い…。
彼女は手を払う仕草を見せてから…

「目が覚めた?
行きなさい。ミスティアは私に任せてちょうだい」

ごめん…な、さい……

「冷静に自分を見つめれば、少ない脳味噌でも答えは見つかりますよ」

本当に…、ごめん。

「いいから行きなさい」

僕は走り出す、何も考えずに。
途中で響く弾幕のはぜる音に心臓が恐怖を示した。
僕のせいで、争いは起こった。僕のせいで、僕の、ために…
二人とも、迷惑掛けてごめん…

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最終更新:2011年11月10日 22:34