黄金の穂波がうねり、一年の実りが錦絵の様に広がる。
今年は冷夏と度重なる野分、土地の酷使により発生した病で他が不作に喘ぐなかでうちは例年通りだ。
神頼みの奇跡や能力で改良や野分への対策等をおざなりにしていた連中に同情などせん。
里の中で妖怪に怯えずに耕作し、二束三文で外来人に小作させて気力を挫くに始まり豊穣神や山の上に居るという
農耕神を独占して独立する財を築かせない様にする仕組みが既にあるのだ。
危険を冒して里の外を開墾すればこの仕組みに捕らわれず、自作の土地が手に入る。
だが、境界の外は地獄だ。異形のモノどもが食糧、或いは自らの力の誇示をする的を探している。
それらの餌食になり、死んだ者や重軽傷を負った者は数え切れない。
が、皆これを受け入れている。妖怪の楽園で人が暮らして行く為の“住民税”だというのだ。
里人はそれらを受け入れることで根絶やしにされずに共存していける、と。都合の良い話だが。
しかし我々、外から来た外来人はその限りではない。喰おうが殺そうがどうでも良い存在として外から適当に見繕って
“輸入”してくるのだという。そのシステムから奇跡的に逃れた存在は里で重畳する“駒”になる訳だ。
体は平均的に大きく、無理が利く。進んだ知恵を持っている事もある上人身御供としても扱える。女ならば
血が濃くなるのを防ぐ新しき血筋となると万々歳なのだ。
勿論、最初からその様に近づく訳ではない。外の進んだ物や知恵が目当てだからだ。
厚遇された恩に答えようと応え、絞りつくした後に首枷を嵌める。実に姑息であると思うが、妖怪に敵わぬ故に
人の防衛本能が作り出した成果なのかもしれない。
だが、俺は勝った。先人の注意を聞き、誰にも教えず密かに続けた交配がこうして実っている。他にも秋野菜やら
果物も概ね良好で形も大きな物が出来上がっている。
寄り合ってひえの粥を分け合う日々は去って希少な白米を食えるのだ。
いや、喰うだけでない。凶作による価格高騰の最中に売れば外に帰る事が出来るかも知れぬ。夢は広がる。
だが、今は早く収穫して旨い米をあいつらと…「お~い! ○○。仕事の最中悪いが時間をとってくれ」
何時もなら聞きたい声が、今は聞きたくなかった
話し合いと称した老人どもの脅迫は直ぐに終わった。曰く、助け合おうではないかとの事。
当然乗る気は無かったが、一人だけ謝罪して土下座した上白沢先生を見て居られずに許可してしまった。
我々に差し入れを持ってきてくれ、医者の代わりもして貰った事もある先生を無碍に出来なかった自分の甘さが嫌になる。
皆も納得してくれたが先は見えていた。どうせ一部ちょろまかされて品種が盗まれるであろう、と。
外への帰還が見えていただけに絶望も深かった。どうせ均等配分なら刈り取ってしまうかとすら思った。
だが、手塩にかけた作物や大恩ある先生を恨むのは筋違いだ。老人どもを憎む事でその衝動に耐え、気晴らしに散歩に出掛けると
例年ならば僅かだが賽銭や作物が置いてある豊穣神の社が空っぽであった。
自分勝手なものだと通り過ぎ、る事は出来ずに自棄酒用のはした金を入れる。とり敢えず品種改良の不自然な作物に
実りを付けて呉れて有難う、とやっている本人であるが感謝して去った。
次の日、不貞寝して遅く起きた俺は度肝を抜かれた。家の中に見知らぬ女の子が居たのだ。
覚醒せずに混乱する俺をよそに御飯を作っている様子。はて?俺は何時の間に結婚したのか……
「あ、起きた? 農民が朝のお勤めをサボるとは不届き千万ね」
くすくすと笑いながらたしなめてくる。非常にフレンドリーで物取りでは無い様だ。
「ん?私は秋 穣子。一応、八百万の神の末座に居る豊穣神よ。えっ? 気紛れ~」
幾つか質問をするが、害意は無い様子。真意ははぐらかすし、どうにも対処に困る。
無碍に扱う訳にも行かず、流されるままに豪勢な御飯を馳走になるが旨い。それに松茸や雑魚など外の世界以来
口に出来なかった物まであり、箸が進む内に本物の神様かも知れぬと思い始めた。
「美味しい? 当然! 秋は四季の内で最も良い季節だし、私の力も戻ったもの」
戻った、とはどう言う事でなのか訊ねると急に不機嫌になる。ああ、秋の女の子だ。
「里人の信仰がおざなりで収穫の恵みの有り難さを忘れてたみたいだから今秋は加減したのよ。そしたら
恐れて崇め直す所か私の力不足を批難して放棄してきたの。あの半獣と貴方がお供えをして呉れてなかったら
力が揮えなくなる所だったわ~」
意外な過激発言に吃驚しながらも日がな一日穣子と雑談をして過ごし、友人となった
それから数年後。改良を続けた俺の作物は幻想郷の重鎮にも品卸する様になり、里内でも顔を利かせる様になった。
外来人に対する軽蔑の目も少なくなり、自ら此処に留まる者も増えてきている。
無論こうなったのも天運ではなく穣子の支援のお陰であり、今でも信仰を忘れていない。
だが、神と人という遠い友人の付き合いは最近こじれて来ていた。理由は解らぬ。
兎角女性と親しくなるのを嫌がるのだ。実の姉である静葉と過ごす事にも難色を示す。
それに昔は秋以外は偶にしか来なかったが、最近では嫌っている冬でも出て来ては泊まりたがる様になる程になり
流石にそれは出来ないと断った年は凶作になるなど異常な執心を見せ始めていた。
自惚れであるかも知れないが穣子はそういう対象として見てくれているのかも考えたが、それは有り得ぬと考え
て恥じた。不遜過ぎる上に何時の間にか三十路半ば、顔も醜くて土いじりしか能が無い凡人に豊穣神が恋をするという
神話でも例が無い夢物語を考える程驕ってはいなかった。
第一、今まで馴れ初めとなる話しがあったであろうか。精々は最初の色気の無い信仰譚である。
しかし、ある事件を切っ掛けに穣子の想いの重さを知る事になる。
不作であった年の晩秋、作物の具合を確かめに里の外に出た俺は餓えた妖怪に襲われた。
幸いにも上白沢先生が近くで見回っていた為に大事は逃れたが処置が遅く、暫くは起き上がれない生活を強いられて
いる最中、自分の責だと看病したがる上白沢先生を突っぱねて穣子が世話を焼いてくれたのだ。
晩秋は勿論、厳冬の最中も秋の実りを馳走になってリハビリに取り組み、想定期間の半分で退院できた。
だが、体に異変を感じていた。もはや四十に成る筈なのに若返った様に無理が利くのを始めとして
鎌で手を切った途端に見る見る傷口が塞がって行く、枯れた作物を再び実らせる等確認するまでも無く
平凡な人間という種族ではなくなっていた。
随分強硬だなと考えたがこれ程尽くしてくれる女の子を悪く思える筈も無い。上白沢先生と友人に別れを告げ
待ってましたと言わんばかりに荷物を纏めてくれていた穣子と連れ沿って妖怪の山に向かった。
聞けば看病の最中だけでなく最初の料理から自らの神気を込めてアピールしていたのに、朴念仁とむくれられてばつが悪い。
秋は釣瓶落としの様に性急なのよ、待たせた償いは帰ったら直ぐして貰うんだからと自らの両頬に熟れた林檎を
実らせる穣子の愛情を感じながら懸想した。
今年は間違いなく未曾有の大豊作だな、と
最終更新:2011年11月11日 09:11