「○○さん!お待ちしてましたよ、さぁさぁ中へ」
挨拶もそこそこに、紅魔館の門番、紅美鈴に招き入れられる○○。
美鈴の手は○○の肩に回り、グイグイと紅魔館の中へと、招き入れると言うよりは引き込むように。

「待ってたわ、○○。じゃあパチュリー様のところに案内するわね」
次に出迎えてくれたのはメイド長、十六夜咲夜。彼女も○○の横に回り、ごく自然に○○の手を握り更に奥へと案内する。
「○○さーん!後でハーブティーに使う葉っぱを持って行きますからねー!」
咲夜に手を引かれ案内される○○に、美鈴が後ろから大きな声で手を振り見送ってくれている。
手を握られる気恥ずかしさからくるはにかみ顔で、降り帰りつつもう一方の手で手を振り返す。


その際辺りを見回すと、まず最初に気づいた事があった。
壁掛け時計が無くなっていた。それは一箇所だけではなかった。
紅魔館中にある全ての時計が外されていた。
ほこりの後とおぼしきシルエットだけが、そこにかつて時計がかかっていた事を主張するのみであった。

その事実に、○○は不味いと感じた。紅魔館の主であるレミリア・スカーレット。彼女は吸血鬼だ、日の光が大嫌いだった。
その為、この紅魔館には窓と言える物が殆ど無い。廊下も、部屋も、そして今自分が向う大図書館も。

いよいよか・・・・・・○○は心の中で身構えた。
冷静に思い返してみれば。彼女達は、自分を引き止めることに腐心していた。
ごく自然に、気取られぬように。○○が違和感を覚えずに、この紅魔館に長居出来るようにする演出を施していた。
まず荷物と自分を離れ離れにさせ。暑いとき等は汗をかくような状況に置き、その後風呂を勧められたこともある。
ティーカップの中身を飲み干せば間髪入れずにお代わりが注がれ。会話が途切れそうになればクッキーを盛った皿が置かれ。
帰りの時間を気にしても、時計が○○から見難い位置に配置されていたり。

全てのタイミングが、○○が長居する、せざるをえない条件の発生のタイミングが余りにも良すぎた。
さすがに○○も気づく。紅魔館全体が自分をこの場所に縛り付ける為に動いている事が。
しかし、その縛り方は心地よかった。決して悪い気を起こさぬように、そして○○の情に訴えかけるように。
ここで断ったら却って失礼だな。そう思わせるのが彼女達はとても上手だった。
そして、それと同時に彼女達は○○をこの紅魔館に依存させるようにも仕向けた。

「それじゃあゆっくりして行ってね。さっきも言ってたけど美鈴がハーブティーを持ってくるから飲んで行ってあげてね」
紅魔館を訪れた際、真っ先にこの大図書館に案内される。
○○はこの大図書館に納められている知識の虜だった。中毒と言っても過言ではなかった。
「いらっしゃい○○待ってたわ。じゃあ、本を取りに行きましょうか」
「さぁ○○さん、お荷物はこちらの方へ」
ゆっくりと、のんびりと。
紅魔館の住人の全ての行動が時間をかけて行われていた。
パチュリーの使い魔である小悪魔に促されて、荷物を備え付けてあるクローゼットに収納する。
こうしてまた、○○は荷物と離れ離れにされた。
クローゼットの鍵は小悪魔が持っている。時間を気にしだしたら、また都合よく小悪魔がどこかに行ってしまうのだろう。


「じゃあ○○、本を取りに行きましょうか」
そしてパチュリーは○○の手を握り、○○のお目当ての本がある場所へと案内する。
もう片方の手も小悪魔がしっかりと握っている。
○○は紅魔館、そしてこの大図書館には何度も来ているが。この大図書館のレイアウトだけは何度きても覚える事ができなかった。
それ所か、本棚と本の配置。下手をすれば階段の位置や天井の高さまでもが来る度に変わっている。
これでは覚える事などできない。前回頭の端に残した地図が全く役に立たない。
だから、この場は主であるパチュリーに全面的に頼らざるを得ない。
「図書館はね、成長する有機体なのよ」
いつかパチュリーがそんな事を言っていた。そして今回もキョロキョロを辺りを見回す○○をみてまた同じ言葉を口に出す。

それは比喩等ではなく、この大図書館に限っては本当に成長しているのではないかとすら思う。
「利用者の時間を全く節約しようとしないね」
本当にその通りだった。便宜上図書館と名づけられてはいるが。この場所はパチュリー・ノウレッジ専用の書庫のような物だった。
その為、今この内部がどうなっているか。何が何処にあるかは、彼女にしか。精々彼女の使い魔の小悪魔が多少把握しているくらいであろう。

「うふふふ・・・だって少しでも長く○○と居たいもの」
「○○さん、手を握るだけじゃなくて。腕を組んでもいいですか?」
「ずるいわ小悪魔。だったら私も腕を組むわ」
最近では彼女達の時間稼ぎがかなり露骨な物になってきた。

その時間稼ぎをする彼女達は本当に良い笑顔で。心の底から○○と一緒にいられることを喜んでいた。
そして両腕を組まれた事により、稼がれる時間は更に多くなる。
この時間稼ぎに○○が何も異を唱えないのは。○○がこの大図書館に収納される知識の中毒患者であるからに他ならない。
この場所には、ただの人間の理解の範疇を超えた。そう、おとぎ話の世界にしかないような技術が、知恵が、歴史があった。
その知識の一端を垣間見た時から、○○は魅了されてしまった。

その知識を更に深めたいから、○○は彼女達の言い分をほぼ全て通している状態だった。
○○は最初自身の野次馬根性を、興味を持った物をすぐ見たがり知りたがるこの性格を呪った。
「知的好奇心が旺盛って事よ」そうパチュリーは慰めてくれたが。

初めてここの本を手渡された時、○○は面白いと思った。
そう思ってすぐに。本を読み進める、それ以外の思考が消えてしまった。
早く、次のページに。早く次の行に。早く次の単語に。少しでも早く、少しでも多くの情報を眼に、そして脳裏に焼き付けたい。
その欲求を抑えることができなくなってしまった。


後から考えれば、何かの魔法をかけられていたのかもしれない。そもそもあの本自体が魅了の魔法をかけるマジックアイテムなのかもしれない。
その時は結局、パチュリーが手を叩くパンッという音が鳴るまで本から顔を上げる事ができなかった。

音が鳴り、顔を上げると。そこに居たのはパチュリーと小悪魔だけではなかった。
美鈴が、咲夜が、それだけではなかった。紅魔館の主であるレミリアが、その妹フランドールが。
皆が自分の顔を見つめていた。○○が本に魅入っていたのと同じように、彼女達も○○に見入っていた。
「お帰り、○○。楽しかった?」
レミリアにそう言われた時。○○は自分が不味い領域に両足を深く突っ込んだ事にやっと気がついた。

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最終更新:2011年11月11日 09:45