季節は夏、ここは太陽の畑。

この畑の主である風見幽香は、いつものように向日葵達の世話をしていた。


「…ふぅ。
さすがの私でも、今日は暑いわね。
ちょっと休憩にしましょ。」


向日葵畑にある自宅のテラスのテーブルに、彼女の定番の組み合わせの紅茶と菓子を用意する。

そうしてこれまたいつものように、優雅なティータイムを楽しんでいた矢先。





「ぎゃああああああああああああああああああ!!!???」





彼女の愛してやまぬ向日葵畑に、一匹の鳥妖怪が落ちて来た。




「いてて…一体何なんだよ…。
…って、何だここ!?」

「いきなりこの子達の上に落ちて来て、何だこことは良い度胸ねぇ。」

落ちて来たのは黄色い羽根を持つ、十代半ば程度の見た目の、鳥妖怪の少年。
この辺りでは見ない顔だ。

「知らねえよ。
なあ、ここは一体何なんだ?オバサン。」



“ぴく。”



少年の放った言葉が、辺りを凍り付かせた。
真夏にも関わらず。


「…へぇ、この子達を汚い羽根で叩き潰した挙句、私をオバサン呼ばわりねぇ…。

あなた、私を誰か知っているのかしら?」

「だから知らねえって。

知らない所に出たと思ったら、いきなり変な腋巫女にビーム当てられたんだからさー。

大体、オバサンをオバサンって言って何が悪いんだよ。
あんた如何にも年増って感じじゃねーか、ババア。」

「…そう。

今日は運が良いわね。
食材の買い出しに行かなきゃいけない所だったけど、丁度よく鶏肉が手に入りそうだもの。

今日は唐揚げか焼き鳥ね…?ふふ…。」

「へ?

あれ、オバサン。
何で手のひらにそんなでっかい光が集まってんの…

…って、ちょ!?
ぎゃああああああああああああああああああ!!!!!」



向日葵の花弁の代わりに、彼の黄色い羽が飛び散った。

…黄色い鳥のソテー、マスタースパーク仕立ての完成である。



「ふみまへんへひは、ほへえさは…。」

羽根も頭もすっかり黄色いアフロと化した少年が、幽香に土下座をする。

「解ればよろしい。

いい?次年増なんて言ったら、本当に丸鷄にして、宴会に出すわよ…?」

「は、はひ!!」

「ふふ…。
で、あなた、何であそこに落ちて来たの?
この世界の事もよく知らないみたいだし。」

「それは…」


訊けば、普段住んでいた山を飛んでいた所。
急に知らない場所に出た挙句、たまたま飛んでいた紅白巫女に撃ち落とされたとの事。


“…成る程ね、新たに幻想入りか。
外の世界にも、まだ妖怪がいたのね。

…この子、飼っていじめたら面白そうね。”



「え、えーと、幽香お姉様…何でそんな楽しそうに怖い顔をしていらっしゃるのでしょうか?」

「ん?

ちょっと遊び方を考えてただけよ。
新しいオモチャを使った、楽しい遊びを…ね?」

「いぃ!?」


こうして幽香と鳥妖怪の少年・○○の共同生活は始まったのである。




「幽香~、こっち終わったよ~。暑いよ~。」

「そう。
じゃあ、次はあっちの子達に水をあげてちょうだい。」

「えー、あちいよー。
その前に休憩しないと、溶け…」

「何か言ったかしら?」

「スグニイッテキマス、ユウカサマ。」



しばしの同居と幻想郷での妖怪の生活について教えるのと引き換えに、幽香は○○に花の世話を手伝わせる事にした。


幽香に比べて速く飛べるのは、さすがに鳥妖怪と言った所か。
近年は広大になりすぎて、幽香一人では大変だった水やりも、○○に掛かれば何倍も早く終わった。


“ふふ、なかなか良い拾い物をしたわね。”


上空から水をやる彼の黄色い羽根は、向日葵畑と太陽によく映える。
それを眺めるのが、幽香のちょっとした楽しみになっていた。



「終わったー。」

「お疲れ様。
今日はこんな所かしらね。そろそろお昼にしましょ。」

「お、まだそんな時間なのか。

幽香ー、それなら後で出掛けても良い?
俺、まだこの世界の事、知らない事ばっかだしさ。」

「そうね、その方が良いと思うわ。
色々と実際に見ておいて損は無いでしょ。

あ、でも喧嘩っ早い女には気を付けなさいね?
男の子なら、逆に弾幕ごっこは苦手でしょうから。」

「んー。

ま、大丈夫っしょ。
幽香と比べたら、そんなキレやすくて喧嘩っ早い奴なん…てぇっ!?」

「今何か言ったかしら。」

「イイエ、ナニモイッテマセンユウカサマ。」


真っ昼間から、あらぬ方向に○○の首が曲がる。
…いつも通りの風景である。



「それじゃ、行ってくるねー。」

「はいはい。」


そうして○○は飛び立って行った。


“私もヤキが回ったかしら。
オモチャにしたつもりが、いつの間にかあの子と普通に暮らしてるだなんて。”

その姿を見上げながら、彼女は静かに微笑んだ。




“…一人って、こんな静かだったかしらね。”


ここ数週は、丸一日○○に花の世話を手伝わせていたせいか、随分と久しぶりな一人のティータイム。

「何だかあの子がいないと、味気無いわね…。
孤高の大妖怪が、まさかこうなるなんて。

…早く帰ってこないかしら。」


テーブルに差したパラソルの境目から空を見ながら、幽香はそう呟いた。





「ふう、やっぱまだまだあちいなぁ。」

ある程度郷を飛び回り、○○は木陰で一休みしていた。

「でも本当にここは妖怪ばっかなんだな、見た事無い奴がいっぱいいる。」



「だーれー?
人が涼んで読書してる時に、声出さないでよ。」


木の上から、少女の声が一つ。


「はぁ?

まずお前が誰だよ。
…って、鳥?」

「…あら?ここらじゃ見ない顔ね。
そういうあんたも鳥じゃない。

あんた新入りかしら?
名前ぐらいは言いなさい。」

「俺は○○。
お前は?」

「私は私よ。
そうね、皆は朱鷺子って呼ぶわ。」


降りてきたのは、朱鷺色の羽根を持つ、鳥妖怪の少女。


「じゃああんたもあの紅白に?」

「そうそう。
ここに迷い込んだと思ったら、いきなり撃ち落とされてさー。

いつかあの意味不明な腋、しっかり袖縫いつけて隠してやりてえよ。」

「それ良いわね。
下手に弾幕で勝つよりヘコませられそうだわ。」

「だろ?」



お互い博麗の巫女に因縁があるせいか、打ち解けるのは早かった。

幻想郷で幽香以外に会うのは初めてだったからか、それとも異性と話すのは久々だったからか。
○○は、暫く朱鷺子と話し込んでいた。


「ん。

じゃあそろそろ行くよ。
他にも色々見た方が良いだろうし、遅くなりすぎると、幽香が怖いしね。」

「そうね。
あたしはあそこの木に家があるから、いつでもいらっしゃい。」



そうしてその日は朱鷺子と別れた。




「でさー、そのカラスのお姉さんが色々教えろってしつこくてさ。
青ピンクのオバサンは、鶏肉食べたいとか言って追っ掛けてくるし。

鳥って、ここらじゃそんなに狙われるモンなの?」


「そうだったの。

まあ、あの連中は気にしない方が良いわ。
後で肥料にでもしておくから。」


帰宅した○○は、今日1日の事を幽香に話した。


“…人の下僕に手を出すなんて、良い度胸ね。あいつら。”
○○に迷惑を掛けた面子に対して、幽香は内心青筋を浮かべながら。


「成る程ね…で、他には誰かに会わなかったの?」

「んー。

あ、後は鳥の女の子に会ったよ。
朱鷺子って名前だったな。」


“朱鷺子?

ああ、そう言えば霖之助が前言ってたわね。
本を返せってしつこい鳥妖怪がいるって。

確かそんな名前だったわ。”


「話してみると、なかなか可愛い子だったよ。

俺、外にいた時は、あんまり同じ鳥妖怪の女の子と話した事無くてさ。
なんか、嬉しかったな。」


パキッ



幽香の手にあったマグカップが、前触れも無く縦に割れた。


「あ。
大丈夫?幽香怪我してない?」

「怪我は大丈夫よ、すぐ片付けるわ。

寿命だったかしらね?
このカップも、長い事使って来てたし。」



“…今のは何だったのかしら。
何か一瞬だけイラッとして、つい力を込めちゃったわ。

…きっと気のせいね。
大妖怪ともあろう私も、最近の暑さで参っちゃってるのかしら。”


一瞬だけ幽香の心を覆った黒い影。
幽香はそれを気のせいと割りきり、すぐに記憶の端に追いやる事にした。

彼女の心に一筋垂れた、黒いインクは。
まだ気にも留められない程小さなモノ。



そう。
まだ、今の時点では。





「幽香ー、それじゃ行ってくるねー。」

「行ってらっしゃい。
気をつけてね?」


作業にも慣れたのか、○○も早くに花の世話を終わらせられるようになり。
余った時間に幻想郷を飛び回るのが、彼の習慣になっていた。

“あの子もだいぶここに慣れてきたみたいね。

…ちょっと寂しいわね。”


独りで過ごすティータイムも、元々そうだったせいか、幽香の中では一見いつも通りに戻っていた。

ただ、少し足りない黄色がある。
そんな些細な違和感を抱えたまま。




「朱鷺子ー。」

「あら、いらっしゃい○○。」

一通り飛び回った後、朱鷺子の所に行くのが彼の日課になっていた。
ふたりで朱鷺子の愛蔵の本を読むのが、いつもの習慣だ。


「○○、元いた山に帰りたいとか思わないの?」

不意に朱鷺子が切り出す。

「んー。
確かにここはおっかない奴も多いけど、でも幽香も朱鷺子もいるしね。

仲間はいつの間にか皆消えちゃったから、山に残ってた妖怪は、俺だけだったんだ。
そっちの方が寂しかったよ。

今の方が全然楽しいから、別にいいかな?ってね。」

「あ…ごめんなさい。」

「いいのいいの、気にしない。

あ、このページ読み終わっちゃったね。」

「あら、じゃあ次は…」



「「あ。」」


そうしてページをめくろうとした矢先、不意にふたりの手が重なった。



「「~!!」」


「ご、ごめん。

あ、そろそろ帰らないと幽香が怖いから帰るよ。
ま、またね。」

「う、うん。
じゃあ…。」




「ただいまー。」

「おかえりなさい。
今日は何かあった?」

「今日はねー…」


そうして○○は、その日一日の事を話す。
新しく知った場所や、新たに出会った妖怪の事。


「…でさ、その青いお姉さんの頭突きが痛くってさー。」


“あの牛女め…”

人知れず幽香のブラックリストが完成されていくのにも気づかず、○○は話を続ける。


「あ。
そういえば、朱鷺子って言ったかしら?
今日はあの子の所には行ったの?」

「あー…うん。
いつも通りだったよ。どうかしたの?」

そう言うと、○○は俯いてしまった。
前髪で隠れてはいるが、確かにその頬を紅く染めて。


「……。」

「いっ!?
…ゆ、幽香、どうしたの?」

「…はっ!

あら、ごめんなさい。少しぼーっとしちゃってたみたいね。
今日は早めに寝る事にするわ。

おやすみなさい、○○。」

「う、うん。
おやすみなさい…。」


”何だったんだろう。
さっきの幽香の目、なんかすごく怖かったな。”


○○も、今日は早めに眠る事にした。
幽香の目が、一瞬だけ昏く獰猛な色を見せたのを、気のせいだと思い込む事にして。





続く。




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最終更新:2011年11月11日 23:52