“うわぁ!!
風見幽香だ…こ、殺される…”
“お前が風見幽香か?
お前を倒せば、俺達も大妖怪の仲間入りが出来ると聞いてな。死ね!!”
“風見様、この下賤な下級妖怪たる我々を、従者として下さい。
あなたのお力とご威光の下、人間どもを恐怖に突き落としてやりましょう。”
“すまない。
僕らが妖怪同士でも、それでも君とはこれ以上付き合って行けない。
別れよう。
…どうしても恐いんだ、君の事が。”
風見幽香は、独りだった。
その強さ故に人にも妖怪にも恐れられ、絶えず孤独に生きてきた。
“妖怪は恐れられてこそ意義があり、強さとは孤独と引き換え。
私は孤高の存在、それでいい。”
いつしか幽香は自らにそう言い聞かせ、愛して止まぬ花達にだけ、心を開くようになっていた。
そうして数百年。
そんな心境も、ごく自然なものになっていた。
そんな中、黄色い翼を持つ鳥妖怪の少年・○○を拾ったのは、ほんの気紛れだった。
“何だか楽しそうなオモチャを拾った。”
最初はそんな程度にしか思っていなかった。
最初に向日葵畑の水やりを教えた時、彼は水を撒くため、その翼を拡げた。
太陽に照らされたその黄色い羽根は、とても美しかった。
純粋に、幽香の心に憧れを抱かせる程に。
妖怪は、人の“何か”を糧とする存在。
人肉そのものを食す者もいれば。
恐怖や敬意、驚愕の心等を力の糧とする者もいる。
“恐らくは、彼はその姿への憧憬や、幻想に美を抱く心を力とするのだろう。”
幽香は独り考え、そう思う事にしていた。
そう考えれば、彼が最近まで外の世界で存在出来た事にも、ある程度納得が行った。
そして、自分と真逆の意義を持つ彼に対して。
嫉妬や憧れにも近い感情も抱えて。
何より彼女の心を掻き乱すのは、○○が、彼女を恐れない事だった。
“幻想入りしたての、まだ郷に対する知識が無い彼にとっては自然な事。”
そう思っていたが、どれだけこき使おうが、どれだけ失言に灸を据えようが。
彼は幽香の元を離れようとはせず、出掛けても必ず帰って来た。
「ただいま。」
彼の翼と同じ色の、向日葵の様な笑顔と声を携えて。
いつしか幽香は、その笑顔に安らぎを覚えていた。
“この瞬間の笑顔だけは、私以外に見せなくていい。”
そんな想いを抱えながら。
「んっ…。」
“あら、まだ夜明け前なのね…。”
不意に夜中に目が覚めた。
幽香のベッドの隣には。
まだ新しいベッドが、ぴたりと取り付けられている。
そのベッドで眠るのは、黄色い翼を折り畳み、幽香に背を向けて眠る○○。
“童貞そうな坊やを毎晩からかってやるのも、面白そうね。”
最初はそんな悪戯心から、嫌がる○○を黙らせ、無理矢理ここに配置させたものだ。
幽香は彼の背を後ろから抱き締め、その翼に顔を埋める。
入浴しても翼から落ちる事の無い、暖かな香りに包まれて。
“いつも私が先に起きるんだから、きっとバレないわよね?
…○○。
今は少しだけ、甘えさせて?”
そう心の中で囁き、彼女は再び目を閉じた。
それが家族としての感情なのか。
それとも、恋慕の感情なのかは。
幽香自身にも、まだ解らないまま。
「行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい。気をつけるのよ?」
”全く…元気なのはいいけど、たまには一日私といてくれても良いのにね?
さ、お茶にしましょうか。“
いつものように遠くに彼の姿を見つめながら、幽香はお湯を沸かす事にした。
朱鷺子の家。
○○は今日はここに来ていた。
「ねえ○○。
○○は怖くないの?あの幽香と暮らしてて。」
「んー…。
そりゃー色々噂はあるみたいだし、たまに怖い時はあるけど…。
でも本当は優しいんだ、幽香って。
幻想郷に落ちたばっかの俺を拾ってくれたし、色々教えてくれるしね。」
「ふーん、意外ね。
あんまりそんなイメージ無かったし、てっきり殴られ人形にでもされてるのかと思ったわ。」
「はは…まあ、それも否定は出来ないかな。
でもね、やっぱり恩返ししたいんだ。
外じゃ親も兄弟もいつの間にか消えちゃって、ずっと独りだったからさ。
幽香も独りぼっちだったから、寂しくないようにってね。
家族みたいなもんなのかな?幻想郷での。」
「ふーん…。
それじゃ、幽香は○○にとって家族なのね?
恋人とか主人とかじゃなく。」
「そうなる…かなあ?」
「…ほっ。
そうなんだ。
…ねえ、○○。私の事、好き?」
「え?
好き…だよ。」
「それは、どっちの意味で?
友達として?
それとも女の子として?」
「いや…それは…
…んむ!?」
答えるのにしどろもどろになった矢先、○○は、朱鷺子に唇を塞がれた。
「ふふ。
あたしは○○の事、好きだよ。
一人の男の子として。
この話は、あなたの中ではっきりするまでお預けね。
いつでも待ってるから。」
「…うん、解ったよ。」
そうしてこの日は、そのまま○○は帰路についた。
「ただいまー。」
「おかえりなさい。
今日は何があったの?」
「んー…まあ色々とね。」
「ふーん、すぐには言えない事なのね。
…それなら後で、じっくり吐いてもらおうかしらね。」
「は、はひ…。」
「…成る程ね。
で、それで悩んでると。」
「うん…。」
幽香の反応が怖いので誰とは言わなかったが、今日あった事を○○は語った。
「あなたはそういう経験は無さそうだものね、悩むのも無理も無いわ。
…まあ、じっくり考えなさい。
まずあなたがどうしたいのか、それが一番大事よ?」
「…うん!そうだね。
ありがとう幽香。」
「さ、今日は色々考え疲れたでしょうから、お風呂にでも行ってらっしゃい。」
そうして浴室へ向かう背中を、幽香は見送った。
○○も。
そして幽香自身も、気付いていなかった。
その姿を見送る幽香の目が。
確かに昏く、そして濁っていたのを。
暗闇の中に、幽香はいた。
辺りには何も無い、真っ暗な深淵が広がっているだけ。
「何処かしら、ここ…。」
視線を泳がせると、一つの鉢植えが目に入った。
それは、彼女が愛して止まない花・向日葵が一輪植えられた鉢。
幽香はそれを愛おしそうに抱き抱える。
「ふふ。
綺麗な子ね。」
すると向日葵は、少しずつ萎れ、その身を枯らせ始める。
「え…?」
幽香はその向日葵を枯らせまいと、自らの能力を使う。
しかし、彼女がどれだけその能力を注いでも、向日葵が枯れるのを止められない。
「待って!!」
彼女の声にも反応は無く、向日葵はその身を萎びさせ。
だらり。
と、植木鉢からその首を垂らした。
「あ…」
鉢植えを抱えたまま、幽香はへたり込む。
「おねがい…置いてかないで…
…嫌!!
もう嫌なの!!
独りにしないで…ねえ…」
すがる様にその花びらを手に取る。
すると、枯れた向日葵にヒビが入り。
そのまま彼女の腕の中で、その枯れた花は砕け、灰になった。
「あ…ああ…
いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「…ッ!!
はぁ、はぁ…。
…夢…だったのね…。」
寝汗で濡れた衣服を着替え、台所で水を一杯煽る。
“随分キツい夢だったわね…あんな悪夢を見たの、あいつに振られた時以来かしら?”
寝室に戻れば、深く眠る○○の姿。
その寝顔は穏やかで、幽香はそれを見て、ため息を一つ。
“ぐっすり眠っちゃって…こうしてれば大人しい子なのにね。”
○○の背中に腕を伸ばし、その翼に顔を埋める。
“この子も幻想郷に慣れれば、一端の鳥妖怪として、外にいた頃みたいに生きて行くのかしら。
この畑を出て行って。
…きっと、そうよね。”
「……ぐすっ…」
彼女がそう考えた時、自然と涙がこぼれてきた。
“おねがい…置いて行かないで。
独りにしないで…○○…。”
縋り付く様に、○○の背中に抱きついた。
幽香の嗚咽は、彼女が再び意識を手放すまで続いた。
「ふあ…んー…。
おはよ、幽香。」
「随分眠そうじゃない。
ちゃんと眠れなかったの?」
「何か変な夢見ちゃってさー、すげえねみい。
ま、花の世話でもすれば、目え覚めるっしょ。
くあ…。」
今日の○○は、随分と眠そうだ。
“あー…夢は外的な影響も関わるって言うものね。
ゆうべはこの子に悪い事しちゃったかしら?”
幽香は一人反省する。
「終わったよー。ふあ…。」
「お疲れ様。
あら、まだ眠そうじゃない。
たまにはお昼寝でもしてきたら?」
「ん…そーするよ。」
そうして○○は家に入り、そのままベッドに横になった。
洗濯物を取り入れ、幽香は家の中に入る。
“あの子、まだ寝てるかしらね。”
そう思い、様子を伺うつもりでベッドを覗き込む。
そこにはまだ無防備に眠る、○○の姿。
たまに動く翼が、夢の中にいる事を物語る。
“………。”
彼女の中の悪魔が、いつの間にかその手を動かしていた。
「んー…よく寝た…
…って、いぃっ!?」
○○の眼前には下着だけに隠された幽香の胸。
よく見れば、下着姿の幽香に抱き締められる形で眠っていたようだ。
「あら、起きたのね?」
「ゆ、幽香ぁ!?
ちょちょちょ、ちょっとその格好何だよ!!」
「へ?
…あ。
い、い、い、い、いや、これはね、そのー…そう!!ちょ、ちょっと暑くって!!
○○も寝てるから大丈夫かなーって思って!!」
「大妖怪が頭沸騰させてちゃ、ど、どうしようもねえよ!!
あ、あああああもう!!ちょ、ちょっと散歩行ってくる!!
さっさと服着とけよ!!?」
相当気が動転したらしく、慌てて○○は飛び出して行った。
“…私、何でこんな格好してたのかしら?
ただ○○の寝顔を見てたら、そこから頭がぼーっとして…ま、いいか。
それにしても初心ねえ…あれぐらいで顔真っ赤にしちゃって。”
幽香は開けっ放しのドアを見て、微笑を浮かべた。
…確実に進む、自分の心の異変には気付かずに。
“全く…何なんだよ、幽香の奴。
いきなりあんな格好でさー。
女の人の下着姿なんて、見た事無いってのに…。
………。”
幽香の下着姿を思い出し、また心臓の鼓動が早まる。
そうして幽香の姿を思い出した時。
“あ…そう言えば、あの時の幽香の顔…
~~~~ッ!?”
羞恥とは違う鼓動の高鳴りが、○○を襲った。
それは得体のしれないものへの、恐怖による鼓動。
“そうだよ、さっきの目って…前一瞬だけ見た怖い目と一緒だ。
いや、むしろ今日のはあの時より…。”
再び幽香の表情を回想しかけた所を、頭を振ってそのイメージを振りほどいた。
“幽香、最近おかしくなる事があるな。
本当、どうしちゃったんだろう?
暑さは苦手なのかな。
…調子悪いなら、何とかしてあげたいな。”
思考に沈んだまま、○○は、その向日葵色の羽ばたきを速めた。
続く。
最終更新:2011年11月11日 23:53