※流血・中二描写あり、嫁の不遇あり、閲覧注意!
夜か昼かもわからない森の中、男は懸命に走る。
どこに続くかも分からない、もしかしたら彼岸かもしれない。
けれども白衣の男に止まる事なんて許されない。
理由は簡単、立ち止まったら死ぬ。
けど、私は逃がさない、絶対逃がさない。
最近の永遠亭の異変。
患者の消失・自殺・精神病の症状の悪化が立て続けに起こっていた。
何も、中だけじゃない。
永遠亭に、それもとある人物と接触した人間や妖怪を問わず少女達がおかしくなってしまっている。
そのために今、永遠亭には黒い噂が漂っていた。
原因は一つ、そのとある人物を、○○を、追い詰めている。
私は弾幕の嵐を○○の背後に浴びせながら、耳が千切れんとばかりに風を切って追い続けている。
「し、しつこいですね…、うわッ!」
突然、前から立ちふさがる人影が。
一人の少女だった。
神と呼ばれる、目玉のようなものがついた特徴的な帽子の、小さな女の子だ。
そう、洩矢諏訪子。
彼女の肉親である巫女が、あの男に弄ばれた。
私と同じように、憎しみの目に燃えていた。
そして彼女もまた、家族の行き過ぎた愛に苦悩していた。
通さないといわんばかりに両手を広げて構えている。
「チッ、こっちなら…ぐぁあッ!」
逃げる方向を変えるために立ち止まるのが命取り。
さっきから怯まず撃っているけどやっと脚に銃弾が届いた。
○○はよろめいて倒れた。
「そこまでよ、○○!」
「クッ、クソ兎が…、ガァ…!」
男は何とか立ち上がり何やら筒らしきものを取り出したが、隙なんて与えない。
諏訪子はいつの間にか接近し、○○の腕を押さえつけていた。
「ざけんな、このガキ…」
「神を、なめんな!」
バキバキバキッ!
彼女の人間とは非なる力はいとも簡単に下衆の腕をへし折る。
「ぐぁああ…!」
しめた!
ありったけの弾幕をヤツに撃ちつけるッ!
「ギィエエエエアアアアアアアアア!!」
○○は使えそうにない左腕を大事に抱え無様にのたうち回る。
いい気味だ。
「観念しろ、もう逃げ場はないわ!」
逃げ場を失い、悔しそうに眼で射抜く○○。
「この下衆野郎…、藪医者があッ!早苗を返せ!」
呪詛をぶつける諏訪子、それに私も続く。
「貴方は私から全てを奪った…」
忘れていないでしょうね?
師匠も、姫様も、狂っていたとはいえどれだけ貴方を愛してたと思ってるのよ。
貴方に差し出したパーツのコレクションは姫様で28、師匠で17!
おかげで姫様はあのときの貴方につられて今も笑い続けている。
師匠に至ってはもう、てゐがついてなきゃ、いつ始めるか…
それだけじゃない、他に貴方が弄んだ女はどうなってると思ってる!?
本当の人形になってしまった少女、心が抜け落ちたように引き篭もっている案内人。
まだまだ幻想郷中にいるんだぞ、恋敗れて無念を宿した少女が…
そして、私は何も出来なか……いや、何もしなかった!
私がもっと早く動いていたら、何より他人と関わっていれば、こんなことにはならなかった…。
調べたのよ、貴方を。
そしたら出てきた、カプセル漬けの剥製や肉のコレクションが、研究記録が・・・!
もう動かぬ証拠を押さえた。
だから私は断罪するんだ、お前を!
「フ…」
男は観念したように地に身を任せているが、様子がおかしい。
顔を歪めていた、とても死を目の前にした者の表情には見えない。
「ククク…、ア、あっはははハハハハハはハハハはっはハハハハハハハハ!!!」
男は狂ったように、いや・・・狂喜に奮えて笑っている。
その壊れた笑みに飲まれてしまい、立ち尽くした。
どうして、どうしてよ。
貴方は美しいのに、
「笑顔が素敵なのに、ここまで壊れてるのよ…」
「別に、壊れたくなかったんですよ。なのに貴女達が引鉄を引いた、狂っているのは貴女達じゃないですか」
一気に怒りが、引いていく。
いつの間にか諏訪子も押し黙る。
「お前…」
「フフ、気になるんですか…?」
○○は一呼吸置いて、空を仰ぐ。
下衆野郎の証言が、始まる。
始まりは、苦痛の中だった―――
「!?」
殴る事しか能のない父親、僕を灰皿代わりだと思っている母親。
だが・・そもそも僕は、その『父親』の子ですらなかった。
父の留守中に、母が男を家に何度も連れ込んでいた。
その中の誰かが僕の本当の父親さ!
…父はその事実を知っていた、だからこそ僕を殴ったんだ!
物心つく前から苦痛という名の地獄にいた。
僕はサンドバッグ、いや…サンドバッグよりも殴り甲斐のあるのがどこにあんだよクソ!
何故なら、泣けるからさ!
イタイと言えるから、ヤメテとも言える!
「○○…」
どうです!?あの花使いも喉から手が出るでしょう!
自分が優越感に浸るのにこれ以上ない最高品質のサンドバッグ、それが…この僕、○○だった…!
ある日、チャンスが来た…!
父親は飲酒運転で事故にあったと聞き、母親も理由は知らないけど家にいなかった。
多分どっかの男と逢引でもしてるのか、まあ関係ない。
だから僕は逃げ出したんだ、遠くへと、遠くへと。
その遠くの果てが…
「幻想郷…」
ご名答。
流れ着いたのが、迷いの竹林。
そうでしょう、鈴仙さん?
そして、僕は貴女に、永遠亭に引き取られた。
迎え入れてくれた蓬莱のお姫様もお医者様も、そして貴女も、みんな人の良さそうな、そして美しい女性ばかりでしたよ…
多少つっけんどんで、どっか暗い影がある鈴仙さんが気になったのですが。
僕はやり直せると思った、今度こそ普通の子供でいられると信じてた。
けどそれ以上に恐かったさ、これが…いつ壊れてしまうんだろうと…
表向き良い子でいてたらみんな優しかったよ…
「……」
けど、何考えてんだか…
10歳をとっくに過ぎたある日、兎チームのリーダーの子から告白された。
僕は当然やんわりと断った、気遣ってありがとうとも言った。
なのに彼女は納得してくれない!
それに怒った彼女はお得意のトラップで嫌がらせをしてきた。
好きな子ほど苛めたいのか、思い通りにいかせるためなのか…
「それが、誕生日の落とし穴事件…」
そうさ、僕は落とされた。
穴なんかじゃない、またあの頃にだ!
当然、あのクソ兎はたっぷり絞られ謝ってくれたし医者は看病してくれた。
そのことにはちゃんと感謝したよ、けど恐かった…
恐かった怖かった、恐いんだよ!
だって、彼女だって
耳元で囁いたよ。
『愛してるから、貴方を守りたい』って…
「師匠まで…?」
治ったあとも、それはそれは熱烈だったよ。
しかも姫様も私についてなさいって煩いんです。
二人とも、隙あらば僕にべったりでしたよ…
「それは、貴方が心配だったから、普通の人間だったから…」
そんなわけありますかボケ!
生憎、勉強は楽しかったんです。
勉強している間は、誰からも殴られなくて済みますから。
で、ちょっと難しそうな本を読み、医療研究の資料や精神病の患者の記録を紐解き、
遊び方を、学んだ。
大人になるにつれ、少しずつ学を積み重ね、医者になりました。
けど、女性が僕にたくさん迫ってくるんですよ。
あるときは患者から、または薬を運んでいくその矢先に。
素っ気なく受け流す僕に医者は堪忍しかねたのか…
はたまた、患者に情が移るのに嫉妬したのか、
永琳さんが僕に関係を迫ってきた。
「!う、嘘でしょう?」
嘘じゃない!
今でも頭を離れない、柔らかな肌、あの可愛らしい喘ぎ声、束の間の快楽、そして抱きしめられたときのあの熱さ!
そして、姫様も負けじと僕を激しく求めてきたんです。
終わった後、胸に抱きしめられて感じる体温に、かつての恐怖がこみ上げて来た。
あの頃の生々しさに似てた。
殴られて流れた血、腫れあがった痣の生温かさを思い出したんだ。
そして僕は、いい感じに壊れちゃいましたよ。
僕は、いい加減断るのに疲れてきたんですよ―――
僕は既に殺し方を学んでいた。
やれやれ…
ですから、何人かには貢がせてもらいました…お金も、命も。
未だにあの医者も、患者すら、挙句の果てにどこの女も僕に…!
まったく、ウザイんですよ…どいつもこいつもよぉ!
最初があの巫女でした。
「早苗のことか…」
わざとらしい怪我してまで僕をいちいち山まで登らせて、医療室まで押しかけて、とんだ迷惑だよ。
あまりに嫌になってきて、つい冗談で口にしてしまったんですよ。
『だったらもう一人の巫女を倒してから言え』と。
そしたら本当に勝ってきやがりましたよ、あっはははははは!
すごいぞくぞくしましたと、彼女のボロボロな姿で、歪んだ笑顔で自慢する彼女が!
ズタボロになった真っ赤な巫女さんでも、薔薇の花の代わりに贈るつもりなんでしょうかねぇ。
余りにも真剣な目をしてたもんで、つい理性が吹っ飛んじゃいました。
だから僕は試すことにしたんですよ!
何処まで僕の事を愛してくれるのかを。
まず最初は耳を要求しました!
僕を愛してるなら、他の男の声なんて聞いてられないよね、とね!
「狂ってる…、傍にいながら何故気づけなかったの…?」
ハハハハハハハハ!
そうしたらどうしたと思います!?
過去に他の女性に同じことを言ってみたけど大半は去っていった!
でもね、いたんですよ…、耳をはいどうぞって差し出した馬鹿が!
だから僕は次に指を要求した、そして…次々にパーツを貰った!
段々と数は減っていきました!
それでも僕に言い寄ってくる女性が何人かいたかな?
一人は先ほどの早苗さんでした。
途中でお人形さんになっちゃいましたよ。
やれやれ、片付けも二人分だったし大変大変…
「き、貴様ァ!」
「抑えて、諏訪子!」
あと白い髪の紅白少女、彼女は死ねないもんでどうしたものかと思いました。
やがて、飽きたんです。
突き放した後の絶望に染まった顔が、最高でした…
ああいうのを俗に言う、ヤンデレってやつですかね。
彼女達は、みんな陰りのある笑顔だった、凄く淀んだ目つきをしていた!
次第に僕はその異常な愛に興味を持ち始めた…!
そして、このうえない快楽を求めた!
減っても減っても女性はいた。
だから僕は、何人かホルマリン漬けにしてやりましたよ、あはははは!
あと、催眠療法で遊んでもみました。
楽しいですよ~~~?
こう・・・メスを持たせてね。
さあ約束したなら指を切って。
はい、良く出来ました!
じゃあ次はどこを切る?ってな感じです。
アリスちゃんなんて、自分が本当に人形になりきってるつもりなんでしょうか!
あッハハハハハハハハ!!
流石に数十人いった所で貴方達が来たんですけどね!
やっぱり医者や姫様を脅したところで隠しきれないし、もうあんなだしね。
(胸糞悪い…?いえ、これは…)
あのときの永琳さんにはぞくぞくしたよ…
僕のした事がすべてバレても、必死に否定してた。
なにせ僕を盲信していたもんだからねぇ…!
あの黒く淀んだ目で上目遣い、胸が張り裂けそうだったなぁ…!
まるで以前の三つめの目をもった少女のときみたいにさ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
「…で?」
急に押し黙る○○、その空気を私が引き裂いた。
「もう自慢話はいいのかしら?○○先生」
拾われたあの日の貴方は、どこか普通の人間と違っていた、私には分かっていた。
私だって気になっていた、けど少なくともそれは恋愛じゃないと思う。
「貴方の境遇には同情できる」
「テメェに何が分かるんだよ、あぁ!?」
この期に及んで○○はまだ口だけでも抵抗してくる。
「鈴仙さん、諏訪子さん。二人はまだ良いですよ、友達がいたから!
僕には誰もいなかった、一人で…、一人で地獄と向かい合うしかなかった。
自分でも壊れたと分かったさ!」
私と貴方は、どこか通じるものがある。
「知ってるんですよ鈴仙さん、所詮貴女と僕は同類だ…」
そう、私は自分可愛さに殺してきた、保身に走った…即ち悪。
「貴女も早く壊れたらどうです、解放されたいでしょう?」
歯を軋ませ、拳を震え上がらせる諏訪子。
「鈴仙は関係ないだろ…」
「僕は友達が欲しかったんだ。鈴仙さんとなら友達になれると思ってた…
なのに貴女は突き放した、構ってくれなかった!」
「気持ちは分かる」
怒りをぐっと抑え、深く息を整え続きを言い放つ。
「けど、きっと貴方から助けを求めれば鈴仙だって答えてた」
そう、またしても私は助けられなかった。
「あんたに好意を抱いた女性、○○に尽くした早苗も、みんなも…あんたが好きだった!
歪であっても、本心から貴方は愛されていたよ…
○○、あんたはそれと向き合わなかっただけなんだ…!」
図星を言われたのか、○○はびくっと反応した。
その顔には狂喜が消えうせ、余裕すらなかった。
「…黙れクソガキ!」
「そして、自分に湧き上がる快楽に流され、逃げたんだよ…」
「僕が、悪いって言うのか…
ざけんな!全部女の方が狂っていたんだ、愛だの恋だのそんなの言い訳に!
僕は何一つ悪い事なんてしてない!」
そうよ、確かに悪い事なんてしなかった。
「けど、自分からは何もしていない…」
私も貴方も意思を示していたら、こうはならなかった。
イラつきも最高潮に達したのか、○○はしかめた。
「クッ、もう限界だ…」
いつの間にか抑えていたはずの左腕は、白衣の内側の中だった。
「吹き飛んでください」
そして、左手は姿をあらわす。
血に塗れた人差し指に針みたいなものが絡みついている。
諏訪子は何なのかと正体をつかめず動かない。
私はそれを知っている…!
「危ない!」
咄嗟に右の人差し指と中指を○○に向けて構える。
そして、ありったけの弾を…
ドゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアオオオオオォォオオオオ!!!
黒煙が薄れていく。
少し高い、咳き込む声がする。
「コホッ…、コホッ…」
諏訪子は無事のようだ。
ゆっくりと煙の中から人影が姿をあらわす、○○だ。
爆発は免れたものの、もう立っているのがやっとのようだった。
そんな○○が、まだ咳き込む諏訪子に押さえつけられ、もう一つの手榴弾を取り上げられていた。
「…あ…傷が……がぁ…あ…」
彼は私の銃弾でスタボロだった。
諏訪子は乱暴に振り払う。
「だ、駄目だよ…深すぎるよ……」
よろよろと、近くの樹にしがみついて立っている。
息もだいぶ荒い。
抑えているわき腹からも、脚からも、えぐれた肩からも血がとめどなく流れている。
「どうして…」
もう、長くない。
「どうして、どうして、どうしてだよ!どうして僕がぁぁぁぁ!!」
何も出来ない○○は、ただ子供のように慟哭を。
「どうして、僕ばかり…こんな目に……!」
諏訪子は言い放つ。
「私は、今のあんたが何よりも憎い。
だから殺すんだ、あんたが…今まで多くの女性を、早苗を弄んだように」
私は諏訪子のもとに駆け寄り止めた。
もう彼は死ぬ、これ以上血に汚れるのも無駄だと。
「止めるな、鈴仙!
だって酷い、かわいそうじゃないか!」
またもや呪詛を放つ、怒りが疼きだしてしまった。
「鈴仙…、恋する女の子というのはね、どんな事でもやるものなのよ。
好きな人に振り向いて欲しいから、言われるがままに、盲目にならざるを得ないんだ!
○○はそれを十分知っていた、その上で…耳を、指を…!」
怒りが徐々に引いていき、今度は悲しみに堕ちていく。
諏訪子の肩が震え、いつの間にか泣いている。
「…分かるんだ、あんたのとこの医者も姫さんも、早苗も、泣く泣く切り落とした。
自分の…一部を、次々と、振り向いてもらいたいばかりに……
もはや狂った愛で応えるしかなかったんだよ、狂気には狂気を!」
代わる句を終えた後、諏訪子は大雑把に涙を拭った。
「○○…あんたは、女の敵…
愛で少女を喰らう、妖怪だよ!」
「ククククク…」
もう自暴自棄なのか。
再び笑い出す、壊れたカセットテープのように。
「アッハハハハハ、光栄だよ!
言ったでしょう?狂ってるのは彼女らだとね…
幸せだっただろうよ!この僕に、面と向かって話しかけてもらえたんだからな!」
「黙れ…、黙れ…」
相手に後悔を与えられないことを悔しそうに、諏訪子の握り締めた拳から涙が溢れている。
そう、真っ赤な涙が…
「ヒャァハハハハハアッハハハハハハハハ!!
文字通りの命がけの恋、だな!
ヒィハハハハハハハハハハハハ!!!」
「うるせぇよぉおオオオオオオオオオ!!」
ついに爆発した。
私が諏訪子を制止する一歩手前で、涙にぬれた手から一筋の小さな光が放たれる。
その光は、○○の首筋の横をを通り抜け、遠くへ突き抜けていく。
首筋から、少しの血が滴る。
「ハァ…ハァ……」
どういった思惑かは知らない。
けど私は止めた。
クズ野郎の返り血を浴びるのを、止めた。
別に助けたわけじゃない。
もうじき血を失い果て、この男は死ぬからだ。
「クッ、もう…いいんだ…」
私からも、涙が止まらない。
透明で、透き通った…
「急ごう、鍵はこっちにある。
まだ患者がいるかもしれない…」
放出し終えたのか、諏訪子は素直に従った。
やけにあっさりしている。
疑問は○○から諏訪子に移っていた。
私から立ち去る、彼女も後に続く……はずだった。
「○○」
「私も、ちゃんと医学に知識はあるさ」
「何をした…?」
○○に悪寒が走る。
「塞呼伝、知らないはずないよね…」
びくっと震える、医者の○○であるからこそ分かる。
身体のツボをつき、その人の脳に直接命令を下す医療法だ。
命令が終わるまで、○○の体に自由は来ない。
それを知っている○○だからこそ、恐怖に震え上がった。
「祟り神が命じるのは一つ」
一気に法廷へとかわった。
罪人に下す刑罰を言い渡すかのように、諏訪子の顔は冷酷だった。
「…!?な、何…だ…?手が…手……!」
いつの間にか罪人の手には一本の研ぎ澄まされたメスが握られていた。
まるで糸に引かれていくように、右手はひとりでに手首にあてがい、
「致命傷以外を全て刺し、切り落とし、最後に心臓を刺せ」
一線、赤く線を引いた。
「ぎゃあッ!」
「思う存分抵抗なさい、無駄だから…」
ザシュ、サッ、ズプ…
「や…止めろ、止めろ…!止めろォォォォォォ!!」
ザンッ!
「がああああああああ!」
「報いよ、たくさんの恋する女性を弄んで殺してきた…」
ザプッ、ドクドクドク…
「ひ、」
ギリッ!
「ヒィェエエアアアアアアアア!!」
諏訪子はそっと背を向ける。
「や、止めてくれ!解除…解除してくれ!!」
足音が遠くなっていく。
その願いは、森の闇の中に消えた。
「ぎゃああああああああ!!」
サッ、さらさらさら…
「……あ…!!」
男からとめどなく涙が溢れた。
「……ギ…」
シャッ!
「…ち……」
ザプッ…!
「…ちめい」
どばどばどば…
「致命傷は…」
ザシュッ―――
「致命傷はまだかぁぁぁぁぁ!!!」
嫌な予感がする。
私は急いで来た道を引き返しているのだが、どうもおかしい。
その疑問を解くべく向きをかえたら、諏訪子は必死に止めた。
『いくだけ無駄だ』、と。
あんなに殺したがっていた彼女が手のひら返してあの男を割り切るなんて、考えられるのは一つ。
私に見せたくないことを、○○にした―――
気づけば空はとっくに夕刻を過ぎていた。
今宵は満月、ただ私は闇を突き抜ける、風を切り裂く。
見えた!
「……く…ッ…」
正直、目を疑った。
○○が狂ったように自傷していた。
その白衣は爆発で黒ずみ、血で赤く染まっていた。
そして、顔は幾千もの血と涙で穢れ果てていた。
思わず手が早く動いた。
「こんなことだろうと、思ってたわ…」
「れ、鈴…仙…さん」
私の存在を認識して、更に○○の顔は恐怖に歪んだ。
けど、私はメスを走らせる彼の腕の付け根にそっと…
手を、あてがった。
けたたましい音とともに弾幕が爆ぜる。
「あ、ぎっ……!」
○○の腕は、吹き飛んだ―――
右腕さえなければもうそれ以上、自分を攻撃できない。
○○は最初こそ痛みに喘いだが、脅威が自分から離れたことに安堵した。
「あ、…ありがとう…ございます……」
安心しきって○○は私の足元に崩れ落ちた。
血が、地面に染み込んでいく。
汚らわしいと、思っていたはずなのに…
私は、そっと腰をおろす。
「別に、誰が貴方を殺した事なんて何の名誉にもならないわ」
虫の息となった○○、今は私と二人だけ。
「ねえ、鈴…仙さん…これだ…けは…本当…です」
息を荒げつつ、言葉を紡ぐ。
「僕…鈴仙…さん…とは本…当…に…友達に…なりたかった…んですよ?」
思わず、言葉を失ってしまう。
「貴方…が…好きなん…です…」
「○○…」
やりきれない思いで胸が一杯になる。
彼だって、本当は普通に暮らしたかった…
「でもね……忘れない…ことです…
ぐは…、貴方…は…紛れも…なく…壊れてるんです…逃げた…その日…から……」
血を苦しそうに、思いと一緒に吐き出す。
「いつか…きっ…と恋…で人を…壊す…愛で…己を…滅ぼ、す…」
違うって返せない、自分でも自覚があるんだよ…
「僕…みたいに…ならない…で、人を…愛して、…くださ…い…
それが…貴方が、狂気から…遠ざかる、唯一の、方法…」
少しずつ目の焦点が合わなくなったのか、その目は虚ろだった。
「いいですね…?これは…友達の…忠告…です」
いつの間にか地に伏す彼を抱きかかえている。
でもいい、彼はもう…
「○○…、もういいのよ…安らかに、眠って…」
「フ、友達…からの…最初…で…最後の、…手向け…か…
ハ…ハ…、鈴仙…さんの…そういう…所…やっぱり、好きだなぁ…」
笑っていた。
「おやすみ、○○…」
笑っていた。
彼の波長が少しずつ一本の直線になっていく。
「…優…し……、で、す…ね……」
そして、私の腕の中に崩れ落ちた。
笑っていた、狂気なんかではなく、彼は本当の意味で笑っていた…
「違う、私は…弱いだけ…」
気がつけば私は泣いていた。
一筋の風が、耳をすり抜ける。
○○は悪人だ、仲間を置いて逃げた私と同じく狂ってるんだ。
けど、どれだけ毒づこうと心の底では私だけが残っていた、彼は確かに好きだったんだ。
それを、突き放した。気づきもしなかった、ほんの僅かな糸を。
やがて差し出した手を、振り払うようになってしまった。
今夜は満月。
私もいつか、壊れてしまうのだろうか。
あのお月様のように、遊びについていった少女達のように、○○のように。
そして私は取り残された。
だからこそ忘れない、もう過ちを繰り返さない。
永遠亭を立て直す事から始めよう。
今頼りになるのは、私とてゐだけなんだ。
絶対に私が犯した罪を背負い、また作り出すんだ!
皆の笑顔を…
ふと、後ろを見やる。
まるで雛鳥のように、彼は優しい微笑みのまま眠っている。
再び○○が来るとき、幻想郷はどうなってるのだろう。
そのとき私は何をしているのだろうか。
いつか、その笑顔が似合う素敵な人になって欲しい。
次は、仲良くしましょう―――
最終更新:2011年11月12日 00:03