毎日の様に隣に並び立って歩くからこそ、気付く事もある。
何気ない仕草の癖だったり、変なとこについてるつむじだったり――
「……大ちゃん」
「何ですか?」
「背、伸びた?」
とんとんとリズミカルに包丁をおろす大ちゃんの背中を眺めながら、
ふと気になった事を聞いてみた。
――確か出会った当所の彼女は僕の胸あたりまでしかなく。
我が家の棚に手が届かず、わたわたしていた姿を覚えているのだが――
「ふふ、そう見えます?」
ふわふわと笑う大ちゃんは今まさに件の棚に手を伸ばしているわけだけど、
かつての半泣きもどこへやら、苦もなく棚上の調味料を手にしている。
「どれ」
「きゃっ!?」
「――うん、やっぱりだ」
「あの、○○さん?」
後ろから抱き締めて確認。
顎のすぐ下に大ちゃんの頭。
女の子特有の良い匂いがふわりと漂う。
「少し、のびてるね。
妖精は不変の存在って聞くけど……大ちゃんは違うのかな?」
「あ、あの、その――お、おなべ焦げちゃいますからっ」
「あ、ごめんごめん」
茹で蛸よりも赤くなった彼女を見て後ろへ下がる。
もう数年来の付き合いだというのにまだ慣れないらしい――そこが可愛くもあるのだけど
おっといけない、思考がそれるところだった。
「それで、実際のとこどうなの?」
「いきなりなんて、びっくりするじゃないですか……もぅ。
こほん。妖精は確かに"不変"の存在ですよ。
でも、何から何まで変わらないわけじゃないんですよ?
私が○○さんを好きになったように、精神面は変化し続けますし――」
気を取り直して調理再開した彼女から、耳慣れない言葉が漏れる。
「――気分によって体格も若干誤差が出てきます」
「……誤差?」
「ほら、例えば人間にも"今日は何だか調子がいい"とか、その逆の日とかありますよね?
そんな感じで私達は存在そのものが多少変化するんです」
「……成る程。つまり大ちゃんの背が少しのびてるのは――」
「――し、幸せ太りならぬ幸せ伸び、と言ったところ、で――」
言い切らぬうちにまた頬を赤く染めてきゃーきゃー言い出した彼女を見ながら、納得する。
以前町中を歩いて兄妹扱いされた時、やたら背中が小さく見えたのはそのせいだったらしい。
どうやら僕の気がかりは杞憂になりそうだ。なりそうだけど――
「……まだ様子見か」
背が大きくなった時期に合わせるように、彼女の羽が薄くなったような気がして。
彼女に限ってそんな事――
脳裏に浮かんだ嫌な予感を打ち消す。
「何か言いました?」
「いんや、何にも。それよりも御飯はまだかな?
そろそろお腹と背中がくっつきそうなんだけど」
「あはは……もうすぐ出来ますから、待っていてくださいねー」
「あいよー」
居間に○○さんが消えたのを見届けてから、
私は一つだけ、ため息を……安堵のため息を、つきました。
――何とか誤魔化せた。
先程○○さんにした説明のうち、殆どは真実です。
その、私が○○さんを好きになった、とか、ココロが変わり続けるとか。
そこは事実です。この気持ちは譲りませんし、誰にも否定させません。
ただ、もう一つ。
気分によって、存在の濃さ、つまり強さは確かに変動します。
ですが――姿形までは、変わりません。
では、何故私が変化をしているのか、というと――
私が、自分を……自身の体を、作り変えている為です。
自身を妖精たらしめる力、その根源を、肉体の構成に回しています。
何故そんな事を?と、事情を知らない人は私に聞くのでしょうね。
決まっているじゃないですか。
○○さんに相応しい女性になるため、です。
○○さんの家でも過不足なく動けるよう、少しだけ背を伸ばしました。
これで貴方の手を煩わせなくても、手早く家事が出来るようになりました。
――少しだけ、私の背中の羽が薄くなりました。
行商の方に兄妹に間違われないよう、また背を伸ばしました。
これで町中でも堂々と貴方の奥さんを名乗れます。
――さらに羽は薄くなり、かつてのような力は出せなくなりました。
かつては力強く存在を主張していた背中の羽は、今ではだいぶ霞んで見えます。
なくなったらどうなるのか、分かりません。
でも、これでいいんです。
○○さんの隣に居られて、笑顔が見れて、時々頭を撫でてくれたら――
――それだけで私は、幸せなのです。他に何も要りません。
だから。
もう少しだけ。
お側に置いて、下さいね?
最終更新:2011年11月12日 21:09