その日も雨がざぁざぁと雨が降り、火傷のある男は擬装した櫓の上でぼんやりと眼下に広がる幻想の山々を見詰めていた。

(な、なぁ、どうしても、話したい事があるんだ。近いうちに、時間を空けて、私の家に来てくれないか?)

人里を通る時に話しかけて来た、慧音が去り際に言った言葉だ。
均衡が崩れる時が来たのかと、嘆息混じりに考える。

自分の嫁の様子は相変わらずだ。
覆水盆に返らずという。
一旦歪みきってしまったものは、二度と戻らないのだろうか。

慧音も均衡を崩してしまえば、後がどうなるか解らないはずが無い。

だが、そうしてでも欲しいのだろう。

○○を。
○○の関心を。
○○の愛情を。
○○の身体を。
○○の子種を。

慧音もまた、治せない、治しようがない歪みを発しようとしている。
始まってしまえば、ただの蓬莱人でしかない自分に二人を止める事は出来ない。
戦いの後、残った歪みに巻き込まれ、そのまま永劫を過ごす羽目になるだろう。

○○はもう一度雨しぶきに煙る幻想の郷の山々を見詰める。
結局、自分は起こった事実を受け入れるしかないのだろうか。

ドーン

鈍い音と、その後で小さな光点が幾つも空を舞う。

(弾幕?)

外界から流れてきた旧軍の双眼鏡でそちらを覗く。
沼の縁を必死に走る男……観測が好きだと言っていたボロボロのスーツ姿の男。
そして彼を追いつつお互いに弾幕を撃ち牽制をしている三人の女。

霊廟の一派である烏帽子を被った術士。
同じく霊廟の一派である仙女。
最後に寺に姿を見せるようになったらしい化けダヌキ。


空を飛んでいる彼女らが追いつかないのは、お互いに妨害しあっているからだろうと火傷の男は推測した。

だが、このまま誰かが脱落すれば、追い着かれてしまうだろう。


考えるよりも先に銃を構える。
普段なら傍観していただろうに、何故か引き金を引いた。

手前に銃弾を撃ち込まれ、男がギョッとした顔でこっちを見る。
素早く櫓から滑り落ちた火傷の男は、手を上げて叫んだ。

「おい、こっちだ!」

男がこっちへ目掛けて走ってくる。
方向転換しようとして、やはり三つ巴の妨害合戦で思うように追って来られない三人。

男を近くにある洞窟に招き、そのまま奧へと入っていく。
出入り口は擬装してあるので、気が付くまでには時間がかかるだろう。

「……あんた、何で俺を助けた……?」
「……………………何でだろうな」

地底に通じる鍾乳洞を駆け抜けながら、火傷の男は呟いた。


続く 最終章へ ついでに火傷の男の物語も終わりそうです

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最終更新:2011年11月13日 09:58