飛び込んできた舟は、後ろから飛んできた2種類の弾幕で逸らされ、火を噴いて飛び去っていく。
是非もなし、俺は全力で坂を上がり始める。
2種類の弾幕はお互いを牽制し、尚も近付いてくる。これが執念という奴ね。
『女性ってのは怖いのよ、特に好きになった、渡したくない人が絡むと』
薄暗いバーで舐める様にバーボンを飲んでいた、赤ら顔の女が脳裏を過ぎる。
お前も、弾幕を撃てれば、こんな風に俺を縛っていたのだろうか。
いや、お前の場合、精神的に縛り付けようとしたかもしれない。
血塗れのホテルの一室。死にかけたお前の口から聞いたものな。
今更、この世界では幽霊も存在しえると思い出した。
もしかしたら、お前も、この世界に居たのだろうか?
「急げ、頂きが見えて来たぞ!」
牽制の威嚇射撃を加えながら、火傷の男が叫んで走る。
確かに階段の終わりが見えてきた。
このまま駆け上がれば、終わりだ……そう思えてきた瞬間。
「○○―――!!」
叫び声と共に、先程通り過ぎていった舟が、乗り手の烏帽子毎突っ込んできた!
流石に拙いと思ったのか火傷の男が烏帽子に向かって銃を撃つ。
銃弾を避けるために烏帽子がよろけ、同時に舟も階段に突っ込んだ。
「あっ」
「掴まれ―――」
火傷の男の、足場が崩れる。
よろけた男が、階段から落ちかけたので手を伸ばす。
充分に掴める筈だった腕が、グンと下に下がった。
見下ろし、硬直し、納得した。
火傷の男の両足に、奴の嫁と、恋慕している守護者がしがみついていた。
二人の女の幻影は、愛する男の脚を引っ張っていたのだ。
逃がさない
ずっと、一緒
どこか、諦めたような、クシャリと歪んだ笑みを俺に向かって浮かべ。
火傷の男は地上へと墜ちて行った―――。
舟は遠離り、二人は弾幕戦で拮抗。
俺を阻害出来るのは、もはや居ない。
あの三人の思念が俺の手足をまた重くしようとする。
「悪いけど、ここまで来たからには……行かせて貰う。どうなっているのか、俺の、終わりがどうなってるの知りたいンだよ」
そうして、俺は残りの階段を上りきり……視界が真っ白になった。
「あら、この概念を登り切れる殿方が来るのは久し振りねぇ」
クスクスと笑い声。胡散臭い、一度だけ聞いた笑い声。
階段の頂きの先は、暗い暗闇だった。
その一部が紫色になり、一斉に隙間の無い瞳が埋まる。
「……どうして、あんたが此処に居るんだ。妖怪の賢者」
「その呼び方は正しくないわねぇ。私は八雲紫であって紫ではないもの」
ずるりと隙間から這いだした女は、何時も通りの胡散臭い笑みを浮かべた。
最終更新:2011年11月14日 09:39