変態は褒め言葉って、男にとっては。
酔っ払って誰かに言われてそう返して、
それからは記憶が無い。
誰かにもたれ掛かったんだ、ああ、
アリスだったな。
じゃあここは彼女の家か?
しかしなんでまた、縛るでもなく吊るすように糸で拘束されてんのかね。
「お~い」
酔いが覚め切ってないのか頭が重い。
やっぱり縛ったのはアリスみたいで、声に気づいて寄ってきた。
「辛そうね、大丈夫?」
「なんとか」
吊るしてるのはスルーみたいだからスルーし返した。
「何がしたいの?」
「血が欲しいの」
注射器を取り出してにっこり笑った。
「スカーレット姉妹にでもなるつもり?」
「まさか。
魔法薬の材料なのよ」
ああ、そういう。
「惚れ薬とかそういうオチ?」
どうだか、とアリスは言って、
顔を眼前まで近づける。
「必要なのかしら、あなたに」
目をぺろんと舐められて、涎が少し染みた。
慣れた手つきで針を刺し、
カテーテルの先をビーカーに繋ぐ。
酸化したり、劣化したりしないのかなと思ったが、
魔法薬だからそれほど問題無いのかもしれない。
何を意図したかアリスはビーカーを視界に置いた。
見せたいのか。
何が目的なのかわかるようなわからないような。
とにかく彼女の思う通り自分の命が削られていく様は気が萎える。
くたびれた所でアリスが薬瓶を持ってきた。
「それは?」
「増血剤、後栄養剤とか」
怪しいが信じるしかないのでそのまま飲ませてもらう。
「ああでもこれ、煮詰めたばっかだから熱いかもね」
そういうとアリスは口に薬を含み、
ぐちゅぐちゅと口の中でかき混ぜてから、口移しした。
「っぷ・・・当てつけでやってんの?」
「何の事かしら」
「この変態」
だって今のは、流石に嫌悪感だって生まれるさ。
アリスは「ありがたくうけとっとくわ」と言った。
ビーカーが一杯になった頃、アリスがそれを回収しにきた。
「なあ、もう一杯になってるしもう良いだろ?」
致死量がどの位かは覚えてないけど、
ビーカー一杯に溜まった血液は澱んだトマトジュースみたいだった。
アリスは軽くそれを振って「まだダメ」と言った。
それから、血の滴るカテーテルの先に舌を当てて、
「もったいないね」
と冗談混じりに言った。
笑い飛ばしてやろうと思った。
でも、アリスは驚いたような顔をして、
ビーカーの血を軽く飲んだ。
「え・・・」「違う」
カテーテルを咥え、
血が、吸い出されるのが分かった。
「すごい・・・おいしい・・・
◯◯がこんなに美味しかったなんて・・・何で気づかなかったんだろ」
体温の元が抜かれた事もあったが、
その言葉とアリスの幸せそうな表情に薄ら寒いものを感じた。
「ね、もっと、もっとちょうだい?」
「や、やめて・・・」
強く否定する事が出来なかった。
アリスは暫く血を吸い続けた。
「うぅ・・・やめてくれ・・・」
「ごめんなさい、そんなに辛い?」
「直接吸われるとかなり精神的にキツいよ」
「そっか、じゃあ、
ちょっとでも戻さないとね」
アリスが言った言葉の意味が分からず、
何かと聞き返そうとした瞬間、腕に激痛が走った。
「な、に」
カテーテルの血が逆流している。
それだけでも危ないのに、
息が血管に入ったりなんかしたら・・・
「アリ、ス!駄目!それ、だけは・・・!」
アリスはくすくす笑って、
「じゃあもう少し、貰っても良いかな?」
と聞いてきた。
代償が大き過ぎる。
否応なしに受けるしかない。
小さく頷くとアリスは喜んで、
体を吊るす糸に指を掛け、ゆっくりと引っ張った。
「え・・・っ、痛っ」
ワイヤーのような細い糸は腕に食い込み、
暫くして服に赤い染みを作った。
「直接舐め取らないと美味しくなくなるの」
そう言ってアリスは鋏で袖を裂き、傷口をちろちろと舐め始めた。
舌先が糸に触れる度にそれが軽く食い込んで痛む。
「人間は食べた事が無かったけど、
◯◯がこんなに美味しいなんて知らなかったわ・・・
ん、なんでもっと早く気付かなかったんだろう」
ああ、残念。
食人はタブーって、もうそこまで考えてくれないんだ?
「私だけ飲んでも不公平よね」
アリスは自分の手首に鋏を這わせて、
「口、開けて」
青いスカートを赤黒く染めた。
「きっと大好きだから、美味しいのね」
指先を伝い、口をこじ開けて入って来た赤い水は。
少しだけしょっぱくて、
それが誰によるものかは分からなかった。
最終更新:2010年08月27日 01:04