「嫌……! 置いてかないで!」
部屋を後にしようとして、衝撃。
背中に、しがみついてくる。
腰に打撃を受けつつ、なんか踏みとどまって、肩越しに後方を窺った。
ああ、やはり。
ちらと視界に入り込む、長い銀髪が示すとおり――――下手人は妹紅であった。
「仲間外れにしないで……! 一人にしないで!」
喉をつぶす様に叫ぶ彼女をなだめるべく、そっと手をほどいてから、振り返って屈みこみ、やさしく抱きしめる。
彼女の後頭部に手を伸ばし、ゆっくり髪を撫ぜてやる。
さらさらと流れる彼女の髪は、しかし指で留めることを許してはくれない。
――――まるで、彼女の心に触れることすら出来ぬように。
「お願い、お願いだから、何でもするから……!」
大丈夫。一人にはしない。
それだけを呟きながら、彼女が落ち着くまでずっと頭を撫で続ける。
一週間に一度ぐらいの頻度で、妹紅は不安定な状態になることがあった。
何に起因するのか、だいたいの目星はついている。
――――恐らくは、過去。
彼女一人を残し、過ぎ去っていく世の全てが。
ただ生を全うするだけの純粋な生命が、彼女の心に傷をつけたのだ。
変哲のない娘が、永劫の生を手に入れ。
無事でいられるはずがないのだ。
流れていく死は、彼女の血に濁りを混ぜる。
透明な涙は、いずれ赤の色を宿すのだ。
血のように深い、淀んだ赤の色を。
ただただ、何も出来ず。
気休めにすらならない言葉で慰めているのは、手中の幼い少女なのか、それとも無力な自分自身か。
答えの出ない問答と、終わることのない彼女の懺悔は。
ひどく、似ているような気がした。
最終更新:2011年11月23日 13:24