本、魔導書、自分には全く関係の無いものだ。
アリスがいつも抱えてるのはグリモワールだったっけ?
ともあれ、今日アリスが持っていた本はいつもの物とは違っていて、
不思議な・・・・・・いや、奇妙な魅力を放つ本だった。
それが読みたい、いや、違うな。
なんというか・・・欲しい。
所持したい、占有したい。
入手したという事実に立ち会いたい。
そんな独占欲のような奇妙な感覚に襲われたのだ。
「本、いつもと違うんだな」
「ああ、よく気づいたわね」
いつもの物より鍵が厳重に掛けられている。
しかし一般に鍵付きの書物なんて目にしない人種としてはよく観察しないと気づかないものだ。
「一応言っとくけど、貸したりしないわよ」
「・・・・・・え、ああ・・・すまん」
アリスはふぅ、と軽く溜息をついてこう言った。
「ま、そんな気もしてたわ。
これは魔導書じゃなくて、呪詛の本というか・・・そういうマジックアイテムの類なのよ」
「へえ、アリスが持ってるとぞっとしない話だな」
「茶化さないでよ、
例えば、呪いの刀とかは使い手を求めたり呼び寄せたりするものじゃない?」
ある意味的確な例え方だな。
「普段興味もない俺が惹かれるのはむしろ危ないって事か」
「そういう事よ、よりによって○○が惹かれるなんて・・・結構強い呪でも掛けられてるのかもね」
あれ、でもそれだと、
魔力なりそういう技能を持った、アリスが本に誘惑されるんじゃないのかな。
なんて、
杞憂だったな、アリスだって魔女として熟達してるんだし、
そういう誘惑に抵抗力があるんだろう。
「とにかく、そんな危なっかしい本はさっさと処分してくれよ。
本のせいと言っても喉から手が出るほど欲しくてたまらんよ」
「ああ、じゃあ私の家で処分するから見に来ない?」
どうしてまた。
「焼き払われるのを直接みないと未練が残るかも知れないし?」
「まあ・・・それもそうか」
「紅茶でよかったかしら、コーヒー豆切らしてたわ」
「ああ、あるもので良いよ」
「ミルクティーが好きだったわね」
言った覚えは無いんだが、
「よく知ってたね」
「ええ・・・・・・まあね、アイスが良いんでしょう?」
知りすぎだよ、と軽く吹き出してしまった。
アリスが台所で飲み物を用意している間にふと気づいたが、
件の本をがんじがらめにしている鎖はダミーで、
実際には内側の本はカバーからすぐに取り出せるようだ。
そこで、黒い考えが浮かんだ。
中身を入れ替えても、バレないんじゃないか?
アリスは危険な本だと言ったが、それはあくまで本を開き使った場合なんじゃないか?
誘惑に打ち負けて、所持する上では、何も問題ないはずだ・・・・・・
都合よく、居間の本棚にあった文庫本を手に取り、中身を入れ替える。
- やはり外から見ても見分けが付かない、これで・・・いけるか?
「はい、普段作らないから自信が無いけど、こんなものかしら?」
「うん・・・・・・美味しいよ、ちゃんと淹れたのを飲んだのは初めてかも。
初めてって・・・外でどうやって飲んでたのよ」
「買って・・・いや、そうじゃなくて・・・ああ説明が難しいな・・・」
演技に自信は無いが、いざとなれば自然に行動できるものだ。
他愛の無い話を流して、なんとかその場をやり過ごした。
そして魔法で・・・ダミーの本が焼かれるのを見た。
「ああ、この本借りても良いかな?」
「良いけど・・・・・・もう帰るの?」
「あんまり長く居ても悪いよ」
「私は構わないけど・・・そう感じるなら仕方ないわね」
アリスも引き下がり、そのまま本を持って帰った。
やった、やった。
あの本が手に入った。
中身なんてどうでもいい、手に入った事が重要なんだ。
すごい満足感、あての無い充実感。
幸せだから、今日はさっさと寝よう。
飽きたらその時に焼き払ってやれば良い、危険なものに変わりは無いんだし。
そんな幸せな気分は、すぐに冷めてしまうもので、
家の前に、アリスが立ってた。
ああ、心当たりはあるさ、それならいっそ怒ってくれれば良いのに。
暗い顔で、玄関先でうつむいて、表情は見えない。
「ねえ、取った?」
「・・・何を」
「分かるでしょ?ねえ、取ったの?」
「・・・取ってない」
「そう・・・じゃあ良いけど。
もし取ってたら・・・どうしようかなぁ」
暗い顔の奥でひっそりと口が歪んでいた。
「その時は・・・なんでもやってやるよ」
「そう、なんでも、ね・・・
聞いたよ、聞いたからね?約束したからね?」
アリスは笑っていた、
喜びを抑えきれないみたいで、取り繕ったような表情は下卑た笑顔になっていた。
「あれ、ね。
中身は本じゃないの、紙自体がそういう道具でね」
あれ・・・変だな・・・アリスが、怖くも、なんとも無い。
そんな事より、何で?これ、本が・・・読みたい?
「悪魔の契約書ってあるでしょ?絶対に契約を履行する為の道具、
・・・それに使われる紙の束なの、その本」
分かってるのに、この本に書かれた事なんて分かってるのに。
でも駄目だ、開きたくてたまらない。
本には、今アリスと自分が交わした会話が契約として記されていた。
「だから、ねえ」
心が一瞬で現実に戻る。
あはは、これじゃあまるで、
「まるで、分かってて盗ませたみたい」
「ええ、そうよ」
アリスがぎゅっと抱きしめる。
振りほどく力が入らない。
「約束どおり、貴方は私の物よ」
すっとアリスが、本を取り返す。
「騙してごめんね、許してくれるよね?」
当たり前じゃないか、許さない事なんて出来ないのに。
「酷いな、アリスは」
「良いじゃない、見返りに本は読み放題よ?」
「また何か罠でも仕込んでそうだな」
アリスは一瞬キョトンとして、軽く笑った。
「ふふ、それも面白そうね」
勘弁してくれ・・・・・・
最終更新:2010年08月27日 01:05