彼の事を良く知る為に、交代制で兎に見張りを命じた。
ボーナスとおやつも付けたので、憧れの仕事となったようだ。
その報告は、始めてからすぐに来た。
「花見に行きたいって言ってました。独り言でしたけどー」
その兎のおやつにキャロットグラッセを持たせつつ、想う。
二人で桜を見上げながら歩く、自然と互いに手を取りつつ。
一本の木の下で寄り添ってお茶、そして口付けを。

素晴らしい予定が組めた所で台所に立つ。
久しぶりに包丁を握った為か、指を切ってしまった。
ほんの一滴だけど私の血が落ち、赤い花が開くと同時に閃いた。
採血器で血を抜き取り、彼の分に混ぜ込む。
マヨたまサンドの卵、照り焼きサンドのソース、サラダサンドのドレッシング。
お茶にも、と思った所で再び思い付く。
封印を解いて、蓬莱の薬をベースにお茶を作る。
これで彼と私は同じ存在になれる。
いつもは何とも思わなかった夜の時が、長く永く感じられる。
これほど日の光を待ち遠しく思う時が来るとは。

空が白む頃に彼の家へ向かう。
場所も、休みの日も、今日の予定が無いと言う事も全て分かっている。
気配消沈の術式を使い、窓から彼の様子を眺める。
彼の朝の風景。目の前に愛おしい彼がいるだけで嬉しく思える。
そして、実際に見る事の重要性を再確認させられた。
些細な癖や苦手と好み、およその行動時間に家の間取りや鍵の型。
兎の報告だけではとても伝わらなかっただろう。
いずれ夫婦として共に暮らす事になるのだから、もっと彼を深く理解をしなければ。

頃合を見て術式を解き、戸を叩く。
出てきた彼は少し驚いたようだけど、そういう所が可愛く見える。
花見の誘いに、と伝えたら更に驚きが見えて、私もつい笑顔になってしまう。
「俺で良ければ、ええ、喜んで」
その笑顔を見た瞬間、言葉が詰まる。
これからの事への大きな期待。きっと私の顔は紅潮しているんだろう。
嬉しい。

左手にバスケットを右手に彼の腕を取り、川辺の道を散策する。
所々に今の里人の祖父母の代が植えた桜の木が、青空に向かい淡い花色を添える。
他愛ない話をしながら、ゆっくり流れる時間に幸せを感じる。
そのうち、一本の木の下でお茶の時間。私の特別なサンドとお茶を振舞う。
「すごく美味い。いや本当に! このお茶も」
そう言いながら食べる姿を見て、充足感を感じる。
そして、彼の手を取ったまま、ただ微笑んで待つ。
静かな時が流れ、再び音色を奏で出したのは、彼と私の唇が離れてから。

帰り道、今日の事を一つ一つ思い出す。
彼の普段の生活、好み、ここに来る前の事。
彼に私の血が混じった事。彼が蓬莱の薬を取り込んだ事。お互いの唾液を交わらせて飲んだ事。
互いの存在が急速に近付いた気がする。
これからも理由を見つけて、一緒に過ごす時間を増やそう。
彼の家で食事を作って振舞おうか。今日みたいに。
合鍵を作って、留守中も掃除や洗濯をしてあげようか。
そうだ。独り身に寂しさを感じるよう、誘導していこう。
近い将来、我が身で慰める為に。

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最終更新:2011年11月23日 14:34