聖白蓮が○○にどのような思いを抱いているかは想像に難くない。
そして、きっとその感情が常軌を逸した偏愛である事も。
何故?そして何処で?どのようにして聖白蓮はこのような常軌を逸した感情を持つようになったのか。
あるいは。最初から聖白蓮も、その配下として付き従っている命蓮寺の皆も、全員最初から狂っていたのか。
そしてそれに従属する里も、狂っているのか。

蔵の中で息を殺してばかりいる○○には容易に見つけ出せぬ答えであった。
しかし、ジッとしてばかりではいられなかった。
生半可な法力の力では、○○の空腹と喉の渇きを誤魔化すのは既に限界に近かった。
○○は深呼吸を続け。どうにか満足に動ける程度の心の平穏を取り戻す。
相変わらず心臓はバクバクと高鳴り、恐怖心は消え失せる事はなかった。
それでも、震える手と酷くなるめまいを押し通し。帳面に思いの丈をつづり続けていた。

日が落ちたらすぐにここを出よう。大きな決心と共に、○○は執筆を続けた。
○○は急いでいた。日没までの間に出来る限り完成させなければならない。
そしてこの帳面を隠す時間を加味すれば。執筆を続ける時間はもうそれほど残されていないはずだから。

煌々と照っていた日の光も、徐々に沈んでいくのが明り取りの窓から差し込む光の量で確認できた。
手元も暗くなっていき文字を書くのに難儀していく。
まだ書き残したい事はあった。時間をかければ更に洗練された物に出来ただろう。
だが○○としてはこれの完成度を上げるよりも、一刻も早く命蓮寺から立ち去りたかった。

○○は帳面の隠し場所として土の中に埋める事を選んだ。
手頃な空き箱を見つけ、床下にどこか外れるところは無いか丹念に探し回っていた。
勿論、それらの行動をする際。立ち歩かず四つん這いとなり、出来る限り動作音を減らしていた。
少々の音でも漏れ聞こえるとは思わなかったが。恐怖心から慎重な行動を取らざるを得なかった。

一体聖白蓮は自分に何を求めているのか。自身を捕まえた後何をするのか。
未知の恐怖におののき。張り裂け、大声を上げたくならんとする胸の内を堪える。その影響で○○の作業は度々中断された。


床板の一部をはがせる所を見つけた○○は用意しておいた空き箱をスコップ代わりに土を掘り返した
もし、自分が捕まった後。蔵の内部に土がある事を怪しまれないように。蔵の内部に土を残さないように注意しながら。
明り取りの窓から差し込む光の量はもう心細い物だった。もう日没までは幾ばくもないだろう。
これを埋め終わる頃には、外に出るには丁度いい塩梅かもしれない。

見つかる可能性を少しでも減らしたく、穴は出来る限り深く掘った。
その穴に帳面を入れた箱を安置し、また土をかけ穴を塞いでいった。
ただ土をかけるだけではなく拳で叩き。出来るだけ固くしておく事も忘れなかった。

床板を元の位置に戻し、これで見た目は以前と変わらない形となった。
蔵の中から聞き耳を立てる限りでは、外は静かだった。人の気配も感じられない。
夜間の捜索活動を行う旨の話は今まで聞いたことは無かった。里の人間達は命蓮寺に戻らずそのまま里に一時帰ったのだろうか。
どちらにせよ聖白蓮も、命蓮寺勢も、里の者達も。○○がまさかこんな近くに息を潜めているとは思っていない事だけは確かだった。

まずは命蓮寺の近くの森で、木の上にでものぼり夜間は息を潜め。明日夜明けの直前くらいに神社へと向う算段を立てていた。
ひとつ気になる事は。博麗の巫女がしばらく結界を開けない事を、立看板で知らせていた事だった。
何か理由があって開けれないのであれば結局は八方塞だった。いっその事力に任せて無理矢理開かせるか。
暴力沙汰は○○も望みはしないし出来れば使いたくは無い。だが博麗神社が自分を匿ってくれる保障も存在しない。
里、命蓮寺と裏切られ続けた○○は。既に幻想郷に対する信頼など微塵も無かった。
故に。○○の思考はどうしても物騒な方へ物騒な方へと傾くままであった。

できうる事ならば聖白蓮と、今まで親身になって相談を受けるふりをして騙し続けた彼。
この二人には一発と言わず何発か全力で殴りたい気分でもあった。

しかし、それを実現するにはその取り巻きも全員相手にしなければならない。とても現実的ではない。
だからそれは諦めて。幻想郷から逃げ出す事が奴等に対する最大の復讐と考える事にしていた。
このままこの暗くて狭い蔵の中でグズグズしていたならば。ただでさえ低い成功の見込みがますます小さくなる。
法力で誤魔化していた空腹と喉の渇きも、もうとっくに限界を迎えていた。
いずれは足腰も立たなくなるだろう。そうなれば逃げる為の行動を起こす事も出来なくなる。

命乞いをするつもりは無かった。自害を選ぶ気も無かった。戦うにしてもたった一人で何が出来るのか。
ならば、このまま逃げ切る事を選ぶしかなかった。

蔵の二階から窓を小さく開け境内の様子を確認する。扉を開けた瞬間鉢合わせにはなりたくなかった。
誰もいないことを確認し、出入り口を開ける際も聞き耳を立て。誰かが帰ってこないかを慎重に判断する。
蔵の扉を開ける際、○○は日本の足で立とうとしたが。やはり水すら断たれた絶食は体に相当堪えているのか。
一思いに立つ事ができなかった。もし見つかれば、逃げる事など不可能だろう。

蔵の扉を開け放っても扉の先には誰もいなかった。境内には人の気配も感じられない。
そして遂に○○は何日ぶりかに蔵の外へと足を踏み出した。
ひっそりとした境内。久しぶりに吸った外の空気。
誰にも見つかっていない事と、幾日ぶりかの新鮮な空気に思わず○○の顔がほころぶ。
だが、状況は何も変わっていない。○○はかぶりを降り気合を入れなおす。

まずはここから出なければならない。すぐに○○はよろける足に鞭を打ち門へと向う。
ようやくこの地獄の底から抜け出せると思い。声にこそ出さなかったが○○は満面の笑みと大きくはやる心で歩を進めていった。


その笑みも、はやる心も。門から見下ろす大階段からの光景により、○○は地獄の底の底へと叩き落される事となった。



大階段の下には沢山の人間がいた。きっと自分を追い掛け回したあの時よりも沢山の人間が。
そう、○○の読み通り境内には誰もいなかった。“境内”には。
里の者達は命蓮寺の境内には入らず。その出入り口となる大階段の前で腰を下ろし、休息を取っていたのだった。
今までずっと境内にまで入ってきたのに。この時に限って、境内には入らなかった。

大階段の下にはかなりの人間がいる。その全員が、門の前に立つ○○の姿を見逃すはずも無かった。



「いたぞおおおおお!!!」
○○は悲鳴を上げた。飲まず食わずでいて、体力も無いはずなのに。とてもとても大きな悲鳴だった。
よろけて満足に動かせない足、混乱の極みに叩き落された思考。
溺れる者がわらをも掴むように、○○はまた蔵の中へと入っていった。
そう、命蓮寺に逃げ込んでから今まで自分をずっと隠してきたこの蔵も。今の状況ではわら一本程度の価値しかなかった。

蔵の入り口にある段差で無様に転ぶ○○。最早扉を閉めることもできない。
例え転ばずに閉めれた所で大人数でぶちかまされれば。しかも体力も無い○○が相手ではなのだが。
泣き喚きながら、羽をもがれた虫のように這いずりながら。蔵の奥へと逃げようとする。
しかし、蔵の出入り口は一つしかなかった。最早○○の運命は完全に決してしまった。
今無様に足掻く姿も、少ない可能性を手にしようとするものではない。ただ結果が決まる時間をほんの少しだけ延ばしているだけだった。
無論、○○はそんな事に気づく余裕など無い。


○○は首根っこを引っつかまれた。その感触に、まるで癇の虫が強い赤子のように泣き喚き、もんどりうつ。
「離せぇ!離せええ!!」
無論離すはずもない。複数の大の男に羽交い絞めにされ、最早先ほどまでのように手足をばたつかせる事もできない。
ただ、泣き喚くことしか出来ない。





その悲鳴の主が○○である事は、皆すぐに気が付いた。
横になっていた村紗は跳ね起き境内に飛び出した。
境内の一角、では沢山の人間が一気に蔵に入っていくのが見えた。
「おい!何が合ったんだ!?」
誰に対してではないが蔵の中に入ろうとする者達呼びつけると。すぐさま何人かがこちらに向き直った。
そして猛然と近づき、やはりいつものように額をこすり付けんとばかりにひれ伏した。

「村紗様!○○を見つけました!!」
「何処で!?お前等はずっと休んでいただろう」
「はっ!どうやら○○はずっと命蓮寺の中におったようです。近すぎて今まで気づかなかったようです!」
その事実に村紗は戦慄した。今まで自分達は、○○がいないと思っていたから。
悪口雑言を喚き散らし、感情に任せて手を上げ続けていた。
もし、○○がずっと命蓮寺にいたのならば。それらを全て見られ、聞かれていたことになるではないか。
自分で自分の首を絞めていたのは、○○だけではなかったと言う事になる。

○○が里人に対して不信感を通り越した憎しみの心を持っているのは最早考えるまでも無い。
そして、○○がずっと命蓮寺に。今里人が雪崩れ込むあの蔵に隠れていたのならば。
○○の中にある憎しみの心は、間違いなく命蓮寺の皆にも向いている。
知らなかったとは言え。自分達も里人と同じように、○○を傷つけていたのだ。

しかし、何故○○は今になって蔵を出ようとしたのか。
村紗には一つ思い当たる節があった。


「ぶっちゃけ境内に座り込まれても目障りなんだよね」
捜索に一段落付け、命蓮寺に戻ってきた際。村紗は彼らに対してそんな事を言って悪態を付いた。
村紗の言葉は本心だった。本心から境内のあちらこちらに座り込む彼らを見てイラついていた。
今までずっと境内で休息を取っていたのに。今回だけは村紗の個人的な感情で彼らを境内にいれなかった。

きっと○○はずっと逃げ出す頃合を計っていた。
そして日が落ちかけても境内に戻らない里人を確認して。今日は里に戻ったと勘違いしてしまったのだろう。
間接的に、村紗は○○に止めを刺してしまったのだった。

村紗は顔に手をやり、よろけるしかなかった。
そのよろけた体を誰かが支えてくれた。後ろを振り返ると、一輪の姿が眼に見えた。
「い・・・一輪、私もしかして・・・○○に止めを・・・・・・」
あの時の村紗が付いた悪態は。一緒に行動していた一輪は勿論知っていた。
だから、蔵の様子と村紗の言葉から、おおよその事態をすぐに把握した。


「大丈夫よ村紗」
「え・・・・・・?何で?」
何が大丈夫なのか。村紗は言葉と判断に詰まった。
「止めを刺したのは貴方じゃないわ・・・○○は昔からずっと私たちの仲間だったのよ」
「だから、村紗。こんな事実無かった事にしましょう。○○はずっとずっと私たちと行動を共にしてたのよ」
「姐さんの封印を解く為に飛倉の破片を探した時も、。○◯は一生懸命働いてくれた」
「そういう事にしましょう・・・ね、村紗」
一輪が何を言っているのか、村紗は理解したくなかった。

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最終更新:2022年11月21日 00:13