「聖の意見を聞きませんと、自分でやりたいと言うかもしれませんし」
そう言って、星は里の者達にはお引取り願った。

ナズーリン
里の者達の姿が完全に見えなくなった頃、星は自身の従者の名を口にした。
戸が開く、無論その戸を開いたのはナズーリンに他ならない。
こういう時、何かあった際にすぐに行動に移せるよう、星はナズーリンを隠れさせて会話を聞かせるようにしていた。
「聞いていたでしょう?気づかれぬように追ってください、それと塩も」
「もう私の配下のネズミにつけさせているよ、塩の方は今もって来るよ」
その答えを聞いて星の口元がほころぶ。やはり私はいい部下を持ったと言う気持ちから。
だがそんな気持ちもすぐに消えてなくなった、今後の事を考えるとどうしても。
「・・・聖にはなんと説明しましょうか」頭の痛い問題だった。



自宅で○○は、聖白蓮に触れられた時の感触を思い出していた。
寝転びながら、触れられた方の手を握ったり開いたり、もう片方の手で撫でてみたり。
そして○○の脳裏に思い出される、聖白蓮の柔らかな笑顔。
○○は魅かれていた、聖白蓮に。

「不味いぞ・・・」
何が不味いか・・・考えればすぐにわかることだ。
幻想郷は外界から隔絶された場所だ。
自分のような外の人間が入り込む事など例外中の例外、基本所か普通は行き来できるような場所では無い。
帰ることは何とか可能だ、しかし再び入り込む事は、知識も技術も持ち合わせていない○○には不可能であった。
だからここで構築された人間関係は、帰るときは綺麗さっぱり捨て去らなければならない。

「どこから間違ったんだ・・・?」
この時の○○の中にある“帰りたい”と言う思いは、もろい物となっていた。
始めは断言できなくなり、徐々に帰りたくないと言う思いが強くなり。
そしてついに帰りたいと言う思いと帰りたくないと言う思いが拮抗するようになった。
あちらを立てれば、こちらが立たなくなる二律背反。
強力なジレンマの中に○○は放り込まれてしまった、その事にようやく気づいた。

そして更に間の悪いことに、里の人間達との付き合いが徐々に深くなっていった。
向こうから声をかけてくれるようになった、挨拶以上の会話をする事も珍しくなくなった、宴会に誘われた事もあった。
その宴会の場で、それとなく○○と聖白蓮の関係を軽く茶化されたりもしていた。
聖白蓮と、そして里の人達との人間関係が深くなればなるほど、○○は更に幻想郷と言う土地に情の面で縛り付けられるようになった。

「・・・・・・あっ」
そしてこの時、○○はある重大な事を。それは○○にとってショックな事だった。
「・・・思い出せない」
幻想郷と外の世界、これらを考え比べていた時、しっかりと思い出せなかったのだ。
外にいる親兄弟や、友人知人の顔や名前を。




星は村紗と一輪に仔細を話した。
仔細といっても、今日里の者達に言われた事をかいつまんで話しただけだったが、それだけで十分だった。
村紗は「ああ・・・そう」と投げやりな返事だった、一輪のほうは何も言わずただ渋い顔をしていた。
「・・・・・・姐さんに話すの?」
一輪の星に対する問いかけに答えが詰まった、村紗は寝転がって草子本を読んでいた。
「一つ私見を言ってもいいかな?」
「・・・言ってください」
星は問いかけに答えを出せず、村紗に至っては、はなから会話に参加する気が無く、ナズーリンの意見を聞くしかなかった。

「多分もう無理だと思う、この手のやりかたは初めてじゃないと思うんだ」
「・・・と言いますと?」
「○○に対する包囲網は確実に出来上がっている、我々が実力行使しない限りは解かれる事はないだろう」
「それは・・・ネズミの報告から導き出した結論ですか?」
ナズーリンは黙って首を縦に振った。

「初めてじゃないって事は・・・私たちが幻想郷に来る前からこういう事があったって事?」
渋い顔を浮かべたまま、一輪がナズーリンに問いかけた。
「そうだ、地縁も血縁も無い外の人間は、格好の生贄なんだよ」
「ネズミが聞いてきた会話と、奴等の手際のよさ・・・明らかに何度も経験した動きだよ」
ナズーリンの答えに、一輪の顔が更に渋い表情へと変わって行った。
「私は聖が幸せならそれでいいよ」

村紗が本から目を離さずに口を開いて来た。
「○○の事は多分心配ないよ、聖と一緒なら・・・聖も○○を悪い風にはしないし、それは私たちが一番よく分かってるでしょ」
「それに、多分聖と一緒に居た方が、○○にとっては最終的に幸せだと思うんだ」
聖と一緒に居た方が○○は幸せ。その一言を言うときだけ、村紗は起き上がり、本から目を離して言った。
それを言い終わったら、また村紗は寝転がった。

他の三人も村紗の意見に近かった。
「急がないと・・・○○酷い事されちゃうかもよ」
寝転んだ村紗は、最後に村紗はそう付け加えた。




聖の情念は日増しに強くなっていった。
○○が来ない日は、これからの事をずっと考えていた。
○○に思いを伝えるべきか否か、○○に幻想郷に居て欲しいと言うべきか否か。
その事を考える聖は、境内の掃除もおぼつかない、四角い部屋を丸く掃くどころではない大雑把な動きだった。

この日は、一輪は里の方で子供達相手に説法を。
星はお堂にこもり、村紗は鵺と遊びに、ナズーリンは朝からどこかへ出かけてしまった。
その為今この場所では、聖1人がうろうろとしていた。

「聖様」
不意に、○○の事で一杯になっていた聖の頭は誰かの呼び声で現実へと戻された。
聖の名を呼んだのは、里の人間だった。
「あら、こんにちは。今日はどんな御用でしょうか?」
「聖様もご機嫌うるわしゅう・・・今日は寄進に参りました」
確かに男の手には食べ物らしき物と、揺れるたびにジャラジャラと音が鳴る、銭のようなものがあった。

「いつも有難うございます」
聖は努めて冷静に振舞っていた。命蓮寺の面々はともかく、他の者に自身の心のぐらつきを悟られては、○○に迷惑がかかると思い。
「では、こちらに寄進帳がありますので。どうぞ書いて行って下さい」
傍から見れば、聖の様子は平静そのものだった。
「今日は○○はきていないのですね」
○○の名が男の口から飛び出すまでは。


始めは心の中が少し波紋を立てただけだった、すぐに立て直す事ができた。
「・・・ええ、毎日来ているわけではありませんから。今日はお仕事をなされていると思いますよ」
「聖様は○○と随分仲がよろしいようで」
男は笑顔で話を続けた。
「・・・聖様は、○○の事をどう思われていられますか?」
男はなおも○○の話題を出し続けた、男は聖の顔を覗き続けた。
「え・・・ええ、とても私の話をよく聞いてくれて、その・・・」
聖は、男の問いかけに対して、流暢に答える事が出来なかった。聖は必死で、○○に対する好意を隠していた。
あくまでも、自身を慕う信者以上の感情を出さないように踏ん張っていた。
「聖様は、気に入っておられるのですか?○○の事を」
男は矢継ぎ早に質問を続ける、そしてついに。
「ええ・・・・・・ここ最近であった人間の中では・・・一番・・・・・・好きですね」
最後に付け加えた言葉、聖はこの言葉は濁せばよかった、言い終わってから後悔した。
「そうですか!」
だがもう遅い、覆水盆に返らず、その一言ははっきりと男の耳に届いた。

誰かが階段を駆け上がる音が聞こえて来た、その音は一つではなく二つだった。
命蓮寺に飛び込んできた二つの音の正体は、星とナズーリンだった。
聖は混乱した、ナズーリンの姿は朝から出ているから不思議ではない、しかし星は。
星は今、お堂にこもっているはずではなかったのか?
「・・・・・・では聖様、ごきげんよう」
男の方は何か不穏な空気を感じたのか、寄進帳に署名もせず足早に帰ってしまった。


ナズーリンは一瞬戸惑った、男を取り押さえるか、聖の方に駆け寄るかで。
しかし「もう遅い・・・私達の失策です、聖を一人にしてしまった」星が小さくそう呟いた、あの様子では聖の心のうちは多分気づかれてしまった。
それで、せめて足早に去る男を横目で睨みながら、聖の方へと駆け寄った。

「わ・・・私・・・・・・もしかしてとんでもない事を・・・・・・」
「落ち着いてください聖、貴女は悪くありません。ナズーリンとにかく聖を奥に運びましょう」
「・・・ああ」
まだ諦めきれないのか、ナズーリンは後ろをチラチラと見ていた。

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最終更新:2011年11月26日 10:59