○○からの怒声に怯えながらも。門番達は門を中央にして、左右に分かれる形で頭を下げたままの体勢だった。
その門番達の行為は、命蓮寺の星と
ナズーリンの時と同じく。○○に中央を譲っていた。
命蓮寺の時と違い、門番たちが左右にズラリと並ぶその光景は壮観であった。
しかし、内面の部分は二人と決定的に違っていた。その部分は、聖だけではない。命蓮寺の全員が最も嫌っていた物だった。
しかし、激昂が最高潮を迎えた○○にそれを感じられる余裕は無いし、感じたとしても気にも留めなかったであろう。
○○としては、まだまだ叫び足りなかった。しかし、限界を超えた怒声からの、過呼吸に陥りそうなほどの荒い息遣いに、次の言葉をさえぎられていた。
「ゲホッ・・・!はぁ・・・はぁ・・・あの2人は何処にいる・・・!!」
地に額をこすりつける門番達はガタガタと震えるままだった。
最早冷静さを失っていた○○はその中の一人の首を力一杯掴み、問いただすと言う行為に出た。
「ひぃっ!ご、ご・・・ご慈悲・・・・・・・・・を!」
首を掴まれた、その運の悪い哀れな門番は震える声で嘆願する。
首を掴まれた為、絞まりつつある気道。門番は苦しそうな声も上げている。徐々に「ご慈悲を」と言う言葉もかすれていく。
それもそのはず、○○はただ首を絞めているのではない。門番を宙高くに掲げる格好を取っていた。
それ故、門番自身の体重とあいまり、余計に首が絞まる速度が速いのであった。宙高く掴みあげられた門番の足は地面を探し、ジタバタともがいている。
その姿に、ナズーリンの命で○○の後をつけているネズミはある事を思った。
まるで、正気を失った聖が。例の、あの男を宙高くに掴み上げたあの時とそっくりだと。
無論、○○の方は立ち向かわれない限り、件の二人以外の人間を害する気は無い。しかし、彼の表情、身にまとう鬼気迫る物、そして首を掴み、高く掲げると言う実力行使。
それらがある為、彼らは命の危機を感じざるを得ない。
「正直に言え。あの2人は何処だ。そしたら放してやる」
「お前達も、誰でも良いから早く言え。でないとこの男、どうするか分からんぞ!」
口調の方は幾分かは繕えても、表情は無理だった。むしろ、静かで低い声と合わさり。更なる恐怖の演出にしかならなかった。
「よ・・・寄り合い所の、お・・・おおひ、大広間で、待っておら、おられ・・・・・・」
寄り合い所の大広間。居並ぶ門番の誰かからそう聞こえた。それだけを聞いて○○は首を掴む手をポイと放り投げるような形で解放した。
解放された門番は。丁度○○の背の倍近い高さで宙を舞いながら、地面にまっさかさまに落ちていった。
人一人が地面に激突する音が辺りに響いた。その哀れな門番は涙声で小さく、有難うございますと言った。
「大広間・・・寄り合い所の大広間・・・・・・!待っていると言ったな・・・・・・!!舐めやがって!!」
ただ、その感謝の言葉が漏れた頃には。もう○○は歩みを進めていた。
○○は寄り合い所へと向う最短ルートを歩く。そこまでの道すがら、○○は誰にも会わなかった。
人の気配が全く感じられない、不気味な静けさが辺りに漂っていた。
「おい!誰もいないのか!!?」
○○も不審に思い、辺り構わず声を張り上げた。
既に寄り合い所までの道周辺の住人は、○○の邪魔になると言う事で。全員が里の端の方まで移動していた。
この里の真の姿を。ある事柄に対しては、彼の一族を筆頭に高度に組織化された。この里の事実を知らない○○にとっては。
不可解で、不愉快極まる奇妙な事象だった。
「俺はもう記憶を取り戻したぞ!お前等に何をされたかも!全部思い出した!!」
近くには誰もいないとも知らず、誰かにこの思いの丈を聞かせたくて。○○はより一層声を張り上げる。
「どうせ何処かで見ているんだろう!!あの時みたいに!アイツが俺の相談相手をするふりをして、監視していたように!!」
滑稽そのものだった。誰もいない場所で声を張り上げる○○の姿は。
「どうせまた何かやるつもりだろう!?望む所だ!!ぶちのめしてやる!!!」
ギャーギャーとわめき散らしながら。聖とあの男と○○が思っている人物の元へ、○○は進んでいく。
知らぬとは言え。まだ気づく気配すら見せぬ、記憶以外に植えられていた。もう一本の楔を見つけに。
「ご隠居様、ご報告に参りました」
里長は大広間で見せたような恭しく、そして仰々しい振る舞いである部屋に入っていった。
その部屋がある邸宅は、稗田家に勝るとも劣らぬ程に大きく、豪華だった。里の事を知らぬ者は、その邸宅を見た際。里長の家かと間違うほどだった。
「ああ!ご隠居様。どうか無理をなさらず。そのまま、寝たままで構いませぬから」
ご隠居様と呼ばれる老人は、床に伏せていた。
見るからに病に蝕まれている雰囲気がその老人には合った。そしてその病は、もう完治する事はないと言う事も。
しかし、そんな状態でありながら。老人は里長の来訪に無理に起き上がろうとした。だが、そんな老人を里長は制止した。相変わらず仰々しい声色で。
「・・・・・・孫はどうした」
起こそうとした体を再び寝床に預け。老人は目も開けず、力なくその一言だけを呟いた。
里長は頭を下げ、その問いに答えた。
「は・・・・・・ご当主様は義務を果たすと仰り・・・・・・聖様と共に寄り合い所の大広間で○○様を―
「今なんと言った!」
ご隠居様と呼ばれる、見るからに弱りきっているはずの老人から発せられたとは思えぬ、大きな声だった。
その声に驚き、ビクンと里長が頭を上げた視線の先には。力無く寝ているはずの老人が体を起こし、鬼気迫る顔つきでこちらを見据えていた。
「ご・・・ご隠居様!寝ておられなくては、お体に―
「今なんと言ったと聞いておる!!孫はどうした!!」
里長の言葉をさえぎり、老人は問いただす。
「は・・・・・・で、ですから。ご当主様は聖様と共に大広間で―
先も聞いた言葉と同じ言葉が里長から聞こえ、老人の怒りに震える顔は一気に高潮した。
「あんな化物と一緒の部屋に、一人きりにしてきたのか!!別の化物を待つために!!」
孫の不在に声を荒げる老人は。その不在の理由を聞き、更に声を大きくした。
弱っているはずの体に相当な無理をさせているのは明白だった。その為、その老人はもう肩で息を、そしてゴホゴホと咳き込み。口からは時折、吐しゃ物が漏れる。
しかし、咳き込みながらも視線は里長を捕らえ。血走る眼と、そこから放たれる眼力だけは。全く衰えなかった。
「ご・・・ご隠居様、お体の毒です故」
「愚図が!!寝てなどいられるか!!!」
寝かしつけようと近づく里長を突き飛ばし、掛け布団を払いのけ、老人は両の足で立ち上がった。
「誰か!!玄関の杖をもってこい!!誰かいないのかぁ!!」
しかし、気力に体の方が付いてゆかぬのか。声こそ大きかったが、歩く姿はとても健康な人間のそれではなかった。
ヨロヨロと、幼子よりも不安定な歩き方だった。
「ご、ご隠居様!せめてお召し物を。外は存外に寒うございます」
「そんな暇があるか!!はよう杖をもってこい!」
留める事は叶わぬと判断した年配の女中が、着替えをするよう促すが。老人は頑として杖のみの催促を続けた。
後ろでは若手の女中がオロオロと事の成り行きを見守っていたが。何人かは年配の女中の発したお召し物と言う言葉に反応した。
恐らく、老人の着替えを取りに行ったのだろう。
女中の力は、日々の家事仕事と小間使いで鍛えられたのか。歩みを進めようとする老人の体躯をしっかりと掴んで離さなかった。しかし。
「わしが死ぬのと孫が死ぬの!どちらが不味いか分かるだろうが!!」
一呼吸置いて、老人が出したその言葉の悲壮感たるや。その悲壮感に、押し止める女中の力が一瞬抜けた。
「誰かぁ!杖を!頼む!!」
女中の力が抜けた隙に、老人はまた歩き出した。先ほどよりも不安定さは増し、ヨロヨロと言うよりはグラグラと体を揺らせながら。
杖があっても、1人で出歩けるような状態ではなかった。
それは老人自身よく分かっていた、それでもなお杖を求めて叫び続ける。その声の中に徐々に涙を混じらせながら。
「・・・誰か!羽織る物をご隠居様に!!私は杖を渡します!!」
遂に女中は観念したのか。羽織る物だけを後ろの若い女中に命じ。老人の・・・死出への外出を見届ける事にした。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
息も絶え絶えになりながらも、老人は歩みを止めることだけは絶対にしなかった。
羽織る物も歩きながら身に付け、杖も歩きながら受け取り。履物の方も、紐も結ぶ時間も惜しいのか、つっかけの様に通すだけだった。
「お前は・・・お前は駄目だ・・・・・・お前はまだ・・・早すぎる・・・・・・」
玄関の戸も開け放したままで、うわ言の様に呟きながら。
杖があっても相変わらず体をグラグラと揺らしながら、老人は歩を進める。その眼には覚悟の色だけでなく、涙もあった。
そして、その老人が杖を持つ方とは別の、もう片方の手は。
妙な方向に、曲がっていた
最終更新:2012年02月16日 12:54