○○の視界には件の寄り合い所が姿を現し、徐々にその姿は大きくなっていた。○○は笑っていた、その寄り合い所に近づくほどに。
今から自分が行をうとしている事を考えると、どうしても気分が高鳴るのを抑えきれなかった。
今○○の心中にあるのは復讐心だけだった。それのみが○○を突き動かしていた。その後の事など、何も考えていなかった。
何も考えていないからこそ、○○の行動には一切の迷いが無かった。

「うおおああああああ!!」
寄り合い所の鍵は○○の来訪が確実な為、当然開いていた。しかし、○○は扉に果ても触れず、その扉を蹴り壊して、土足のまま中へと入った。
「来てやったぞぉ!」
そのまま○○は、走るには狭い屋内を全力で駆けた。目的地は勿論、二人がいると言う大広間だ。
板張りの廊下を土足で踏み荒らす○○の足音は、間違いなく大広間にも届いているだろう。
それでよかった。今○○は自分の存在をとにかく主張したかった。自分がお前達の元に迫っていると言う事実を、あらん限りに表現したかったのだ。

駆ける○○に映し出される顔は、笑っていた。
楔から解き放たれた事による嬉しさ。そして自分達を縛っていた者に対する復讐心を晴らせる好機がやってきたから。
走りながら○○の脳裏には、かつて偽りの記憶を基に演じさせられていた頃の情景がありありと思い出される。
その中で一際○○の心に留まる映像は、聖白蓮の笑顔であった。
それらを今すぐに、この手で、全て過去へと葬り去る事が出来る。
そう出来る、すぐ傍にまで。○○はたどり着けた。
怒りよりも嬉しさの方がはるかに勝っていた。駆ける○○からは自然と大きな笑い声まで生まれていた。


そしてついに、○○はたどり着いた。
件の大広間の目の前に、自分を奈落の底へと叩き落した元凶である二人がいるこの場所に。
無論、手で開けるなどと言う丁寧な真似はしなかった。
先ほどの玄関の時と同じく、蹴り破った。
大広間の入り口に出入り口に使われているふすまは、きらびやかな装飾が施され。中に気の骨組みもある。重くて、丈夫で、豪華なつくりだった。
それを○○は、たった一発で、滅茶苦茶に蹴り破った。
破片は大広間の端にこそ届かなかったが、それでも遠い物は三分の一ぐらいの所まで飛んでいった。
滅茶苦茶に壊れるふすまを、その男はまともに見れなかった。自分もこのふすまと同じようにされると思い。
荒々しい足音が聞こえてきた頃から。その男は目をぎゅっと瞑り、奥歯を噛み締めて恐怖に耐えていた。
ふすまが蹴破られる音が聞こえた折に、確認の為にほんの少しだけ瞼を開けたが。粉々になった木片を見てすぐに恐怖からまた閉じてしまった。

もくもくと、木片などが混じった埃っぽい空気が○○の周りに立ち込める。
「来てやったぞ!お前達!!」
高らかに叫ぶ○○。自分を嵌めた、彼と目する男は大広間の端の、随分な上座の方でガタガタと震えていた。
それは良かった。それ自体は、○○の気分を少しは晴らす物だったが・・・
だが、もう1人の元凶、聖白蓮は。もう一段上の席で、いつもと変わらぬ平穏な表情を見せていた。
○○の暴走など、馬の耳に念仏でも唱えるかのように。○○の姿を見受けても、まるで動じていない様子だった。

「おはよう、○○」
それ所か、聖は○○の記憶の中にあるような。あの柔和な笑顔で朝の挨拶を口にできる程だった。
却って、その笑顔が怖かった。
その笑顔が、憤怒と歓喜が湧き上がる○○の心を一瞬冷やした。

「な、何がおはようだ!!お前は、分かっているのか!?俺が記憶を取り戻した事を!!」
一瞬感じた恐怖感を誤魔化そうと。○○は声を荒げ、聖を睨みつける。
だがそれでも、いつもと変わらぬ声色。いつもと変わらぬ物腰。いつもと変わらぬ愛おしそうな目付きで。
聖は○○の事を見つめ続けていた。
それが、一瞬感じた恐怖を増殖させる。負けたくないと言う意地から、○○は聖の目を見つめ続けるが、それが益々増殖の速度を速める。

「○○・・・・・・私はね、何処まで行っても、私だけは絶対に。未来永劫貴方の味方よ」
○○の名前を口にした一瞬だけ、聖は悲しそうな顔をした。しかしすぐに、いつもの愛しさを絡みつかせるような表情に戻った。
そこに恐怖という感情は微塵も存在し無かった。この期に及んでも、聖の心はまだ○○に寄り添っていた。

感じた恐怖は増殖を続け。怒りと歓喜に震える○○の心を侵食していった。
「ふざけるなぁ!!」
そうは叫ぶが、○○は自分でも分かっていた。明らかに狼狽の色が濃くなっていると。
○○は聖の1つしたの席で座るあの男と同じような恐怖と、今自分が感じているような狼狽を、命蓮寺の面々が見せたような取り乱し方を。
○○は聖白蓮に期待していた。
なのに、聖には恐怖の感情は生まれず。反対に自分が狼狽を否定できずにいて、自分の方が取り乱しそうだった。
「狂人が・・・!」
それ以上の言葉は出せなかった。声が震えそうで。

そのまま膠着状態が続いた。
本来流れた時間はそれほど長くは無いはずだったが。聖白蓮の顔を見ていると。体感する時間が平時の何十倍にも膨らむような錯覚を覚える。
聖白蓮の表情は相変わらず、○○を愛おしそうに見ていた。
その不気味さに、吐き気すら感じた。少しでも距離を離したく、後ずさりがしたかった。後ずさり所か、このまま逃げ出したかった。
もう○○の心に会った歓喜は恐怖に食らい尽くされてしまった。憤怒の感情も恐怖の感情で覆い尽くされようとしていた。
○○と聖の間に挟まれるその男は。言葉を発する事もできず、それ以前に目を開ける事もできず。
小さく震えるだけだった。


「聖白蓮!お前が・・・お前がこいつに俺を捕まえろと命令したんじゃないのか!!」
○○は声の震えを必死で抑えながら、彼と目する男に指をさした。
ようやく○○が進めた状況は遂にその男にも矛先が向いた。それを感じた瞬間その男はビクンと体を跳ね上がらせた。
「まぁ!○○、まだ私の事を名前で呼んでくれるのね!」
ただ1人、聖白蓮だけが喜色満面の顔つきと弾む声でいた。

「何でまだそんな声が出せるんだお前は!!」
必死に隠していた狼狽と恐怖の色も、最早隠し通す事ができなくなりつつあった。
それ程に、聖白蓮が内にはらんでいる感情だけは場の空気と余りにも合わない物だった。
その合わない何かを感じた者達が感じるのは。違和感ではなく、恐怖だった。
異常事態に頭のネジが外れたと言うよりは。本当に本心から聖白蓮は喜んでいるようにしか見えなかったから。

「だって、私の幸せはね○○。○○がいることが絶対条件なのだから」
そして二人が感じたように。聖白蓮の喜びに満ちた感情は。間違いなく本心からの物だった。
聖白蓮は○○が何をしようが。○○から何をされようが。○○と共に入れることを最上の喜びだと感じていた。


「お前は・・・・・・お前は・・・うあああああ!!!」
冷静さを失った○○は、足元に転がる先ほど蹴り破ったふすまの木片の中から適当に近くに転がっている物を掴み取り。聖白蓮に向って投げつけた。

だが。
遂に取り乱してしまった○○の姿を、声で察知したその男は。
「・・・!聖様危ない!!」
その投げつけられた木片を。○○が自分を嵌めた彼と目する男は身を挺して防いでしまった。


「あら・・・・・・むしろ余計な真似だったわ、今のは」
腕を押さえる男を見ながら。聖の表情と声は一気に冷めた物となった。
聖からすれば、今投げつけられた木片など避けるのも、素手で掴み取のも。どちらも容易い物だった。
それ所か、直撃を受けても死ぬことはないし、傷も法力の力ですぐに治してしまえる力があったし。
なにより、血を流しながらでも聖にはまだ笑いながら、いつもの表情で愛おしい○○を見つめ続ける自信があった。



男の方は腕に木片の直撃を受け、畳には血の飛沫が。足元にはポタポタと赤い点々が出来上がっていた。
「も、申し訳ありません」
痛みと出血の量を気にしながらも。男はまず聖に謝罪をした。
「俺を無視するなぁ!!」
ほんの一瞬だけだが、蚊帳の外へと置かれた○○。そして、聖白蓮に当てるはずだった木片を防がれた。
その二つが○○の癪に障った。
特に、木片を防がれた事は○○にとっては最もイラつかせる出来事だった。
○○の目測では確かに、投げつけた木片は聖白蓮に向っていた。
あの軌道ならば。まず間違いなく、体のどこかに当たっていたはず。そんな軌道を描いていたのに。
それは、急に立ちはだかったあの男であろう者に。邪魔をされた。

最終的には、○○は聖白蓮と自分を嵌めた彼。
この両方を叩き伏せるつもりでは合ったが。○○からすれば、あの時自分を奈落底へと追い落としたこいつ等には。
もう自分がやる何事も。やろうとする全ての事を邪魔されたくなかったのだ。

「お前は何でこんな化物を庇うんだ!!」
○○の疑問に、その男は答えを出したわけではないが。○○には聞こえない程度の小さな声で何かを呟いた。
聖は相変わらずその男を冷たい目で見ていたが。○○には聞こえなかったその呟きは聖には聞こえたらしく。
冷たい目は一気に怒りの表情へと変わった。

「今何を言ったあ!!」
無視された事、邪魔をされた事。そして呟きの内容は聞こえなくても分かる、今の呟きが自分をそしる内容であった事。
○○はその男との距離を一気に詰め胸倉を掴む。

「言え!!お前今俺に向かって何を言った!?」
胸倉を掴まれたその男は何も言わず。目を固く瞑り、歯を食いしばっていた。
間近で見る、○○が彼と目する。自分を嵌めた、彼と目する男の顔付きは。
想像以上に若かった。



その若い顔を見て。何故だか、○○は背筋に悪寒が走った。
「うあああああ!!!」
その悪寒を振り払うかのように大きな叫び声を上げて、彼であろう男を殴り飛ばした。
殴り飛ばしたいほどに憎い相手であるのは間違いなかった。
そして○○は力いっぱい殴り飛ばした。しかし、爽快感は感じられなかった。
殴り飛ばした後でも、悪寒は消えず。記憶の中にある彼の顔と。今目の前に転がる彼であろう男の顔の間には、何故だか大きな違和感があった。

最後の最後で。○○の中で組みあがっていた歯車は、違和感と共に滑らかに回らなくなってしまった。
説明の付かない違和感。既視感とは明らかに違う色と形をした何かが。○○の中に入り込んでいた。
「お前!アイツなのだよな・・・!?」
目の前に転がっている彼であろう男は、呻きながらまた立ち上がるが。○○からの質問には答えようとしない。
「何か言え!お前はアイツなのだろう!!アイツ以外の誰なんだって言うんだ!?」
そしてまた○○は胸倉を掴んだ。それでも、彼であろう男は頑として口を開かない。

「○○・・・そんな奴放っておいたら?本当に用があるのは私でしょう・・・・・・ねぇ○○・・・・・・」
「うるさい黙れ!!」
聖は、この場面で始めて焦りを見せた。○○が、今胸倉を掴むこの男との接近を、明らかに嫌がった。
どんなに罵倒しようが、どんなに悪態を付こうが。○○に対しては絶対に優しく微笑み続けていた聖が、である。
何かを感じずにはいられない。聖も、今胸倉を掴んでいるこの男も。何かを隠しているようだった。
そしてその何かに近づいた○○を、必死になって。これ以上近づかないように、そして引き離そうとしている。
○○はそう思った。



「孫から手を離さんかああぁぁ!!」
急に降って沸いた答えの見えない謎。その謎に対する思考は、後ろから放たれた老人特有のしゃがれた声により、少し脇にそれる事となった。
聖はそのしゃがれた声の主を確認するや「はぁー」と大きなため息をついた。
そして「もう一本の楔・・・・・・気づくわね」悲しそうな声で呟いた。

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最終更新:2012年02月16日 12:54