人間には境界線というものがある。
他者と自分を隔てるもの、無意識の中で形成されているものだ。
所謂『人避けの術』とは、この距離を暗示で強くするものである。
学生、○○はこの距離を踏み越えやすくなる程度の能力の持ち主だった。
それは神秘というには本当に雀の涙程度の存在。
だが、彼がその能力を無意識に使い、人間関係の醸成に役立てていたのは事実だ。
堅物や世間を斜めに見ているような人物相手でも、彼は短時間でよい人間関係を気付いていったのだ。
ただ、それが全てに置いてプラスに働くとは限らない。
敷居が無くなりやすいという事は、良縁だけでなくトラブルの類も呼び寄せやすいのだから。
○○の同級生に不思議な少女が居た。
とても美人で器量よしに見えるのに、何故か友達も親しく声をかわす存在もいないのだ。
軟派な女好きも声をかけず、口やかましいお喋りな女子もまるで知らないような態度。
そんな中、○○だけは普通に接していった。
みんなが半ば無視しているような感じでも、普段通りの気さくな態度で。
何故か彼女は酷く狼狽えていた。そして最初は拒絶するように行動していた。
普通であれば、ここで距離を置くだろう。だが、何故か○○は彼女に接し続けた。
○○は、解ってしまっていたのだ。彼女が抑制している事に。
垣根を越えた先と越え方を知っているが為に、○○は彼女に接近してしまうのだった。
次第に少女の対応に、感情が交じる事が多くなった。
○○の中で、彼女がはっきりと解るようになってきた。
○○は最初恐怖した。人間、全くの未知、次元の違う存在に接すると混乱を来すものであるから。
だが、その時には二重の意味で手遅れだった。
1つは、○○はその能力故に少女とその真実に魅入られてしまっていたのだ。
黄金はその妖艶な輝きで人を魅了する。それと同じ、意図的に構築された垣根を越えた先にあった、神域とも言える少女の真実。
それを知った○○は元々持っていた彼女への好意が暴走し、それから目を離せなくなってしまったのだ。
2つは、少女自体が○○を好いた事だった。
彼女も好きで垣根を築いていた訳では無かったのだ。本当なら友達やお喋りする相手が欲しい。だけど彼女の真実がソレを許さなかったのだ。
自分のお役目上、別れは必然。《普通の人々》とはそうなる運命。苦しくなるなら、悲しくなるなら最初から作らなければいい。
そんな悲壮な気持ちで生活してた彼女の前に、救いとなる存在が現れたらどうなるだろうか?
最初は困惑し、拒絶した。だが、相手は普通では無かった。彼女の上司……に相談したら普通ではない、と答えられた。
彼女は歓喜した。孤独では無かったが、友人や恋人といったものは望めないと諦めていたのだ。
それが、向こうから現れやって来たのだ。少女は喜んだ。彼女が思っている以上に喜んでしまった。
上手くかみ合ったからいいものの、○○が拒絶してたら四肢か意志を奪ってでも自分のものにしてしまっていた位に。
だから、彼女の上司の一人が『こっちはもう先がダメだ。神秘の残り香がある場所を知ってるからそっちに移転するよ』と宣言した時。
○○を呼び出して打ち明けるのにも躊躇が無かった。断られるとかそういう事すら頭に無かった。
おまけに○○が「良いよ」と二つ返事してくれたからには常識を無視して雄叫びを上げてしまった位だ。
○○の家族とか現世の事情とかすっ飛ばして、神社を移転させてしまった位である。
○○の様子からして彼女の本質である神性(女)に垣根を越えた○○が完全に魅了しちゃってるのも知らずに。
いや、知ったところで調子に乗っただけだろうね、とは勝手に住まいを移転させられたもう一人の上司の言葉ではある。
そして、○○と少女は異世界で結ばれ、向こう側に居た巫女に○○を横恋慕されたり子種を奪われたり結果本気で殺し合ったりした以外は平和に暮らしましたとさ。
めでたし、めでたあし
最終更新:2012年02月18日 15:58