魑魅魍魎蠢く幻想郷において、唯一安全が保障された中立地帯、人里。
人々はそこで生き、生み育てて、死んでいった。
人里の屋敷
今そこに一人の男が筆を走らせている。
一見無意味な文字列が並んでいるように見えるが、人里の特定の人間達には馴染み深い代物だった。
パソコンのキーボードに当てはめれば、意味が判るようになっているのだ。
内容は妖怪の実力者達がいかに巧妙に伴侶を得てきたのか、そして哀れな伴侶達が人間である最後に残した警告がしたためられていた。
彼らはこれを「裏求聞史紀」と呼んでいた。
彼ら外来人が渡来するようになったのは幻想郷が結界で隔離して間もなくだった。
これは「幻想郷縁起」に書いてある通り、定期的に人里の人口を維持するためであると同時に妖怪の食糧を得るための策だった。
しかし、妖怪と人間の対立がスペルカードによる疑似的な決闘の形となるとその関係も変わっていった。
人間、衣食住が足りるとそれまで目を向けなかったことが気になることがある。
それは意味のない研究だったり、芸事だったり・・・
それは妖怪達とて同じだった。
彼らは孤独な人生を省みて、一緒に永遠を生きる伴侶を求め始めた。
河童や天狗、鬼は古くより人間を攫うことは良くあった。
しかし、その多くは娯楽として、食料としてであった。
妖怪の恐怖が遺伝子レベルまで染みついた人里の人間達は、たとえ妖怪が歩み寄ろうとしても警戒を怠らない。
妖怪が人間に恋しても、最後は悲劇になるのが落ちだった。
サトリ妖怪の妹がいい例だ。
外来人は妖怪の存在しない外界、つまりは結界の外の現代社会から「幻想入り」する。
そのため、人里の人間とは違い妖怪に対する恐怖はあまり持っていない。
寧ろ幻想郷の重鎮達、つまり妖怪の少女達と積極的に関わろうとすることさえした。
少女達はこの哀れな外来人に恋心を持った。
そして外来人達も・・・・・
しかし、彼らも少女達の本性、妖怪としての本能を受け入れることは出来なかった。
或る者は食糧庫に吊るされた自殺死体を見て
また、或る者は特別な日に出された「いつもと味の違う肉」の正体に気付いて
彼らは此処に至って自分が妖怪の舌の上に居ることに気付いた。
しかし、一度伴侶に愛される味を知った妖怪は貪欲に求め続けた。
逃げる男の手足を切り落とし、自らの愛玩道具に仕立てたり
自らの血肉を喰わせ同族にしたり
人間であることの限界を感じ、その力を使い自らの胎内を使って生みなおしたり
伴侶の身も心も支配し満足した妖怪と、その幸せそうな笑顔をみた従者。
従者たちも心には孤独を抱え、主人と同じ手段で伴侶を得ようとする。
そしてその子達も・・・・
これらの事は人里と妖怪のルール内で行われているため妖怪の賢者、人里の守護者も手を出すことはなかった。
まあ人里の守護者も伴侶を得ていたからともいえるが。
「○○さん?早く寝ないと御身体に障りますよ」
「すまない阿求。もう少し書いたら寝るよ」
「・・・お情けを頂けませんか?」
○○と呼ばれた青年の顔が強張る。
「阿求・・・・言ったじゃないか。そんな事をしたらお前も俺も・・・・」
「子を為して、現世からお別れですか」
「そうだ・・・・」
「その書物のためですか?」
「ああ、俺はできるだけ生きてこの書物を追加しなければならない。それが・・・・」
尚も言葉を紡ごうとする○○の口を阿求の唇が塞ぐ。
「お情けを頂けないなら・・・・せめてこの火照りを静めてくれませんか?」
稗田○○。稗田家に婿入りした彼も元外来人だ。
駆けだしの民族学者だった○○は幻想郷に魅入られ定住した、数少ない外来人だ。
彼は研究の傍ら、稗田家の所有する書物の管理の仕事に就けたがそれが現当主の阿求の差し金と気付いたのは祝言を終え、稗田家の転生の秘儀を伝授された後だった。
そして、その永遠ともいえる人生を自分のような不幸な人間を生みださないために使うことを決意した。
彼が発起人となり、元外来人たちも様々な方法でこの運命の流れに逆らい始めた。
天狗となった或る男は独自の新聞を発刊し、暗号を盛り込むことにより元外来人同士の情報交流を円滑した。
白狼天狗となった男は哨戒任務の傍らで「幻想入り」した人間を素早く見つけ、博霊神社へ送る。
サトリ妖怪と番いになった男は女妖怪達の思考を読み取り、誰が狙われているかをスパイする。
彼らの組織はアメリカ独立戦争で活躍した実在のボランティアスパイ組織から「カルパーリング」と呼ばれた。
○○は彼の愛撫で満足し幸せそうな寝顔の阿求を眺めた。
巧みな戦略で彼を幻想郷へ縛りつけた悪女。
だが○○は彼女を憎み切れなかった。
転生を繰り返すにつれ、家族や友達がリセットされる。
この永遠に続く孤独のなかで生き続ける、この少女が愛おしく感じる。
彼がまぐわいを拒否するのは、彼女とできるだけ長く愛し合いたいとの思いもある。
「俺も病んじまったかな・・・・」
最終更新:2012年02月18日 16:17