恋をすると人間変わるって言うよな。
けどそれは、人間だけに当てはまるわけじゃないみたいだ。
「ねぇ、見て見て! 新しい服作ったの!」
スカートの裾をつまんでクルクルと嬉しそうに回る
アリス。
「よく似合ってるよ」
「本当? 良かったぁ」
とても綺麗な、まるで花が咲くような笑顔を見せるアリス。
これを見て落ちない男は居ないだろう。
まぁ、俺以外で見れる男は存在しないがな。
なんてことない、恋人同士の逢瀬。
誰がどう見てもそう結論付けるはず。実際間違っていないしな。
けれど、俺と付き合うようになってから彼女は変わってしまった。
それは――
「なぁアリス」
「ん、なぁに?」
「人形はもう作らないのか?」
「ええ。だって○○が居てくれれば必要ないもの」
前にも言ったでしょ、と付け加えて彼女は楽しそうに笑う。
そう、俺と付き合うようになってから彼女は人形作りを一切止めてしまったのだ。
魔力すら注がなくなってしまい、今となっては動いている人形は一体も居ない。
「人形なんかに使う時間があるなら○○と遊ぶ方がよっぽど有意義だわ」
以前のアリスを知っている者としては信じられない言葉だ。
「でも……夢だったんだろ? 完全自動人形」
「まぁね。でもいつ完成するか全然分からないしさ。その間に○○が死んじゃう方が嫌よ」
「でも上海達は……」
「いいの! 私は○○しか必要ないんだから」
バッサリと切り捨てられる。
「それとも何、○○は私より人形の方が好きなの?」
「いやそんな意味じゃなくて」
「じゃあ何で聞くのよ。分かった、やっぱり私より人形の方が好きなのね!」
急に声を荒げ叫ぶアリス。
やばい、変に刺激なんてするんじゃなかった……!
「何で何で何で私じゃないの! どうしてよ!!」
「ちが……」
言葉よりも早く襟首を掴まれ、一気に壁際まで追いつめられてしまった。
「ねぇどうして? 私の何が不満なのよ。言ってよ」
「く、苦しいよアリス」
抵抗が叶わないくらい凄まじい力で抑えつけられる。
人形は作らなくなっても、魔法使いのままなので力そのものは健在しているらしい。
「何が不満なのか言ったら離してあげる。だから早く教えて?」
無表情のまま――まるで人形のように――じっと俺の言葉を待つアリス。
「な、無いよ。不満なんて」
「じゃあ何で人形の事なんて気にするのよ」
「単に気になっただけだって! あ、あんなに研究してたからさ……」
「ふぅん……」
そのまま数秒間見つめ合い――
「分かったわ」
パッと手を離される。ようやく解放された……。
「乱暴な事してごめんね」
さっきの態度が嘘のようにしゅんとするアリス。
「○○が私以外の事を考えてるんだって思って、凄く悲しくなっちゃったの」
「アリス……」
「ごめんなさい、私嫌な女よね。ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんね」
今度はまるで壊れた玩具のように同じ言葉を何度も繰り返すアリス。
「もういいって」
「ごめんね、○○。ごめんねごめんねごめんね」
「もういいってば!」
たまらず――静かにさせたくて――胸に抱きしめる。
すると言動がピタリと止まった。
「アリス……」
「えへへ、○○は優しいなぁ。嫌な私でもこんな風に抱きしめてくれるんだぁ」
ぎゅっと強い力で抱き返される。
「……」
「やっぱり私達ってお似合いよね。こんなに想い合ってるんですもの……」
蕩け切った甘い声でそっと呟き、実に幸せそうな表情になる。
それはまるでこの世の全ての幸福を手に入れたかのようだ。
本当に表情も感情もコロコロ変わるなぁ。はぁ……。
「あのね○○」
しばらくそのまま抱き合った後に。
「私ね、今度人間になろうと思うの」
「えっ!?」
突然の宣言に思わず驚いてしまった。
「紫あたりに頼んじゃえば手っ取り早いし」
そんなすんなりしてくれるとは思えないが……。
「やっぱり同じ種族同士が一番良いわよね。私達、もっと仲良しになれるのよ?」
「今のままでも十分じゃないか」
「じゃあ○○が魔法使いになる? でも人間をやめちゃうのは嫌でしょ」
「確かに抵抗はあるけど……」
俺の言葉を聞いて更に嬉しそうな顔になり、
「決まりね。ふふ、一緒に老いて死にましょ」
ぼふっと胸に顔を埋める。
こりゃ逃げられそうにないな……。
所謂人生の墓場って言うのか。
まぁでも、こうなったのは(多分)俺のせいだし責任は取らなきゃな。
動かなくなった
上海人形を尻目に、俺は溜め息を吐いた。
最終更新:2012年02月18日 16:19