暗い昏い闇い、夜の闇に二つの影。
片方は白い衣に身を包むその背中を闇に預け座り込み空を見上げ、黒い空に浮ぶ光をその黒い瞳で見つめる。
片方は黒い衣に身を包むその背中を月の輝きで照し地を見降ろし、黒い地に沈む光をその紅い瞳で見つめる。
一度自ら手放したモノは、二度とは戻らない。
一度握りしめ掴んだモノは、二度と離さない。
失って初めて気付く、あの頃の生活。
全てを捨てて手に入れた、この生活。
駆け走り……、手に入れようと手を伸ばしても、その手は何も掴まず宙を掻く。
どこまでも一緒に、もう何処にも行かさない、伸ばすその手は私が握り返す。
彼女への想いと、あの生活が同じくらい大切だったと、今更気付くのが遅かった。
○○への想いは、あの生活よりも全然大切だと、気付くよりも先に実感できる。
俺は……、唯……あの頃の笑う彼女が好きだっただけで。
私は今も昔も、ただ貴方と一緒にいられる事が嬉しくて。
だから俺は彼女に告白できるなんて思わなかった。
まさか私が彼に告白されるなんて思わなかった。
ましてソレが受け入れられる筈がなかったのに。
だから私がそれを否定して拒否する筈も無くて。
俺は唯々嬉しかった。
私は唯々哀しかった。
人間の俺が、何の能力も才能も無い俺が、生涯彼女と生きていられる事に。
妖怪の私は、何の能力も才能も無い彼と、いつまでも生きていられない事に。
俺の様な人間が、二百年と生きられない人間の俺が、その短い生を彼女に認められたことに。
私の様な妖怪と、何千何万何億年と生きる妖怪の私と、その長い生を共に過ごせない事に。
だから俺は全てを彼女に捧げた。
だから私は全てを彼から受け入れた。
だが唯一つ、捨てて捧げてはならないモノがある。
けど唯一つ、受け入れてはならないモノがある。
――人間という種族――
彼女が受け入れたのは○○という人間そのもの。
私が受け入れたのは○○という人間そのもの。
それを捨ててしまったら俺はもう妖怪の○○であって、彼女の受け入れた人間の○○ではなくなってしまう。
それを受け入れてしまったら彼はもう、私の愛した人間の○○ではなくなってしまうから。
きっと他の者達からすれば、ちっぽけなモノだと思うだろう。
きっと他の者達だったならば、妖怪に変えて一生我が物とするだろう。
だが、俺は所詮人間。長い時を過ごせば壊れてしまう。
でも、○○は人間。長い時を過ごせばソレは変質して、○○じゃなくなってしまう。
――そんなのはいやだ――
俺は人間で在り続けたい。
彼は人間で在り続けて欲しい。
だから俺は全てを捨てた。
だから私は全てを受け入れた。
俺を、彼女を愛する俺を俺じゃ無くする全ての者達を捨てた。
私に、その生涯すらも私に捧げた彼を、妖怪にしない事すらも。
「なあ?」
「なに?○○」
小さく呟いた言葉に反応する彼女、いつも通りの笑顔。
その口から零す彼、いつもよりも悲しい顔。
「俺が死んだらさ…」
「……うん」
俺は黒い闇の中に浮く一つの光を見据える。
私は黒い闇の中に沈む一つの光を見据える。
「あいつ等は俺を輪廻の理から外し、人間じゃ無くすだろう…」
「うん、絶対に……」
怯える様に絞り出したような声はまるで闇に消えていくかのよう。
かすみ消えるようなその声は確実に闇の中に染み込み、掻き消せなくなる。
「だからさ、あいつ等から俺を護って、輪廻の理に従い、転生させてくれ……」
「必ず、護りきるよ……」
ゆっくりと薄れていく視界の中、その金色の光だけは確かに、俺を照らすように、輝いていた。
彼が手を伸ばし、私の頬に触れた。その手も少しづつ闇に溶けるように、命の明るさを失ってゆく。
「なぁ?」
「なに?○○」
俺は見えない視界の中でその光だけを頼りに、そこに手を伸ばす。
彼は赤い私の瞳をその瞳の中に映して、私の頭をなでる。
「俺はお前が――」
私は頭を横に振り、否定の意を表す。
手の感触からそれを感じ取ったのか、言葉を飲み込む○○。
「それは、○○が、転生してから聞かせてね、約束だよ?」
「………」
彼は小さく頷き、笑う。
ゆっくりと、彼の手が私の頭から頬へ、そして肩から、地面へ。
「……さて、あいつ等に○○を取られる前に、いかなくちゃ」
私は、空の闇を見据えて、飛び立つ。
その背中から…。
それだけ言ったのが、確かに、聞こえた。
私は振り返らずに、空の闇へと消えた。
暗い昏い闇い、夜の闇に二つの影。
片方は白い衣に身を包むその背中を闇に預け座り込み空を見上げ、黒い空に浮ぶ光をその黒い瞳で見つめる。
片方は黒い衣に身を包むその背中を月の輝きで照し地を見降ろし、黒い地に沈む光をその紅い瞳で見つめる。
一度自ら手放したモノは、二度とは戻らない。
一度握りしめ掴んだモノは、二度と離さない。
失って初めて気付く、あの頃の生活。
全てを捨てて手に入れた、この生活。
駆け走り……、手に入れようと手を伸ばしても、その手は何も掴まず宙を掻く。
どこまでも一緒に、もう何処にも行かさない。
――伸ばすその手は、私が握り返す――
ソレは、何百年と続いた約束。
ソレは、何千年と続いている約束。
ソレは、何万年と続く約束。
彼と彼女が交わした。
すっと一緒という"おまじない"。
最終更新:2012年03月05日 22:02