雲一つ無い空に、月が浮かぶ。
凍り付いた様な、冷たい銀色。
吐く息は白く。震えながら、ただ彼女が来るのを待つ。
「…来たか。」
「ええ、他でも無い、貴方を迎えに。
でもどうしたの?去年みたいに抵抗しないなんて。」
「諦めたんだよ、逃げる事も、何もかも。」
目に入ったのは、白と青で構成された、彼女の気質そのものの様な姿。
レティ・ホワイトロック、その人である。
レティと出会った去年の冬は、春が来るまでただ逃げ惑っていた。
彼女の過剰な愛情にも恐れがあったが…何より、俺にはその孤独は癒せないと思っていたから。
吹雪に立ち尽くす様な、決まりの中の孤独。
それを癒すには、俺は多くのモノを持ちすぎていた。
四季を体験として知っている事。
寒を身体が恐れる事。
温もりを愛でる事。
何より、それらの理の渦中にある、ただの人間である事。
その理の中にいる限り、俺は彼女の願いを恐れる事しか出来なかった。
彼女を愛している事も本心であったにも関わらず、精神を犯す、肉体からの恐怖の方が勝ち続けて。
だけど2年目は無かった。
レティの執念に、遂に俺の心身は折れたのだ。
「早くトドメでも何でも刺せよ。
もう疲れたのさ、恐怖と本音の間で揺れるのも、それに磨り減るのも。」
観念して、白旗を降る。
後は氷漬けにでもされて終わりだろう。
「…バカね。」
彼女がそう囁いた直後、ふわりとした感触と冷気が俺を包む。
彼女の腕はやはり冷たくて、身体が逃げろとばかりに震える。
だけど、心は抱き締めろと悲鳴を上げて。
「貴方を抜け殻にしてでも側に置こうとは、もう思わないわ。やっぱり、生きている貴方が好きだもの。
でもね…手放せないのも事実。だから、人間としての貴方の歴史を終わらせる。」
冷気にも似た、冷たい妖気が流れ込む。
やがて寒さを忘れ、肉体が違う何かに変質したのが理解出来た。
『人間としての俺』は、たった今終わったのだろう。
この瞬間から、俺も冬の妖怪として生きていかなければならない。
不思議と、そこに恐怖は覚えなかった。
だけど、それでも彼女の孤独を癒せるのだろうか?
例え俺が、同じ理の中に生きたとしても。
「レティ…。」
確信も持てないまま、彼女に抱擁を返した。
いつか殺伐とした吹雪の中でなく、優しい雪景色の様に彼女が笑える事を願って。
銀色の月の夜に、白く染まる影が二つ。
やがて春が来れば、雪融けの如く眠る定めの二人がそこにいた。
女はその孤独故に、男を人の理から外し。
理から外れた男は、尚もまた彼女の孤独と闘う。
最終更新:2015年05月06日 20:56