――人間は、集中力が極限まで達すると世界がゆっくりに感じるだとか何とか。
そんな事をどこかの誰かからか聞いた事がある様な気がする。
それはまるでビデオなどをスローモーションで流したかのように鮮明にゆっくりと――。


時計の短針が2の数字を指して194秒、長針が1の数字を指す46秒ほど前だろうか。
此処はとある二人が属するとあるオカルトなサークルのとある部室。
自分こと○○はそんな部室で愛読書の小説を読みながら温かいココアを口にする。あと自分は部員ではない。
うん、甘い。ココアは甘い方が好みだ。甘党万歳。小さく息を吐き、マグカップを机に置く。

ふと違和感を感じ、視界の端が窓を捉える。
そこには何の変哲もないただの透明なガラスのコップ。中には珈琲が入っている。


――なんだ、珈琲か。

珈琲はあまり好きではない。苦いから。

頭を後ろに下げて視界を戻し、そう言おうとして、けれど喋る事は出来なかった。
地球には重力というものが存在する。大抵の物質は重力に従い、下に引っ張られる。
それは人間だろうと机や椅子だろうと飛行機やロケットだろうと共通の事象である。

では目の前の珈琲入りのコップは何だろうか?
なんの特殊な機能も無い珈琲入りのコップは何故か宙に浮いている。
否、飛んでいる。○○に向かって。

窓から○○に向かって飛ぶコップ。それは非常にゆっくりと回転しながら○○へと向かっている。一回転、二回転、三回転と…。
中の珈琲はどれだけ回転しても零れる様子はない。

自分の感覚でじっくり15秒、見える時計は僅か2秒。
やがてコップは○○の目の前を通過する。
瞬間、それは早送りをしたかのような速度に切り替わり、視界からコップが消える。


「……え?」

「危ない、○○ッ!!」


誰かの叫び声と同時にガラスの割れる音が聞こえ、少し遅れて液体が飛び散る音が聞こえた。







少し遅れて視界は窓とは正反対の方向へ。
そこには太陽の光を反射する幾つもの破片を舞うように飛び散らせ、壁一面に茶色いアート描かれる光景が瞬間的に広がっていた。


「○○、大丈夫?!」

○○「えっと……」


先ほどの叫び声の主が自分に駆け寄って来る。
部屋の中だというのに黒い中折れ帽を被った少女はその帽子が落ちるのも気付かずにあれやこれやと聞いてくる。
その顔には焦りと申し訳無いという表情が見て伺える。


○○「たぶん、大丈夫?」

「なに今の音!? うわ、破片が!」


遅れて部屋の外から紫の服を着た長い金髪の人が驚いた表情で入ってきた。
その手には少し古い感じのカメラ。
部屋に入ってくるなり床一面に散らばるガラスの破片を見て、踏まないようにこちらへと近寄る。


「うー、どうしようメリー!!」

「落ち着きなさい、蓮子。まず何があったの?」


蓮子と呼ばれた少女はただうろたえるばかり、それを落ちつけるようにメリーと呼ばれた金髪の人は状況を聞く。
しかし継ぎ接ぎだらけな言葉だけを繋げる蓮子から○○へとメリーは視線を向ける。


○○「何故か飛んできた珈琲の入ったガラスのコップが、壁に当たり割れたよ」

蓮子「――てね?それで驚いちゃってコップを投げたら其処に○○がいて、○○に当たりそうになってね?危ないって叫んだんだけどね?でも当たらなかったんだけどコップは壁に当たっちゃってね?破片が――」

メリー「蓮子、落ちつきなさい」

蓮子「えっと、えっと…」
○○「帽子、落ちてるよ?」

蓮子「え、あ…ありがとう…」


自分は蓮子が駆け寄ってきた時に落とした帽子を拾い、蓮子の頭にのせた。
それからしばらくして落ちついた蓮子はメリーに状況を話した。

まぁ、だいたい省略した内容はこうだ。
何かに驚いた蓮子が持っていた珈琲の入ったガラスのコップを投げてしまい。その軌道に自分の頭があった。
自分は何か違和感を感じ頭を後ろに下げその方向を見ると、高速回転するガラスのコップが一瞬前まで自分の頭があった場所を通過した。
○○の頭という障害物を失ったガラスのコップはそのまま部屋の壁へとダイレクトに直撃。
結果、ガラスは砕け散り中身の珈琲とともに壁一面へぶちまけられた。その音を聞いてメリーは部屋へと入り、そして今に至る。

一言で言うなら……。


○○「蓮子がトラブル起こした」

メリー「またか」

蓮子「ごめんなさい……」


自分は冷めてしまったココアを少し、口に含む。
ココアは冷えても美味しいのが好きだ、そして甘い。あ、先生たちが来た。





その後、運悪く色々騒ぎになり部室の使用をしばらく禁止された。
つまり反省してしばらく自粛しろと言いたいらしい。


メリー「で、今度はなにが原因?」

蓮子「う……、そ…それは……」


改めて自分こと○○は帰路についている。
電車に乗り、そして降りて改札を出て左を見ればそこにはバス停、丁度バスも止まっている。
乗れば少し早く帰れるが自分は乗らない、そんなお金はもったいない。歩いて帰れる距離なら歩いて帰る、その方が健康的にも良い。
自分の後ろでは蓮子とメリーが何かを話している。
ガラスのコップ殺害事件の事を究明しているのだろうが蓮子が口を割らなければ事件は謎に包まれ迷宮入り。完全犯罪の出来上がりだ。


○○「あー、ココア飲みたい。」


自分の家は改札を降りて歩いて20分程の所にある。バスに乗れば5分程度。
今の季節は秋から冬への変わり初め、寒い。ココアが飲みたい。
そろそろ手袋とマフラーでも常時装備していたい気分だ。
冬を知らせる風がこれでもかと言わんくらいに強く吹いた。


○○「寒っ」


決定。
明日から手袋マフラー防寒着を常時装備だ。
自分は息を吐いて手をすり合わせる。


蓮子「寒いの?」

○○「寒い。本当寒い。超絶寒い。そして寒い」

蓮子「そう…」

メリー「じゃあこうしましょ?」

○○「何を」


するんだ?という前にメリーが自分の左手を握ってきた。温かい。
まるで温かいココアを入れたマグカップのように温かい。
あぁ、余計にココアが飲みたくなってきた。
二人と一緒に温かい炬燵でココアが飲めたら幸せだろうなぁ。小さな夢が一つ出来ました。


○○「温かい」

蓮子「じゃあ私も~」

今度は蓮子が右手を握ってきた。
うん、これはなんと言えばいいのだろうか。

蓮子「本当だ、あたたか~い♪」

○○「右手カラ体温ガ急速ニ奪ワレテ行クンデスガ ドウスレバイイデショウカ メリーサン」

メリー「振り解けば?」

○○「わぉ、その手の温かさとは対照的にとても冷たい言葉が発せられました。」


棒読みでそう言っている間にも自分の右手から体温が失われつつある。
このまま放置すれば自分は凍死するだろう。あ、眠い。
蓮子は体温を奪う冷たい手から体温を奪われる右手を解放する様子は無く、メリーは冷たい言葉で精神にダイレクトアタック、身も心も寒いです。

しかしここで少し思った。


○○「これって両手に花?」


いくら口や態度では冷たくても実はとても優しい二人の女の子。
いっそこのまま眠っても良いかもとかそんな考えがよぎる。
あ、家についた。どうやら凍死は免れた様です。


○○「…………」

蓮子「…………」

メリー「…………」

○○「……あの、両手が塞がってるとドアを開けれないのですが?」


やばい、極寒の道をクリアしたと思ったらExtraStageが残っていやがった。
ただ手をドアに掛けて家の中にはいれば良いだけなのに入れない。
うわ、また風が吹きやがった。体温が急速低下で眠気が……。

ふと見ると蓮子とメリーの顔が少し赤い。
熱でもあるのか?


○○「……あの?」

蓮子「え?あ、家についたね!」

メリー「う、うん。そうだね!」


二人は両手を解放し、自分よりも先に家の鍵を開け中に入って行く。
なんて奴らだ、まったく…。


……そういえばなんてあの二人なんで家の中に…鍵は渡してないはず。
解放された手でポケットの中を確認する。
うん、ポケットの中には鍵がある……。


………………。

……………。

…………。

………。

……。

…。



○○「ま、いっか」


面倒なので勘繰るのは止める。
それよりも早く家の中へ、この冷えた体を温めないと…。
あぁ、はやくココアが飲みたい。





蓮子「○○おそーい」

メリー「はい、ココア」


自室に鞄を下ろし、居間へ入るとそこには炬燵を点けてココアを飲む蓮子。
メリーはというと台所からココアを二人分持ってきた。片方はメリーでもう片方は自分の分と渡してきた。
小さな夢が一つ叶いました。


○○「うん、ありがとう。メリーみたいな良妻がいたら将来も安泰だね♪」

メリー「バカな事言わないの!」

○○「あっづぁ?!」


訂正、小さな夢には手に熱々のココアが掛る事など含まれていません。
メリーは炬燵に入りふぅー…と息を吐く。蓮子、救急箱を持ってきた。


蓮子「大丈夫?」

○○「ありがとう蓮子、良いお嫁さんになれるよ」

蓮子「じゃあ○○のお嫁さんになろうか?」

○○「っ」

蓮子「……嫌なの?」

○○「あ、えっと、それは、あの……」


不意打ちだ。
真顔でいきなりそう言われると対応に困る。

確かに蓮子はとても良い人だで器量も良しだ。
だが自分は……、運も無い金も無い人望も無い、ついでに彼女もいない。ちくしょう
まあ、そんな自分とは釣り合わないだろう。
それに……。


蓮子「なんてね、知ってるよ。○○に好きな人がいるの…」

○○「……え?」

メリー「へぇ、それって誰、蓮子?」

蓮子「内緒、でも私じゃないよ」


一瞬沈んだ表情をする蓮子。
なんだか悪いことをしたなぁと思いつつも自分はどうしたものかと考える。
蓮子は自分の手に包帯を巻き、小さく溜息を吐いた。


蓮子「はい、これで大丈夫でしょ?」

○○「…うん」

蓮子「あー、寒い!炬燵!入る!」

メリー「ちょっと風起こさないでよ、寒くなるじゃない!」

蓮子「ごめんごめん、うー寒っ」

メリー「ほら、○○も早く炬燵に入ったら?寒いの苦手なんでしょ?」

○○「う、うん……、……ん?」

自分は風を起こさないように炬燵に入り、ココアを一口。そして気付く。

○○「そういやなんで蓮子とメリーはなんで自分の家に?」

メリー「え、あー…」


そう、本来。蓮子とメリーは自分の家とは別の方向にあるのだ。
なぜずっと気付かなかったのだろう。
よし、全部寒さのせいにしよう。寒いの嫌い。


蓮子「あ、遊びに来ちゃ不味かった……?」

○○「いや、そう言う訳じゃないけど」

蓮子「なら良いじゃない」

メリー「ごめんなさいね?押しかけみたいになっちゃって…」

○○「いや、大丈夫だよ、ただ気になっただけだから」


そう言ってココアを一口。
あぁ、ココアは文化が生み出した究極の飲料だよ、体も心もあったまる。
あ、眠い…。ここにきて再び眠気が…。


○○「しかし、やけに眠い…。なんでだ……?」

蓮子「疲れてるんじゃない?」

メリー「蓮子がトラブルを起こすからよ」

蓮子「なによ、メリーだって○○の手にココアかけて火傷させたじゃない」

メリー「あ、あれは…」

○○「喧嘩はやめてくれよ、二人とも。怒ってる二人は見たくないんだから…」


なんだか危ない雰囲気になりそうなのを直感的に感じたので早すぎる程度に釘を打つ。
あー、炬燵にはどうして眠気を呼び起こす魔力があるのだろうか。
このまま溶けてしまいそうだ。
……あ……、……ねむ……





…………
………
……





視界に映るのは昔、自分の家の近くにあった公園。
今は道路となって影も形もない…。
それだけでココが夢の中だと理解してしまう。

滑り台の下の方で声がする。
そこにいるのは小さい頃の自分。
その隣には無邪気な顔で笑っている蓮子の姿。
とても純粋な笑顔…。

自分はその笑顔が大好きだった。
まるで辛い事なんて何も無いんだと、それが本当の様な笑顔…。







……
………
…………




○○「ごふゥっ」


腹部に衝撃を感じて目が覚める。
部屋は真っ暗。どうやら自分は眠っていたらしい。
腹に僅かな重みを感じる、なんだこれ。
しかし動く気にもなれず、というか腹の痛みで動けずそのまま10分ほど微動だにしない。


○○「……足?」


暗闇に慣れてきた目に映ったのは足。
それは紛れも無く足。
見間違うはずも無く足。
つまり足。
誰かの足。
自分の足はちゃんとある。
誰だこの足は。


○○「痛ってぇ……」


痛みが治まってからあえて言ってみる。
足に反応は、無い。


○○「誰の足だ?」


とりあえず、足の主を探す。
そして簡単に足の主は分かった。


○○「○○殺人事件、殺害方法は鳩尾に踵落としというふざけた方法だった、殺害動機は不明、犯行時刻は時計が見えないので不明、犯人は宇佐見蓮子、○○の幼馴染である、なお殺害された被害者の○○は"眠っていたら殺された"と供述、お腹痛い」


ただ何の意味も無く言ってみた。
それでも反応はなく、寝ている事が伺える。
こんな時間にいるということは、どうやら蓮子はウチに泊まったらしい。


○○「ナンテコッタ、若い男女が一つ屋根の下だ、しかも襲われちまったよ、踵落としに」


其処まで言って気付いた、小さく笑い声が聞こえた。


○○「蓮子……は寝ているから…まさか、メリー?」

メリー「フフ、ごめんなさいね、つい面白くて…」

○○「ナンテコッタイ自分のダラシナイ寝顔はメリーにまで見られていたという事かいや待てちょっと待てなんだそのケータイはなぜ自分に向けているその赤い光は何だまさか新手の新兵器とかなのか大変だ自分こと○○の冒険はここで終わってしまうのかはたして自分の運命やいかに!」

メリー「撮ってるだけよ」

○○「うん、判ってたけども」


うん、暗闇に目が慣れてきた。
メリーが笑っているのがとてもよく見える。
そして撮ったのを消す気が無いのもよく分かった。
ならばもはや何も言うまい。


メリー「ココア、淹れるわね?」

○○「ありがとう、もう手にココアを掛けられるのは勘弁です」


携帯をなおし、そんな事しない とメリーは言って台所へと消えていった。
さて、どうするか。
このまま蓮子を放置すれば次の攻撃が来る可能性も否めない。

1.蓮子を起こす
2.蓮子を襲う(踵落とし)
3.蓮子を追いだす
4.待機


○○「(うん、4の待機だな、この前は起こそうとしたら綺麗に裏拳が襲ってきたし)」


そんなふざけた事を考えている内にメリーが戻ってきた。
その手には二つのマグカップ、両方から湯気が上がり、甘い匂いが漂う。
自分は蓮子の足をゆっくりとどけて体勢を楽にする。


○○「ありがとうございます」

メリー「どういたしまして」


メリーに礼を言って甘いココアを一口。小さく息を吐く。
きっとココアが飲めないと自分は死んでしまうだろう。
自分にとってココア=酸素と同義だ。


メリー「ねぇ、○○」

○○「なんざんしょ、マドモワゼル」

メリー「蓮子の言っていた事、覚えてる?」

○○「どの事だい?」

メリー「好きな人の事」

○○「直球でストレートでダイレクトだね」

メリー「分かりやすいでしょ?」

○○「怖いです」


マグカップ越しに手に伝わるココアの温度。
メリーが妙に真剣に聞いているのが分かる。
しかし自分は自分のペースを保つ。


メリー「蓮子の言っていた、好きな人って、誰?」

○○「んー、誰だと思う?当てたら一つだけ自分に出来る範囲で言うこと聞いてあげるよ」

メリー「そうねぇ、…何回でも回答可能?」

○○「一千万以上も回答されたらほぼ確実に正解が出るだろうから却下、6回までで」

メリー「……演劇部のユミさん?」

○○「否定」

メリー「じゃあ水泳部のミサキさん?」

○○「NO」

メリー「……技術部のアヤナさん?」

○○「ERROR」

メリー「うー、……帰宅部のユナさん?」

○○「自分の記憶にございません」

メリー「………だったら、……剣道部のイワサキ ナオさん?」

○○「おききになった名字、氏名は現在対応しておりません。……というか自分にそんな趣味はない」


よりにもよって5人目に男の名前だしやがった。
そして残り一回となった回答。
メリーは真剣な表情で考えている。
きっと正解は出ないだろう。


メリー「じゃあもしかして……」

○○「もしかして?」

メリー「……ねぇ、○○?」

○○「なんだい、メリー」

メリー「この最後の回答、また今度で良いかしら?」

○○「大丈夫だ、問題無い」

メリー「本当に?」

○○「答えはイエス。」

メリー「ありがとう」

○○「しかしなんでこんな話を?」

メリー「………べつに、気になったから聞いてみただけよ」

○○「……ふむ、じゃあ一つ良い?」

メリー「なにかしら?」

○○「もし答えられなかったら、さっき撮ったの消してくれる?」

メリー「いいわ」

○○「よし」

メリー「そのかわりちゃんと約束守ってよね」

○○「メリーもね」


闇に慣れた目で時計を見やる。
時刻は午前3時前後。こんな時間に起こされたのか自分は…。
さて、どうしたものか。


○○「……なぁ、メリー?」

メリー「なに?○○」

○○「なんでこんな時間に起きてたん?」

メリー「蓮子の襲撃」

○○「なるほど。こいつめ、自分達の眠りを妨げやがって」


自分は幸せそうな表情で眠る蓮子の頬をつつく。
口からよだれ出ているぞ蓮子。


○○「……この憎たらしい顔にココアを掛けたらどうなるかな?」

メリー「後片付けが面倒になるだけよ?」

○○「もっと、こうさぁ…"女の子の顔を台無しにする気?"みたいなことは言わないの?」

メリー「○○がそんなことする様な人じゃないって信じているから」

○○「随分と自分は信用されているもんで」

メリー「それだけあなたは優しいという事よ」

○○「メリーもね」

メリー「何が?」

○○「なんでも」


自分はやがて空になったマグカップもって立ち上がり、台所に持っていき軽く洗って置いておく。
部屋の中ではメリーと蓮子がいる。
どうしたものかと考えるが自分には何かをする度胸もないので諦める。


メリー「○○」

○○「ん?」

メリー「たしか二階に使ってない部屋あったわよね?その部屋使わせてもらうわよ」

○○「いいよ。あ、でもあまり掃除はされて……いっちゃた…」


言い終えるか終わらないかの間にメリーは二階へ。自分は炬燵へ。
蓮子は相変わらずの醜態をさらしている。


○○「……今も昔も、幸せそうにしやがって……」

そう呟いて、自分は炬燵に入り眠気に身をゆだねた。





……………
…………
………
……



……
………
…………
……………





朝日の光が瞼を無視して失明させんとばかりに目に襲いかかる。
目を刺すような痛みと共に目が覚めた、眠気は依然残っている。
自分は二度寝しようと寝返りをしようと、しかし出来ない。


○○「………何だ、まだ夢か」


体が重い。
だるい訳じゃない。
自分の等身並みの重しがあるのだ。


○○「……二度寝する、意地でも。」


それも一つじゃない。
二つだ。


蓮子「……あ、おはよう……」

○○「おやすみなさい」

メリー「…おはよう、○○?」

○○「オヤスミナサイ」


どうして二人は自分をホールドしているのだ。
両腕をガッチリ掴まれていて動けない。
欠伸をする蓮子。
その口からよだれが少し…。
美人が台無しだぞ。
あ、こら蓮子、肩で拭くな!


○○「オ休ミナサイ」


両手に花。とは言うが。
これは花は花でも彼岸花だと自分は思う。
下手な行動を起こせば自分の両腕はサヨウナラしてしまいそうだ。
だから寝る。


蓮子「ダメ」

メリー「駄目」

○○「だめ?」

蓮子「駄目」
メリー「ダメ」


だめ。
ダメ。
駄目。
自分の安息ルートはいともたやすく潰された。


蓮子「ねぇ、メリー?今日は休みだっけ?」

メリー「えぇ、今日は祝日よ蓮子」

蓮子「じゃあ○○と一緒に出かけましょうか?メリー」

メリー「そうね、じゃあ9時に出かけましょう?蓮子」

蓮子「決まりね、メリー?」

メリー「そうね、蓮子?」

蓮子「依存は?○○」
メリー「無いわよね?○○」

○○「……ハイ」


もうどうにでもなれ。
自分の休日は二人に奪われた。
このまま抵抗しようものなら奪われた休日は最悪の休日となって帰ってくるだろう。
ならばいっそ、諦めて愉しんだ方がマシだ…。





蓮子「○○!はーやーくー!」


午前九時3分前。
玄関から蓮子の○○を呼ぶ声が響く。
その隣には支度を終えたメリー。


○○「待ってくれ!せめて最後の一杯を!午前中最後のココアをッ!!」

メリー「急かさないの、蓮子?そんなんじゃ嫌われるわよ?」

蓮子「むっ!もう、この子ったら……良妻ぶっちゃって」

メリー「あら?じゃじゃ馬な娘よりは良いと思うわよ?」

蓮子「むっか!なによメリー!」

メリー「なにかしら?蓮子?」

○○「もうココアいらないっ!だから喧嘩しないでぇっ!!」


半ば半泣きとなった自分がココアを諦めて玄関へ行く。
サヨナラココア、午後にまた会おうね。
このままでは大惨事蓮子vsデストロイヤーメリーの大戦争が勃発してしまう。
自分は小走りで玄関へ行き、しかしそこで気付いた。


○○「…はめられた」

蓮子「何のことかしら?」
メリー「何のことかしら?」


二人とも笑顔で仲良く手を繋いでおり喧嘩をする様子なんて見当たらなかった。
つまり今のやり取りは……。


メリー「さぁ、行きましょう?」


メリー、お前か。
お前が今の罠を仕組んだんだな!?
あ!てめ!今笑いやがったな!?
ちくしょう!
蓮子は横すまなさそうにで苦笑いしてやがる!


蓮子「○○、諦めましょう?」

○○「うん、諦めた」


この二人には敵わない。
そう思った。





メリー「○○?こっちの服なんてどうかしら?」

蓮子「駄目よメリー、○○にはこっちの服の方が似合うよ!」

メリー「いいえ、蓮子?○○は寒いのが苦手なのよ?」

蓮子「ならこっちの服ならどうかしら?」

○○「………」

メリー「どうしたのかしら、○○?」

蓮子「そういえばさっきから殆ど喋らないね?」

○○「……なんで自分の服を?」

蓮子「え?だって昨日○○寒そうにしてたじゃん」

メリー「そうよ、だから今日こうして服を買いに来たんじゃない」

○○「さいですか……」

メリー「で?どっちの服が良いかしら?」

蓮子「もちろん、私の選んだ服だよね?」

○○「じゃぁ……。」


メリーが持つ服は赤く、防寒性に優れておりそれなりにもっこもこしている。だが少し動きづらそうだ。
そして蓮子が持つ服は青く、これまた防寒性に優れている。というか防寒性に関して言うなら圧倒的に蓮子の方が上だろう。
なぜならそれはスキーや雪山、登山用の防寒――


○○「おい」

蓮子「ん?」

○○「おまえは……お前は、登山に行きたいのか?」

蓮子「○○と登山かぁ、それも良いかも…」

○○「駄目だこいつ、本気で考えてやがる。仕方がない、じゃあメリーので」

メリー「やった!」

蓮子「えぇぇっ!?なんでッ!?」


自分がメリーの赤い服を選ぶと蓮子はそれはそれはこの世のものではないありえない物を見たような表情をした。
カメラ持ってたら撮りたかった。


メリー「それはね、蓮子。愛情の差よ」

蓮子「愛…情…、だと……ッ?!」

メリー「そう、愛情。それが貴女には欠けているの……、それが、貴女の敗因よ…」

蓮子「くっ」

○○「友人に愛情も愛憎もあるか。あるのは友情だ。」

メリー「あぁん、もう…つれないわね…」


店内だというのに崩れるように床に手を突き跪く蓮子、それを見降ろすメリーを横目に自分は赤いと青い服を棚に戻した。
代わりに自分は二着の上着を手に取った。
それは薄紫の上着と黒に近い灰色の上着だった。


メリー「それは?」

○○「どうせ自分のを買ったって箪笥の肥やしになるだけだからね、蓮子とメリーの為の上着だよ」

蓮子「私の、為?」

メリー「私"達"の為よ、蓮子」

蓮子「もう、わかってるよ」

○○「まぁ、自分からの少しはやいクリスマスプレゼントだと思ってよ」

メリー「上着がクリスマスプレゼントだなんて、風情が無いわ――」
蓮子「ありがとう○○ッ!!大事にするね!!」


メリーの言葉を遮るように灰色の上着を○○から奪うかのようにして手に取る蓮子。
クルクルと店内を回り非情に客の迷惑。
あと蓮子、まだそれ会計通してない。





蓮子「プレゼント~♪プレゼント~♪○○からのプレゼント~♪」


店を出てからというものの、蓮子はずっとこの調子だ。
全く、自分からのプレゼントがそんなに嬉しかったのか?
子供みたいにはしゃいで、そんな辛い事なんてないかのような笑顔をして……。


メリー「○○?どうしたの?そんな変な顔をして」

○○「うるさい、自分の顔はキズ以外生まれつきこうだよ。」

メリー「……そう言えば○○?その傷って、いつから?」

○○「……さあな、覚えてないよ」


そう、自分の顔には傷がある。
眉間から右頬に一直線のまっすぐな傷が。
別にズタズタな傷などではなく、むしろ綺麗すぎるほどにまっすぐな傷なのだ。
だが逆に、その綺麗さが生々しさと痛々しさをより際立たせている。

メリーがその傷に触れても良いかと聞いてくるので了承した。
細い指が自分の頬から眉間へ、少し冷たい感触が移動する。
間を開けて今度は眉間から頬へ、傷をなぞるように下がってゆく。自分の視線もそれに合わせて指を追う。


メリー「……そう、気をつけなさいよ?大きな傷は、消えないんだから。綺麗な顔立ちなんだから、もったいない」

○○「最後らへんの一言さえなければ名台詞だったんだが」

メリー「あぁそう、残念?」

○○「別に…」


メリーが手をどけるとそこには少しだけ何かを考えるメリーの顔。
視界を遮るモノが無くなった自分は雪が降り始めた空を見ながら歩を進める。
その隣には自分と歩幅を合わせ、傷を見つめるメリー。

そして、さっきまでのはしゃぎ様は一切無く、ただ何も言わずに後ろから○○を見つめる蓮子だけがいた。



―――自分はソレに、いつまでも気付かないフリをする―――
最終更新:2012年03月05日 22:22