ここ、幻想郷にきたのは会社を辞めて3日後のことだった。
地方の工場に配属されたが周りに馴染めず、疎外感が募った結果の退職。
次の就職先を探すには職の多い都会に出る必要があるため、
この田舎にいるのもそう長くはないだろう。
社内の雰囲気にはなじめなかったが、仕事後の帰り道として目に映る
寂れと長閑さの境目にあるような街の雰囲気は気に入っていた。
そこでこのあたりの景色を思い出として残そうと、
数日かけてこの地域をいろいろと散策していたのだ。
そのうちの一つである、市外から離れた山───
山頂付近から見渡す景色がきれいだと聞いていたため
散策コースの一つに入れていたのだ。
この山に関する別の噂、神隠しについては
このネット時代に何をいまさら、と
頭の片隅のさらに隅のほうに追いやられていた。
異変が起こったのは山道に入ってから1時間半程度たった時だろうか。
道も狭くなってきた、と思った矢先に立ちくらみが起こり
同時にmp3プレーヤーから流れるBGMににノイズが入った。
視力が回復したときの心境はとても言い表すことができない。
明らかに多様性の増えた木々、無造作に置かれた石や岩、
それについた苔のむし具合…
同じ自然でも今までの人の手の入った山とは
明らかにかけ離れた、まるで原生林のような光景が広がっていた。
この光景を目の当たりにして、自分は「は?」と間抜けな声を出したあと、
自然とイヤホンを耳から抜き、この世界が本当にいまここに存在するのか無意識のうちに確かめていた。
数十秒ほど放心していたが、そのあとに湧き出てきたのは
得体のしれない気味悪さだった。もっとも、その気味悪さは
その後すぐにはっきりとした恐怖心にすぐに塗りつぶされてしまことになる。
引き返そうと思い後ろを向いたとき、妙なものが目に入ったのだ。
それは一見すると獣のようだったが、全体的な姿がはっきりとせず、
ぼやけたように見えるのだ。目を凝らしても一向にはっきりと見える気配がない。
あまりに意味不明でまた思考が止まっていたが、
獣の側がいつまでもそうすることを許さなかった。
明らかにこちらに近づいてきているのだ。
ぼやけたまま、歩いているのか足を動かしているだけなのかも
はっきりとしないまま、ただ姿だけが大きくなっていく。
その上落ち葉の上をそれが通った時、落ち葉を踏んで出てくるはずの音が全く聞こえてこない。
なんなんだこいつは?
気づいた時には足は獣の反対側に向かって駆け出していた。
原生林の奥のほうへ走っていたが、そんなことに頭が回る余裕などあるはずもなかった。
無我夢中で走り続けたが別に体を鍛えているわけでもないため
すぐに息が上がってきた。もうあまり早くは走れないだろう。
あまり見たくはなかったが状況を確認しなければならない。
後ろを向くと
獣はもう目と鼻の先にいた。
この距離にあっても姿はぼやけたままだ。
獣はぼやけた姿のまま、こちらに跳びかかるかのような動きを見せた。
声にならない悲鳴を上げた時
横から飛んできた光弾?のようなものが獣の体を反対側に叩き付けた。
「大丈夫ですか?」
この世界で初めて出会ったのは
緑がかった髪の、白と青を基調にした
奇妙な恰好をした女の子だった。
最終更新:2012年03月05日 22:37