「大丈夫ですか?」

この奇妙な出で立ちの女の子が声をかけてくれていたとき
自分は3度目の放心状態に陥っていた。

「あの~?聞こえてます?」

「え、あ、あ、ああ、はい、えっと…」

あまりに常識の範囲を超えたことが起こりすぎ、
言葉をうまく紡ぐことができずにいたが、
ありがたいことに女の子が自分の焦りをくみ取ってくれたらしく、
現状の説明を始めてくれた。

「ええと、まずは落ち着いてください…





 落ち着きましたか?」

「は、はい」

「ええと、何から話せばいいでしょうか…
 恰好からすると明らかに外の人でしょうからね…
 ………あの、森か山を歩いていて、急に雰囲気が変わったりしませんでした?」

「え、あ、はい、………なんでわかるんですか?」

「まぁこれで確定ですね。
 いいですか
 すぐには信じられないかもしれませんが、
 とりあえず私の言うことを聞いてください
 ここは幻想郷という場所でですね…」 

緑髪の子が言うことは要約すれば次のようなことだった。


まずここは幻想郷という場所であるらしい。

幻想郷は結界で隔離され、
通常は外の世界からは見ることも行くこともできない

しかし結界も完璧なものではないため
ときどき外の世界から人が迷い込むそうだ。

幻想郷には妖怪や神など、今では迷信となった存在が住むという。

彼女はこの世界で巫女兼現人神をしていて、名前は東風谷早苗というそうだ。
その袖のない奇妙な服は巫女としての衣装らしい。

なるほど、ただ話を聞いただけなら、まず10人中10人が信じられないと言うであろう荒唐無稽な話だ。
しかし、この状況に至るまで、あまりに非常識なことを連続で体験してしまった身としては
ただのデタラメと切って捨てることは到底できない。

とくに最初のがらりと変わった景色…
自分は立ち眩みしたとはいえ、時間間隔を失ったわけではなかった。
あの一瞬の間で周りの景色をすべて変える、ということは
いかに手を尽くそうと不可能だろう。
回りすべてが映像だった…という馬鹿な考えも一瞬頭によぎったが、
獣?に追いかけられてその風景の中を走りまわった実体験により
完全に否定せざるを得ない。

少し冷静になったことで、かえって自らの体験した事の異常性、超常性が露わになってきた。
明らかに自分は物理法則を超越した出来事を経験したのだ。

「しかし、まさに危機一髪!て感じでしたね~!」

「ええ、……やはりあの光の球は東風谷さんが?」

「ええ、私は風祝で現人神ですからね。あのくらいはちょろいもんです!」

「はぁ……、えっと、ありがとうございます」

「礼には及びませんよ、妖怪退治は私の仕事であり、趣味ですから!」

茶目っ気のあるかわいらしい笑顔で答える。
どうやら彼女に助けられたのはほぼ確実だろう。
とすると、あの光弾も彼女が出したということか。
妖怪退治はお札や呪文でするものだと思っていたが、どうやら間違いだったらしい。
考え事をしていると再び東風谷さんが話しかけてきた

「とりあえず、ここにいてさっきのみたいなのが現れると
 面倒ですので、私の神社に行こうと思いますが、いいですか?」

「ええ。お願いします。神社はどの方向なんですか?」

「あちらの方向にあります。ここからは木々のせいで見えませんが、
 かなり大きな山があって、そのの中にあるんです」

確かに木々のせいで向こう側が見えないが、高い山の上にある、
ということは、かなり歩かないといけないか…
ほんのすこしだけ気落ちしていると
東風谷さんは再びこの場所がどんなところであるか再認識させるような
とんでもない提案をしてきた。

「そのままだと時間がかかるので飛んで行こうと思います
 手をつないでもらえますか?」

「へ?あ、え?飛ぶって…」

「言葉通りですよ、ほら」

そういうと、彼女の背丈がいきなり二回りほど大きくなった。
しかしすぐにそれは間違いだとわかる。
成程、彼女は確かに地面から50cmほど浮いているのだ。

「うお………
 ……そんなこともできるんですか……」

これまでの茫然自失の様と比べればまだましとはいえ、やはり驚きを隠せないでいると、

「ええ、まぁそういうことなんで、一緒に飛ぶために
 手をにぎってください。
 ……ああ、そうだ、何か忘れたり、落としたりした物はありますか?」

落し物…

「いえ、ありま…、あっ、そういえば」

MP3プレーヤーはどうなっただろうか、と一瞬考えたが、
ポケットの中に突っ込んだ感触ですぐに存在を確認できた。
しかし妙なノイズも入ったし、何か壊れているかもしれない、
と確認のために取り出すと、

「あ、!それ新しいMP3ですか?
 へぇ~最近のはそんな感じなんですね~」

「ええ、まぁ、半年くらいの前のですかね…」

「何曲はいってるんです?」

「600曲くらいかな…あまりおぼえてないな。」

「そんなに入ってるんですか!
 えと、後で聞かせてくれませんか?」

「ええ、気に入るのがあるかわかりませんけど…
 そういえば幻想郷にもこういうのはあるんですか?
 妖怪とか神とかいうからもっとファンタジーな世界かと思ってたんですが」

「え?、あ、いえ、幻想郷にそういうハイテクなものはありません。
 自分も外から来たので…」

どうやら彼女も外の世界の住人であった経験があるらしい。
MP3プレーヤーがわかるということは、およそ十年以内に
こっちに来たのだろう。
別に故障した様子はなかったので、とくに忘れ物はない というと、

「じゃあ出発します。手を握ってください」

言われた通り手を握ると、急に風が自分を押し上げてくるような感覚が
体を包んできた。
とはいえこの程度の風で体が浮くとは思えない。
やはりなにか不思議な力が働いているのだろう。
お、お、と呻いていると、彼女はすぐに神社のあるほうを向き飛ぶ体勢?に入った。




「つきましたよ。
 えっと、ようこそ、守矢神社へ」

「……ええと、……おじゃま、します……」

正直空を飛ぶという体験はかなり怖かった。
いくら無重力のような浮遊感があるとはいえ、
自分の力で飛んでいるわけではないし、
下を見たときの光景は変わらない。
神社に到着したときには、緊張の反動がでて
かなりぐったりしてしまった。

「じゃあ、私は神奈子様たちに今後のことを聞いてきますので
 ちょっとそこのところで待っていてください」

「……あ、っと、よろしくお願いします」

神奈子とは誰だろう、この子の親かな…しかし、様…?
と思っていたら、またもや思惑の外の答えが返ってきた。

「神奈子様から今夜はここで泊って行ってもいいとの許可が出ました
 それと、一応顔を見たいそうです。」

「わかりました。ええと、そちらですか。」

「はい。あ、それと念のために言っておきますが、
 神奈子様はこの神社に祭られている神であり、
 この妖怪の山一帯に強い影響力があります。
 多少のことで怒られるような方ではありませんが、
 できるだけ粗相はしないでくださいね?」

…神ときたか…まぁ妖怪、そして神社と巫女がいて、ここは幻想郷なんだから
神がいてもそりゃ不思議はないわな。


「聞いてます?」

「えっ、あっ、はい!わかりました。気を付けます」

驚きは少なくなってきたが、まだ思考停止はどうしてもしてしまうな…



そうこうしているうちにその神様に面会することとなった。

「お前が○○か。私がこの神社の祭神の八坂神奈子だ
 いきなりこんなところに紛れ込んで疲れているだろう?
 今日はゆっくりしていくといいだろう」

なるほど、この方がその神様か、
確かに影響力の強い神様らしいだけあって
奇抜な衣装にもかかわらず、それを感じさせない威厳のようなものが
発せられているのがわかる。

「○○です。本日は東風谷さんのお世話になり、その上寝床まで用意してもらって…
 本当にありがとうございます」

「いや、礼はいい。同じ世界出身だからか、早苗の機嫌もいい
 それにお前が来た一因は私たちにある可能性が高いからな…」

どうやらここ最近ここ幻想郷にとって異変と称される事件がたびたび起き、
それが原因で結界にほころびが起きていた可能性があるとのこと。
そしてその異変にこの神様は少しかかわりがあったらしい。
少し、と言っていたときに妙にばつの悪そうな顔をしていた気がするので
ひょっとしたら少しどころじゃなく関わっていたのかもしれない。

とはいえ助けてもらった身の上であるし、悪い神様ではなさそうなので
神奈子様には心の中で感謝しながら寝床についた。

翌日、さすがに宿をただ手かしてもらっているのに
お客様気分でいるわけにはいかないので、朝食の準備やらを手伝い、
いろいろと家事がひと段落したとき
東風谷さんに声をかけられた。

「お疲れ様です。あの、きのう話してたmp3プレーヤーの曲を
 聞かせてもらってもいいですか?」

「ええ、いいですよ。」

最初は電池の状態が気になっていだが、驚くことに
幻想郷で、しかもこの山の中に電気が通っているらしく、
こちらも街中で充電するためのコードをもっていたため、
充電の条件がそろい、その心配は杞憂に終わることとなった。
しかしよく周波数と電圧の問題がクリアできたな…

(※一般家庭に流れる電圧や電流の周波数は
 一定の値以内に収まるように調整されており、
 例えば電圧なら101±6Vなどとされ、コンセントをさしてつかう機器も
 それに合わせて作られています。)



さて、東風谷さんにいろいろと音楽を聞かせていったが、
結論としては、かなり高評価だったといっていいだろう。
正直なところ洋楽邦楽ともにマニアックなものも多かったと思っていたが、
彼女は外の世界の流行にあまり乗らないタイプらしく、

 「個性的な雰囲気で、おまけにすごく印象に残る
  いいメロディーばっかりでびっくりしました!
  こんないい曲が世の中にたくさんあるなんて知りませんでした!」

と、その特徴的な部分がかえって良い印象になったようだ。
まぁ、好きな曲がほめられて悪い気はしない。
上機嫌のまま、今日は買い出しに人里に行くことになった。
人里はこの魑魅魍魎の集う幻想郷のなか、人だけが暮らしている集落らしい。
ついでに結界を管理する博麗の巫女の動向を聞くそうだ。
なんでも外と幻想郷を行き来するにはその巫女に頼むのが一番だとか。



「それでは行きましょうか」

と、いうわけでここに来た時のように彼女に手をつないでもらい、空を飛んでいる。
本当は怖かったが、世話になりっぱなしの中で我儘をいうわけにもいかない。
脂汗をかいている自分とは対照的に
東風谷さんは上機嫌だった。プレーヤー聞きながら飛んでいるからだろうか?

「つきましたよ、ここが人里です。」

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最終更新:2012年03月05日 22:37