雑貨屋に探して貰っていた部品を河童に調整して貰ったものが、漸く家に届いた。
リロードツール、銃弾を作れる機械である。
そう言えば、爺さんの形見分けのツール、まだ家に置きっぱなしかなぁと思い出す。
炉端の向かいで二人目の子供のおしめをせっせと替えている妻、彼女が大事に持っている銀の銃弾。
あれは爺さんの形見で作った銃弾だ。
ふと、外界の事が懐かしくなったが、あんまり気にすると妻の気が色々と病むので直ぐに振り払う。
彼女は夫である俺に対してトコトン忠実で良妻であり、身と心の両方で尽くしてくる。
だが、その反面情緒が少し不安定な面もある。(これは幻想郷の力ある女性全般に言える事だが
狼の血を引くせいか、雌の部分が強い場合もある。おしめを替えている子はそれが強い時に出来た子供だ。
彼女の気性に対して(強いて言えば幻想郷の女性そのもの)には色々思う事があるが、今の生活が不幸かどうかと言えば不幸ではないだろう。
良妻賢母に付き添われ、二人の元気な子供。仕事も趣味の猟師も両方上手く行っている。
正直言おう。今の生活には全く不満が無い。
「どうしましたあなた?」
子供達を寝かしつけた妻の椛が、俺の傍に寄り添ってくる。
哨戒天狗の務めを果たす時には侵入者へ向ける曲刀と盾を携える両腕。
人間など比較にならない膂力と怪力を秘めた細腕が、優しくそれでいて獲物を捉えるのかと錯覚するようなしぐさで俺の身体に絡み付いてきた。
出会った時よりも成熟し、ただ居るだけで色香が漂ってきそうな身体を椛が押しつけて来る……伽がしたい時の合図だ。
寝間着の間から見える二人の子を育てて尚形が崩れる事の無い豊かな乳房と、その谷間でキラリと光る銀の銃弾。
銀の銃弾。本来であれば、魔の者を退ける人間の力の象徴。
それは既に彼女にとって俺との繋がりになっていた。
同時に、銀の弾を我がモノにし、障害を乗り越え好意を持った男を得た勝利の証でもあると思う。
彼女は勝利者だ。直接暴力を振るった訳でもないが、俺を手中に収めている。
敗者である俺が、あの夜に寝所へ忍んで来た彼女を受け入れたのは俺の意志だ。
森に、獣に負けた猟師はその身を森に還す。
俺も山に、山に住まうあやかしに、俺の横に居る存在に負けた。
ならば、彼女に身を委ねて、この山で生涯を終えるのも道理かもしれない。
ツールのカバーを外し、薬莢に収まった銀の弾頭を見詰める。
これは、今でも猟師に出る時に使う守り弾用のものだ。
二人目の子供が生まれた時、椛から火薬を抜いた弾をねだられ、与えた事もあったが。
「綺麗ですね」
「そうだなぁ……見てみろ、椛の髪みたいだ」
「ええ、本当に」
恐れるべきものを、嬉しそうに目を細めてみている俺の妻。
俺を得る契機となった存在を、じっと見つめていた。
目の前で揺れる二発の銃弾。
火薬が入ってない、あやかしを倒す力を持ってない銃弾。
薄暗い寝床の中、揺れる白い肌と銀色の髪。
その奧で、千里を見抜く妻の上気した瞳が、じっと俺を見詰めていた。
そう、始めて出会った時から、今に至るまでずっと。
絶対に、逃さないように、じっと見詰めていた。
最終更新:2012年03月05日 22:42