アリスから、一通の手紙が届いていた。

 食事でもどう?

 そんな、他愛もない内容の。


 ~~~


『目を合わせれば睨みあい。

 口を開けば憎み事。

 会えば喧嘩、繰り返してもうどれだけ経ったのか。

 私達は好き合っている。

 好き合っている、筈。

 筈なのに


 信じ続ける事に

 疲れてしまった』


「いらっしゃい。○○」
 彼がノックをする前に、私はドアを開けてそう言った。
 少し驚いた様子の○○の不意をつくと、抱きしめるようにして、耳元で囁く。
「……ねぇ。今此処で一つだけ、聞いておくわ」

「とても重要な事だから、絶対に嘘をつかないと約束して」

「私の事、好き?

 他の誰よりも愛してる?

 ……喧嘩ばかりしちゃうけど、嫌いになんてなってない?」

 彼がそっと頷く。
 私は胸を撫で下ろすと、○○に絡めた手を緩め。

「……良かった」

 ――人形に持たせていた、五寸釘を仕舞わせた。 


 ~~~


 食卓の上にはプレートの様な物があった。
 その下には、前にこの家で見たような、加熱装置らしきものが置いてある。


 ジュッ!!


 焼けるような音。

 何時の間にか傍にいたアリスは、その上に肉を敷いている。
「待っててね、直ぐに焼けるから」
 何処で調達したのかは分からないが、
 アリスの持っている皿の上には、驚く程の量の肉が乗っていた。

「焼けたわよ。
 タレとかは、其処に色々置いてあるから」
 手際良く自分の皿に寄せると、直ぐに次の肉を焼き始める。

 そんな直ぐに焼かなくても。

「――――何?」

 軽く口にした筈のその言葉に、アリスは。
 刺す様な視線で、そう答えた。

「……何よ」
 はっとしたように、先程までの雰囲気は消えた。
 気のせいかもしれない。
 喧嘩ばかりしていたせいだと、そう考える事にした。

 気を取り直して、焼かれた肉を口に運ぶと。


 ……?
 今まで、食べた事も無い様な肉の味がした。

 しかし……
「どうしたの、○○」
 先程の視線を思い出し、何の肉か?と聞く事は躊躇われた。

 しかしそれを察したかの様に、アリスが答えた。
「トリ肉みたいなものよ。
 ちょっと、捌くのに苦労したけどね。

 ……珍しいトリだから」

 あぁ、と頷く。
 鳥肉とは言うものの……一体何の鳥なのか?
 確かなのは、鶏ではない。
 と言う事。

 ……しかし味は中々のもので、結局全て平らげてしまった。
 口の中に含んだ、最後の一枚を噛み締めていると

 ガリッ

 と、音がした。

 ……気になって、口の中から取りしてみると。
 細い、棒の様な……小骨?

 アリスが、取り除き損ねたものだろうか。

 まじまじとそれを眺めていると、
 アリスがそれをさっと摘み、横へと放るように捨てた。
「さぁ、次が焼けたわよ。どんどん食べてね、○○」
 気にした様子も無く、アリスは肉を焼く。

 感情の篭らないような目で、口元だけを歪めながら。


「え。もう、食べられない……?」
 鳥に続き、豚、牛まではよかった。

 ……が、後の肉に何が残っているのかを聞いた途端、食欲は失せた。

「犬、蛙、猫、狐に狸……まだこんなに残ってるのに」
 機嫌を損ねてしまっただろうか、と不安げに顔色を伺おうとする。
 アリスは……笑っていた。

「そうよね」

「食べたくないわよね、貴方だって。

 こんな肉……

 焦がし捨ててしまいましょう」

 加熱装置の火力を最大にすると、皿の中身を中へと投下する。
 一瞬にして黒い煙が部屋を包み、酷い臭いが部屋の中を満たしてゆく。

 食べたくも無かった肉の臭いを嗅がされた事で、
 何時の間にかアリスに対し、自分は暴言を吐き出していた。

 最近はこんな事ばかり。
 これでまた、喧嘩か。

「……い、や」
 そう思っていた 自分の耳に聞こえたのは

「ぃやあああああぁああああああああぁぁっ!!」


 耳を劈くような、アリスの悲鳴だった。


 ガシャン!!
 アリスの持っていた皿が地面へと落ち、音を立てて割れる。
 これはただ事ではない、とアリスの傍へと寄ろうとすると、
 恐ろしい形相で蹴り飛ばされた。

「寄らないでッ!!」

 そのまま壁へと激突し、壁にもたれかかる様に動けなくなってしまう。
 加減も何も無い。

 本気で怒らせてしまった……?

『まだそんな風にしか、考えていなかった』

「○○……あんた、やっぱり……!」
 唇を噛み締めながら、此方へとにじり寄って来るアリス。

 その手には、何時の間にか包丁が握られていた。


「全部……全部なんとかしたはずなのに…………」

 全部?

「○○……どうして私を拒むの?

 ねぇどうして……?

 こうやって喧嘩なんてしなかった頃は、私、幸せで……

 魔法の研究だって、碌に捗らなくなっちゃってて……

 あなたの傍を離れようと考えた


 なのに、貴方がッ!!」

「それでも貴方が……私の傍に居てくれたから。

 ――なのに」

 コツ

   コツ

     コツ

 アリスは此方への距離を詰める。

「最近の貴方は。
 口を開けば私への文句しか言わない――

 愛してるって、自分の口からは言った事も無い!!

 その癖――」

「喧しい夜雀!
 引き篭もりの魔女!
 人里の偽善者!
 悪魔の犬っころ!
 迷惑な祟り神!
 それに加えて、あのかしまし一家!!

 どれだけちょっかい出せば、気が済むのよ?」

 その呼び名から憶測される人物は……。
 いや、まさか。
 彼女たちとは”たまたま”最近会っただけで……

「……あいつらとは、何で喧嘩しなくて済むのよ?

 どうして?

  どうして

   ねぇ。
    聞いてるんだけど」

 取り繕って何か言おうにも、何を言えばいいのか。

 アリスはただ、ふらふらと近付く。

「……やっぱりやましい事があるんだ?

 何も言えないって事は」

 違う、と答えてもアリスには聞こえていない。

 ――まずい。逃げ


「動いて良いなんて、誰が言ったの」

 立ち上がろうとした足は、何時の間にか糸で縛られており、
 腕も、指も、その糸で絡み取られていた。

「……口以外、今は動かさなくていいわ。

 私の質問に答えて」

 何を答えても、彼女は、聞いていない。

「……」

 何を、答えても。

「……○○」

 とうとう自分の傍へと辿り着いたアリスは、顔を自分と合わせる様にして屈む。

「……私の事、愛してる?」

 ……アリス。

 ……。

 そして、自分の想いを込めて
 正気に戻るよう、祈りながら

 愛している

 そう、伝えた。


「……くすっ」
 アリスは目を輝かせながら、笑った。
 そうして自分の首に腕を回すと、啄ばむ様に、キスをして――

 ちゅるっ


 ぎちっ。     がちり


 びちゃっ

 いやな音がして

   舌に走る激痛と共に

     自分の舌が

       くい

         ちぎ

           られ

             た


 ~~~


「ごちそうさま」
 私は○○の舌を摘み上げると、垂れた血を零さない様にして飲み干す。
 噛み千切る直前に注した麻酔がどの程度効いているかは分からないが、
 余韻に浸っている暇は無い。

 ○○の延命処置、それに地下に居る連中の始末もしておかなければいけない。
 彼がもし、あの肉を美味しいと気に入っていたら、養殖でもしてやろうと思っていたのだけど。
 やっぱり、あいつらはただの肉……豚にも劣る畜生だったって、事よね。

 ○○の舌を咀嚼して飲み込むと、彼の耳元で囁いた。
「これでもう、喧嘩しなくて済むよね」
 と。


 ~~~


 ……口を利く事も出来なくなった自分は、あれからずっとアリスの家に居る。
 あの時食べた肉が、”あたった”らしい。
 体のあちこちが麻痺し、一人で生きてゆく事は、もう、無理だった。

 肉のせいか、アリスの仕業か、それは、判らない。

 けれど、一つだけ確かな事

「○○、折角の天気だし、今日は外で食べましょう?
 室内ばかりじゃ、体にも良くないし」

 あれからもずっと、アリスは変わらなかった。
 自分を愛している……それだけは、確かだった。

 何処で、何を、間違えたのか……

 それに答える人間も、妖怪も。
 もう、誰にも会う事はないだろう。

 けど。

「私…………幸せよ……」

 アリスが、幸せなら……

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最終更新:2010年08月27日 01:10