奪われたものは大きく。
奪われた時間も大きく。
彼女の思いは、もはや永久に届かない。
―――博麗神社―――
「魅魔様ー」
「ん、なんだい
魔理沙じゃないか」
「魅魔様は、恋をした事はあるのか!?」
「え」
弟子の魔理沙に声をかけられた悪霊さん―――魅魔は困惑した。
「い、いや何を急にそんな事……」
「いやー、最近紫の奴が外来人にお熱で。何故か助言を求められた」
「はー。あのスキマ妖怪がねぇ」
幻想郷に住む者がその名を知らない訳が無いという程の大賢者、八雲紫がひとりの外来人に夢中になっている。
藍や橙に助言を求めようとしたようだが、主としての威厳が云々という理由で魔理沙の元にやってきたようだ。
聞けば「霊夢には鼻で笑われて
幽々子には話が通じないし妖夢には逃げられて」といった有様だったらしい。
「……で、最後の頼みの綱があんただったって訳かい」
「そういう事だな」
「……いやだから、なんであたしに聞くのさ」
「助言が浮かばないのと魅魔様の恋話を聞きたいので半々な感じで」
でしのくせになまいきだ。
「……まぁ、無い事もないかな……いや、やっぱり話さないでおこう」
「そんな!?」
「誰にだって一つや二つ、話したくない事はあるさね」
「そこまで話したくないなんて……意地でも聞かないと気が済まないなぁ」
―――本気だ。本気でそんな事を思っていると魅魔は思った。
(……そんなこと考えてる暇があったら修行の一つや二つ、しておけってんだい)
「……はぁ、わかったよ」
「ほ、本当か!?」
「言わないと睡眠時間まで削られそうだったからね」
そうして、悪霊さんは話し始めた。
それは、彼女がただの悪霊だった頃のお話―――
「おや、あんた見かけない顔だね」
「……」
幻想郷にひとりの青年が幻想入りを果たした。
その青年は未だ生贄の習慣の残る集落に逃れ、半ば強制的に贄となった。
「どうせあの集落の者だろう? 哀れな奴らだよ。そんな事をしても雨は降らない、疫病は離れないってのに」
「……違う」
「おや、まだ喋れるほどの元気はあったか」
「僕はあんな所の人間じゃない。あんな奴ら、人間じゃない」
ふと眼をやった青年の服装。この世界の物ではなさそうだ。
「……その服装、どうやら幻想入りの外来人って訳かい。そりゃ贄にもなるだろうさ」
青年はただ、目の前の女を見ていた。
「あんた、このままだと死ぬよ。飢えて死ぬし獣に襲われて死ぬ。―――どうしても助けてほしいって言うのなら、条件付きで助けてやる」
「……条件?」
「簡単な話さ。アタシは悪霊。此処の地には霊体のあたしには行動できない場所が幾つもある。こんな身体じゃ祈祷師とかに狙われる。だから―――」
「……身体を貸せ、と言う事か」
「半分はね。あたしはあんたに憑依する事で何処にでも行ける。そうすればあたしの願望もいつかは叶うようになる」
「……いいだろう。その条件、呑んでやる」
青年は悪霊の要求を呑んだ。
「あたしは魅魔。あんたは?」
「……僕は、○○」
こうして、二人はその集落を離れる事となった。
結果として、彼女の目論見は大当たりであった。
各地の結界を○○の身体を使ってどうにかやり過ごし、霊力のある者達を次々と殺していった。
○○がその者の所に行き、適当な事を言い相談をしに行く。
○○が除霊等を行なわれている隙に魅魔は○○の身体から抜け出し、その地に根付いていた何かしらの力を奪う。
その後○○の除霊が終わると同時に祈祷師やら巫女やらを殺し、力を奪う。
―――そんな事を何十回と繰り返していた。
その夜、二人はとある人里の宿屋に居た。
「なぁ、○○」
「何だい、魅魔」
その頃には気軽に会話できる仲になっていた。―――もう何十年と経っていたが。
○○は魅魔の力によって老いがほぼ無くなり、今でもまぁまぁ若いままの姿になっていた。
「あんたはずっと、あたしの傍に居てくれるかい?」
「何を。もうずっとそんな関係じゃないか」
違う。自分はそんな関係を続けたいのではない。
「いや……そういうんじゃなくて、さ」
「?」
「いい加減、気付いてくれてもいいじゃないか。○○」
そう言う魅魔の顔は―――『女』の顔だった。
「み、魅魔……?」
「鈍感だね、○○は。あたしはあんたが好きだっていうのに、あんたは気付きもしない」
○○を押し倒し、跨る彼女には「足」があった。
「な、何を―――」
「もう何十年と我慢してきたんだ! 今日位はあたしの好きにさせな!」
○○の衣服を剥ぎ、自らも服を脱いだ魅魔。
「や、止めろ! 止めてくれ!」
「うるさいっ!」
魅魔は○○の口を自らの唇で塞いだ。
「……こんな事するまで気付かなかったのかい?」
情事が終わり、魅魔は○○に訊いた。
○○は魅魔の方を向いておらず、その表情は伺えない。
「……・だからって、こんなやり方は無いだろう」
「こんな事をしない限り、あんたはあたしの思いに気付かなかっただろう?」
魅魔は○○に寄り添い、その身を密着させる。
「―――好きなんだよ、あんたが」
○○は何も言わずに魅魔の身体を抱いた。
「―――ずっと一緒に居られるだろう? ○○」
「あぁ、きっと」
けれども、終わりは唐突にやってくる。
「殺せ!! その男を今すぐに殺すんだ!!」
「この悪霊付きめ!!」
「死んでしまえ!!」
「返して!! 私の父さんを返して!!」
「お前だろう!! 近頃ここいらの巫女や祈祷師を殺しているのは!!」
魅魔が土地の力を奪っている際に、○○は捕えられていた。
捕えられ、磔にされた○○は村人の恨みの籠った視線を一身に受けていた。
その中にはかつて力を奪った土地の者、祈祷師や巫女の親族の姿もあった。
そうした者達の手には―――農具や武器があった。
「―――止めておけ」
○○は静かに、冷静に人々に向かって言った。
「僕を殺しても何も変わりはしない。それどころか―――ますます悪い方へと向かっていくことになる。
それでも僕を殺したいと思うなら―――」
「殺せ!!! これ以上生かしておけん!!!」
一斉に暴力が○○を襲った。
投石、殴打、武器による暴力―――
ものの数分で○○は死に絶えた。
更に○○の首は晒され、死肉は野良犬の餌となった。
「○○……?」
その晒し首を、魅魔は「見てしまった」。
そうして、誰がこんな事をしたのだろうと考えた。
そうして答えは自ずと導かれた。―――人間の所為だ。
あの愚かな人間共が、殺しを行っていない○○を殺した。
全て悪いのは自分であるというのに、連中は○○を殺した。
自分の愛した○○は殺された。人間の手によって。
ならば―――
「―――うああぁあぁああああああ!!!」
○○の魂を取り出し、抱き、誓う。
復讐しかないのだ。○○の無念を晴らす為には。
そうして、真に終わりが訪れた
「―――いい加減諦めなさい、悪霊」
「ぐぅ……っ!!」
いつか聞いた、博麗の巫女の話。
幻想郷そのものの管理の一端を担う者。
その博麗の秘宝、陰陽玉の事。
その力があれば、きっと―――
「あたしはまだ、諦めたくないんでね……そうさ、その力さえあれば!
その力!! 博麗の力と陰陽玉の力!! それさえあればあたしの願いも!! なにもかも叶う!!
今のあたしには―――それが必要なんだッ!!!」
弾幕を見境なく放つ。それらは巫女の御札により打ち消されていく。
「無駄って言った筈よ」
直後、とてつもなく大きな霊撃が魅魔を襲い―――魅魔は倒れた。
「……ちく、しょう……っ」
「……私には理解できないわ。どうして悪霊がこの力を必要とするの?」
巫女は数瞬考え、一枚の札を取り出し魅魔に張り付けた。
そうして魅魔の身体から出てきた―――何かの魂。
「!! 返せ!! ○○に気安く触るんじゃないっ!!」
「ふぅん……成程、そういう事だった訳ね。―――でも」
巫女は手にした魂に向かって何かを呟き始めた。
「……何を、する気だ」
「決まっているでしょう。この人はもう死んでいるの。その魂が現世にあってはいけない。
だから還すのよ。在るべき場所、還るべき場所へ」
それは、魅魔の願望を壊すものだった。
「や、止めろ……止めて!!」
「転生するにも魂は必要なの。勿論この魂の主がまた人となって生まれてくるとは限らない。まして貴女の事を覚えているという事もない。
だからこそ、次の生を歩ませるのよ。この魂に」
○○の魂は次第に光の粒子となって、空に消えていった。
○○の名残は―――消え去った。
「―――あ、あぁ」
もう、彼女は何も考えられなかった。
「―――とまぁ、こんな所かね」
「……意外と重いなぁ」
話を聞き終え、最初の感想がそれか、と魅魔は思ってみた。
「まぁ、全部あたしが撒いた種だから仕方ないと言えば仕方ないんだろうけど―――
でも、その所為であたしは○○を死なせてしまった」
「んー、でも」
魔理沙は何かを考えている様で。
「でもさ、その○○って奴は……魅魔様が助けなかったら死んじまってたかもしれないし。
その行ってきた事が結果として今の魅魔様をつくったんだと、私はそう思うぜ」
「……そうかい」
弟子にほんの少し助けられた気が、した。
「……はー、暇だねぇ」
「うっさい。悪霊が何言ってんのよ」
「大体、この神社に居ると面白い事の一つでも転がり込んでくる筈なんだがなぁ」
隣に居る霊夢は呑気に茶を飲んでいる。ばれない様に茶菓子をつまむ。
つまんだ茶菓子は隣の馬鹿弟子―――魔理沙にひょいと取られていた。
「大体、悪霊ならそれらしい悪事をしてみなさいよ。そうすれば異変解決に私が駆り出されて謝礼貰えて……」
「……絶対に嫌だね。あんたの生活面を助ける為に異変なんて起こしたくもないやい」
軽口を言いあう二人。
「……おや、何だいあの天狗。階段の上を飛んでこっちに来ている気がするんだが」
「……階段を誰かが駆け上がってるんじゃないか?」
その予感は的中していた様で。
「わーっははは! 早く逃げないと食べちゃうぞー!」
「おいぃぃ! この鬼! 絶対楽しんでるだろ!!」
「後ろは鬼、上は天狗! 進めるのは前しかないぞー!」
「……何だよあの天狗は! なんでカメラなんか持ってるのさ! しかもニヤけているし!」
どうやら外来人が此処を目指している様だ。
「―――はいー一名様ご到着っと! 霊夢ー! 酒はあるか!?」
「宴会は当分先。お酒なんてもう無いわよ。昨日萃香が全部呑み干してたじゃない」
のんだくれの子鬼は勝手に神社の中へ。
「いやー、久しぶりの外来人ですしねー。……今度は誰とくっつくのやら!」
「……何を言っているんだか、この天狗は」
烏天狗の記者は外来人に呆れられていた。
「こらこら。……で、貴方は帰還が目的でここに来たんでしょ?」
「へぇ。此処に行きつく外来人というのも珍しいもんだ―――」
魅魔は外来人の顔を良く見て―――言葉を失った。
「……○、○?」
「―――へ? 何で、僕の名前を知って……?」
あの日。
無残にも殺された○○に瓜二つの青年が、そこには居た。
「……○○? あいつが……?」
事情を知る魔理沙はただぼうっと見ているだけで。
「―――○○!!!」
魅魔は叫んだ。何百年と待ち続けた、愛しい者の名を。
その者は―――○○はびくっ、と身体を硬直させてしまった。その隙を、魅魔は見逃さなかった。
一瞬で○○は押し倒され、魅魔にのしかかられる。
「ちょ……っ! 魅魔! あんた何して」
「なぁ、○○……? あたしだよ。魅魔だ。覚えているんだろう?」
○○はただ、得体の知れぬ何かに脅えて歯をカチカチと鳴らしていた。
「し、知らないよ……! 僕はあんたなんて知らない……!」
その一言が彼女には気に入らなかったようで。
「―――嘘はいけないよ○○。本当は覚えているんだろう? 何もかも、何もかも。
あたしと一緒に過ごした時間も。あたしの思いも、全部覚えているんだろう?」
でも、○○の表情は明らかな―――恐怖で染まっていた。
「―――そうかい。どうしても思い出せないってか」
魅魔の眼は次第に光を失い、ただ○○だけを映していた。
「なら、じっくりと思い出させてやるよ。あたしの全てを」
瞬間、魅魔と○○のは溢れ出た闇に包まれ、一瞬で消えてしまった。
その様を魔理沙は、複雑な気持ちで見ていた。
唯一事情を知る彼女は、師匠の心境は十分に理解していた。でも、言えなかったのだ。
「―――魅魔様、その○○は……魅魔様の知っている○○じゃないんだぜ……?」
悲しそうな表情で、弟子は呟いた。
最終更新:2012年03月12日 13:40