悩みなんて無かった。
 何故かって?
 悩む事なんて、何も無かったからよ。

 そう、そしてこれからも

 ずっとね。


 慌てて人形を取りに戻った、家の窓から見えたのは。

 同居していた○○が、あの人と――

 唇を重ねている、姿だった。


「二人とも。そこで何をしているの?」
 不快さを気にする事も無く、私はドアを開け、そう言った。
 二人は新聞記者が豆鉄砲喰らったかのような顔になると、慌てて離れ、返事をする。
「あ、あ、アリスちゃんっ!?きょ、今日は勝負があるから出掛けるって……」
「言いましたよ。私は忘れ物を取りにきただけです……が。

 私の家で何をしてるんですか、神綺様」
「え、えーっと……それは」
 二人とも、しどろもどろとしながら、説明にならない弁明をしてくれた。

 ……まぁ、今更驚くことも無いのだけど。
 あの人が○○と付き合っている事は、とうの昔から知っている。
 うちにくるのも、稀にある事だった。

「その、料理をしてたらね?○○の唇が美味しそうで、つい……」
「……そうですか。で、私が居ないのを良い事に、此処でイチャついてた訳ですね」
「うっ……いやまぁその」

「……フフッ」

「でも私は神綺様の方が、とっても美味しそうに見えますよ」
「……えっ?」
 きょとんとした彼女の顔を伺いながら、私は人形を手にとって外へと出る。

 一瞬だけ視線を家へと向けると、私は軽い足取りで、にとりとの勝負へと向かった。


「な、何でそんなに強いんだよ!」
 ぼろきれのようになったにとりを見下ろしながら、私は本を閉じる。
「……別に。偶には本気で戦ってみたかったって、それだけよ?」
「んー。あんたは本気で戦わないって言ってなかったかい」
 確かにそう。
 けれど、後の無い勝負なら、それは別だ。
「言ってたかもね」
「しょうがないなぁ……」
 やるせないなぁといった表情で、にとりが鍵を投げ渡す。
「じゃあ約束通り、あれは持ってっていいよ」
「ありがとう」
 そうして感謝の言葉を返すと、鍵を持って、それのある場所へと向かい。

 鍵を差し込むと――

 ド、ドド、ドド、ド、ドドド、と、けたたましいエンジン音が鳴った。

 これで問題はなくなった。


 家へとそれを持ち帰ると、予定通りの手筈で彼女は眠っている。
 ○○そっくりの、人形に抱かれながら。
「私の人形劇は如何でしたか、神綺様。

 冥土の土産くらいには、なっていればよいのですが」
 聞こえていないと知りながら、私は言った。
「やっぱり貴方は、身内に甘いんですね。
 自分に近しい者達なら、尚更。

 だから○○そっくりの人形と、一瞬疑って近付いても……
 キスをされただけで騙されちゃって。

 その上、それで私を疑う事もなく……
 本当に暢気ね。

 どっかの巫女と、そこだけはそっくり。
 やっぱり紅白だと、暢気になりやすいのかしら」

 アリスが指をパチン、と弾くと神綺はテーブルの上へと乗せられ、アリスが手足を拘束する。
 そうして、本を開くと――

 周りに結界の様なものが展開された。
「神綺様……この結界、何だか分かります?」
 返事を待たず、アリスは答えた。
「この中では、一切の魔力は使えません。
 霊力や超常的なものも、全てね。

 一ヶ月以上前から詠唱しても、一時間ほどしか持たないんですよ、これ。
 ……それだけ強力なんですけど」

 アリスが鍵を回すと、轟音が響く。
 と、同時にそれの刃が回り始めた。


 彼女の両手には、チェーンソーが掲げられていて。

「んぅ……なんのおとよ……?」
「あれ、起きちゃったんですか」


「……ぇ、………………う、そ……?」
 ――それを










 地下室に閉じ込められてから、どれだけの時間が経ったのか。
 数日のようにも思えたし、一ヶ月以上経っているような気もした。
 アリスから、食事を差し出されていたが、
 最低限度しか手をつけなかった為に、その点も曖昧になっている。

 アリスはどうやら自分を好いていたらしい。
 此処への同居を許したのも、それが理由らしかった。

 自分は最初、神綺様との関係を見越した上で、それを承諾したものなのだと、思っていたが。
 ……勘違い、ではすまされない。


(そんなに神綺様が好きなの……?)

(そう。どうあっても、私じゃ不満だって。そう言うのね)

(いいわ、そこで暫く待っていて。不満なら、解消すればいいだけじゃない)

 此処に入れられる前のやり取りを思い出し、彼女の顔が浮かんでくる。

 神綺様は、どうしているのだろう。
 魔界のとはいえ、神様だろうから……心配はいらないと思うが。


 そんな事を考えていると、階段を下りる音が響く。
「調子はどう?○○。食欲が無いのは、どうかとは思うけど」
 誰のせいだ、と思いながらその声の主を見上げる。


 ……誰、だ。

「どうしたの?顔が変よ、○○」

 目の前に居たのは、確かにアリス だった。

 が、その後ろにあるものは何だ?


 紫色の羽が広がり、赤い筋の様な物が血管を思わせるかの様に、脈うっている。
「……ああこれ?」
 アリスが得意げな顔をする。
「だって○○が言ったんじゃない。

 神綺様が好きだって。
 神綺様じゃないとだめだって。

 私が神綺様じゃないから、一緒には居られないって。


 私はあの人にはなれないけど。
 ……少しでも早く、近付くために、何をしたらいいか考えたのよ。

 形から入らなきゃ。

 形から入らなきゃ。

 形から入らなきゃ」


 かたチから入らなきゃ。

 形から入らなきゃ。

 かたチからハイらなきゃ。

 形から入らなきゃ。

 形から入レなきゃ。

 形から入らなきゃ。

 カタちからイらナきゃ。

 形から入らなきゃ。

 カたチからイれなキャ。


「いっぱい●べて、大きくなりなさいって、あの人も言ってたわ。

 ……フフッ、言った通り、物凄く大きくなっちゃった。

 この羽だけの話じゃないわよ?


 力だって、ほら」

 アリスは掌を、○○の目の前に広げてみせる。

 そしてその上に――

 何かの臓●の様な物が現れた。

「綺麗な色してるのね、○○のって」

 ○○の腹部からは、何時の間にか●が流れていた。
 それに見合う大きな穴も。

 痛みを感じてもいないのに、○○は倒れこむ。
 ぼやけていく視界の中でも、なぜかアリスの声だけが、先程よりも大きく聞こえる。

「哀れだったわ。
 ●臓がないと生きていけない人間の貴方が……

 でもそんな心配、する必要もなくなるわ」
 自分を抱き抱えると、貪る様に唇を奪うと。
 粘り気のある唾液が、糸の様に。

「”私の傍に居れば”死なないから」

 自分と アリスを 繋げていた

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最終更新:2010年08月27日 01:11