近年、博麗神社でとあるコンテストが行われるようになった。
それは、夫への愛情で増幅した霊力を競う愛妻コンテスト、と呼ばれる珍妙な競技である。
「しかし、凄いなぁ……」
冬場で人の往来が殆どなくなる幻想郷。その中でも特に訪れる存在が少ない神社とは思えない盛況ぶり。
元外来人である僕の妻である風見幽香も当然、このコンテストに参加している。
彼女曰く『私の貴方に対する愛情が唯一無二である事をみんなに知らしめてみせるわ』との事。
有り余りすぎて飽和しそうな程の愛情を注ぎ込まれている僕としても、彼女の突き抜けすぎた愛情がどこまで逝くか知りたくもあった。
「それにしても寒いなぁ……すみません、お燗ください」
「あいよー」
ちゃっかり売り子をしている巫女からお燗を受け取り、徳利のまま煽る。
幾ら稼ぎ時だからって、巫女が飲食店運営しておまけにぼったくり価格取るってどうよと思ったが、まぁ、博麗神社だからこんなものだろう。
彼女手製らしい清酒の熱燗をクイッと呷る。胃の奧から熱が上昇してくるような錯覚がした。
「いや、寒いですねぇ」
「はぁ、本当に……」
境内に並べてある隣の座布団で同じように徳利で清酒を呷っている男性に声をかけられた。
黒いマントに尖り帽子。まるで某魔法使い小説に出て来る魔法使いみたいな感じだ。
しかし、結界が張ってあるとは言え、ただの人間には堪える寒さだ。(巫女は褞袍を羽織ってた。雰囲気が台無し)
酒だけじゃちょっと足りない感じがして、腹にも何か温かいものを入れる事にした。
幸い、妻の組み合わせは先程終わり(TKO勝ちだった)、次の組み合わせまでは時間がある。
物凄い瘴気を吹き出している嫉妬の権化と、普段は楚々とした人妻の外面を剥ぎ取った里の守護者が凄まじい病みパワーを出していた。
凄いパワーだなぁおい。里の歴史を旦那絡みの案件で何度も勝手に書き換えて巫女と隙間妖怪の折檻を喰らっただけの事はあるな。
「さて、何にしようかなぁ……」
神社の隅にある屋台の列に向かう。1回行った事のある八目鰻の屋台があったのでそこで鰻でも買う事にした。
何故か、店主の夜雀ではなく飲んだくれの亡霊のお姉さんが屋台の番をしていた。
店の酒、勝手に飲んでいるけどそんな店番で大丈夫か?と聞いたら大丈夫よ、問題ないと返事が来た。
取り敢えず新しい熱燗を一本、後、何故か焼き鳥を数本怪しげな手つきで焼いてくれた。
しかも途中で自分の分まで焼き鳥焼いて食ってたなぁ……大丈夫か本当に。
あ、美味いなこの焼き鳥、脂がのっている。砂肝はコリコリしてて、皮もパリパリだし。うんうん。
会場である境内前に戻ると、真夏と錯覚しそうな位に物凄い熱気が僕を襲う。
うひゃあ、こりゃ堪らんとばかりにコートを脱ぐ。
霊力の高まりって熱も生み出すんだ。地底の核融合鴉じゃあるまいし。
「あちちち……ふぅ」
見れば、隣の魔法使いさんがマントどころか、上着も脱いでいた。
見渡すと嫁の旦那さんらしき男達は上半身薄着か、裸になっている。
それを見た嫁達のドロドロとした視線が熱気を帯び、更に温度を上げているから始末に負えない。
ちらりと見ると、これから試合らしい幽香の視線が僕に突き刺さっている。
こりゃ……脱ぐしかないよなぁ。
僕も上着を脱ぎ、汗でべったりの上着を搾った。
「ひええ、凄い汗だ。今が真冬だとは思えないよ」
僕が脱いで幽香が興奮したせいか、温度が更に高まった気がする……今夜も搾り取られるんだろうなぁ。
「君、良い身体してるね……なんか、やってたの?」
「いや、そんな……」
隣の魔法使いさんにそんな事を聞かれた。
言えない、幽香の激しい夜の営みに付き合う為に鍛えているだなんて、言えない。
と、風が吹き荒れ、隣りの魔法使いさんと一緒にうわっと叫ぶ。
見れば、白黒魔法使いと幽香が向き合い、己の旦那への愛情を高めていた。
何だかドロドロとした、どっかの聖杯からあふれ出そうな黒と赤っぽい感じなのは気のせいかもしれないけど。
河童が「スカウターがぁ」とか叫んでいた。どうやら計測不能な世界になってきたらしい。
攻防は一進一退らしく、常に圧倒的な幽香の表情に普段の余裕はない。
僕の胸にモヤモヤとしたものが産まれた。
「幽香、頑張れ……」
幽香の肩がピクリと動く。
白黒魔法使いの肩がピクリと動く。どうやら、隣の魔法使いさんは彼女の旦那さんのようだ。
しかし、こっちも負けて居られない。
幽香は圧倒的でなければならないんだから。
僕をこっちの世界に引き込んだ時も。
ベットの上で愛を交わし合う時も。
日常で独占欲を見てたり執着や誤解や嫉妬から他の妖怪や人間をなぎ払う時だって。
「ファイトだ、幽香、ゴーゴーフラワーマスター!!」
「ゴーゴー、魔理沙、マスタースパークだ!!」
負けずに隣の旦那さんも叫ぶ。
声をかけあう度に、彼女達の霊力そして温度が高まっていく。
でも、僕も負けられない。僕は彼女の旦那様なんだから。
立ち上がり、拳を振り上げて応援の声を挙げる。
「頑張れ、幽香、君はボクの奥さんなんだ! 元祖マスタースパークなんだ!!」
「ゴーゴー幽香、ファイトファイト幽香!!」
「頑張れ魔理沙ー!! 頑張れ頑張れ!!」
その茹だるような暑さの中、何時まで応援できたかは覚えてない。
結果は、僕と隣の旦那さんが脱水症状で倒れ、看病の為両者棄権で引き分けだったらしい。
最終更新:2013年04月23日 00:43