○は外の世界で小さな神社に祀られていた神の遣いの妖狐だった。
村も特に何があるわけでもなく平和で、彼自身の能力は別段優れているわけでもなく、見た目もまだあどけなさが残る程で風格もまるで無い。
高度経済成長期を過ぎ、限界集落となっていた○の村は廃村となり、彼の主人は忘れ去られ信仰を得ることができなくなってしまった。
主人は何処かへ出向いてしまい、置き去りにされ村のあった山をフラフラしていたところ、気づけば彼は幻想郷に流れ着いていた。

忘れ去られた神や妖怪が栄華を誇るこの幻想郷といえど、何の元手もないままやってきた○。
力も強くない彼は外来人長屋に通され、しばらくそこで様子をみることにした。
すると、この外来人長屋は出島の如く隔離され、やってくる妖怪に悩まされるも部外者故やむなしと全くの無防備であると知った。
○は外来人長屋に軽い結界を貼り、被害に怯える外来人に身を守るお札やお守りを配り、長屋の守り役としてその身を固めることとなったのだ。

外来人が誘拐される頻度が格段に減り、次第に集落民とも打ち解け、徐々に信頼を集めることに成功した○。
だが、なんとか1日に1回は白米を口にできる程になった頃、○の結界を抜けて突如外来人が姿を消すという現象が起こり始めた。
ナントカという鴉天狗の新聞によると、どうやら古参の大妖怪の仕業だという事だ。
誰もが一目置くような妖怪に、彼程度の力の妖怪が太刀打ちできるはずがない。
そこで彼は幻想郷に住むという大天狐の力を借りる事にした。

博麗の巫女に頼み込み、その天狐、八雲藍の元に赴いた○。
「私の力だけでは住人を守ることが出来ません。どうか貴方様の力をおかしくださいませ」
額を地べたになすりつけ土下座をする○を、藍は優しく諭した。
「そう畏まらなくても良い。そうとあらば、私も○に協力してやりたいと思う。
 だが私は○の事をよく分からないのでな。しばらくお前には私の元にいてもらおうか」
○はその要求を喜んで受け入れ、藍の式である橙と共に彼女の補助をする生活が始まった。
段々と打ち解け、そして藍の美しさに惹かれ、次第に彼女に夢中になって行った。

幾許かの時が過ぎ、彼が外来長屋など忘れ「八雲○」を名乗り藍の夫となった頃。
いつのまにか「突如姿を消す怪奇」は起こらなくなったという。だが守り役不在となった長屋の防御は再び元のザルとなっていた。
再び魑魅魍魎に狙われる長屋。暫くの間は、そんな長屋を守ろうとする物好き、あるいは外来妖怪は現れないだろう。

「それにしても藍にそんな趣味があったとは思わなかったわ」
マヨヒガで扇子を片手にゆったりと寛ぎながら、大妖怪八雲紫が言った。
「ええ、紫様と外の世界へ赴いた際に見かけて以来、私の心を掴んで止まないもので」
そんなちびっ子のどこがいいのかしら?と紫は呟いた。
「藍が何かを欲しがるなんて珍しいもの。これは良い余興と思ってね」
「ええ、彼を縛り付けていたチンケな神を始末して幻想郷に呼び込むまでは順調でした。
 そこから先も結果的にはうまく行きました。これも紫様のお陰かと」
「大したこと無いわよ。ただあの長屋から外来人をそのへんの山へ放るぐらいの事。
 あの外来人達はどうしたかしらね。あらかた妖怪の餌食になってるでしょうけど」
紫は大きく欠伸をするとゴロンと横になった。
「その代わり、暫くの間は貴方も○もしっかり働いて貰うわよ。私の分までね」
「えぇ、存じ上げております。さて、旦那様を起こして参ります」
部屋を出ていく藍を紫は寝転がりながら見送る。藍の口がニヤリと歪んだのを彼女は見逃さなかった。
「起こすと言うより朝一番を絞りに、でしょ。
 妖狐同士なんだから産休にならないようにして欲しいものだわ」
逆に仕事が増えるじゃない、と紫はため息を漏らした。
「藍は変なベクトルで子供が好きなのかしら。橙が心配ね」

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最終更新:2012年03月15日 14:17