冬場の雪山は死で満ちた世界だ。
しかしそんな中でも為すべき事は多い。特に山で生活している人間は。
一通り家でやる仕事を終えた俺は、人里に行き指定された品々を購入する。
天狗の集落では手に入りにくく、尚かつ人里で作り出された品物、あるいは森の雑貨屋で手に入れるのだ。
プライドが高く妖怪である天狗は、人間と接する機会(新聞など)は多くても仲も折り合いも良いとは言えない。
だからこそ、俺みたいな妖怪のコミュニティに属するニンゲンはこういう時に利用される訳だ。
大きなソリを引いて雪原を過ぎり、山の入り口で待っていた天狗達に品々を分配する。
天狗に喧嘩を売る物好きな妖怪はそうそう居ないので、拍子抜けする程楽な仕事だ。
「えーと、これが最後か。射命丸文さん、雑貨屋からフィルム二箱ですね」
「ああ、どうも。これで暫くは持ちそうね」
ホクホク顔でフィルム箱を抱える射命丸文……妻の知り合いである。
もっとも仲は良好とは言えず、人間との番になった椛に対する取材でも、妻はかなり渋々とした態度で取材を受けていた。
彼女も最近になって外来人との縁を持ったらしい。郷の何処かにあるという遊郭の男妾相手らしいが。
一度だけ山から遠方に浮かぶ遊郭の灯りを見た事がある。けばけばしい程に光を放っていた。
あれは危険な灯りだと思う。男も女も引き込んで情愛で燃やし尽くす誘蛾灯だ。
上機嫌で飛び去っていく文を見送る。彼女もまた、愛で自分も相手も焦がしてしまうのだろうか。
山を登っていく途中で、人間と出会った。
里の外れの外来人達の居住区に住まう人間で○○という。何度も、妖怪の山で顔を合わせていたから知った顔でもある。
「……どうも」
「…………また、なのか?」
「ええ、どうしても、山でなきゃ手に入らないので。永遠亭は怖いし、里の医者も当てには出来ないから……」
彼らの立場の弱さ故に、山の薬草にたよらなければならないケースは意外に多い様だ。
去年も集団感染した流行病を治す為に、己の身を地底の妖怪蜘蛛に差し出した外来人が居たとか。
こっちに来てから出来た親友の熱病がなかなか治らない、山の薬草なら何とかなるから……と○○は言う。
勿論、普通に彼らが山に入って手には入る訳が無い。
そう言った貴重な薬草が雪の下に隠れているのは、天狗達の領域。
見つかったら即座に追い返されたり最悪死に至らしめられる。
彼らに見つからず、尚かつ薬草が手にはいるのは何故か。それは……
俺の言葉に○○の肩がビクリと動く。彼女と○○が山で逢瀬してるのを、何度か見ているからだ。
肩を掴んで○○を引き寄せ臭いを嗅ぐ……俺と椛がまぐわった時の臭いがした。
この分だと、近くの山小屋でいたした後、下山している途中だったのだろう。
「……○○、お前、これ以上は」「言わないでくださいっ」
忠告は○○の言葉で遮られた。○○の頬を涙が伝う。
「良いんです。解っているんです。でも、僕みたいな能無しでも、これがあれば友達を助けられるんです。
それに、はたてさんはこんな僕に優しくしてくれたんです。その結果、どうなっても……僕は、受け入れます」
チリリとした気配を感知する。どうやら、○○の情人が様子を伺っている様だ。
微妙に殺気を出している辺り、相当な執着心とも言える。これ以上○○に関われば良くない事態へ発展するだろう。
元々部外者の人間と天狗が逢瀬している事態が問題なのだから。
「解ったよ……早く行け。下級の妖怪に気をつけてな」
「はい……」
肩を落とした○○の気配と、それと並行する様にして姫海棠はたての気配も遠離っている。
彼の後を追ったのだろう。天狗の送り狼ならぬ護衛が付けば、安全と言えば安全か。
二人を見送った俺は素早く木の上によじ登り、スルスルと頂上をへと達する。
妻との情事を年単位で深めたせいか、俺の能力は最近になって強まるばかりだ。
その能力を使って行った気配探知で、俺は彼女がまたこの山に来ているのを知った。
哨戒天狗達に何度も追い返されているだろうに。叩きのめされ山から追い出されても尚、時折彼女はやって来る。
照準を定め、薄暗い木々の中を彷徨い歩く金髪の少女を捉える。潰れた銀の銃弾を手にし、キョロキョロと辺りを見渡している彼女を。
「まだ、俺の事を憎んでいるんだろうか……」
引き金を引く瞬間、何となしに俺は呟いた。
これで彼女に送った銀の銃弾は5発目になる。また増えるかどうかは……彼女次第だろう。
倒れた少女を確認した後で、俺は家路を急ぐ。里で手に入れた椛と子供達へのお土産を手にして。
最終更新:2012年03月15日 14:34